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初めての方ははじめまして。星野アキトと申します。
エラーのため作品が投稿できなかったため、こちらから投稿させていただきます。
アストライヤー。それは、国を守る正義のヒーローたちのこと。今の世の中で、無暗な戦争、暴動を起こさない様にするための制度の名前でもある。この制度は日本の憲法に基づき、国連で考え出された、争いを無くすための打開策。たとえば国同士の交渉上の優劣をつける場合、各国で代表に選ばれた五人のアストライヤーが、他の国のアストライヤーと試合を行い、勝った国の交渉を負けた国が要求に応えるという仕組みだ。そのため、各国ともアストライヤーの育成には、特別な機関を設け、惜しみない資金を投与している。
またアストライヤーは、国と国の最終交渉手段というだけでなく、国防軍と連携を取りながら、国内で起こる暴動、テロ行為の鎮圧、防衛なども行っている。
けれどアストライヤーには、誰もがなれるものではない。
そうアストライヤーになるには様々な条件が必要となるだ。
まず、アストライヤーになる第一条件に、ゲッシュ因子と呼ばれる特殊な因子を持っていること。この因子はアストライヤーが戦う上で必要になる物質で、様々なエネルギーへと変換することが出来る。そのため、アストライヤーとなる者にはゲッシュ因子の量・質と共に重要視されている。
そして第二の条件に、国が定めた機関で候補生となり優秀な成績を収めること。
だが、その候補生になるのも大変なことだ。候補生になる資格は、まず国に多大な貢献をしている名家で、且つ教養があり、成績優秀者。
こんな選ばれし者たちが、お互いに競い合ってアストライヤーを目指すのだ。だから、その候補生が通う「明蘭学園」に一般市民が入れるわけがない。
だが・・・
「はー、どうしてこんなことになっちゃっただろう?」
深いため息をつきながら黒樹狼は、明蘭学園の前で項垂れていた。
そんな狼の後ろのでは、同じ制服を着た生徒たちの談笑が聴こえてくる。狼はそんな声を背に、物凄く惨めな気持ちになっていた。
もう一度ため息を吐いていた狼に、後ろから辛辣な声がかけられた。
「ちょっと、あんた邪魔なんだけど?」
「えっ、あっ」
後ろを向くと髪を一つに纏めた女子が不機嫌そうに立っている。
「ごめん」
その女子は、表情を変えずそっぽを向いて、行ってしまった。
あんなに怒ることないのに・・・都会の人って短気なのかな?
「あー、もう既に挫折して島に帰りたくなってきた」
もともと、自分の意思でここに来たわけじゃないし。帰っても許されるのではないか。とも思ったが、そんなこと許されるはずもない。
再びため息を吐きながら、学園内を一人で歩く。
都会に来て最初に思ったことは、まるで別世界だと思った。ここは今まで暮らしていた島とは違い、近未来的なシステムによって、様々な物が管理・整備されている。
学生書だって、全部IDがついていて、そのIDで学食はおろか、学園にある様々な設備が使えるようになっている。ある意味、この学生書が自分の財布代わりになるということだ。
「ちゃんと、節約して使わないと」
狼の父親である黒樹高雄は島で唯一の駄菓子屋を経営している。とはいえ、駄菓子屋の売り上げは、子どものお小遣い程度にしか売れず、ほとんどは、海で釣った魚で家の形成を立てていた。そのため、いくら特待生としての学費免除を受けているからといって、贅沢するという気持ちにはなれない。
狼は今まで母親がいない黒樹家の財布を管理していたせいか、少し貧乏性であることも自分で自覚している。
「後で小世美にも電話しないとな~。・・・寂しがってるかな?」
島にいる妹のことを考えると、狼は苦笑を漏らす。
妹とは言っても、普段はしっかり者の小世美だが、ここに行くことになったときは、相当嫌がって部屋から出てこなくなってしまった。
時たま子供っぽい事するんだよなぁ。
小世美の事を思いながら、意識を視界に戻すと狼の周りには、続々と校舎に入っていく生徒の姿が見える。この学園は幼少部からのエスカレーター式のため、高校から来る人はまずいない。
そのため、狼以外の人はみんな顔なじみで、それぞれ友人と楽しそうに会話をしながら登校している。
「なんか・・・今すごい惨めな気分」
寂しさで自分の表情が曇っているのがわかる。
いや駄目だ、自分。こういうときは前向きに行った方がいいって、父さんも言っていた。なにより、小世美に心配かけることになる。
よしっと、両手で自分の頬を叩き狼は前を向くと目の前に、人形のように整った顔立ちの女の子が立っていた。
「うわっ」
急なことに、おもわず大きな声を上げてしまった。だが目の前にいる女の子はまるで動じてないように反応しない。
一人だけ大きい声を出してしまい、すごく恥ずかしい気持ちになった。狼は恥ずかしい気分のまま、目の前にいる女の子に向き直る。
「えーっと、なにか僕に用?」
周りからの視線を受けながら、小さな声で訪ねる。
なんで、僕たちいろんな人に見られてるんだろう?どこか変なとこでもあるのかな?
「私は、羊蹄名莉。あなたは、黒樹狼?」
「そうだけど。どうして羊蹄さんは僕の名前を知ってるの?」
「聞いたの」
「誰から?」
「真紘から」
名莉は少し視線を下げながら、答える。そんな名莉に狼は疑問ばかりが浮かぶ。
どうして、この子が言う真紘という人は自分のこと知っているのだろう?自分の知り合いは、今まで住んでいた島の住民だけだ。狼の人網というのは島の中だけで確立している。
そのため、島以外のところで自分のことを知っている人がいるのは、おかしい。
しかし今思えば、ここの理事長である宇摩豊も自分のことを知っていた。
とすると
「もしかして・・・」
自分は、気づかないうちに有名人になっていたりして・・・いや、それはないか。特別目立った経歴もなく、辺鄙な島で暮らしていただけだし。
得意なのは家事とかくらいだ。
「ねぇ、どうしてその真紘って人は僕を知ってるの?」
「それは・・・」
名莉は少し間を置いて
「言えない」
とだけ答えた。その返答に少し気が抜けてしまう。いったい、あの間はなんだったのだろうか?
「悪い意味で知られてるとか、ないよね。例えば、特に有能でもないのに特待生として入ったやつとか」
「ううん。違う」
よかった。狼は、ひとまず安心した。入学前から悪いイメージがあったら、どうしたものかと思っていた。
「羊蹄さんたち以外も、僕のこと知ってる人いるのかな?」
「いない」
あくまで、名莉の返答は淡泊で感情が読み取れない。
なんか、見た目だけじゃなくて、性格まで人形みたいな子だな。
ぼんやりと狼は名莉を見て思った。すると、今まで俯きがちだった名莉の瞳が狼を映す。
瞳に映った自分を見て、狼は一瞬ドキリとした。自分のことを見透かされているようなそんな気がしたからだ。
名莉の瞳に捉えられ、固まっていた狼の耳に校内にある大きな時計塔の金が耳に入った。その音で固まっていた意識が現実に引き戻される。
「狼・・・またあとで」
自分がなにかを口にする前に、名莉は踵を返して校舎内へと消えていった。
「なんだったんだ?」
その場にひとり、取り残された気分のまま狼も校舎内へと足を進めた。
教室に集まると、ホワイトボードにモニターが写し出されている。生徒一人一人の机にも同じ映像を映したモニターが現れ、そこで理事長である宇摩豊の話が始まった。
「生徒諸君!我が明蘭校の高等部への入学、おめでとう。君たちの活躍する将来を考えるだけで私の、胸の鼓動は熱く燃えたぎる!ぜひ、代表者5名に選ばれるように健闘してくれ。君たちは、今一番輝いている。以上」
宇摩豊は、テレビの特撮物で出てくるようなヒーロー戦隊スーツを着て、いかにもヒーローじみた台詞を並べている。
島で会った時も思ったが、この宇摩豊という人がここの理事長というのがピンとこない。今まで狼が通っていた学校の校長というと、いつも道徳的なことを生徒に話しているイメージだ。だが、ここの理事長は、そんな固定概念をひっくり返すような、個性を持っている。
「いつも思うけど、理事長の顔って暑苦しいよね」
という含み笑いをした生徒の声が聞える。
「でも、理事長ってアストライヤーの存在を世間に広めた人で、日本の初代、代表だもんね。でも、なんで理事長以外の初代のメンバーって輝崎くんの父親以外、非公開なの?」
「さぁ」
みんなが理事長と初代アストライヤーについての話で盛り上がる中、教室に軍服のような服をきた教官が入ってきた。
「おい、うるせーぞ。黙ってモニターに集中もできないのか?今年の二軍は!」
いきなり出された大きな声に、教室にいた生徒全員が萎縮してしまう。
もしかして、あの人が僕たちの教官なのかな?だったら、嫌だなぁ。と狼は思った。
狼もクラスメイト同様に、いきなり入ってきた教官の怒声にひるんでいた。
モニターには、さっきの熱い理事長の声とは、反対に誠実で頼りがいのある凛々しい声が聞えてきた。
『新入生代表になりました。一年Sクラスの輝崎真紘です。我々新入生は、この明蘭高校の秩序を守り、尚且つ、国の代表として一般の方の役に立てるアストライヤーを目指し、尽力させて頂きます。短い言葉ではありますが、新入生代表の挨拶とさせて頂きます』
モニターに映る輝崎真紘は、新入生というより既にアストライヤーとしての風格を漂わせている。だが、その顔に人を見下すような素振りはなく、新入生の代表として毅然な態度と育ちのよさが備わっていた。
こんな輝崎が自分と同い年だと、到底思えないと狼は思う。
しかも、アストライヤーの名家の家系で、『イザナミ』というすごいBRVを使うらしい。
真紘が挨拶を終えると、モニターはすぐに違う画面を映し出した。映し出されたのは、さっき教室に入ってきた教官の顔と、名前、プロフィールが映し出された。
「今日からおまえら二軍の教官になった、榊仁だ。それでおまえらも、言われなくても分かってると思うが、おまえらは一軍にも上がれない雑魚だ。だが、雑魚は雑魚なりに自分の力を色んなところでPRすれば、一軍昇格だって夢じゃない。つまり、代表になれる可能性も0ではないということだ。それで・・・黒樹、おまえアストライヤーがどういう者かは、ここに来るまでに勉強してきただろうな?」
榊の鋭い視線が狼に向かうと同時に、クラス中の目も狼に集まる。
「えっ、あ、はい。国の代表として各国のアストライヤーと試合をし、外交を有利に持っていくことですよね?」
狼はここに来るまでに、渡された入学案内とBRVのマニュアルをできる限り憶えてきた。
アストライヤーになる者には、ゲッシュ因子を蓄える器官が備わっており、その器官から血液と共に体中に因子を流し、体の内部を強化したり、外へと放出して戦ったりする。そして戦う上でもう一つ重要なものがある。それはBRV。
BRVとは、BRAVEの略称で、アストライヤーが使う武器のことだ。この武器は色々な形態をしていて、その形態は、使用者と適合したものを使用する。そして、武器の攻撃スキルはBRVの属性にもよるが、自分の好きなように設定ができる。だが、その設定にはBRVの強化が必要で、容易にはできない。BRVの強化をするためには教官の前で実技を披露し、認められた者だけが自身のBRVを強化することができる。
こういう経緯があるため、この明蘭学園は幼少部からのエスカレーター制度となっている。つまり、ここにいる生徒は幼少の頃からの積み重ねにより、既にいくつもの攻撃パターンをインストールしているということだ。そのため言うまでもなく、狼のように高校からいきなり入ってくるものは皆無といえる。
そして、明蘭学園は、高等部から、より高度な授業を行うため、一軍と二軍の生徒に別けられる。
もちろん、狼がいるここの教室は二軍の教室だ。
一軍の生徒は、一学年300人の内、たったの100人だ。その一軍に選ばれた生徒には二軍の生徒よりも質の高い施設が利用でき、実践活動も行う。
しかも、一軍の生徒が持っているBRVは、A~Eの段階のAランクの武器を持っている。
まさに、エリート候補生というわけだ。
しかし、そんなエリートである一軍の生徒の中でも上位の優れた者だけしか、国の代表として選ばれない。だからこそここに通う生徒は全員、そのアストライヤーになるために、日々己の技に磨きをかけている。
「よし、ちゃんと配布していた資料は読んでいたようだな」
狼を見ながら頷くと、榊は教室を一瞥した。
「おまえらだって、二軍止まりでここにいるわけじゃないだろう。だが、今年の学年の代表はむろん、新入生代表の輝崎を筆頭に、上位の4名に決まっている」
いくらエスカレーターで上がってきたとはいえ、高校に入ってすぐに一年の代表候補に選ばれるなんて、自分には想像もつかないと思いながら、狼は榊を見ていた。
狼以外の生徒は、真剣な眼差しで榊の話を聞いている。
そんなクラスの雰囲気に、馴染めない狼は周りに気づかれない様にため息を漏らした。
その時、一人の女子が手を上げて席を立った。
「教官、一つ質問なのですが・・・」
そう言って、立ち上がったのは校門の前でぶつかった女子生徒だった。女子生徒は見るからに、勝気そうなのが伝わってくる、強い眼差しをしている。
「おまえは根津か・・・それで質問は?」
「はい。あの私たち二軍用の特別訓練施設が不足しているように思えるのですが、何故ですか?」
根津は、榊を見つめたまま少しも動かない。
「とんだ愚問だな。まぁ、答えは簡単だ。おまえらが二軍だからだ」
質問に対しての榊の答えは、とても頓珍漢の物だった。
根津もそれを感じているのか、さっきよりも目を見開いている。
「そんな答えでは、納得できません!」
見開いていた目をすぐに引き締め直し根津は、少し強い口調で榊に抗議する。
「根津さんの言う通りです、教官。訓練所が使えなければ、私たち二軍の生徒はどこで練習すればいいのですか?」
他の生徒達も根津に同調するように、声を上げる。
そんな生徒たちに榊は失笑した。それを怪訝そうな表情で根津が見ている。
「なにが、おかしいのですか?」
「そりゃあ、おかしいだろ。たかが一軍にも上がれないおまえらが、訓練施設が欲しいなんてな。あのな、おまえらが一軍に選ばれた生徒と同じ施設が使えたのは、中等部までだ。高等部からはより現実を見てもらう。そして、一軍になりたいなら、施設なんかに頼らないで、死ぬ気で這い上がれ」
すでに榊の顔からは笑みは消えていた。真顔になった榊を見て
「いきなり出しゃばった発言をしてしまい、すみませんでした」
と力なく言い、根津は悔しそうに顔を顰め、着席した。
「他に、なにか言いたいことのある生徒はいるか?」
すると、音もなく静かに窓側の席に座っていた女子が立ち上がった。
立ち上がった女子を見て、思わず狼は目を見開いてしまった。立ち上がったのは教室に入る前に会った名莉だった。
立ったあと、教壇に立っている榊を見ながら名莉が口を開いた。
「教官、準一軍生という活動枠を作ってもよろしいですか?」
「そんなこと、俺に訊く必要はない。作りたいなら勝手に作れ。ただ名前ばかりのテンポラリーになるけどな」
「わかりました・・・」
小さく答えると、名莉は榊ではなく狼の方を向き
「黒樹狼が、この活動の代表者です」
と無表情でそう告げた。
あまりにも突然すぎる発言に、クラスの目線が再び狼に注がれる。
「え、え―――――――――――――――――――――――――、ちょっ、ちょっと勝手にそんなこと言うなよ。僕は一言もそんなこと言ってないじゃないか!」
慌てて席を立ちあがり、名莉に抗議する。だが、そんな狼の言葉を聞かずに、さっきまで意気消沈していた根津が勢いよく立ち上がった。
「あたしもそれに、参加するわ!と言っても・・・」
根津は立ち上がったままの狼に、向き直り
「あんたみたいなド・素人を代表としてなんか認めないわ」
さっき狼が言った訴えはまったくスルーされて、根津から敵意とも言える目を向けられている。
「なんで、こうなるんだよ・・・」
「はっ、なんか言った?」
「別に・・・」
いじけたような口調で、答えると根津は目を細めた。
二人のやり取りを見ていた狼の席より右斜めに座っている女子が茶目っ気たっぷりの声で手を上げた。
「はいはーい、その活動に大酉鳩子も参加しまーす。そんでもって、活動代表者はメイっちが言うように、黒樹狼でいいと思いまーす」
笑顔で答えた鳩子は、一瞬狼と目を合わせニヤッとした笑みを零した。
その笑みに悪寒を感じた狼は、すぐさま鳩子から視線を外した。
いけない!ここでなにか反応とったら、相手の思うツボのような・・・気がする。
あくまで机に視線を落としながら、自分に向けられる三人の女子の視線を気にしないようにするのに専念した。
「ちょ、ちょっと待って!なんでこんな高校から入ってきたヒョロイ奴が、代表者なのよ?納得いかないわ!」
「えー、だって、この活動を提案したメイっちが、指名したんだから決まりじゃない?」
「なっ」
鳩子の反論に、不機嫌な表情を深める根津。
他のクラスメイトは、そんな二人を固唾を呑んで見守っている。
そして、狼は頭の中で必死に、今晩の晩御飯のメニューを復唱していた。
余裕の笑みで根津を見る鳩子と、眉間に皺をつくり睨みを利かせる根津のやり取りを制したのは、教卓の上に立っていた榊だった。
「いい加減にしろ、ガキが。おまえらの内輪もめに、部外者を巻き込むな!おい、黒樹!おまえが代表者なら、おまえがちゃんとこいつらを管理しろ!」
「う、え?そ、そんな~・・・」
頭の中で、既に皿に盛りつけるだけとなっていた晩御飯の思考は、現実に戻される。しかも、いきなりのとばっちりに、変な声まで上げてしまう。
「当たり前だろ!わかったな?反論は受けつけない。以上、今日のSHRはここまで!」
勝手に話をまとめた榊は、スタスタと自分の荷物をまとめ教室を去ってしまった。
鳩子と根津を見ると、すでに二人とも席に座っていた。だが、二人の顔を対象的な表情をしている。鳩子はまるで他人事のように口笛を吹く真似などをしている。そして、根津は当たり前に顔に皺を作りながら、頬に手をつき鳩子とは逆の窓側に視線を向けていた。
放課後、SHRで考えた晩御飯の材料を買い出しに行こうと狼が教室から出ようとした瞬間、腕の袖を誰かに引っ張られた。
引っ張られた方に、狼が視線を向けると人形のような透き通った目で狼を見る名莉がいた。
「どうしたの?」
「行こう」
「えっ、どこへ?」
「部活動」
「もう、活動するの?」
名莉はこくんと頷いた。
部活動。つまりさっき名莉が急遽作った、活動のことだ。
「でも、さっきの状態で誰も集まらないよ。きっと」
「大丈夫。集まるから」
どんな根拠でそういうのか狼には、さっぱりついていけいない。
「ついてきて、狼」
そう言って、狼の袖を掴みながら名莉は歩き始める。名莉に引っ張られるままに狼は名莉の後についていく。
狼は入学前に、リサーチしていたスーパーのタイムセールスのことを考え、今から行かなければ間に合わないということを考えた。だがしかし、前を歩く名莉を見て自分の意見を通るとも思えなかった。
しかたない、今日はあきらめて違うメニューを考えようか・・・そう考えていた狼に名莉がボソリとした声で呟いた。
「狼は、嫌?迷惑?」
「別に嫌でもないし、迷惑なわけでもないけど、やっぱりいきなりすぎるっていうか・・・」
「そう」
短く答えた名莉の表情は、わからない。でも、特に気にしてないようにも思えた。
名莉につれてかれた場所は、整備された中庭をすぎてグラウンドとは正反対の場所だった。そこには、立派な部室棟と対照的な古ぼけた部活小屋が二つ並んで建っていた。
「ここが、ぼくたちの部室?」
名莉は、僕に向き直り頷いた。
「嘘・・・。なんか部室っていうより、ホラー小屋ってかんじなんですけど」
狼の呟きに続いて、後ろから絶叫が聞えた。
「あ、あ、ありえないッ!こんなところでどんな練習するつもりよ!」
後ろを振り向かなくても、声の主が根津だということがわかった。
だが、意外なのは根津と一緒にやってきたのはSHRで火花を散らしていた鳩子だった。
「こりゃあ、ワンダーランドの入口だわ」
そんなことを呑気に言っている鳩子を、狼が見ていると鳩子がその視線に気づいた。
「なーに?そんなに人の顔を見て。なんか意外なことでもあった?」
「えっ、だって、その今朝のSHRで険悪そうなムードを作ってた二人が一緒にきたから、なんか意外だったっていうか」
「あー・・、なるほどね。でもあれは怒ってたわけじゃなくて、からかってたって言う方が正解ね~」
いかにも音符を出しそうな口調で、笑っている鳩子を根津がバツの悪そうな顔で見ている。そして、そんな表情を見た鳩子はますます、おもしろそうに笑みを浮かべている。
性質悪~。と狼は心の中で毒づいた。
しかも、鳩子はそんな狼にも気づいたのか悪魔のような笑みを狼にも向けてきた。
「それはそうと、なんで君はSHRの時部活立ち上げの話に乗ったんだよ?」
「えっ?面白そうだったからに決まってるじゃん。あと君じゃなくて鳩子で良いよ。ちなみにあたしは情報操作士ね」
そう言って鳩子はウィンクをした。そして鳩子が言う情報操作士とは普通の因子持ちとは少し違いがある。その違いとは、普通の因子では出来ない機械類に干渉する因子で、その特徴を生かしBRVに流された因子の動きを読み戦闘時の攻撃規模、威力を伝達する役目を担う者たちのことを言う。
狼は鳩子の言葉に呆れながら、視線を名莉の元へと戻す。
「うわっ」
狼は思わず声を上げてしまったが、声を上げてしまうほど名莉の顔が近くにあり、吐息が感じられるほどの近さだった。
いきなりの出来事に、顔を赤らめてしまった狼だが、そんな狼を気にしていないように名莉は近い距離を保ったまま、狼を見つめている。
「メイっちも新手だな~。これじゃあ初心な狼じゃあ、きついかな?」
「ほっとけ!」
耳まで赤くしながら、鳩子の野次を払う。
うう、それしても・・・
「なんで、こんなに近いの?」
「狼の瞳が綺麗だと思ったから」
「えっ、たったそれだけで?」
「うん」
名莉の場違いな言葉に、その場にいた狼たちは目を丸くしてしまう。
すると、後ろから鳩子の笑い声が響いた。
「ぶっははははー、なにそれ?はははは。メイっち、それだけで狼のこと見てたの?なんていうか・・・この子、大物だわ」
「確かにね。ふつー、人の目なんて凝視しないわよね」
根津も名莉の言葉に呆れているのか、短いため息を吐いている。
「変だった?」
根津と鳩子の反応を見て、名莉が首を傾げる。
「まぁ、ちょっと天然かも。とりあえず、話は後にして中に入ろう」
ホラー小屋のような部室に手をかけて、狼は恐る恐るドアを引く。
ドアは何年も手入れがされていなかったように、鈍い重みがある。
「うわっ、このレールの部分、錆びついてるじゃん」
狼は、引き戸のレールを見て呟いてから、今度は両手を使って重くなったドアをこじ開ける。ドアは詰り物が取れたように、勢いよく開いた。
明かりもついていない部室からは、この学園には似合わないような埃臭さが漂ってきた。
「なにこの臭い・・・ぐさい」
鼻をつまみながら、横から根津が顔を出してくる。
部室の中は、学園中にしようされているLEDのような照明器具はなく、部屋の明るさを保っているのは、茶色く濁ったような窓から差し込む光だけだ。しかも、部室の床である木の板は腐敗が進み、下のコンクリートがむき出しになっているところもある。
壁側には、外れかけた棚やロッカーが設置されている。
この部室は狼たちが想像していた以上に悲惨な部屋になっていた。
だからといって、狼は根津の反応がやや大袈裟のようにも感じる。昔通っていた学校になら、こういった誰にも使われていない部屋も存在していたし。
なにより、島にいた時の学校では、この砂埃が混じったような臭いはそう珍しいものでもなかった。
「鼻をつまむほどかな?」
「こんな埃っぽい悪臭が漂う部屋なんて、生まれて初めてよ!」
ジト目で根津が狼を睨む。
「文句言ったって仕方ないじゃないか。もう、ここが僕たちの部室なんだからさ」
「そうそう。狼の言う通りだよ。ネズミちゃん」
「はー?なんであたしがネズミなのよ?」
いきなり鳩子から呼ばれた呼び名に、怪訝そうな顔で根津が反論する。
そんな根津をからかうようにスキップしながら部屋の真ん中に行き、そこで鳩子が狼たちの方に向き
「あだ名だけど?」
と突拍子もないことを言い始めた。
根津は、鳩子を追うように部屋の奥へと足を進めて、鳩子と二、三歩のところで立ち止まった。
「嘘でしょ・・・さっきの奴、あたしのあだ名なんて・・・」
「合ってるでしょ?ちなみにメイっちは、メイかメイっちね。狼はそのままでいいや。オオカミっていうより、『ろう』って呼んだ方が楽だし」
呑気な声で答える鳩子に根津が声を張り上げた。
「あだ名はともかくとして、何であたしは鼠なのよ?」
「えー、だって、ここにいる人たちって、名前に動物が入ってるでしょ?」
「後ろの二人とあんたはねッッ!でも、あたしは動物の名前なんてついてないわ」
「確かに。僕や羊蹄さんにはついてるけど、根津さんにはついてない」
すると、分かってないなぁと言わんばかりに、鳩子は首を横に振った。
「ネズミちゃんの名前って、根津美咲でしょ?だからネズミ!」
鳩子の言葉を聞いてから数秒後・・・
「「あっ」」
狼と根津は声を揃えて上げた。
それを満足そうに微笑んで見ている鳩子。
「やーっと気づいたか。わたしって、あったまいいね~」
「うん、見事だね」
狼は、鳩子の言葉に頷く。
「変に納得しないでよ!」
「納得するなって言われても仕方ないじゃないか。げんにしっくりきちゃったんだし」
「あんたはオオカミだからいいかもしんないけど、あたしのネズミってなによ・・・」
がっくりしている根津は、壁にもたれ掛って落ち込んでいる。
確かに女子にネズミっていうあだ名はきついかもしれないと狼は思った。
だが、それを見ていた名莉が静かな声で言った。
「私はネズミ・・・可愛いと思う」
「へっ」
名莉の言葉に根津が目を見開いて、名莉を見る。
「ネズミは、すごく努力する生き物。小さくてもネズミは負けない。名莉はそう思う」
「名莉・・・」
「うん、確かに。ネズミってどんなに駆除剤を撒いても家に入ってくるもんなぁ・・・本当に厄介っていうか、噛みついてくるところなんか根津さんっぽいという・・・ぶへっ」
狼が話終える前に、根津の右拳が脇腹にヒットしていた。そんな狼を鳩子は笑いを堪えながら肩を震わせている。狼は殴られた腹を押さえながら根津を見る。
「なんで殴るんだよ?」
「狼が余計なこと言ってるからでしょ!」
「げんにそうじゃないか!」
「うっさい!」
「はいはい、喧嘩はそこまで!これから、このメンバーのチーム名と活動方針を決めてきたいと思いまーす。そこでメイっち、なにかいい案ある?」
鳩子は狼と根津の言い合いを無理矢理、終了させるとそのまま名莉にシフトチェンジした。
目線を下げたままの名莉に三人とも視線を送る。
「Den」
「「「Den?」」」
唐突に言われた言葉に、狼たちは頭を揃えて疑問符を浮かばせる。
「醜いアヒルの子に使われている単語」
「あー、確かに使われてたかも。単語自体の意味には、隠れ家って意味もあったっけ?」
こめかみに指をあて、単語について説明している鳩子に名莉は頷く。
「デンかぁ・・・。うん、あたしたちにはお似合いかもね。ねっ、部長?」
ニィっとした笑みを浮かべて、狼の方に鳩子が向き直る。
「部長って・・・僕にそんな大役無理だよ。それだったらネズミの方が向いてるんじゃない?」
狼は根津を指しながら、部長という大役を拒否するが、鳩子は『んー』と唸っているだけだ。
何故、こんなにも自分に部長を任せたがるのか?狼はそのことが不思議だった。狼的には、むしろ名莉がやってくれればとも思う。
名莉は、きっと強い・・・ような気がする。
当然、名莉がBRVを使っている姿は見たことがないが、狼より弱いというのは決してないはずだ。
それに名莉の放つどこか神秘的な雰囲気と人形のような顔立ちは、とても人目を引く。もし部員を集めるとしたら、どこを取っても中の中である自分よりは絶対良いに決まっていると狼は思った。
けれど、その名莉はどこか掴みどころがなく、ぼーっとしているともとれる。今だって部室の端っこにあったパイプ椅子に座っている。
だったら、SHRの時でのように強気に自分の意見を述べられる根津が適任だとも思った。鳩子は人をおちょくる癖があるから、部長よりは副部長の方が向いてるかもしれない。
「いいわ!あたしがこのデンの部長になる」
根津はいつものような凛とした瞳で宣言する。
その言葉に唸っていた鳩子だが、降参したように根津の意見を承諾した。
「ネズミに部長は任せるけど、副部長は狼に決定ね」
「えー、ちょっと待ってよ!そんなの公平性にかけるよ」
「別にいいじゃん。こっちは部長にしたかったのに、半歩譲ったんだから。ちなみにあたしは情報操作士を担当するね」
鳩子が言う情報操作士とは、他のBRVとは異なり、ランク制度がなく分析や解析に特化したBRVを使用している者たちのことだ。
情報操作士は主に、戦闘時の情報通達や相手の弱点などを解析する役割を持っている。
「それじゃあ、デンの副部長である黒樹狼のBRVを選びに行こっか」
いきなり話の方向を変えた鳩子は、オーバーリアクションで手を思いっきり叩く。
「そうね。狼、あんたの身体能力数値のランクは何?」
「Cランクだけど・・・」
すると、それを聞いた根津は目を瞬きしてから
「今、Cって言った?」
「言ったけど、それが何?」
「ちょっと、変な冗談よし子さんよ?Cって下から二番目じゃない!」
「そうだよ。だから僕に副部長なんて無理って言ったじゃないか。大体、根津のランクはなんなのさ?」
むっとしながら、狼が尋ねると根津はすまし顔で
「あたしは、あんたより一ランクも上のBよ」
と答えた。
「偉そうに言ってるけど、僕と一つしか変わらないじゃないか・・・」
たった一つの差くらいで威張って欲しくないと思いながら、顔を横に背けていると根津の両手が狼の両頬を強くつねった。
「痛っ―――」
「随分生意気な口聞くじゃない、使えない副部長さん?あんた一つのランク上げるためにどれだけ大変か分かって言ってるのかしら?」
両頬をつねっている根津の手から逃れると、狼は二、三歩後ろに下がる。
根津につねられていた頬はまだ、熱が籠っていて痺れるような痛さが頬を駆け回っている。
「部長が暴力振るうなよな。まったく。っていうか、ランク上げってそんなに難しいの?」
「まぁね。確かランクを上げるにはBRVの攻撃パターンを10個追加、それか学年の実施テストで上位3名が上がれることになってるけど」
狼の質問に答えたのは、部長である根津ではなく後ろで、どこに隠し持っていたのか分からない棒つきキャンディを舐めている鳩子だった。
「嘘だろ?10個なんて普通に考えて無理に決まってる」
「どう?これでCとBの格の違いがわかったでしょ?」
今度は根津が胸を張って、短く息を吐いた。
「大丈夫。狼ならすぐに上のランクになれる」
抑揚のない名莉の声に気づいた時には、名莉はすでに狼の腕の裾を掴んでいた。
「僕はそんな素質があるのか・・・なーんてね。羊蹄さんの気持ちは嬉しいけど、そんな奇跡は起こらないよ」
あははと苦笑気味に笑うと、名莉は狼の裾を掴んでいる手に力を込めた。
「メイ」
「へっ?」
「私のあだ名」
知ってるけど・・・とも思ったが、ここでさっき鳩子につけられたあだ名を言う意味がわからない。名莉の考えている意図が分からず、狼が首を傾げているとそこに鳩子の助け舟が出された。
「狼は女心がわかってないな~。メイっちは、苗字じゃなくてあだ名で呼んでって言ってるの」
鳩子の言葉を聞き、名莉に向き直ると名莉の眼が狼を映していた。
神秘的な雰囲気を出す名莉をあだ名で呼ぶのには、少し抵抗もあるが、本人が希望してるし、それに、一人だけ苗字というのも変だ。狼はそう思い、躊躇い気味に口を開く。
「メイ?」
「うん」
どうやら鳩子が言っていたのは正解らしい。名莉は強く引っ張っていた裾を放した。
「よしよし。部員の仲が深まってよかった、よかった」
「こんなんで、深まったなんて言えるのかな?」
狼が少し呆れながら、鳩子を見る。鳩子は腕を組み一人で頷いていた。
「変なこと話してないで、さっさと狼のBRVを見に行くわよ?」
根津は、すでに部室のドア越しに立ち、こっちを見ていた。
「えっ?この部室を綺麗にしていかないの?」
「そんなの後ででもいいでしょ。あんたはどこの主婦よ?」
「別にいいだろ。・・・なんで、こんな汚い部屋を見て掃除しようとか考えないよな。それもそれで女子としては、ちょっと・・・」
「あんたって、本当に小言が多いわね。女々しいったら・・・」
「女々しいってなんだよ?別に部屋が汚いのを気にするのは普通じゃないか」
「あー、はいはい」
両耳を手で塞ぎながら、根津はそっけない態度で狼の言葉を流す。狼はその態度にむっとしながらも、それ以上はなにも言わなかった。
それから、四人とも部室を出て、BRVが保管されている保管庫に向かう。
保管庫に向かう途中、狼はこれからどんなBRVを選ぼうか考えていた。
「あのさ、BRVってどんな風に選べるの?」
隣で歩いていた名莉に向かって質問すると、名莉は少し目線を上げて狼を見た。
「BRVは、基本的に、自分の好きな形を選べる、でも武器の形によって攻撃の威力が変わるから、そこも注意して見ないといけない」
「ふうん。だったら、できるだけ威力が高い奴を選んだ方がいいの?」
「違う。威力が高くても使用者との相性が悪ければ、すぐにガタがきて駄目になる」
「ってことは、つまり、自分と相性が良い奴をいくつか選択して、その中で威力の高い奴を選んだ方がいいってことか」
けれど自分と相性が良いとか悪いとかを、どう判断するのだろうか?狼が再び考えていると、前を向いたまま名莉が言葉を紡いだ。
「相性っていうのは、BRVを持ったときに、持った感覚でわかる。きっと狼は剣型のBRVがいいと思う」
「ははは。僕にそんなカッコイイの使えるかな?もっと地味な奴になっちゃいそうだけど」
狼が名莉の言葉に苦笑を浮かべていると、前を歩いていた根津が狼たちの方を向き、失笑を漏らした。
「なんで笑うんだよ?」
「だって、Cランクの武器に剣型があるわけないじゃない。まぁ良くて・・・小型ナイフってとこかしら」
悪戯っぽく笑っている根津に、狼が眉間に皺を寄せていると
「オオカミくんには、武器より首輪が似合ってるかもね~」
と鳩子まで茶々を入れてきた。
そんな二人に、狼は肩を落としてとぼとぼと後ろを歩いた。
僕って、そんなに貧弱に見られてるのかな?狼は落としていた肩を上げ、腕を組んで考える。確かに外見からして強そうとは思ないが、それはただの外見だけであって、体力はある方だと思っている。なにせ、島には都会にあるような遊楽施設があるわけがない。島での遊び場といえば、海で泳ぐとかの自然の中でできる遊びだけだったからだ。
だから・・・
「言っとくけど、僕は走るのが速いんだからな」
自分が、なよなよしてそうというイメージを払拭するように反論する。
すると、鳩子と根津が狼の方を向き
「自分で足速いとか言わない方が良いと思うけど?」
「そうそう。実際と言ってることが違ったら、惨めだもんね~」
すごく馬鹿にされた。
「なんかすごい腹立つんですけど」
不満たっぷりの表情で根津と鳩子を見るが、すでに二人は狼を見ていなかった。
BRVの保管庫の前に着いて、認証装置にそれぞれの学生証をかざす。認証装置にIDコードを読み取らせると、ピーという機械音と共にドアのロックが解除される。
保管庫の中には、想像していたような武器を保管しておくような物はなく、壁一面に色々な模様が彫られているだけだった。
口をぽかんと開けながら、狼は壁に彫られている模様を見る。
「本当にここが保管庫なの?」
壁の模様以外、殺風景な部屋の中に狼は眉を潜めた。
もしかしたら、鳩子たちが自分をからかっているのではないか?そんな疑念が頭の中に渦巻いた。
だが、そんな疑念を抱いている狼に気づいたのか、鳩子はチッチと舌打ちをしながら、指を振った。
「まぁ、ここに来たばっかの狼だと、疑いたくなる気持ちは分かるけどねぇ・・・」
「ここは、正真正銘のBRVの保管庫よ」
根津が一つの模様に自分のIDカードを近づけると、模様が光りだしそこからどこからともなく、青龍刀月刀のような形のBRVが出てきた。
その光景に狼は、息をのんだ。
「すごい・・・」
「ここで、一度登録したBRVは、変更は不可。所有者もその人、一人だけ。だから、自分と本当に相性がいい物をしっかり選ばないといけないのは、そのため」
隣にいた名莉が、BRVについての補足説明を行う。
「そういうこと。だから、誰かに良いBRVを取られる前に、選ばないといけないんだけど・・・あんたがトロイから」
さりげなく悪態をついてきた根津は、持っていたBRVぱっと消し狼の前に立った。
「別に僕の所為じゃないと思うんだけど。ネズミたちだって部室に文句言って、動くのが遅かったじゃないか」
「なんですって~」
狼と根津が言い争っていると、そこに鳩子と名莉が割って入ってきた。
「まぁまぁ、落ち着いて、落ち着いて。まだBRVは残ってんだしさ。狼もネズちゃんも喧嘩しないの。ねっ、メイっち?」
鳩子が名莉に同意を求めると、名莉はこくんと頷く。
二人の仲介に納得がいかないように狼と根津は唸るが、それ以上はなにも言わなかった。
気を取り直した狼は、一つの模様に手を添えてみたが、根津のように模様が光ることはない。
やっぱり、IDカードが必要なのかな?そう思い、狼は自分のIDカードを取りだし、模様に近づけるが、やっぱり反応はなにもない。
「どうして、なにも反応しないんだ?」
模様と睨み合いながら、首を傾げていると
「相性が合わないんじゃない?」
と鳩子がひょこっと顔を出してきた。
「えっ?相性悪いとBRVって出てこないの?」
「まぁね。BRVの形とかが知りたいなら、腕にはめてるブレスレット型の端末機を近づけてみて」
狼は鳩子に言われた通り、入学式の前に、腕にはめるようにと渡されたブレスレットを近付けると、いきなりブレスレットからモニター画面が現れ、小型ナイフが映し出された。
「これって、BRV?」
「当たり前でしょ?この模様にBRVが保管されてるんだから。そんでそのブレスレットには主記憶装置が組み込まれてて、あらゆる学校内の情報が読み取れるようになっているわけ。あとは学力テストにも使ったりするわね」
「へぇ・・都会にはこんな便利な物があるんだ」
狼が感心しながら、腕にはめているブレスレットを見る。
「いや、先進国なら都会じゃなくてもあるから」
「嘘ッ!」
知らなかった。こんな便利な物が世の中に出回っていたとは。狼は目を見開いて再度ブレスレットと鳩子の顔を交互に見る。
鳩子は呆れたように、黙ったまま頷いた。
「狼、あんたどんな場所に住んでたのよ?」
話を黙ってきいていた根津が口を挟む。根津と同調するかのように名莉も狼の顔をじっと見ている。
「えーっと、一般的に言うと・・・離島・・・かなぁ」
「離島?」
鳩子よりも先に根津が反応してきた。きっと先進国である日本に、時代に取り残されている離島があるということが、信じられないのだろう。
そのことを、根津の目が言わずともそう語っている。
だが、どれだけ驚かれようと事実は事実だ。狼がいた離島には、こんな色んな情報をすぐに読み取れるようなブレスレットはないし、自動で気温、湿度、空調までも管理してくれる設備は存在しなかった。
良い意味で言うと、自然に囲まれていたとも言うし、悪い意味でいうと超がつくほどのド・田舎ということだ。
狼はここにいる三人の話を聞き、自分の住んでいた島の不便さをようやく気付いた。
「そんなにおかしい?」
「「おかしい!」」
強い口調で、根津と鳩子に断言されてしまい、なんとなく狼は肩身が狭いような気がした。
しかし、根津の隣にいた名莉から出た言葉は二人とは違った。
「狼が住んでた所、私行ってみたい」
「えっ?」
いきなりの名莉の言葉に、驚きの言葉が出てしまう。狼からして見れば、名莉の言葉は意外に感じたからだ。
普段から、こんな近未来的な場所に住んでいる人が、わざわざ不便な島に行きたいというのは、相当な物好きくらいだと思ったからだ。いや、名莉は今までの言動からして少し物好きなのかもしれないが、それにしても意外だった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、来たらがっかりさせちゃうかもよ?」
「どうして?」
名莉は狼の言葉に首を傾ける。
「だって・・・、本当になにもないし・・・」
少し名莉から視線を外していると、名莉が口を開いた。
「すごく綺麗な所だと思ったから」
名莉の言葉はいつもどこか、ずれているような気がする。だがそんな名莉に狼は失笑してしまった。
「確かに。綺麗な所ではあるね」
すると名莉は、どこか満足そうに微笑んで頷いた。
「ちょっとここで青春ごっこするの、禁止~。こんなの見せつけられたら歯痒くて、見てるこっちが寒イボだよ」
「ちょっと、変な誤解を生むようなこと言うなよ。別に二人の世界なんて作ってないだろ」
白けたような表情で、鳩子と根津が名莉と狼を見ている。その二人の視線を掻き消すように狼が弁解をする。
「わかった、わかった。そういうことにしとこうか」
「全然わかってないじゃないか」
鳩子からの投げやりの返事に、狼は閉口した。
きっと、自分がどんな言葉を言っても鳩子たちには通じない。そう思ったからだ。
なら、気分を変えて自分のBRVを探すことに専念しようと狼は思った。
気を取り直して、狼は別の模様にブレスレットをあて、保管されているBRVをモニターに映す。
モニターには、男子が使うには少し小柄の拳銃が映し出されている。
「カーアームズ型じゃあ、デンの副部長が持つには、ぱっとしないわね」
そう言いながら、根津がまるで自分の物を選ぶような口ぶりをしている。
「もしかして、あんたこれにするんじゃないでしょうね?」
「しないけどさ・・・選ぶ権利って僕にあるんじゃないの?」
「あたしは、狼が変なのを選択しないようにアドバイスしてあげてるんじゃない」
「アドバイスには、聞こえなかったんだけど」
狼の言葉に、根津はそっぽを向くと、なにかを見つけたかのような動作で狼の横から離れてしまった。
上手い具合に、逃げられたような気がする。
短くため息を吐き、狼はとりあえず自分のIDカードを近づけた。だがしかし、またも模様は何の反応もしない。
「これも駄目か・・・」
続けて他の物にも挑戦するが、結果は同じだった。少し不安になってきた。
いや、嫌な予感がすると言ってもいい。
そんな狼の様子に気づいたのか、名莉が顔を覗き込んできた。
「どうかしたの?」
「あ、うん・・・さっきから色んな模様にIDを試してるんだけど、どれも反応しないんだよね・・・。それともこのくらいは、普通なの?」
「そんなことない。普通は二、三個試せば一個は必ず合う物があると思う」
「へぇ・・・そうなんだ」
いよいよ、自分の悪い予感が的中するかもしれない。そう考えると狼の手はじんわり汗ばんだ。
考えたくはないが、自分は本当に素質がないのではないか?そんなことを考えてしまう。狼が急に黙りこくったせいか、名莉が少し眉を潜めて狼を見ている。
壁にもたれ掛って、退屈そうにしていた鳩子も、狼の様子に気づいたのか近づいて来た。
「なんかトラブルでもあったー?」
狼の気分とは反対に、鳩子の口調は呑気だ。そんな鳩子の声を聞いて根津もやってきた。
「ちゃんと、選んでる?」
「それが・・・」
「なによ?」
「僕に合うのが無いんだよね」
苦笑気味に答えると、根津と鳩子はお互いの顔を見合ってから、また狼に視線を戻した。
「ははは」
「いや、笑ってる場合じゃないから」
鳩子からの厳しい指摘に、狼は口ごもるしかなかった。
確かに鳩子のいうように、笑ってる場合じゃない。自分に合うBRVを見つけないと、これからの実技の授業が受けられなくなる。
もし仮にそうなったら、せっかく奨学金で通えるようになった明蘭学園を留年という可能性も出てくるかもしれない。それはまずい。非常にまずい。
しかも、ちゃんと三年たったら、島に戻ると小世美と約束をしたのだ。小世美との約束を破るわけにはいかない。
「どうすればいい?」
「あたしに聞かないでよ」
隣にいた根津に助け舟を求めたが、あっさり跳ね返されてしまった。
「本当に、あんたCランクなわけ?」
「本当だよ!嘘なんてついてない」
根津からの疑いの視線を受け、狼は自分のIDカードを突き出して見せる。
突き出されたカードを、根津と鳩子、それと名莉が目を向ける。
「んまぁ、確かにCね」
「威張って見せれるランクでもないけどね」
狼のIDを見つめ、鳩子と根津が渇いた笑意を漏らした。そんな二人の態度のせいか、自分のランクが低いことに、恥ずかしさがこみ上げ、小刻みに震えるしかなかった。
そんな狼を、口元をニヤつかせ、鳩子と根津が顔を近づけてくる。
鼻先には、女子特有の甘い匂いが漂ってくる。狼はさっきとは違う意味で戸惑った。だが近づいてくる二人は気にせず、顔を前に出す様に距離を詰めてくる。
「ちょっと、何?」
耐え切れず、狼がそう叫ぶと
「「別に~」」
と二人は声を揃えて、からからかうような笑みと共に返事をしてきた。
後ろの方で名莉は、狼のIDカードを見つめたまま、狼の方は見ていない。
いや、例え見ていたとしても名莉が、狼の求めているような助け舟を出してくれるかは怪しい。
壁際にいたため、後ろに引くということもできないまま、鳩子と根津の顔はあと数センチという距離になっていた。
「へぇー、意外だな~」
鳩子がいつものように呑気な声を上げる。
「何がよ?」
根津が鳩子の方に顔を向け、聞き返す。
すると、鳩子は自分の手を上に上げ、狼の頭の上に手の平を置いた。
「背だよ、背!」
「背?」
「そう。なんか普段はそう高く見えないのに、意外に近くに立つと身長差があるんだな~と思って」
「まぁ、確かに」
納得したように、根津が頷き狼の方に向き直る。
「身長の話なんて、今はどうでもいいじゃないか。どうでもいいけど、少し離れてよ」
「えー」
「そんな声を出したって、駄目!」
駄々をこねる子供のような、声を鳩子が上げるが、狼はその声も一刀両断した。
「普通の男子なら、喜ぶシチュエーションだと思うけどな~」
口元に指をあて、鳩子が目を細めて狼を見てくる。
「どんな男子だよ。それ」
狼は鳩子が口にした言葉の意味が理解できず、額に手をあて呆れるしかない。
呆れられたのが不服なのか、鳩子は口を尖らせて横を向いてしまった。
根津はすでに、狼をからかうのをやめていた。多分、飽きたのだろう。根津は自分の肩に腕を回し、首を回している。
「じゃあ、いちかばちかで全部のランクの保管庫に行って、合うのがあるか試してみたら?」
そっぽを向いていた鳩子が、まるで新しい遊びを考え付いた子供の様な声を上げた。
「それ、時間かかるじゃない」
めんどくさそうに、根津は顔を顰めさせる。
だが、そんな根津の事は眼中にないように鳩子は保管庫から出て行ってしまった。
狼は慌てて、鳩子を追う。
「ちょっと、待ってよ」
「早くー」
狼の制止の言葉も耳に届いていないのか、鳩子は嬉々とした声を上げ、足を止める気配はない。鳩子を追う狼の後ろから名莉がついてきている。そしてその後ろには眉間に皺を寄せた根津の姿もあった。
それから鳩子に追いつくと、鳩子は顔を膨らませた。
「追いつくのが早すぎ」
「だから、言っただろ?走りには自信があるって」
「ふうん」
あくまでも鳩子からの返事は素っ気ない。
いきなり走り出して、しかも追いついたらこんな態度を取られたら、さすがにむっとする。
体力があれとはいえ、走れば多少なりとは疲れる。そもそも自分が追い掛ける必要はなかった。そう思うと少し損をしたような気分になる。
短いため息を狼が吐いたところで、名莉と根津が追い付いてきた。
それから、仕方なく鳩子の言うとおりCランク以外の物も試してみたが、全て狼と合う物が見つからなかった。
「いったい、どーゆことよ!」
無駄骨をさせられたせいか、根津が苛々とした声で叫ぶ。
「こっちが聞きたいよ」
狼も地面に座り込み、顔をがっくりと下に下げた。
もうすでに、空が赤くなり夕日が沈んでいる。
「これだけ、探してもないなんて・・・あんた、本当に素質ないんじゃないの?」
「うっ」
痛いところを突かれた。薄々だが狼も根津と同じことを考えていた。これだけしらみ潰しに捜したのにも関わらず、一つも合わなかったのだ。そう考えても無理はない。
鳩子は疲労がピークにきたのか、地面に座り込み顔を上に上げ、無造作に口を動かしている。
鳩子の行動には突発的かつ謎な行動が多いが、理解できない程度ではない。だが今の行動は電波さんにしか見えない。だが、その行動になにか言うという気力も狼には湧かなかった。
「大丈夫。狼にはちゃんと素質がある」
一人だけ疲労の色を見せていない名莉が、狼をまっすぐな目で見つめ言いきった。
そんな名莉の視線に、狼は一瞬だけ息が詰まるような感じがした。
「そうかな?」
と首を傾げながら答えるが、内心では嬉しくなって舞い上がってしまう。狼は自然と自分の表情が緩んでしまうのを感じた。
少しでれっと弛緩した狼を根津は冷ややかな目で見ていた。
「うん。真紘がそう言ってた」
「えへへ、そう、真紘が・・・って、え?」
「どうかしたの?」
「だって、真紘って、輝崎真紘でしょ?新入生代表の。そんな優秀な奴がなんで僕のことを、そんな過大評価するなんて、信じられないよ」
「そう?真紘は狼のことを知ってる。だから、別におかしいことじゃないと思う」
「いや、おかしいよ。だって、まだ僕はどうして輝崎が僕を知っているのかも分かってないし。それに輝崎が僕をなんらかの形で知っていたとしても、素質があるって思われるような事をした覚えも僕にはない」
腕を組みながら、断言する。
まったくいい加減にしてほしい。と心の中で狼はため息を吐きたくなった。いや、真紘だけではない。ここの理事長にもだ。
なぜなら、ここの特待生として狼を無理矢理入学させたのは、紛れもないここの理事長である宇摩豊なのだから。