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二つの捜索隊

「けっこう僕たち、順調に来てない?」

 飛行船のモニター画面に目を向けながら、狼が弾んだ声を上げる。未だに一位である真紘たちとは差が開いているが、他の一軍生を差し置いて二位という位置に漕ぎ着けているというのは素直に嬉しい。

「そうね。このままどんどん得点を稼いで、天狗になってる陽向たちの鼻をへし折ってやるわ」

「おお、ネズミちゃん躍起だね。鳩子ちゃんは大いに感心したのである」

 まるでどこぞの博士キャラのような口ぶりだ。

 根津は目を眇めて鳩子を見る。だがそれをスルーして鳩子が言葉を続ける。

「でもおかしいよね。演習を開始した頃は脅威的なスピードで得点を荒稼ぎしてた真紘たちが、今はまったく得点を増やしてないなんて」

「言われてみれば確かに」

 鳩子の言葉に相槌をうちながら、再度モニターに目をやる。自分たちの上に記載されている真紘たちの得点は、鳩子が言うようにまったく変動していない。

 圧倒的とはいえ、真紘のような廉直な者が他の生徒を卑下して、休憩しているという事は考え難い。

 では、真紘たちが他の生徒に負けたということだろうか?

 しかし、もし真紘たちが負けたとなれば、その情報はたちまち伝播しないわけがない。隣にいる鳩子の耳にも必ず入るだろう。

 でも今のところそういう類の情報を耳にしない。ならば、真紘たちが他の生徒たちに負けたということはないと思う。

「だとしても、おかしいよなぁ。何か問題でも起きたのかな?」

 力なく狼が呟く。

「さぁね。別に敵の心配をしても、今は無意味でしょ」

 肩を上下させながら、根津が嘆息を吐く。そんな根津から視線を外し、名莉や鳩子の方を見る。名莉の表情は無表情のままだが、視線は下へと向けられている。顔には出していないだけで、真紘たちのことを心配しているのかもしれない。

 鳩子はわざとなのかわざとではないのか、よくわからない大袈裟な素振りで考え込んでいる。

「まっ、でも真紘たちに限って、問題が起きるなんてことないよね」

 呑気な声で狼が言うと、他の四人からは微笑が飛んでくる。

 真紘たちが別の場所で遭難していることを露知らず、和気藹々と足を進める。

 足を進めていく内に、狼の腹の虫が泣き始めた。

 ぐぅうううう。

 何とも間抜けな音だが、昨日の夜もほとんど食べていない上に朝はバナナ一本のみという、なんとも物足りない食事メニューだったのだ。

 ここまでまともな食事を摂れていないと、空腹感を一際感じてしまう。

「あのさ、もうそろそろお昼頃だし、休憩して何か食べない?」

「あー、それあたしも賛成」

 根津が自身のお腹を抑えながら、頷く。

「周囲を確認してみたら、近くに川岸があるみたいよ」

「じゃあ、そこで休憩ね」

 根津が先導して、川岸へと向かう。やっとちゃんとした食事が摂れることに、自然と四人の顔が綻ぶ。

 だが川岸に到着した瞬間、四人の顔が引き締まる。

 どうして、このタイミングで・・・。

 狼は内心、自分の運の悪さに落胆した。

「やっと会えたな、黒樹!!」

 目の前にいたのは、闘志をむき出しにしながら、獲物を見つけて喜ぶ獣のように嬉しそうな笑みを浮かべている陽向だ。

 なんで陽向の奴は、こんな嫌な笑みを浮かべているんだ?

 陽向のBRVであるトンファーを両手に持ち、ジリジリと近づいてくる。一方の狼は後ろに後退して距離を開ける。

「ちょっと、あんたねぇ、いきなり突っかかって来るのやめてくれない?」

 怪訝そうに眉を潜めて、根津が陽向を制止させる。

 すると陽向は・・・根津に顔を向けずに、その代わりに狼に向け更なる闘志、いや殺気を高めてきた。

 近くにいる鳩子からは「あちゃ~」という声を上げている。

 あちゃーとは、何に対してなのか理解できない。

 もしそれが分かったら、目の前にいる陽向の怒気の理由が分かるのか?だとするなら、教えて欲しい。切実にそう思う。

「覚悟はいいだろうな?黒樹よぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 咆哮を上げ、狼に飛び掛かる。真上に見える太陽が陽向で隠れる。狼は急いでイザナギを復元する。だがそれは杞憂に終わった。

「陽向、今は黒樹とやり合うよりこっちの問題をなんとかするぞ」

 そう声を掛けて来たのは、正義だ。

「正義、貴様何故止める?」

 舌打ちをしながら、地面へと着地した陽向が威嚇するように正義を睨む。

「いや、さすがのおまえでも四対一はきついと思うぞ」

 正義が狼の後ろでBRVを構える名莉と根津に目を向ける。名莉と根津の後ろでは鳩子がニヤニヤと悪戯っぽく笑っている。

 あきらか何かを企んでいる目だ。

 正義は息を吐いてから、やれやれという感じに首を横に振った。

「それに俺たちの今の現状だと、闘いは無理だろ」

 そう言って、正義が後ろを振り返る。それにつられるように狼も正義の後ろに目をやった。

 そして驚愕した。

「どうなってるんだ?」

 思わずそう呟いた。

 正義の後ろには、今まで気づかなかったが、自身の周囲を全て氷の世界へと変貌させている希沙樹と心配そうな表情を浮かべて話し合っているアクレシアとマルガがいた。

 希沙樹の顔にはまったく余裕がない。

 この状況は一体どういうことなのだろう?

 だがそんな狼の疑問はすぐに次の言葉で掻き消された。

「真紘がいない・・・」

 そう言ったのは名莉だ。

 狼も辺りを見渡すが、真紘の姿はどこにもない。

「真紘になにかあったのか?」

 一番まともに会話をしてくれそうな正義に訊ねる。すると正義はゆっくりと頷いた。

「まぁな。二軍の女子と一緒に人命救助しに行ったきり、消息不明なんだよ。俺たちも追ったんだけど・・・あいつら早くてな」

 正義は頭を掻きながら苦笑している。

 つまり、真紘たちを見失ってそのままということだ。

「真紘の持ってるBRVで探せばいいじゃない?」

 鳩子が顔を横からひょこっと出し、口を挟む。

「そんなのとっくに試したよ」

 そう言ったのは正義ではなく、伸びた前髪の所為で目が隠れてしまっている男子だ。

 多分、前に鳩子が言っていた瑞浪棗という情報操作士だろうと、狼は思った。

 そんな棗にむっとした表情で鳩子が訊ねる。

「じゃあ、なんで見つからないのよ?」

「真紘がBRVを持ってないから。これが答え」

「持ってないってどういうこと?」

 続けて狼が質問する。

「真紘の情報端末機がこの川岸に漂流してた。あともう一人の女子のも少し離れた岩に引っかかってた。多分、途中で落としたのを気づかなかったんだと思う」

 棗の隣にいた正義が真紘の情報端末機を、狼たちに見せる。

 真紘の情報端末機を見ながら、狼は内心、真紘でもこういう失敗をするのか。と考えていた。

 いつもは自分と同い年とは思えないくらい、冷静で大人びている真紘がこんなうっかりミスをするとは思っていなかった。そのためか、真紘もやはり自分と同じ年なんだという妙な親近感が湧いてしまう。

「そんな説明は後でいいのよ。早く真紘を探す手がかりを探さないと」

 焦燥感で満ち溢れた希沙樹の声が、棗を射抜く。

 棗は「おっと」という短い声をあげ、情報操作士専用のBRVで作業を開始した。

「やっぱり、教官に言った方がいいんじゃない?」

 今にも泣きそうな声でマルガが発言をする。

「無理よ。たとえ教官に言っても、『自分の力で打開しろ!』って言われるに決まってるじゃない。いいえ、絶対に言うわよ」

 アクレシアはこめかみを手で押さえ、短い嘆息を吐く。

「だって~~」

 そう言って唸っているマルガ。

 けれどアレクシアの言っていることは正しい。

 狼は昨夜の仁王立ちをした榊を思い出しながら、そう思った。

 もしこのことを榊に報告したら、きっと榊は手助けをしてくれるどころか、鼻で笑い怒鳴るような気がする。

「別に教官に頼らずとも、私たちで何とかするわよ」

 希沙樹も狼と同じことを考えたのだろうか、強気にそう宣言する。

 その勢いに押されて、マルガが唸るのをやめ、ぽかんと口を開けている。


「では、それに我々も加わると致しましょう」

 いきなり密林の方から凛々しい女性の声が降ってきた。

 狼たちは素早くその声の方に振り向く。

 振り向くとそこには、ラジオ体操の時にいた女性二人だった。

「申し遅れました、私は蔵前左京と申します。これでも真紘様の懐刀をさせて頂いております」

「同じく真紘様の護衛の任に就いております、佐々倉誠と申します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 礼儀正しい左京と誠に、狼も自然と頭を深く下げていた。

「頭をお上げ下さい。では自己紹介はこれくらいにして、さっそく本題へと移りましょう」

 きりっと引き締まった左京の顔は、とても誇り高い武士のように見える。いや、もはや左京の物言いは、時代劇の武士のようだと狼は思った。

「大体のことは、この場の状況から判断しております。真紘様はどちらの方向に向かわれたのですか?」

 隣にいた誠が希沙樹や正義に問いかける。

「それは・・・」

「俺たちが追い付けたのはここらまでだ。こっから先、真紘たちがどう動いたのか分かってない」

「今、宇宙からの人工衛星の観測データにアクセスして、エリア内を隅々まで探してるけど、まだ手がかりなし」

 BRVで真紘たちを捜索していた棗から、現状況が伝えられる。

「ということはつまり、エリア外ということもあり得るということか?」

「まぁ、多分そうだろうね」

まったく遠慮のない物言いで、棗が答えた。

「なるほど、そうか」

 だがそんなことは、まったく気にしていないように、誠は手を顎先に当て、しばらく何かを考えている。

 それから

「では二手に別れて捜索をいたしましょう。私と左京で川岸の向こうを当たります。皆様方たちはこちら側での捜索をお願いします」

「それが一番妥当だろうな」

 誠の提案に左京が便乗し、頷く。

「わかりました」

「まったく、輝崎の奴も手間を掛けさせる。面倒くさい奴だ」

 頷いた狼の後ろで、陽向が鼻を鳴らす。だが、そう言いながらも真紘の捜索に手を貸す気はあるようだ。

 なんだかんだ、陽向も真紘のことを心配していたのかもしれない。けれど、それを素直に出せないから、仕方なくという意味合いをつけたような言い方なのだろうと思った。

 案外、友達には良い奴なのかもな。

「貴様、何がおかしい?」

「いや、別に」

 狼の顔を睨みつけながら、陽向が怪訝そうに眉を寄せているが、狼はあえて何も言わなかった。言ったら言ったで、またトンファーを構えて、怒り出しそうだからだ。

 そして、狼たちは、誠と左京の二手に別れて捜索を開始した。




 上空を飛行しているヘリの中で、怒りを爆発させている者がいた。

 ありえない!ありえない!ありえない!ありえなーい!

 サードはいつもにも増して、怒りを噴気させていた。

 その理由はいうまでもなく、イレブンスの居場所が掴めないという事に対してだ。

 しかもよりにもよって、女子と一緒という事態。

 ありえなさすぎる!

 自分以外の女とイレブンスがわけのわからない場所で二人きりなど、到底許せるはずもない。

「なんでっ、どうして?・・・ねぇ、なんでよ~~~」

 何十回、何百回とも繰り返す疑問の言葉。

 その言葉を他のメンバーは、耳に胼胝が出来るほど聞き飽きた言葉だ。

「五月蠅いわね。どんなにあんたが騒いだって、見つからないものは見つからないのよ」

 鋭い口調でナインスが、サードを一刀両断する。

「他人事みたいに言わないで。大体、なんでイレブンスがあんな女と一緒に落ちないといけないわけ?」

「それはファーストが落としたからじゃない」

 ナインスのため息を横に、サードはファーストをきっと睨む。

「そうよ。そうなのよ。なんでこんな最悪の事態に陥ったかって言うと、ファーストがイレブンスを落としたからじゃない!」

「あれは咄嗟に出た行動だ。別に他意はない」

「他意なんてあったら、それこそ許さないから」

「・・・・」

 ファーストからの返答はない。自分が無視されているようでサードの苛立ちは悪化する一方だ。こんなことなら、自分も飛び降りればよかった。

 サードはあとから、その事実に気づきより一層悔しく思った。

「そんなに心配しなくても、あいつの事だ。元気にやってるだろう」

 まるで他人事かのように、ファーストは簡単に物を言う。

「当たり前でしょ」

 イレブンスに限って、怪我を負って動けなくなっていることはありえないだろう。

 だからサードもそこに対しては心配していない。

 ああ、ファーストの奴、まったく事の重大さを理解していない。

 サードにとって、一番問題なのは一緒にいるであろうヴァレンティーネなのだ。彼女がイレブンスと共にいるという事を想像しただけで悍ましい。

 ヴァレンティーネを初めて見た時の第一印象は、トゥレイターと不釣り合いというよりも先に、とても綺麗で可憐な女性だと思った。

 悔しいが見とれてしまったのだ。

 だからこそ、そんな女が彼といることが許せない。

 だがそんな乙女心をファーストが分かるはずもなく、『どうせ、無事だろう』という呑気な考えから、焦った様子もない。

「サード、そんなにカリカリしてると肌荒れるよ?」

 冗談を言いながら、容喙を入れてきたのはもちろんフォース。

「少し黙って!フォース、あんたもファーストと同罪なんだからねっ!」

「うそん。なんでおじさんまで巻き込まれないといけないのか、まったく理解できないんですけど」

 わざとらしい捻くれた声を出して、フォースが反論する。

「だって、フォースがbuddyなんだから、イレブンスと行けばよかったのに。それをフォースが断るからいけないんでしょ」

「えー、八つ当たり反対」

「なっ」

「喧嘩するなら、二人とも降りて」

 怒りが頂点に達しそうなサードに、冷水のようなナインスの言葉が掛かる。

「おっと、いつもナインスはクールだねぇ。いつかはそのクールな仮面を取ってみたいもんだねー」

「あっそ」

 喰いきれないと言わんばかりに、フォースがニヤニヤと笑みを浮かべている。ナインスはそんなフォースナを完全無視の態度を示している。メンバーのやる気のない姿を見ていると、段々目頭に熱い物が込み上げてくる。

 本当にどいつもこいつも、あたしを馬鹿にしてぇ。

 悔し涙を目元に潤ませながら、サードはヘリの操縦士の所まで行き、ヘリの高度を下げるように指示した。

「確か、ここらへんに落ちたはずよね」

 ヘリのドアを開けながら、地上を確認する。

「ここで井戸端会議してても仕方ないから、降りますか」

 さっきまでやる気のなかったフォースが口を挟む。

「まぁ、その下で探す方が見つけやすいだろう」

 ファーストも席から立ち上がり、そのままヘリから飛び降りた。ファーストに続くようにサード、フォース、ナインスの順で次々にヘリから降りる。

 無事に地上へと降りたサードたちは、一回辺りを見回してからそれぞれの顔に視線を向けた。

「じゃあ、ぼちぼち別れて捜索するとするかねぇ~」

「そうだな。では見つかり次第、情報端末機で連絡するとしよう」

「了解」

「わかった」

 ファーストの言葉にナインスとサードが頷く。

 そして、狼たちと同じくイレブンスとヴァレンティーネの捜索がトゥレイターでも開始された。


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