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少女の願い

 狼たちは、固唾を呑むようにして、目の前に聳える壁(三年生)を見ていた。三年はもうすでに二年との騎馬試合で、勝利を掴んでいる。

 騎馬戦が行われる前に、シード権を獲得していた狼たちは、自動的に勝者である三年と当たる事となった。

「ここで大量得点を追加するとともに、大将である九条会長を討ち取れば良い。簡単な話だ」

 全然、簡単な話じゃない。

 狼は、自分の右斜め前にいる真紘の言葉に異論を唱えたくなった。

「ああ、なんで俺がこんな重役に……」

 隣にいる峯も、絶望的な表情を浮かべて嘆いている。

 狼だって、大将が小世美でなければ嘆いていたかもしれない。けれど、そこは流石としか言いようのない真紘は、峯の嘆きなど聞こえていない様に、三年が構えている陣を睨んでいる。

「みんな、私頑張るねっ!」

 狼の頭部の方から、やる気満々の小世美がそう声を掛けてきた。

「うん、わかった。でも無理はしないように」

「ウー、ラジャッ!!」

 狼の言葉に、小世美が片手で敬礼しながら答えてきた。

 そんな小世美に、狼が苦笑を溢してから、前へと視線を戻す。

 一年と三年の間には少しの空間がある。そこに二年の大将である柾三郎がやってきた。

 柾三郎は、どこから持ってきたのか分からない巨大な法螺貝を手にしている。

 そし端から中央まで来ると、手にしていた法螺貝を空に向け、吹いた。

 ブオオオオオオォォォォ……

 野太い音がグランド中に響く。

 それが火付け役となり、一気に一年の一陣目が三年へと向かって、前へ、前へと駆ける。

 三年もまた同じだ。

 けれど三年の場合、一陣だけでなく、全員が一年の陣の方へと向かって来た。

「戦法など、戦場にあってないような物……防御など捨て去れ! 敵に突貫するのだ!」

 声高らかな綾芽の声が力強く、グランド中に響き渡る。

 それを鬨の声としてか、三年の押し迫る勢いが強くなっている。

「敵の言葉に踊らされるなっ! 瞬時に向かい討て」

 一陣目にいる陽向が、綾芽の声に身をたじろいでいた周りの生徒を叱咤する。叱咤しながら陽向率いる騎兵が、三年の最前列と衝突した。

 その瞬間、因子が吹き荒れる。

『一陣目、因子使用開始。くれぐれも攻撃の余波に体勢を崩されない様に!』

 鳩子が全員の選手に通達。

 その瞬間、一陣目と二陣目の間で爆発が起きた。

 早々に一陣目を突破してきたのは、紛れもない綾芽率いる騎馬だ。

 綾芽の瞳は、獲物を見つけた肉食獣かの如き色に染まっていた。

 あの目は本気だ。

 十数メートル離れた場所にいる綾芽の瞳を見て、狼は再び唾を呑む。一瞬、小世美が狼の方へと視線を向けてきた。

 小世美は怖いのだ。

 表情で出さずとも、視線だけでそう伝えてくる。

 けれどそれを小世美が、口に出す事はない。

 視線を向けてきたのもほんの一瞬だ。もう既に小世美は狼から視線を前へと向けている。

 そのことで狼は小世美の中にある強さを感じた。

 僕も小世美に負けてはいられない。

 狼は内心で自分を(いさ)めた。

 前では二陣に構えていた根津が反射的に綾芽を食い止めようと動くが、それを希沙樹率いる騎馬が阻止した。

「私達、二陣目のやるべきことを考えなさい。私達がやるべきことは、一陣目の援護と大将以外の騎馬を討ち取る事よ」

 そう言った希沙樹の手には、突撃槍が復元されている。

 復元した突撃槍で、希沙樹が向かって来る敵へと細かく砕いた氷塊を投擲している。

 この騎馬戦のルールでは、騎馬に乗る騎手が敵に攻撃を放て、騎馬は向かって来た攻撃を防ぐための防御を使用する事ができる。そして逆に言うと、騎手は防御が制限されており、騎馬は攻撃技を制限されている。

 だからこそ、誰を攻撃に回すか、防御に回すかなども念頭に置きながらチーム編成を考えなければならないのだ。

 狼たち一年は、全体的に守備を固める戦法を取っている。だがそれに対し、三年は防御などを捨て去った諸刃の剣戦法だ。

 きっと、この三年の戦法は、好戦的な綾芽の息が掛かっているのだろう。

 そのため、希沙樹の攻撃に対処しきれなかった三年の騎馬が、短い悲鳴を上げながら態勢を崩し、騎手が落馬している。

 加点のルールとして、通常のルールと同様に落馬したり、騎手が頭に着けている鉢巻を取られた場合に加点されるため、一年の得点に三点が追加される。

 その間に三陣目が控えている陣地へと進行した綾芽が、正義と衝突した。

 拳打を放とうとしている綾芽に、騎馬である正義が声を衝撃波に変えた物を放ち、攻撃を阻止する。

 正義の放った衝撃波もまた、綾芽の騎馬である周が砂壁を作り防いでいる。

 そんな二つの騎馬が相克(そうこく)している中、周りでは次々と落馬したり、鉢巻を取られたりしている。

 勝敗が混合し合って、グランド中に広がっていた。

 そんな光景を見ながら、狼の中でも緊張が渦巻いていた。

 二学年の生徒を合わせて、計六〇〇人弱の生徒が一斉にぶつかり合っている様は圧巻で迫力がある。

 空気を震わす程の雄叫びと爆音がグランドを支配している。

 狼たちは、その音に混ざることなく、今はただ傍観者として眼前に広がる光景を見ているしかできない。

 大将騎馬である自分たちの目標物は、正義たちと攻防をしている。

 情報操作士による指示のもと、綾芽たちと対峙している正義たちは、綾芽たちの正面から横へと移動して攻撃をかわし、反撃の機を窺っている。

 けれど、それも長くは持たなかった。

 正義たちが反撃をしようとした瞬間、綾芽の貫手がそれよりも速く繰り出され、正義たちの騎手の鉢巻が切り裂かれた。

「じきに俺たちの元に来るな」

 一連の光景を狼と共に見ていた、真紘が短く言葉を紡いだ。

「うそだろー、もう来るのかよ? むしろ、会長に勝てるのか?」

 狼の隣に居る峯が、顔を青ざめさせている。

「勝てるのかではない。勝つんだ」

「あ、はい……」

 真紘に一喝された峯が口を戦慄(わなな)かせながら、頷く。

 そのやり取りに騎手である小世美と狼が苦笑を零す。

 すごい、気迫だな。今の真紘……

「よし、黒樹。向かってくる会長たちへと前進だ」

「わかった……」

 狼が真紘の言葉に頷いた瞬間、峯の小さい漏らした溜息を無視して、狼たちは綾芽たちの元へと向かう。

 小世美を落とさない様に気をつけながら、進む。

「でも、会長の周りにも他の三年生がいるけど、そっちはどうする?」

 走りながら、狼が真紘に訊ねる。

 すると真紘の代わりに鳩子が答えてきた。

『心配ご無用。三陣目にいたメイっちに周りの騎馬を一掃してもらうように頼んだから』

「了解」

 狼は鳩子に返事してから、綾芽たちの方へと視線を向けた。

 視線を向けると、愉快そうに笑う綾芽と目が合った。

 周りにいる他の騎馬など、目にも入れず狼たちの方を見ている。

「うわぁー、あの眼、完全に僕たち狙い……」

 狼が口元を引き攣らせ、

「ああ、そのようだな。だがそちらの方がこっちとしても助かるが」

 真紘が微かな笑みを浮かべ、

「そうか? 俺には有難迷惑にしか感じないだけど」

 峯が嘆息を吐き、

「すごい迫力……」

 小世美が思わず、感嘆を漏らしている。

 そんな狼たちへと、綾芽が勢いよく拳を突き出し、衝撃波を放ってきた。

 その衝撃波を真紘が、BRVを復元せずに形成した風圧で霧散させる。

「ほう……、BRVなくとも風を起こすことは可能か」

 自分の衝撃波を打ち破った真紘を見て、綾芽が嬉しそうに感心している。そしてそのまま狼たちへと駆けよってきた。

「うわっ、来た! 輝崎、頼む! 何とかしてくれ」

 迫りくる綾芽を見て、恐怖を感じた峯が真紘にそう叫ぶ。

「無論だ」

 真紘がそう答え、再び自分たちの周りに風を起こす。

 そしてその起した風で防御態勢に入る。

「構わん。突っ込め!」

 綾芽の声に周が頷き、砂の盾を展開させながら狼たちへと走ってきている。

 だがそう易々と侵入を防ぐわけには行かない。

 狼は周の作った盾を破壊するため、真紘の肩に乗せている方の手から無形弾を連続的に放つ。ただ相手もそれに応じて、盾の数を増やし始めている。

 狼は名莉のように、正確な射撃が出来るわけではない。

 そのため、盾を破壊することにも時間が掛かかり、易々と自分たちへの接近を許してしまう。

 綾芽を騎手とした騎馬が近づき、小世美の頭にある鉢巻を掴みにかかってきた。

「真紘! 後ろに!」

 狼の言葉で、真紘や峯が後方へと移動し、伸ばされた綾芽の手から逃れる。

 間一髪で鉢巻を取られずに済んだが、危機が去ったわけではない。

 何か策を考えなければ、負けてしまう。

 それを考えて、狼が奥歯を噛みしめた。

 するとそんな狼たちに援軍として、三陣目に配置されていた名莉がやってきた。

 いや、名莉だけではない。セツナや他の生徒も狼たちへと詰め寄っていた三年の騎馬隊の足止めをしてくれている。

「大将は取らせない」

 名莉が手に持った二丁の銃から、銃弾を撃つ。

「みんな、会長さんに向かって走って!! 私、絶対に会長さんから鉢巻を取るから」

 小世美が決意を持って叫ぶ。

「わかった!」

「行くぞ!」

「お、おう」

 狼、真紘、峯がそれぞれ返事をし、綾芽たちへと突撃。

 狼たちが綾芽たちへと近づいた瞬間、名莉の放った銃弾と周の盾がぶつかり、砂が辺りに飛散する。

 一瞬だけ視界が砂に阻まれる。

 そんな中でも、狼たちは小世美の決意を受け、綾芽たちへと突貫する。

 ここまで来たら力技を行使するしかない。

 そして狼たちが盾を失った綾芽たちに体当りする。

 思っても居なかった力技に、周たち騎馬の態勢が一瞬崩れた。

 小世美も身を乗り出すようにして、綾芽の頭に巻かれている鉢巻を鷲掴みにして、綾芽から奪い取る。

「なんと……」

 まさか、非力な小世美に敗北すると思っていなかった綾芽が目を見開く。

 その顔には、驚愕しか残っていない。

 けれど、そんな綾芽に構うことなく、三年の大将である綾芽が敗北した事で、試合開始時に吹かれた法螺貝の音が再び試合終了を告げた。

 試合終了の合図を受けた瞬間、一年の生徒から歓喜が溢れ出る。

 狼たちも騎手である小世美を地面へと下ろし、歓喜よりも安堵感でその場に座り込む。

「良かった~」

「本当だぜ。一時はどうなるかと……」

 狼と峯がそう言いながら、脱力していると真紘が苦笑を浮かべてきた。

「黒樹もよく頑張ったな」

 真紘が小世美に向けて、声を掛ける。

「本当だよ。小世美から会長に仕掛けるなんてさ」

「俺もヒヤヒヤしたもんな」

 真紘の言葉に続いて、狼や峯が小世美に声を掛ける。

 けれど小世美から返事はなく、鉢巻を持ったままポカンとした表情をしたまま固まっていた。

 きっと、綾芽から鉢巻を取れた事に自分自身でも驚いているのだろう。

 まぁ、無理もないか。

 もし自分が小世美の立場でも、同じように茫然としているかもしれない。

 けれど、そんな茫然としていた小世美を余所に、次々と周りにいた一年の生徒が集まってきて、瞬く間に小世美を囲んでしまった。

 皆に囲まれ、現実に戻った小世美が瞳を潤ませ始めた。

「よくやったわね、小世美」

「小世美、ナイス、ガッツ!」

「あはっ、狼君より全然、活躍してたよね」

「本当にすごいと思う」

 根津、鳩子、季凛、名莉に声を掛けられた小世美は、堪えていた涙腺を崩壊させた。

「う、うん……うんうん。ありがどう!! 私、びんなのやぐにたっ、たんだぁ~」

 小世美がむせび泣きながら、名莉にそのまま抱きついている。

「よっぽど嬉しかったんだな」

 狼は嬉しそうにする小世美を見て、心から良かったと思った。


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