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借り物競争の脅威

 狼が仮装レースのステージでヘッドバンを激しく行っている頃、少し離れた場所に大城雄飛の姿があった。

 勿論、遠くにあるステージの上でヘッドバンをしている者が狼だということは気づいていない。そのため、雄飛は自分の伯父にあたる大城晴人の面影を持っていると噂されている狼を観客席の中で探していた。

 けれどやはり、観客席に狼が居るはずもなく、狼が見つからないことに雄飛は舌打ちをした。

「やぁ。大城雄飛君、こんな所で我が校の体育祭を見物しに来たのかな?」

 雄飛に声を掛けて来たのは、明蘭学園理事長でもあり九卿家の一つ、宇摩の現当主である宇摩豊だ。

 豊に声を掛けられた雄飛は、礼儀正しくお辞儀した。

「これは、豊様。久方ぶりでございます」

「はは、本当だね。君を最後に見たのはいつくらいだったかな?」

「はい、私がまだ七、八くらいの時に一度だけ」

「そうだったね。確か」

 話がそこで一区切りし、二人の間に沈黙が走った。

 大城雄飛にとって、隣にいる宇摩豊という存在は未知な存在でしかない。そう言うならば、アンタッチャブルな領域にいる人物と言う事だ。

 父親である大城時臣も豊に対しては、どこか敬遠している節がある。

 そして雄飛も豊を前にして、父の気持ちが分かった気がした。

 見た目からはどこか飄々としていて、傍若無人という感じだが、腹の底で何を考えているか分からないという雰囲気が隣にいる豊にはある。

 内心で雄飛が豊と言う人物に対して思考を巡らせていると、豊がふと口を開いてきた。

「さてさて、雄飛君、今回の君の真の狙いは何なんのかな?」

「……何のことでしょう?」

「おや、惚けるつもりかな? 輝崎君から君が従兄弟である狼君を探しに来ているという一報は受けたが、それは君の私情の用であって、本当の目的は別にあると思っているんだけどね。違うかな?」

 横目で雄飛を見ながら笑って来る豊を見て、雄飛は顔を顰めた。

「そこまで分かっていながら、何故私の口から聞きだそうとするのですか?」

「ははは。それは私が子供の自発性を鍛える為にだよ。だから断じて悪意ではないから勘違いしないでくれると、有り難いね」

「周りの者が言う様に、貴方様は本当に曲者のようですね。いや、曲者であり悪者でもありますか」

 淡々とした口調で雄飛が豊にそう言い返すと、豊は肩を竦めさせてきた。

「いやぁ、そう冷静な物言いは、時臣君譲りかな?」

 豊にそう訊ねられ、雄飛は肩を竦めた。

「まったく、そういう所も父親譲りだ。同じ大城の血が入ってるのに時臣君と晴人じゃ、対照的な性格をしていたからね。きっと晴人の方が大城にとってイレギュラーな存在だったんだろうけどね」

「家の者からそうだと伺っております」

「なるほど。でも時臣君からしたら晴人は超えられない高い壁だった。だからこそ、彼は晴人の息子である狼君に興味津々だと……」

「ええ、そうです。その通りです。ですが、宇摩の御当主、私はそんな父の考えを改めさせようと考えております」

「随分、強気だね。まぁ、強気な事は良い事だ。けれど……焦りは禁物だよ。焦りは人の強さを鈍らせる物だからね」

 豊はステージの方を見ながら、何故か可笑しそうに肩を揺らして笑っている。

 下らない見せ物を見ながら笑う豊に、雄飛は自然と眉を顰めた。

 素直に人の話を聞いている様で聞いていない豊の行動を遺憾に感じたからだ。

 そのため雄飛は一つため息を吐き、踵を返した。

「あんまり、派手な事はしないようにね。大城雄飛君」

 後ろから声を掛けられ、雄飛が後ろを振り返ると豊は雄飛に背中を向けたままだった。

 けれど、それにも関わらず奇妙な威圧がそこにはあった。

 雄飛は思わず固唾を呑む。

 だがしかし……

 雄飛の中にある決意は固かった。

 今回の事を成し遂げれば、父に自分と言う存在を認めて貰えるかもしれない。

 藁をも掴む思いではあるが、父が自分を認めてくれるのであれば、今回の目的を遂行しないわけにはいかない。

 例えどんな者が障害として向かってきても。




「やっと、一息つける」

 狼は生徒用の観客席に座りながら、安堵していた。

「オオちゃんに、ヘッドバンの才能があったなんて、お父さんが聞いたら驚くだろうね」

「いや、驚くって言うより……」

 きっと大爆笑されるのがオチだ。

 そんな分かりやすいオチが分かっているせいか、狼はここに高雄がいなくて本当に良かったと思った。

「でも、ちょっと狼は顔を動かしすぎね。その所為でヘヴィメタルverの狼を激写できなかったんだからね?」

 鳩子が腕を組みながら、残念そうにそんな事を言って来た。

 あんな格好を写真に収められていたらと思うと、本当に恐ろしい限りだ。

 あのヘッドバンは結果として怪我の功名になったわけだ。

「そういえば、次の種目って借りもの競争だっけ?」

 いつまでも自分の話題を続けたくない狼は、次に行われる借りも競争へと話を逸らした。

 借りもの競争に出るのは、根津、真紘、マルガ、希沙樹の四人が出場するはずだ。

「借りもの競争かぁ~。これは波乱の予感がするね!」

「確かに。変なクジとかに当たったらそれこそ、ゴールできなくて大変だし」

 しかもこの借りもの競争に使われるクジは、明蘭の全校生徒及び教官たちが情報端末を通して借りもの競争専用のポストに書き込むのだ。その中には悪意のある借りものが入っている可能性だってある。

 そしてそんなクジがいかに恐ろしいということは、先ほど狼と季凛が痛いほど味わった。

 できれば、もう二度とクジ系の種目には出たくない。

「ネズミも真紘もマルガも皆頑張るって言ってた。むしろさっきの狼と季凛のおかげで一年に火がついたみたい」

「そうなんだ。でもそれの理由がさっきの僕たちにあるっていうのは、ちょっと、喜んで良いんだか、悪いんだか分かんないや」

 小世美の隣に座る名莉に狼が苦笑を浮かべて、狼が頭を掻くと名莉がこれまた以前の様に優しく微笑んできた。

 その微笑みに内心でドキリとした。

 いやいやいや、待て待て待て。自分。

 ドキリとしてしまったことに狼は内心で動揺し、一度大きな深呼吸をした。

「オオちゃん、深呼吸なんかしてどうかしたの?」

「え、いや、なんでもない!」

 小世美に首を傾げられ、狼は少しテンパリながら答える。

 しかもその際に小世美の口元に目が行ってしまい、狼は恥ずかしさで思わず頭を真下へと垂れ下げた。

 完全なる墓穴。

 狼は俯きながら顔を真っ赤にさせ、そう思った。

「それにしても、季凛もよく最後の行動に出たね。まっ、どうせ真紘にあの姿で顔を見られたくなかったからだろうけど」

 狼が頭を俯かせていると狼のもう片方の横に居る鳩子が季凛にそんなことを言っている。

「あはっ。当然じゃない? 誰があんな姿の自分の顔を見られたいと思う? あり得ないでしょ。それだったら嫌でもあの四つん這いになってあの気色悪いキャラの顔を向けてた方がマシ」

 鳩子の言葉に頷いた季凛に、狼は驚いて思わず季凛の方に視線を向けた。

「いきなり狼君、こっち向いてどうかした?」

「え、いや、あの四つん這い行動って、場を盛り上がらせるためじゃなかったんだと思って」

「はぁ? 季凛がどうでも良い奴らのためにあんな行動やるとでも思ってんの? あはっ、狼君って全然、季凛の事分かってないよね。男としてサイテー」

「はは、ごめん……」

 一人で墓穴を掘ったのとも違うダメージを狼が受けたのと同時に、借りもの競争を始めるアナウンスが放送された。

 まずトップバッターで行進してきたのは三年で、その中には秀作やみゆきの姿が見えた。

 それから続いての二年には俊樹や沙希に加夜の姿が見える。

 きっとこの借りもの競争は、一学年以外の学年は二軍の生徒がメインで配置されているのだろう。きっと、借りもの競争は、競争以前に借りものを借りれるかが勝負の分かれ道のため、低い戦力で戦おうという作戦なのだろう。

 ちなみにこの競技をサポートする情報操作士は、棗だ。

 ここでの情報操作士の役目は味方の借りものを効率よく探せるルートを教えるのと、敵の端末に御情報を流して、妨害することが役目らしい。

 見た所、この競技に情報操作士の一番の実力を持っている慶吾も担当種目らしく、情報操作士が待機しているテントから、狼の方へ手を振ってきているのが見えてしまった。

 うん、見なかった事にしよう。

 隣の鳩子が手を振ってきている慶吾に対して中指を立てている姿も含めてだ。

 ここはもっと冷静に対処した方が絶対に良いのになぁ。

 でもそれには鳩子や棗のプライドが障壁になっているという事は、分かっている。こういう時に才能がある者同士は、大変だなと思う。

 やはり、鳩子にしても棗にしても情報操作という分類において、才能があり少なからずそこに自負を感じているはずだ。そんな二人の前に目上のたんこぶかの慶吾が現れたら、それはもう二人から火花が飛ぶのも頷ける。

 いつもはどこか冷めている様な雰囲気の棗でさえ、隣に座っている慶吾に闘志を燃やしているというのが見て分かった。

 まぁ、ここまで嫌われるのは條逢先輩の性格の悪さにも起因はあると思うけど。

 鳩子や棗じゃなくとも、狼だって慶吾に対して嫌悪感を抱いたことはある。

 あの人人の触れてほしくないところばっかり、触れてくるんだよな。

 むしろ、この学園の事や生徒の事であの人が知りえない情報はないのではないかとさえ考えてしまう。

 それほど、慶吾が把握している情報量が多い。

 うーん、味方だと凄く頼もしいけど敵になると一番厄介なタイプかも。

『第一レース目、スタートです』

 狼が借りもの競争から意識を外している内に、一走者目がスタートしていた。一走者目には希沙樹が綺麗なフォームでクジを引くポイントまで走り、他の学年を抑えて一番乗りで情報端末を開き、借り物専用ポストでクジを引いている。

『さぁーて、五月女選手はどんな借りものクジを引いたのでしょうかー!?』

 そんな借りもの競争担当の男子生徒によるナレーションが入ってから、希沙樹はそそくさと狼たちの元へとやってきた。

「蜂須賀さん、ちょっと来てもらえる?」

「あはっ。ヤダ―」

「あら、いいの? 先ほどの貴女の活躍を写真として収めといたから、後でネットにばらまかれることになっても?」

「あはっ。脅しとかマジうぜー」

 そんなやり取りをしながら、ネットであの姿の自分をばら撒かれたくない季凛は、渋々希沙樹と共に走り、少し他の学年に抜かされそうになりながらも、見事一位を獲得した。

『はぁーい、一学年五月女さん、見事一着です!! ではでは、引いたクジの内容を見せて頂きましょう!…………えーっと、五月女さんのお題は、これ言っていいのかな? いや言わないと公平性にかけるし……よし、オブラートに包めば大丈夫!! 五月女さんのお題はずばり仲の良くない人です!!』

 ……クジのお題も最悪だけど、その題で迷わず季凛の所へとやってきた希沙樹に対し、狼は素直に恐怖を憶えた。

 しかもさっきの言い方はナレーションの男子がオブラートに包んだ言い方のため、クジに書いてあった言葉は何なのかは恐ろしくて予想したくない。

「うわっ、初っ端からエグいの来た……」

 隣に居る鳩子が思わずそんな事を呟いている。

「ほ、ほらでも、一位は取れたから良かったよね!!」

 小世美も必死のフォローを入れるが、そのフォローも上手く機能していない。

 けれど当人たちは然程気にしていないのが、せめてもの救いだろう。

「やっぱり、この借りものは一波瀾あるね」

「うん、あるかも」

 狼は鳩子の言葉に頷いたのは狼だけだが、きっと小世美や名莉もそう思ったに違いない。

 そしてそう言っている間に二走者目がスタート地点に付いていた。


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