血は争えない
狼たちは校舎内を中抜けし、校門裏前へと奔っていた。
急ぎながら狼は、大城雄飛という人物について考えていた。
小世美を攫ったかもしれない人物。
そして自分と血縁関係者である人物。
ここでもまた『大城』という過去が自分の足を掴もうとしている。狼は内心で辟易としながらそう思った。けれどここで逃げるわけにはいかない。もう狼は決めたのだ。
ちゃんと向き合うと。
そしてちゃんと自分の力で小世美を助けなければいけない。きっと小世美もそれを望んでる。それに加え、狼は口には出していないものの、雄飛が小世美を攫った確率はとても高いと感じていた。その理由は小世美の『小城』という旧姓にある。
狼がまだ『大城』だった頃、小世美は『小城』という姓を名乗っていた。大城と小城。この二家は何かしらの繋がりがあるようにしか、思えない。確か小世美の家族が狼たちと関わってくるようになったのも、狼の父が他界してからすぐの事だった気がする。
その頃の小世美は、今より明るくなくいつも顔を俯かせているという印象だった。けれどすぐに遊ぶようになって、小世美が顔を俯かせることもなくなり、狼たちに笑顔を向けてくるようになった。
そして自分と小世美が仲良くなる一方で、狼の母親である雪村春香は、小世美の両親に対して、しばし呆れた様に溜息を吐いていたのを憶えてる。
狼が「どうかした?」と聞くと、すぐに春香はいつもの明るい笑顔で「何でもない」と言っていたが、今その事を思い返してみると、小世美の両親との間に何かがあり、誤魔化していたのだろう。
そうでなければ、あんな事にはならないはずだ。
狼は思い出したくもない記憶を思い出し、眉を少し顰めさせた。
「もう少しで、目標人物と視認できるレベルの距離まで近づくよ」
黙考していた狼や周りにいたデンメンバーに鳩子からそう告げられる。
「了解」
「最優先事項は、小世美の奪還よ」
「とかいって、小世美ちゃんが奪還されてなかったらウケるよね」
水を指すような季凛の言葉に、名莉と根津が少し顔を顰めさせた。
そして何かの糸が切れたかのように根津がばっさりと言い切る。
「ここまで来たら、あれこれ考えるのも面倒になってきた! もし、そうならそれでもよし! どうせ狼を着け狙ってるのには変わりないんだし、もうここは、潔く相手が向かってきたら、そのときは狼が一戦交えるしかないでしょ」
「あはっ、確かに。一番大変なのはどっちみち、狼君なんだもんね。狼君、ファイト!」
「そこ! 全部僕に任せるんじゃなくて、上辺だけでも一緒に何とかするくらいの誠意を見せろよ!」
根津と季凛に狼が反論するが、それを遮る様に鳩子の言葉が入った。
「目標人物、確認……てか、向こうがあたしらの事、待ち構えてました、って雰囲気を醸し出してるんですけど……」
鳩子が口元を引き攣らせながら、狼たちへと視線を向けてきた。
「うん……確かに。むしろあの人が、大城雄飛? 僕たちと同い年くらいに見えるんだけど」
「そうそう。あれが噂の大城雄飛。あ、そういえば、狼にどういう人物が言ってなかった……メンゴ」
「メンゴって……別にいいけどさ」
鳩子が昔の少女漫画のように、自分の頭を手で小突いて謝ってくるのを見て、狼は一気に気が抜けたような気がした。
そんな狼たちの隣では、名莉、季凛、根津が険しい顔をしている。
「完全に私たちの事、見てる」
「あはっ、マジか」
「完全に向こうはやる気みたいよ?」
狼たちを待ち構えながら、睨み目を向けている雄飛の手には、刀型のBRVが復元されている。
その様子を見ながら、狼たちは雄飛から数メートル離れた場所で足を止めた。
こちらを鋭く睨みつけている雄飛を見ながら、狼は内心で驚いていた。
僕と同い年くらいなのに、すごい威圧感がある。
それに刀を手にしている雄飛には、まったく隙がない。それだけで雄飛が熟練者だということが分かる。
「ほら、狼君も早くBRV出して対抗しないと」
季凛に肘で小突かれて、狼も慌ててBRVを復元する。復元したBRVを雄飛に向けながら、狼が口を開く。
「一つ聞ききたい。ここで小世美……女子を攫ったりしてないよな?」
狼が雄飛に対してそう訊ねると、しばしの沈黙があった。それから雄飛が口元だけで笑みを浮かべてきた。
「貴様が言ってるのは、小城の娘の事か? あれは、利用価値がある。だから大城の家に住ますことにした」
「なっ、ふざけるなよ。いきなり連れ去って家に住ませるって可笑しいだろ!」
しれっとした声で、とんでもない事を言いだした大城雄飛に、狼が驚愕の声を上げてから、ぽかんとしていたデンメンバーも口を開き始めた。
「うわーお! いきなり強制同棲とか斬新過ぎて、鳩子ちゃんには理解できないんですけど? え、なになに? もしかして、小世美に惚れちゃった?」
変なハイテンションになる鳩子に
「そんな勝手な事させない」
鋭く雄飛を睨む名莉。
「強引すぎて、現実感なさすぎるよね。あはっ。狼君、このまま家に連れてかれたら小世美ちゃん……食べられちゃうよ?」
「ちょっと、季凛! 何爆弾発言をいきなり投下してんのよ? 食べられちゃうって……なんかちょっと……」
「本当だよ! いきなり変な事言うなっ!!」
「あはっ。ネズミと狼君ちゃんテンパリすぎ」
慌てふためく根津と狼に、季凛が本気で笑っている。
「狼、ネズミ、季凛、危ないっ」
鳩子の声が聞こえ、狼たちは反射的に斜め後ろに跳び退く。
すると丁度、狼たちの真ん中辺りに、雄飛が放った斬撃が地面を削りながら通り過ぎて行った。
「煩い輩だ」
煙たそうな表情をしながら、雄飛が狼たちを見ている。
「ちょっと、いきなり先制攻撃って何よ? 自分がぶっ飛んだ事言って来たくせに」
「やられたら、やり返す。これモットー」
先制攻撃をしてきた雄飛に根津と季凛がBRVを復元し、攻撃を放つ。
月刀技 十六夜
連弩投擲 魑
根津の高速の刺突攻撃と季凛から投擲された無数の矢が、雄飛に向かって一斉攻撃を開始する。けれど前にいる雄飛はまったくと言っていいほど、動じていない。
いや、むしろその口元には笑みすら浮かべていた。
「技の数だけ増やそうと、無意味なことだ……」
雄飛がそう呟き、刀を一振りする。雄飛が行ったのはたったそれだけだ。それだけにも関わらず、変化は劇的だった。
刀の一振りで生じた斬撃を一言で言うなら、巨大だった。その巨大さは狼が千光白夜を撃った時と匹敵するほどの大きさだ。
そしてその巨大さが故に、退避していた根津と季凛が攻撃に飲まれる。
「ネズミ! 季凛!」
狼が叫ぶ。
斬撃が辺りに霧散すると、そこには斬撃の余波で抉られた中庭の地面に倒れ込んでいる、根津と季凛の姿が合った。
その姿を見るや、狼と名莉は雄飛に向け突貫していた。
奔り抜けながら名莉が雄飛に向け、二丁の銃から何発もの銃弾を二丁の銃から撃ち込む。その銃弾の軌道は的確で、雄飛の体の各部に照準が合わさっている。
狼も名莉に続き、イザナギに因子を注ぐ。
「斬撃返しだ!」
雄飛へと叫んで、狼はイザナギを揮う。
因子を込められ蒼く光った刀身から、同じ色の斬撃が雄飛へ放たれた。
「無様な」
名莉と狼の放った攻撃を前にして、雄飛は一歩もその場を動くことなく、眉を顰めながら言葉を唾棄してきた。
そして手に持っている刀で、名莉の銃弾をすべて切り裂いていく。銃弾が次から次へと両断されながら、狼の放った斬撃が雄飛へと肉薄していた。
けれどそれでも雄飛が焦る事はなかった。
名莉の銃弾を雄飛が全て切り落とした後、間断なく狼の放った斬撃が雄飛へと到達する……しかし、その斬撃は雄飛が持つ刀に止められ、そのまま跳ね返す。
しかもその斬撃を跳ね返した方向は、狼と名莉の後ろにいた鳩子の方だ。
狼の斬撃が鳩子へと向かう。その間に名莉が斬撃の横へと跳躍し、横から斬撃を霧散させようと動くが、間に会わずにそのまま無残にも鳩子を吹き飛ばした。
自分の攻撃で仲間が吹き飛ばされる瞬間を見た狼は、頭が真っ白になる感覚に襲われた。
だがそんな狼へと雄飛が刃の穂先を向けたまま、肉薄してくる。
「貴様の様な軟弱者に、大城の家が任されると思うな」
雄飛が狼を敵意の籠った言葉と鋭い視線で射抜く。
「狼っ!」
名莉の叫び声にも似た声が狼の耳を掠める。しかし狼はそんな名莉の叫び声も肉薄してくる雄飛の刃も意識に入っていなかった。
ただただ後ろ吹き飛ばされ、倒れた鳩子の方を見ていた。
鳩子よりも手前で倒れている根津と季凛を見ていた。
三人とも血を流しながら倒れている。
その姿を視覚に捉えながら、狼の背中には激痛が奔った。背中から血飛沫が舞うのが視覚の隅に見えた。狼の体が軽く前に倒れ込む姿勢になる。
「愚か者め」
狼は自分の背中を襲った痛みで意識を、目の前にいる雄飛や名莉に意識を戻す。けれどそれは遅すぎた。
雄飛の低い憎悪の籠った声が短く呟かれ……雄飛は狼に向け、超至近距離からの斬撃を放ってきた。
こんな至近距離から斬撃を放たれては、幾ら因子で瞬発力を高めようと回避するのは無理だ。しかも仮にそれを行うには、雄飛の放った斬撃はあまりにも巨大すぎる。
狼は後ろから襲ってくる攻撃に、激痛を伴う覚悟で身を後ろへと捻る。
「ぐぅう」
体に走る痛みに狼は思わず、苦言を漏らした。
漏らしながらも、狼はイザナギを盾代わりに眼前で構え、襲ってくる斬撃に備える。次の瞬間、体にイザナギを通して電流が奔った様な痺れが狼の体を打つ。
名莉が少しでも雄飛が放った斬撃を霧散させようと銃弾を撃つが、それが無意味に終わって行く。
イザナギを盾代わりにしている狼が、雄飛の放った斬撃に押され、どんどん後ろへと押されていく。
狼も足を地面に食い込ませる様に踏ん張ってはいるが、その斬撃を押し返すことが出来ない。
けど……ここで僕がやられたら……駄目だ!
「はぁあああああああ」
声を張り上げ、因子を大量に体へと流し込む。
狼の周りに因子の熱が溢れかえり、狼の髪先を焼いている。
それでも狼は、構わず因子を体へと、イザナギへと流し続けそのまま前に倒れ込む勢いで、斬撃を押し返さんと力を込める。
そんな様子を見ていた雄飛が客観的な声を漏らした。
「認めたくはないが、この因子の量……やはり我が家の血か……」
目を細める雄飛の前で、狼が雄飛の放った斬撃を打ち破った。




