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関所

 狼たちは休学届を出してから、東北新幹線で仙台へと向かっていた。

 席は三列続きの席を縦に二列とり、それを向い合せにして座っていた。そして狼は窓側の席で過ぎ去る外の景色を見ながら、溜息をついた。

「やっぱり、新幹線といえば駅弁でしょ」

「まぁ、確かにこの鳥もつ弁当美味しいわね」

「この豚角煮お弁当も美味しい」

「あはっ、やっぱ牛タンは向こうに着いてからだよね」

 鳩子を筆頭に、根津、名莉、季凛がそれぞれ購入した弁当を開いて、箸を割って駅弁を食べようとしている。そんな四人の様子を狼は少し呆れながら見ていた。

「あれ? 狼、食べないの?」

 前に座っている鳩子が狼の様子に様子で、気づいた箸で特上カルビ弁当を食べながら、きょとんとした表情で聞いてきた。

「いやさ、これから小世美を助けに行くっていうのに、みんな呑気すぎるだろ!」

 まるで観光気分の雰囲気を醸し出している四人に狼がそう叫ぶ。

 すると、鳩子が箸にとっていた特上カルビを狼の口に入れてきた。いきなり口の中に食べ物を入れられた狼は、そのまま普通に甘辛いタレの掛かったカルビとご飯を噛んで飲み込んだ。

「まぁまぁ、狼も少し落ち着いてさ。焦ったって仙台に早く着くわけじゃないんだし、それだったら、今から余裕を持って、お腹を満腹にしといた方が良いでしょ?」

「そういわれると、そうだけどさ……」

 鳩子にもっともらしい事を言われた狼は、目を眇めさせたまま頷いた。

「大丈夫よ。大城雄飛だってわざわざ連れ去った小世美を雑には扱わないだろうし」

「あはっ。手を出される可能性はあるけどね」

狼の隣に座る季凛の言葉に狼と根津が思わず、目を見開く。けれど季凛は素知らぬ顔で釜めし弁当を口に運んでいる。

 黙々と箸を進める季凛を狼が驚いたまま見ていると、季凛が箸を止めにっこりと笑顔を作ってきた。

「もし仮に小世美ちゃんが狼君の知らない所で大人の階段を上がってたとしても、男らしく寛大な心で受け止めて上げないと」

「変なことさらっとした顔で言うの止せよ!!」

「えー、男子ならその位の器量を持たないと。あはっ。良いじゃん? 小世美ちゃんが大人になってしまおうと、人格が変わるわけじゃないんだから」

「だから、そういう問題じゃないだろ!」

 季凛の言葉に異議を唱える狼を余所に、鳩子が少し神妙にかしこまった顔で一言。

「なんかさ、家に連れ込まれってシチュエーション……エロいよね? しかもお相手は、次期当主候補……いや、これはエロいわ」

「あはっ。確かに」

 鳩子の言葉に季凛が手を一回叩いて、同意している。

「まったく、鳩子も季凛もなんでそんな邪な方に発想が飛ぶのよ? もしかしたら、普通に捕まってるだけかもしれないでしょ?」

 言葉では物凄くもっともらしいことを、言っている根津だが、その顔にはかなり動揺が走っていた。しかもそんな根津を隣にいた名莉が冷静に落ち着かせている。

「四人とも、変な所に飛躍しすぎだから。むしろ、昼間から女子がそんな話するなよ!」

 斜めの方向で盛り上がっている四人を狼が諌めると、再び季凛が蠱惑的な笑みを狼に向かって、浮かべてきた。

「あはっ。狼君は分かってないなー。女子だってこういう話はバンバンするよ? むしろ興味がある女子の方が多いくらい」

「いやいや、でもこの場で話す話題じゃないって。しかも実際捕まってるんだから、不謹慎だろ!」

「やっぱり、狼君も頭の片隅では、もしかしたらを想像しちゃってたりしてる? あはっ、でもそれは仕方ないか。狼君だって女々しくても男子だし。やっぱ想像しちゃったりはするよね? 女子の裸の一つや二つくらい」

「なっ」

 季凛の言葉に狼が一瞬動揺すると、そこで季凛以外の女子から冷たい視線が狼に送られてきた。

「へぇー、狼でも女子の裸を想像したりするのね?」

 狼の斜め前に座る根津が然も白けたように表情をしながら、横目で狼の方を睨んでいる。

 その視線に本気の怒りが垣間見えて、狼は思わず身体を強張らせる。けれど狼にそんな視線を送っているのは、根津だけではない。狼の目の前に座っている鳩子も似たような表情を浮かべている。

「さて、草食系のクソオオカミくんは、誰の裸を想像したのでしょう? やっぱり、話題に上がった小世美かな? それとももっと発育の良い女の子かな?」

「だから、ネズミも鳩子も何言ってるんだよ? 別に僕はそんなこと考えてたわけじゃないし。むしろ、なんでそこで発育とかの問題になってくるんだよ!?」

 狼が困り顔を浮かべながら否定の言葉を吐くが、根津や鳩子の表情は変わらない。

「へぇー、発育の問題じゃないと……メイっち、このエロオオカミのことどう思います?」

 鳩子が凄い棒読みで、名莉に話題を振るが名莉は俯いたまま無言。

 無言って……ある意味、一番ダメージくるかも。

 内心でそう思いながら、狼はいっそのこと、トイレか何かでこの場を抜け出そうかと考えた。けれど、その考えが先読みされているかのように、季凛がわざとらしく狼の腕に絡みついてきた。

「ちょっ、季凛!」

 慌てて狼が腕を季凛から離そうとするが、季凛はがっしりと狼の腕にからみついている。しかも慌てている狼の耳元に顔を近づけて、こう告げてきた。

「あはっ。逃げられると思うなよ」

 あ、悪魔!!

 狼は顔を青白くさせながら、心からそう思った。

 しかも季凛が狼の腕に絡みついたことによって、三人の空気がより一層、重圧さを増している。まだ三人が歯を剥き出しにして怒っているなら、まだいい。けれど三人共言葉を押し黙ったまま、気配だけで怒っているというのを狼にぶつけてくる。

 どうしよう?

 変な濡れ衣によって、三人の機嫌が最悪になってしまった。でも濡れ衣だからこそ、謝れないというのもある。ここで謝ってしまえば、狼が女子の裸を考えていたことになってしまうからだ。

 だからその誤解を上手く解く方法を考えなければいけない。

 けれど狼は今までこういう状況に陥ったことがない。そのため女子の斜めになった機嫌をどう修復すればいいのか、まったく見当がつくはずもない。

 狼が内心で心底困っていると、そこに助け舟が出された。

 狼の右手にある情報端末が光って、真紘からの通信が入っていたのだ。

「ちょっと、真紘から連絡入ってるから、あっちに行って来る」

 真紘からの通信とあって、狼の逃げ道を塞いでいた季凛もあっさりと通してくれた。

 狼は客席からデッキに出て、真紘の通信を取る。

「黒樹、今大丈夫か?」

「うん、全然大丈夫。むしろ助かった」

「助かった? 何故だ?」

「ああ、いやこっちの話。それで話って?」

 首を傾げている真紘を見て、狼は慌てて話を逸らした。まだ出たばっかりでメンバーと険悪ムードになってしまったことなど言えるはずもない。

「そうか。ならいいが……この前話した人物と連絡が取れてな。黒樹たちの手助けをしてくれるそうだ」

「本当に? 良かった。それでその人とはいつ会えるの?」

「会うのは向こうの家に黒樹たちが着き、うまく敷地内に潜入してからだろうな。その者のことは、変に俺たちと繋がっている事が怪しまれても困る。だから今の時点で誰が黒樹たちの協力者かを教えるわけにはいかないんだ。ただ、黒樹たちを発見でき次第、できる限りの手助けをしてくれるそうだ」

「そっか。わかった」

「それと、その者から敷地内の見取り図は貰っているから、そのデータはこの後送る。大城家は、かなり広大な家だからな。必要になると思う」

 地図が必要な家って一体、どんな広さの家なんだ?

 狼は地図の必要な家を頭の中で想像し、口元を引き攣らせた。

「また何かあったら連絡する。ではな」

 真紘がそう言って、狼との通信を切った。

 真紘との通信が切れると、狼はそのままデッキの壁に寄り掛かった。まさか、大城という家がそこまで大きな家だとは思ってもいなかった。

 そしてそんな広い家に小世美は一人で、捕まっている。

 それを考えただけで、やはり狼の中にある焦燥感が沸き立つ。早く向こうに行って小世美を助け出したい。そう思って気持ちが焦る。

 鳩子が言う様にここで焦っても意味がないということは分かってる。狼が焦ったところで新幹線が速くなるわけでもないし、仙台までの距離が縮まるわけでもない。

 けれど狼は焦らずにはいられなかった。

「あー、本当に変なことされてたらどうしよう……」

 狼は力なくそう呟き、その場に座り込んだ。

 そしてそのまま嫌な想像が頭をもたげてくる。

 普段ならただの邪な考えだと払拭する事はできる。けれど、今の狼にそうする事ができなかった。どんなに頭を振り払っても、嫌な想像が頭を過ぎ去り、狼の気持ちを落ち着かなくさせる。

「ああ、何か全体的に弱腰になってる気がする」

 狼は今の自分の状況を考えて、そう思った。やはり、雄飛の強さを考えると弱腰になってしまう。

 真紘みたいに勇ましくなれれば良いんだけど……

 狼はここにはいない友人を考えて、溜息を吐いた。狼が溜息を吐いていると、デッキの扉が開く音を耳にして、狼が慌てて立ち上がると、そこには名莉が立っていた。

「メイ……」

「狼、どうかしたの? 大丈夫?」

 名莉が少し不安そうな表情で訊いてきた。

「うん、大丈夫だよ。真紘が僕たちに協力してくれる人と上手く話しが纏まったっていう報告と、大城の家の地図を送って来ただけだから」

 狼が不安そうにしている名莉にそう説明すると、名莉が幾分安心したような表情を浮かべてきた。

「なら、良かった。狼の戻りが遅かったから、小世美に何かあったのかと思った」

「そっか。ごめん。心配かけちゃって」

 狼が名莉に申し訳なさそうに頭を下げると、名莉が首を横へと振ってきた。

「何もないなら良かった……狼の方は大丈夫?」

「え?」

「少し落ち込んでるみたいだったから。もしかして、さっきの事?」

「ああ、違う。メイたちの所為じゃないよ。ただ情けないことにちょっと、気分が弱気になってて。今から助けに行くって言うのに、本当に情けないよな?」

 狼がわざと大袈裟に苦笑を浮かべると、再び名莉が首を横に振ってきた。

「情けなくなんかない。大丈夫。狼はちゃんとここに居て、小世美を助け出そうとしてる。だから情けなくなんかない」

 真剣な表情を浮かべ、名莉がそう言ってきた。名莉から不意を突かれたように狼が固まっていると、名莉が言葉を続けさせてきた。

「それに、狼は一人じゃない。私達もいる」

 名莉の静かながら力強い言葉に狼は素直に嬉しくなり、勇気が貰えた気がした。

「はは。また僕……勝手に独りよがりになってたみたいだ」

 狼がそう呟くと、名莉が不思議そうな表情を浮かべてきた。狼はそんな名莉に小さく笑って

「そうだね。皆で今度こそ小世美を助けに行こう」

 名莉にそう言うと、名莉が満足そうに頷いてきた。

「あのさ、メイ……話は変わるんだけど、季凛が言ってたことは本当に誤解だから」

「うん……でも、狼がそれを思い浮かべてかもって想像して。悲しくなったのも事実で、ネズミや鳩子がまだ怒ってるのも事実」

「……そっか」

 聞きたくない事実を聞いて、狼は思わず肩を落とした。そんな狼の落ち込んだ気分に拍車をかけるように、名莉が狼の手をとって客席に戻る事を促してきた。

 もう手を掴まれてしまったら、ここに居座るという選択は強制削除されてしまっている。

 そのため、狼はどう二人の怒りを宥めるかを考えて、頭を重くさせながら客席へとゆっくり足を進めた。

 仙台まであと五〇分。

 それまでに、どうにかして二人の怒りを鎮めよう。それが今の狼に突き付けられた関所のように感じた。


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