目論見と少女の狂喜
狼たちと通信を終えた真紘は明蘭にある稽古場に雪乃を呼び出し、対面していた。万が一、誰かに聞かれる事のないように授業がある時間帯にだ。
「ふふ。真紘君から私の元にやってきてくれるなんて、嬉しいですね」
「……俺が何故、貴様と話しに来たのかは分かっているな?」
顰め面のまま真紘が雪乃を睨む。
けれど雪乃はそんな真紘と正反対に満面の笑顔を浮かべていた。真紘はそんな雪乃の態度にも不快さを感じる。
「真紘君が私に聞きたいのは、明日にでもやってくるトゥレイターの事ですよね? ええ、ちゃんと存じています」
「なら、話は早い。奴らはこちらにやってきて何をする気だ?」
「そうですね、教えることは別に構わないんですが……でもそれでは、面白くありませんよね?」
雪乃が人差し指を顎先に当て、考える様に唸る。だが真紘はそんな雪乃の言葉に付き合うつもりは毛頭なかった。
「セット・アップ」
真紘は手にイザナミを復元し、雪乃へと穂先を向ける。
「あらあら、真紘君は本当にせっかちですね……ですが、真紘君がお望みとあれば、ロック・オフ」
静かな笑みを浮かべたまま、雪乃が鉈型のBRVを手に復元した。するとその復元したBRVを真紘に向けず、そのままそれを彼女にしては珍しい無表情な面持ちで見つめている。
真紘はそんな雪乃を見ながら、思わず眉を顰めた。
隙がありすぎる。
無表情のまま自身のBRVを見る雪乃は、まったくの隙だらけだ。BRVを取り出したものの、戦う意思というものが雪乃からは感じられない。
だがしかし、雪乃はトゥレイターのナンバーズのはずだ。つまり、実力はトゥレイターの中でも高いに違いない。けれどそんな雪乃はイザナミを持つ真紘に対して、無防備の状態でBRVを眺めている。
一体、何を考えているんだ?
真紘が雪乃を怪訝していると、雪乃が徐に口を開いてきた。
「真紘君、九卿家となりえる家系の間にある規則をご存知ですか?」
「規則?」
真紘が首を傾げると、雪乃が口元に笑みを浮かべてきた。
「ああ、そうですよね。真紘君は知りませんよね? 輝崎の家が九卿家から外れたことなんてないんですから……では、お教えしますね。真紘君が知らない九卿家内の規則を」
そう言いながら雪乃が今まで眺めていた自身のBRVを真紘へと向けてきた。
「このBRV……どうして鉈なんだと思います?」
「貴様と相性があったのが、その形だったのではないのか?」
「いいえ、違います。私も元々手にしていたのは、真紘君が持っている様な刀型のBRVだったんです。けれど……それをわざわざこの鉈型に作り替えたんですよ」
「作り替えただと? もしやそのBRVと貴様が話す規則に関係しているのか?」
真紘が雪乃にそう訊ね返すと、雪乃がにっこりと真紘に微笑みを浮かべてきた。
「真紘君の察しが良くて、助かります。ええ、真紘君が想像している通りです。九卿家に選出された家やその懐刀の家は基本的に、刀型のBRVを使用することが多いです。ですが、それ以外の家系は刀型のBRVを使用する事を認められていません。例え元々刀型のBRVを持っていたとしてもです。その規則を作ったのは、公家の方です。そして我々の様な家系の者が、公家が決めた事に異存を言うことなど、できないでしょう?」
「つまり、貴様にも少しばかりの自尊心は持っているということだな?」
「さぁ、それはどうでしょう? はっきり言って私がこの鉈型から戻さないのは、この形に愛着を持ってしまったからですし……でも、私の父はこれを見ることが苦痛で苦痛で仕方なかったようです。これを持つ事は恥だ、と」
そう言って、雪乃が目を細める。 そして何の前触れもなく雪乃が真紘へと突貫してきた。真紘はすぐにイザナミを構える。
向かって来る雪乃には今まであった隙はない。真紘は静かにイザナミに因子を流す。
鉈とイザナミが衝突した。
その瞬間に紅色の火花と紫電色の火花が散る。
真紘がイザナミで鉈を振り払う。鉈ごと宙へと振り払われた雪乃が身を後ろへとバク転させながら、床に着地する。
そして床に足を着いた瞬間、雪乃の姿が消え……真紘の背後へとやってきていた。
速い。
真紘は素早く、身を捩り後ろから斬りかかって来る雪乃の攻撃をイザナミで受け止める。
「この速さならば、真紘君に傷を負わせることが可能だと思ったんですが……流石ですね」
雪乃が真紘の動きに感心しながら、再び後ろへと跳躍し真紘から距離を取る。
だが真紘も攻撃されるばかりではない。後ろへと跳躍した雪乃に対し肉薄し、斬り込みにかかる。そしてイザナミからの斬り込みを雪乃は前に鉈を構え、受け止める。
けれど真紘の斬り込む力に負け、雪乃が後ろへと弾かれる。
その様子を見ながら、真紘は眉間に眉を寄せた。
「ダメダメな真紘君……でも、それでもこれだけ強いのですから、私は感動です」
雪乃を押すことは出来ているが、雪乃にまだ決定的なダメージを与えられているわけではない。雪乃は真紘から弾き飛ばされながらも上手く、攻撃のダメージを拡散している。やはり、実力的には高いと言えるだろう。
それに……
「貴様の身の動き……どこかで見覚えがある」
真紘が思った事を口にすると、雪乃が目を見開いて輝かせてきた。
「分かりますか? この動きはフォースの小父様に習ったんですよ」
「なるほど。黒樹和臣から教わったということか」
「ええ。フォースの小父様はダメダメですが、本当に凄い人ですよ? あの人がいなければ、私は今よりもっと弱くて、真紘君とこうして対峙することも出来なかったと思います」
真紘は雪乃の言葉を聞きながら、胸の内にある不快さをより一層強く感じた。
それは雪乃に対する者ではない。
フォースである黒樹和臣という存在に対してだ。
父を殺し、真紘にも刃を向けてきた男の事が不可解で仕方ない。何故、あの男はあそこまで強靭な強さを持ちながら、自らの家にとっても仇となる組織に身を置いているのか? しかもその中で、あの男は自分の技巧を他者に教えてさえいる。
何があの男を歪ませた?
「真紘君、私と対峙しながら別の事を考えては、駄目ですよ?」
思考を巡らせていた真紘に雪乃が鉈を真上に振り上げ、向かって来た。すぐさま真紘は目の前に襲いかかって来る雪乃へと意識を戻し、後ろへと跳躍して攻撃を躱す。
真上から真下に振り下ろした雪乃の鉈が、稽古場の床に衝突し、埃を巻き上げながら床に大きな穴を開けた。
真紘はイザナミを構えながら、舞い上がる埃で姿の見えなくなった雪乃の動きを注視する。注視していた真紘はイザナミの刃先を下に向ける。その瞬間。
真紘の足元の床が真上に吹き飛ばされ、そこから雪乃が鉈を構え真紘へと斬撃を放ってきた。
その斬撃を真紘は冷静に往なす。往なしてからすぐに雪乃へと斬撃を斬り返した。真紘の放った斬撃は雪乃の身体に食い込み、雪乃の身体が血に染まる。
斬撃を受けた雪乃がニヤリと笑みを浮かべたまま、自分の受けた攻撃など気にも止めない様子で、真紘へと連続てきな斬り込みを開始してきた。
「あははは。真紘君、よく分かりましたね? 私が下から来ると? これでもちゃんと気配を消していたつもりなんですが……しかも、ちゃんと出てくるタイミングをわざとずらしたのにも関わらず!! すごいですね、ええ。これが九卿家の家である者の実力ということですか?」
雪乃は心底愉快そうな笑みを浮かべ、真紘へと訊ねてくる。真紘はそんな雪乃を無視し、自分へと斬り込んでくる刃を避ける。避けながら真紘は因子をイザナミに流し込み、攻撃を放つ。
大神刀技 鎌鼬
真紘の放った風の刃が雪乃へと襲い掛かる。雪乃は風の刃を鉈で防ぎ、そのまま床へと片手を床へとつけて着地した。
床へと着地した雪乃が上目で真紘を見ながら、床へと手を付けていない手に持った鉈へと因子を流している。
真紘は反撃の隙を与えまいと、そんな雪乃に鎌鼬を連続して繰り出す。
「ふふ、お返ししますね」
ぼそりとした声で雪乃が呟く。
柳生流派 燕返し
後ろに構えていた鉈を雪乃が前へと構え、自身に向かって来た鎌鼬を高速の動きで、真紘へと弾き返す。
弾き返された鎌鼬が今度は真紘へと向かって来た。真紘はすぐさま刀身に因子を纏ったイザナミを揮い、鎌鼬の軌道を変える。
軌道の逸れた鎌鼬は稽古場の両壁に衝突し、そのまま壁を吹き飛ばした。
真紘は雪乃へと距離を詰め、雪乃を下段から斜め上に切り裂く斬線を描く。真紘の揮うイザナミの攻撃を雪乃は、スレスレで身を少し後ろへと逸らし躱すが、咄嗟の動きに一瞬、雪乃の身体のバランスが崩れる。
真紘がその隙を見逃しはしない。真紘はすぐに刃を斬り返す。
イザナミが雪乃の身体に斬り込む。
斬り込んだ瞬間、雪乃が真紘への反撃を施行する。
鉈で真紘の横腹を一気に横薙ぎにする。真紘の身体に傷をつけた雪乃は目を見開き笑っている。狂喜している。
真紘はそんな雪乃の胴に蹴りを入れ、稽古場の入口にある扉へと蹴り飛ばす。
「本当に真紘君は容赦がないですね。まぁ、そこも素敵と言えば素敵なんですが」
雪乃が扉に背中を預けながら、床へと座り込んでいる。
「真紘様大丈夫ですか?」
壊れた壁の方から、刀型のBRVを手にした誠と左京がやってきた。
「ああ、俺は大丈夫だ」
真紘が左京と誠にそう答えるが、二人は真紘の横腹が血で滲んでいるのを見て、目を険しくさせ雪乃を睨みつける。
「真紘様……申し訳ありません。異変に気付き、外へとでた学園付近にトゥレイターの戦闘員と思しき人物がいたため、そちらに当たっておりました」
左京が真紘に怪我を負わせてしまったことを苦々しく思っているのか、歯を噛みしめている。
「いや、二人とも気にしなくていい。それで、トゥレイターの戦闘員たちの対処はどうなった?」
「はい、学園内付近にいた者は全て倒しました」
「そうか。なら、良い……如月、この状況では貴様に分はないぞ」
「そうですねぇ…三対一では、確かに私の方に勝ち目はありません」
床に座り込んだまま雪乃が虚ろな視線でそう呟く。
「では、俺の最初の質問に答えてもらう」
「ふふ、本当はもっと楽しんでから教えようと思っていましたが……まぁ、良いです。欧州地区のナンバーズと新型兵器まで乗っけて、欧州地区の統括者であるキリウス・フラウエンフェルトが日本に来る理由……それは、黒樹小世美さんを殺すためですよ」
笑顔でそう言い放った雪乃の言葉に真紘は思わず息を飲んだ。




