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語呂合わせ

 小世美は大城の屋敷内にある離れの一室で、膝を抱えながら座り込んでいた。障子の向こうの縁側には見張り役の女中がいて、小世美が逃げ出さない様に見張っている。

「体育祭どうなったんだろう?」

 畳の方に目線を向けながら、小世美はぼそりと呟いた。

 騎馬戦が終わったあと、まだ喜びと嬉しさの中にあった小世美の前に、昔一度だけあったことのある男の子が目の前に現れたのだ。

 名前は大城雄飛。

 雄飛の方も思い出したかのように小世美の顔をみて酷薄な笑みを浮かべてきた。小世美はその笑みを見て、高揚感で火照っていた身体に冷水を浴びせられた気がした。

 似ていたのだ。

 小世美の前に現れた雄飛の笑みが、小世美の実の両親が浮かべていた笑みに。

 だからこそ、小世美は雄飛を見て知らない振りをして、離れようと考えた。けれどそれは雄飛が小世美の腕を掴んできたことによって、阻まれてしまった。

「あ、あの何か御用ですか?」

 雄飛から視線を逸らしまま、小世美が恐る恐る訊ねる。すると雄飛は酷薄の笑みをさらに深め、口を開いてきた。

「小城の娘が変に白を切るな。見苦しい」

「白なんて切ってなんかいません。私、その、急いでて。だから手を放してくれませんか?」

 下を向きながら小世美が雄飛に告げると、雄飛が眉間に眉を顰めさせ辟易とした息を吐いてきた。

 そして次の瞬間、小世美は自分の身に何が起きたのかさえ分からないまま、気絶させられ、気づいたときには、この部屋に閉じ込められていた。

「……オオちゃん」

 膝を抱えたまま顔を伏せ、小世美は狼を呼んだ。

 しかし呼んだ所で、狼がここに来ているはずもない。そのためか、物凄く小世美は心細さを感じていた。

 特別何かされたわけではない。けれどこの屋敷内に流れる重苦しい空気は、小世美の気持ちを暗くさせるには十分だった。

「帰りたい」

 そう呟いたとき、小世美の頭の中には、狼の笑った顔が思い浮かんだ。

 小世美にとって、昔も今も狼が自分にとって素敵な王子様であることに変わりはない。狼はいつでも小世美の事や周りの人のことを考えてくれている。時たま口煩しすぎて、高雄やデンのメンバーから口を尖らせられることはあっても、基本的に皆も狼が自分たちの為に言ってくれている言葉だと理解しているはずだ。

 そしてそんな狼の元に小世美は帰りたくて仕方なかった。

 けれど小世美が今いる部屋には、見張りが居る目の前の障子以外、出口はない。それに上手く逃げだせた所で、何ももっていない小世美が狼たちの元へ帰れるはずもない。

 ここって、どこなんだっけ?

 視線を下げながら小世美はそれを考えた。

 小世美がここに来たのは、まだ自分が小城だった時に両親に連れられて、ここに来た。そしてそのとき、自分をここに連れてきた雄飛と会ったのだ。会ったと言っても庭先で素振りをしていた袴姿の雄飛と目が合っただけだ。

 それから小世美は両親に腕を引かれ、退屈な大人同士の会話に連れ添っていた。

 どんな内容の会話をしていたのか、幼すぎて小世美には理解できなかったが小世美の両親が物凄く嬉々としながら話していたのを憶えている。

 けれど今思えば、あれは小世美が持つ特殊な因子について話していたように思える。あの時、会話に参加してない小世美を両親が、執拗に知らない大人の前に出し、鼻高そうにしていたのを憶えているからだ。

 きっと前に慶吾から自分が持つ因子がどのような物かを知らされなければ、きっと小世美は気づかなかっただろう。

 そして本当に自分の両親が自分を子供としてではなく、被験者として見ていた理由も。

 実の両親といるとき、小世美は大抵よく分からない装置が置かれた部屋で横たわらされていた。しかもそんな時、両親は小世美の事を【543】という数字で呼んでいた。だからこそ、小世美という名は、その数字に語呂合わせしただけの名前でしかないのだ。

 けれど小世美はこの名前を気に入っている。

 狼や友人が呼んでくれる小世美という名前は、もう自分の中で定着していて当たり前の物となっている。それに皆が笑いながらこの名前を呼んでくれるなら、それだけでもう満足なのだ。

 例え名前の由来がただの被験者番号だとしても、もう今となってはそんな事どうでもいい。

「私は私だもんね」

 小世美は膝を抱えていた手で、自分の両頬を叩いた。

 自分でも何か行動しなければならない。

 内心でそう決めた小世美は、障子越しに見える人影をキッと見た。

「ここは、まずトイレ行きたいんですけど作戦」

 即興でつけた作戦名を呟いて小世美は、障子を開け見張り役の女中の人と目を合わせた。小世美の見張り役だった女中は、綺麗に整えられた和風庭園を見ながらぼんやりしていたのか、少し目を擦りながら、小世美を見ている。

「あら嫌だ、どうかしたの?」

「えーっと、そのトイレに行きたくて」

 黒い綺麗な髪を後ろで上げ、止めている女中の人はにっこりとした笑みを浮かべてきた。その仕草があまりに綺麗で、思わず小世美は見惚れてしまった。

「そうね……トイレは人としての生理現象ですもんね~。ここで我慢させて大変な末路になってしまうのも、私的に困っちゃうし、じゃあ、一緒にトイレに行きましょうか」

 上品そうな仕草の割に、女中の人の物良いはどこか軽い。

「でも、私もここに来たのは昨日なの。だからもし迷ったとしても、辛抱強く耐えるのよ」

「え? そうなんですか?」

「そうよ、私普段からこんな着物を着てるけど、実を言うとここのお客さんなの」

「え、え、えー!そうだったんですか? わたしはてっきり……」

「てっきり?」

「あ、いえ何でもないです」

 自分を見張り役の女中だと勘違いしていたなんて、口が裂けても言えない小世美は慌てて口元を手で覆った。

「うふふ。その顔は私を悪―い人だと思ってたのね。このドジっ子ちゃん」

 おどけた様子で小世美の額を女性が指で突いてきた。

「あの……おっしゃる通り、私を見張ってる人かと思ってました」

 何となく自分の意図を分かっている女性に、小世美が頭を下げる。すると、女性が小世美の頭を撫でてきた。

「あー、私の家にもこのくらい、素直な良い子が居れば良かったわ」

 独りごとを呟く女性に小世美が頭を上げる。

「初めまして、私は䰠(じんぐう)(あおい)よ。年は永遠の二十七歳。絶賛、私のお財布になってくれるリッチな男性を募集中」

「はぁあ。えーっと、私は黒樹小世美です。年は十六歳です。す、好きな人はいます」

 葵から自己紹介を受け、小世美もそれに習って自己紹介をした。そしてどこかで聞いたことのあるような名前に、小世美は小首を傾げさせた。

 䰠宮って名前……どこで聞いたんだっけ?

「良いわね。好きな人。私もこれまで燃える様な恋をしてきたものだわ」

「それなのに、今はその、お財布になってくれる人を募集してるんですか?」

 小世美がそう訊ねると、葵がにっこり笑みを見せながら着物の襟元から何かを取り出してきた。葵の手に持たれているのは、二枚の銀行通帳とキャッシュカードだ。そして通帳には『䰠宮桔梗(ききょう)』『䰠宮菖蒲(しょうぶ)』と印刷されている。

「これは、えーっと……」

 出された通帳を見て、小世美が困惑していると葵が残念そうな溜息を吐いた。

「今まではこの人たちが私の素敵なお財布だったのだけれど……知らない間に二人ともこの口座を凍結させちゃったの。ひどいと思わない?」

「そうなんですか? でもどうしてですか?」

 小世美が葵に訊ね返すと、葵が小躍りしながら口を開いてきた。

「君のためにお金を稼いでるわけやない、とか言って凍結されちゃったの。本当に京都の男って血も涙もない奴等よね。親戚の綺麗なお姉さんが困ってるっていうのに」

「京都……ってことは、葵さんも京都に住んでるんですか?」

「ええ、そうよ」

「ほぉー、京都に住んでるってだけで、何かすごく気品ありそう」

「そんなこともないわよ。私の家なんて古いだけが取り柄なんだから」

「でも、葵さんって訛りが全然ないんですね」

「うふふ。京都に住み始めて少ししか経ってないからよ」

 そう言って葵が話を切ると、小世美に一つの襖を指で示してきた。

「ねぇ、ねぇ、小世美ちゃんあそこの襖の奥に誰かが居ます。さて、誰がいるでしょう?」

 いきなり葵からそんな質問をされ、小世美は少し唸り声を上げながら、考える。けれど、様々な言葉が出て来ても、ピンと来るものがない。

 とりあえず、小世美は思いついたままを答えることしにた。

「女中さん」

「ブー」

「スーツを着た、偉い感じのお客さん」

「ブー」

「この家の子供」

「ブー」

「この家のお父さん」

「ブー」

「この家のお母さん」

「ブー」

「ギブアップ」

 小世美が手を上げ降参すると、葵が口元を押さえ笑ってきた。

「じゃあ、正解を教えてあげるわね」

 葵の言葉に小世美が目を輝かせる。

「貴方の救世主よ」

「私の?」

 目を細めてそう言ってきた葵の表情はどこか妖艶な雰囲気があった。けれど何故か不思議と怪しいとか怖いという感情を抱かない。

「開けてみて」

 優しい口調の葵に言われ、小世美は襖へと手を掛けた。やはりその襖を開けることにも躊躇いを感じない。

 まるでマインドコントロールを受けているかのようだ。

 そして躊躇いを持たない小世美が襖を開けた。

 開いた先には目を見開いた二十代後半と見られる男性が座っていた。

「あ……」

 小世美が思わず、声を漏らす。

 すると男性が温厚な笑みを向けて、小世美を部屋へ手招きしてきた。

「中に入りなさい。そこで立っていては、誰かに見られますよ?」

「はい」

 男性に返事をしてから、小世美が廊下の方に視線を移す。

「あれ?」

 自分のすぐ傍にいたはずの葵の姿が見えない。どこに行ったのだろう?

「どうかしましたか?」

 小世美が廊下を見ながら戸惑っていると、男性が首を傾げて訊ねてきた。訊ねられた小世美は視線を逸らしたまま顔を男性の方へと向け、襖を閉める。内心で狐につまれた様な気分を味わいながら、小世美は恐る恐る男性を見た。

 するとやはり、男性が小世美を安心させるような笑みを浮かべてきた。

「安心なさい。私は輝崎の当主に頼まれて、黒樹小世美さん、貴女を保護することと、貴女の御友人を手助けするように頼まれました、大城霧斗(きりと)と申します。もう少し家の者の様子を見て、動こうとしていたのですが……まさか小世美さんがこちらに来るとは思っていませんでした」

「そうだったんですか!? 霧斗さんは、まーくん、あ、輝崎の当主に頼まれて……」

「ええ、そうです。ですが、残念な報せも先ほど入って来ました」

 そう言って、霧斗が顔を強張らせてきた。

「小世美さんの御友人と晴人兄さんの御子息が今、別の離れで捕らえられたと」

「え…………?」

 予想もしてなかった事態に小世美は目を丸くして、その場で固まってしまった。


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