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ああ、無常

 狼が修二と下らなくて他愛もない話をしている中、見事な連携を見せていた名莉と希沙樹はグランドの隅の方に座り込んでいた。

「そういえば、名莉。最近何かあった?」

「どうして?」

 唐突な希沙樹からの質問に、名莉は一瞬だけ戸惑った。

 そしてそんな一瞬だった名莉の戸惑いを見透かしているかの様に希沙樹が静かに微笑んできた。

「わかるわ。これでも私は貴女と幼馴染なんだから……やっぱり、何かあるとすれば黒樹君に関係している事かしら?」

 希沙樹から核心を突かれ、名莉は素直に頷いた。

「そう。黒樹君とどんな事があったのかは分からないけど、名莉は名莉なりに動いてみたのね」

 名莉なりに動いてみたのねという希沙樹の言葉にも頷き、頭を俯かせながら口を開いた。

「……私、狼に好きって言ったの。狼を困らせる結果になってしまったけど。言ったあとは、すごく後悔した。言わなければ良かったって。でも、今考えてみると、いつ私が自分の気持ちを狼に伝えても、結果は同じだって思った」

 希沙樹にそう言いながら、名莉の内心はとても胸が締め付けられる思いがした。

 痛くて、どうしようもない。

 胸が詰まって、口元が震えそうになるのを名莉は口を強く結んで抑えた。

 結果は同じ。

 そう名莉は内心で前から薄々わかっていたのかもしれない。狼が自分の気持ちに対して出す答えを。

 けれど、内心ではそう気づいていたとしても、狼と他愛もない会話をしている内に、名莉は内心でどこかで期待してしまっていたのも事実だ。

 もしかしたら……

 もう少し自分が頑張れば……

 そういう期待をずっと胸の内に秘めてきた。

 名莉自身、自分がそういう期待を持つ事に対して嬉しい気分にもなった。

 他の人よりも感情表現が乏しくて、どこか色みの無い自分が狼を好きになったことで、自分にも色がついたと思えたからだ。

「私、自分が自分で嫌になる」

「どうして?」

 名莉のぽつりと呟いた言葉に、希沙樹が落ち着いた声で訊ね返してきた。

 自分の中にある本音を全て吐き出してしまおう。

 そう思えるくらい、希沙樹の声は落ちつきのある声だった。

 だからこそ、名莉は震えそうな口を動かし言葉を紡ぐ。

「私、ずっと考えてたの。狼の特別な存在になれなかったら、自分はどうなるんだろうって。それを考えた時に、私は狼の本当の友達になればいいと思った。狼の事はすごく好きだから、友達になれるから、大丈夫だって自分に言い聞かせてた。けど、実際に狼にごめんって謝られた時に、頭真っ白になって、気づいたら泣いてた。私、そのときに気づいたの。大好きな人と友達になることなんて、無理だって事に。どんなに好きな人から友達っていう視点に切り替えようとしても、どうしても友達の先を望んじゃう。だからこのまま狼と話せなくなるのが辛くて、夏休みに「狼と普通に話したい」ってメッセージを送ったの。返事は返ってこなかったけど、始業式の前に、狼から声かけてもらえた……それがすごく嬉しくて……」

 名莉は頭の中で寮に戻ってきた狼から、声をかけて貰えたことを思い出し、胸が締め付けられた。

 狼と友達になるのは無理だ。

 あの時、名莉はそう確信してしまった。

「私がこんな気持ちをずっと狼に持ってたら、狼を困らせるって分かってるのに、どうしても私にはこの気持ちを消せなくて」

「良いんじゃないかしら? 消さなくても。むしろ、消したくない物を無理に消しても不完全燃焼で、後で厄介な事になるわ。それだったら、消さずに思い続けていても良いと思うわ」

 沈痛な気持ちで名莉が顔を歪ませていると、希沙樹はさらっとした口調でそう言いきってきた。

 そんな希沙樹の方に名莉が顔を向けると、希沙樹が話を続けてきた。

「これは私の自己論だけど、私からしてみれば片思いの相手を気にするのは、好かれたいっていう下心からよ。私だって今真紘に色々しているけど、それは真紘に必要とされたいっていう願望で、真紘のためじゃなく、私自身のためにしてるの。もし本当に真紘の為にするとしたら……そうね、私の気持ちを真紘が受け止めてくれた時じゃないかしら? 私の気持ちに答えてくれた感謝を込めて、ね。つまり、私が言いたいのは、片思いの時は、相手を本当の意味で気づかう必要なんてないってことよ」

 名莉は黙ったまま希沙樹の言葉に聞き入っていた。

 確かにそうだ。

 どんなに自分が狼のため、狼のためと考えても、それをさらに深く掘り下げると結局は自分の為にやっていることだ。

「それじゃあ、今の希沙樹は真紘にとってどんな存在だと思う?」

 ふと、こんな疑問が名莉の頭の中に浮かんで来て、口に出して訊ねていた。

 すると希沙樹が得意げな笑みで、はっきりと言いきった。

「今の私は真紘にとって、ただの偽善者よ」

「でも、真紘は希沙樹をそんな風に思ってないと思う」

「それは当然よ。真紘は女性の好意ってものに、鈍感な朴念仁なんだもの」

 希沙樹にしては、珍しくあっけらかんとした口調でそう言っているのを見て、名莉は少しおかしくなって、小さく笑った。

「確かに、真紘だったら気づかないかも」

「ええ、そうよ。もし真紘が私の偽善ぶりに気づいたら、私の気持ちに気づいたって事だもの。残念ながら、その期待はまだ出来そうにないけれど」

 希沙樹が少し肩を落として、溜息を吐いた。

「それで、名莉はどうするの?」

 真摯な瞳で希沙樹に見つめられ、名莉は自分の胸に手を当てた。

 そのとき、丁度前のグラウンドからスタートの合図であるホイッスルの音が名莉の耳に届いた。反射的にホイッスルが鳴った方へと視線を向けると、狼が籠を背負いボールをキャッチしようとしているのが見えた。

 狼はただ懸命にボールが落下する地点を見極めようとしている。

 そんな何気ない事をしている狼のことすら、ずっと目で追ってしまう。

「私は……やっぱりまだ狼の事が好き」

 名莉がそう言うと、希沙樹がやれやれという感じで溜息を吐いてきた。

「私的には、黒樹君に名莉はもったいないと思うけどね、貴女が好きなら仕方ないわ」

「ありがとう、希沙樹。でも、私は狼を好きになって後悔はしてない」

 そう言って、名莉が微笑みを浮かべると希沙樹が肩を竦めてきた。

「黒樹君も自分の幸運をちゃんと噛み締めるべきだわ。本当に」

 自分のためにこんなことを言ってくれる友人がいることを、名莉は心から嬉しく感じた。




 マイアはストックホルムから日本へ、船を使い出港していた。

 アムステルダムで起した暴動で使用した新型兵器を日本へと持ち込むためだ。

 この船には、欧州地区のナンバーズと共にキリウスとヴァレンティーネも乗船している。

 無論、マイアもヴァレンティーネの警護及び付き添いという形で乗船している。

 マイアはヴァレンティーネがいる部屋へと向かうため、船の細い廊下を歩いていた。

 最近、ヴァレンティーネの容体が安定しておらず、ベッドで眠っている事が多い。

 兵器の開発でヴァレンティーネの体に大きな負担が掛かっている所為もあるだろう。それに加え、目を覚ましている時でも、どこかヴァレンティーネは寂しそうに見える。

 自分と話していてもどこか、意識が別の場所にある様なそんな感じだ。

「イレブンスが関係しているのか……」

 マイアはぽつりとそう呟いて、胸が痛んだ。

 前にも同じ様に胸が痛んだことがある。

 けれど、その時とはどこか違う様な気がしてマイアは困惑していた。前に胸を痛めたときは、自然とイレブンスに対して嫌悪感を抱いていた。

 素直にヴァレンティーネの心をマイアから奪っていってしまう様なイレブンスが嫌で、怖くて仕方なかった。

 でも今は、あの時と何か違う。

 何が違うのかわからない。でも違うということだけは言える。

 この気持ちは一体なんなんだ?

「わからない」

 どうすれば、この胸につっかえている物が消えてくれるのか?

 マイアにはそれがわからない。

 誰に聞けば答えてくれるのだろう?

 ヴァレンティーネに訊けば、答えてくれるだろうか?

 そう思った瞬間、マイアの胸に再び翳りが差したような気がした。

 自分の中でつっかえている事をヴァレンティーネに話す事に何故か抵抗がある。

 その事に気づいて、マイアはますます顔を顰めて困惑した。

 何故だ、何故、私はこんな気分になっている?

 マイアが動揺しながら、廊下で立ち止まっていると前からナンバーズであるⅩがやってきた。

 Ⅹはマイアを見て少し顔を顰めたが、特段何か話しかける素振りもなく、マイアの横を通り過ぎていく。

 そんなⅩを見ながら、マイアは少しぼんやりとした気分でⅩについて考えた。

 何故彼女は自分に敵意を向けてくるのだろう?

 マイアはⅩのことは割と昔から知っている。

 Ⅹは自分と同じ様に孤児でパリの街で座り込んでいる所を、トゥレイターの物に連れられて組織に入ってきた。

 身寄りのない子供がトゥレイターに入るのは珍しくない。だからこそ、マイアは最初にⅩを見かけた時も、特段気にすることはなかった。多分、向こうもマイアをみて同等くらいの意識しか持っていなかっただろう。

 それにも関わらず、彼女がナンバーズへと昇格し、マイアとⅩの閑散とした再会の際に憎悪を向けられて、不思議に感じたのを憶えている。

 そしてそれからというもの、彼女はマイアを見かける度に敵意を向けてくる。そして最近ではその度が増し、バディであるⅪとともに殺気の籠った嫌悪を向けてくるほどだ。

 今までのマイアだったら、そんな他人からの嫌悪などまったく気にすることはなかった。

 ただ最近は、かなり敏感にその殺気を気にしてしまう。

 それはいつからだ?

 頭の中で模索して、思い出すだけで血の気が凍る気持ちになるキリウスとのやり取りを思い出す。

 あの時から、私は死ぬことを恐れているのか?

 マイアは思わず奥歯を噛み締めた。

 いや……

 私はもっと前から死ぬということを恐れていた気がする。

 自分の記憶を掘り返してみると、それはあのKa―4シリーズと戦った時の事が思い浮かんだ。

 そうだ、思い返せばあの時にマイアは鮮明に自分の中にある死にたくないという気持ちになった。

 何故、あの時私はあんなに死を恐れた?

 マイアがそのことを考えようとした際に、強く胸が締め付けられた苦しさを憶え、廊下の壁に寄り掛かりながら、しゃがみ込んだ。

「今の私はおかしいだけなんだ、きっと……」

 自分にそう言い聞かせながら、マイアは静かに嗚咽を漏らした。


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