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二人だけのサバイバル

 その頃、真紘たちはヘリから人が落下した場所へと向かっていた。

 たちと言っても、一緒に走っているのはセツナだけだ。二人とも正義感が強いせいか、周りにいた者の声も聴かず、一心不乱に密林の中を、木と木の枝を飛ぶようにして突き進んでいた。

「落ちた人たち大丈夫かしら?」

 走りながらセツナが訊いてくる。

「わからない。ただ怪我はしているだろう。もしかしたら動けなくなっているかもしれない。一刻も早く救援に向かおう」

「そうね」

 短い会話をしながら、密林を縫うように進む。邪魔な木は切り倒し、跳躍する。

 だが全ての木を切り倒すわけにも行かない。早く向かいたいという気持ちと齟齬するように、うまく進むことのできない土地柄に、真紘は歯痒さを感じてしまう。

 けれど焦りは禁物だ。

 自分自身にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。

「でもどうして、こんな所に軍事用のヘリが?」

 セツナが思い返すようにして、首を傾げている。

 走っている間、真紘も同じことを考えていた。こんな無人島にわざわざ軍事用のヘリが飛んでくるのだろうか?

 その考えが浮かんだ時、或いは・・・とも考えたが、彼らのような者があんなヘリから落ちるような間抜けなことを起こすのか?という考えにもなった。

 もちろん、彼らとはトゥレイターのことだ。

 しかも、一番初めに落ちた人物は、トゥレイターの者達には似つかわしくない動きにくそうな女性服を着ていたようにも見えた。少し距離があった為、断言しては言えないが、戦おうとしていた最中に見たのだ。当然動体視力もゲッシュ因子で上がっている。

 だから、見間違えということはないだろう。

 では、あの女性は何者なのか?敵なのか?

 いくら考えても答えは出てこない。

 ならば、自分が今やらなければならないことに専念するだけだ。

「確かに疑問に思う事は多々あるが、今はそれより人命救助を重んじる」

 これが今自分たちのすべき事柄だ。

 真紘の言葉にセツナは満足そうに頷いた。

 樹木の間を進んでいると、真紘の耳元に微かな轟音が聴こえる。まだその音がする場所から距離はある。進むにつれ、その音が鮮明になる。

「ヘルツベルト、止まれッ!」

 音の正体を把握した真紘が、そう叫んだが遅かった。

「え?」

 素っ頓狂な声を上げながらセツナは、ゲッシュ因子で加速していた足を止められず進んでしまう。そのため、今まで木々に覆われていた視界が急に開け、次の枝に着地することが出来なかった。

 セツナはそのまま轟音を掻き鳴らす滝壺へと落っこちていく。

「きゃあ―――――――――――ッ」

 無造作に伸ばされた手が空虚に落ちていく。

 真紘はすぐさま、セツナを追うように滝壺へと向かう。セツナが水面に叩きつけられる寸前、風のクッションをセツナと水面の間に作る。

 そしてそのまま自分も水の中に吸い込まれる様にして、勢いよく着水した。

 滝の所為か、水中の流れは目まぐるしく速い。

 真紘は水中でもがいているセツナをかかえ、水面へと上がる。

「ぷはっ」

 上がったと同時にセツナが息を吐き、呼吸を整えている。

「大丈夫か?」

「うん、まぁなんとか」

 まだ少し荒い呼吸でセツナが答える。

「では、すぐ岸に上がろう」

 そう言って、真紘が泳ごうとすると・・・ぐいっ。

 服を後ろから思いっきり引っ張られた。

 慌てて真紘が後ろを振り返ると、セツナが青ざめながら今にも泣きそうな表情で服を掴んでいる。

「もしかして、泳げないのか?」

 真紘の問いにセツナはこくこくと頷く。

 思い返してみれば、セツナは水中にいるときも中々水面に上がらず、もがいていた。

「すまない。見落としていた。・・・では、俺の肩にでも掴まってくれ」

 するとセツナは両腕で肩ではなく真紘と前鏡になるようにして、首に掴まってきた。

 首に掴まっている腕にも相当な力が入っている。

 相当、水が苦手なのだろう。

 真紘はそう内心思いながら

「一つ言っておきたいんだが・・・その、もう少し力を緩めてもらえると有り難い。少々息苦しくてな」

 今にも首絞められそうな腕の力を緩めてもらう。

「わっ、ごめんんさい。あまりにも怖かったから・・・つい」

 少し気恥ずかしそうに、セツナはへらりと笑みを浮かべている。

 真紘は少し苦笑を漏らしながら、岸へと上がった。

「マヒロがいてくれて、よかったぁ。そうじゃなかったら、私、絶対に溺死してたもの」

「それは考えるだけで、怖いな」

「本当よ。私、身体を動かすことは大好きなんだけど、泳ぐのだけは苦手なのよね・・・自分が炎を使うタイプだからかな?」

 うーん、と唸るようにセツナは考え込んでいる。そんなセツナを見ながら、真紘は溜まらず失笑した。

「ははは。そんな、話聞いたことないぞ、俺は」

「そんなに笑わなくてもいいのに」

 腹を抱えて笑っている真紘を見て、セツナは不服そうに口をへの字にしている。真紘はそんなセツナをお構いなしに肩を震わせて笑っている。

「んー、マヒロの笑いのツボがよくわからないかも」

 とセツナはぼそりと呟いた。

「ふっ、はは。す、すまない。先ほどの言い分が妙に愉快でな。では、先に進もう。まだ落下地点を見失ったわけではない。衣服はそれから乾かそう。落下地点は確か向こうの方角のはずだ」

「そうね」

 セツナの賛同を受け、真紘たちは落下地点まで急いだ。

 真紘は再び跳躍を開始しながら、身体に不快感を感じていた。

 濡れたままの衣服が肌にへばりつく感じは、どうも気持ち悪い。とはいえ、人命がかかっているのであれば、文句を言ってはいられない。

 真紘が唯一助かったといえば、セツナが自分の意見にすぐ同意してくれたことだ。肌に感じる感覚は、男である自分でも不快に感じるくらいだ、女性であるセツナが嫌なわけがない。でも、セツナは嫌な顔さえもしていない。

 まるで気に留めていないようだ。

「・・・大物だな」

 真紘はぼそりと呟いた。

 呟いてから、真紘は気を引き締め直しさらに加速して、前へ前へと進んだ。



 そして落下したと思われる場所近づくと、真紘たちは跳躍するのをやめて、地面を歩行しながら捜索することにした。

 地上での移動は、上での移動より視界が開けていない。それに加え似たような樹木が多く定まった目印が無いため、方向感覚が麻痺しそうになる。

 密林の中を歩き続けること、1時間。

 ようやく、それらしい光景を見つけることができた。

「もしかして、ここかな?」

「ああ、場所は間違いないだろう。その証拠に・・・」

 そう言いながら、真紘が折れた木の枝や、上から潰されたように折れた草花を指差す。

 この枝の折れ方や草花の潰され方は、自然的にはありえないだろう。

 確実に人がここに落ちたということだ。

 だがしかし、落ちたと思われる者達が見当たらない。

 どういうことだ?

 まさか自分たちで歩いて、どこかへ行ったということなのだろうか?

 あのヘリの高さから落ちて、無事でいられるということは、ゲッシュ因子を持っていない限り不可能だろう。もしも仮に持っていない普通の人だとしたら、まさしくその者は、かなりの強者ということになる。

 真紘が一人黙考していると、隣にいたセツナが生唾を呑みこんでから、口を開いた。

「もしかして、落ちた二人とも・・・熊に食べられたとか・・・・」

 セツナの声はかなり真剣な物だった。

 だからこそ、真紘はどう反応を取ろうか躊躇した。

 そして真紘が躊躇っている内に、さらにセツナの妄想は膨らんでいく。

「あ~あ、きっと動けないで二人とも苦しんでいる内に、一匹の大きな熊がやってきて、それで二人は、なす術もなく、ペロリと熊の腹の中に~~。いえ、もしかしたら狼だっていたかもしれない。ううん、きっとそう。だって骨も残らないなんておかしすぎるもの。でもでも、もしかしたら、自分の巣の中に帰っていただきます。かもしれない。ああ、あたしがちゃんと注意して滝なんかに落ちなければよかったんだわ。そしたら二人は助かったかもしれないのに」

 もはや、セツナの中で二人は食べられて死んでしまったという、事になってしまっている。

 真紘は暴走しているセツナを自分と向かい合わせて、肩に手を置いた。それからセツナを落ち着かせるように静かな声で話す。

「落ち着け、ヘルツベルト。多分、野生の動物に襲われたという確率は極めて低いと思うぞ」

「どうして?」

 数回瞬きをしながら、セツナは真紘の顔を見る。

「熊に襲われたのであれば、もっとここが乱雑になっていてもおかしくはないし。血痕一つ、無いというのもおかしい。それにこんな海に囲まれた無人島内に、熊が生息しているとも思えない」

「そっかぁ~。なら、よかった」

 真紘の説明に納得したのか、セツナはふーっと息を吐き、胸を撫で下ろしている。

「しかし困ったな。救援対象がいないというのは」

「確かに」

 眉を潜めながら真紘は周囲を見渡すが、どの方向に行ったのかも推測できない。これは大いに困った。

 真紘が短い嘆息をついた時、隣にいたセツナから大きな声が上がった。

「ないっ!」

「何がないんだ?」

 叫ぶようなセツナの声に、真紘は目を丸くする。

 何かを探しているように、自身の体を触っていたセツナがゆっくりと顔を上げ、真紘と目を合わせる。

 そして

「腕に付けてたはずの、わたしの情報端末機」

 えっ?

 真紘も条件反射のように自分の腕を見る。そこにはあるはずの物がない。

 もしかして、あの滝に落ちた時に落としたのか?

 否定しようもない考えに、真紘は頭を抱えたくなる。

 あれがなければ、BRVを出すことも、情報操作士と通信することも出来ない。

 来た道を戻ろうにも、戻れない。

 自分の不甲斐なさに唾棄しそうになる。

 なにをやっているんだ、俺は。

 まったくもって不甲斐ない。

 情報端末機を落としたことも気づけず、愚直に動いてしまった自分の愚かさに、奥歯を噛み締める。

「なんという失態だ・・・」

 握り拳を作りながら、自分に対しての嫌悪感でいっぱいになる。

 自己嫌悪に陥っている真紘を次の瞬間、セツナが真紘を優しく抱擁した。

「大丈夫よ。そんなに自分を責めなくても。落ち度があったのはマヒロだけじゃないわ。そもそも最初にヘマをしたのは私なんだし。だから、マヒロがそんなに気にすることないのよ。これもサバイバル演習の続きと思えば。ねっ。だから大丈夫」

 セツナの声はまるで、泣いている子供をあやす母親のような声だった。

 とても温かみのある声だ。

 そのためか、さっきまでの嫌悪感が嘘のように溶けていく。

 その代わりに懐かしさというものが、どこからともなく溢れ出す。染み渡る。

 朧げに覚えている母親を頭の中で再生する。

 だが、その記憶はあまりにも少ない。自分が三つ子の時に死別してしまっている為だ。それでも、懐かしいと感じるのは、同じように母親があやしてくれていたかもしれない。

 真紘はしばしの間、その暖かさと懐かしさに身を委ねた。


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