ナイスシュートで結束を結ぶ男たち
「はい、ペア競技に出場される方はこちらの列にお並び下さい」
左京からの号令により、一年のペア競技に出場する選手の中に狼は寮で部屋が同じである峯修二と共に並んでいた。
「あーあ、せっかくのペア競技なのに何で男子と組まなきゃならないんだよ。これこそ、俺の不運を物語ってるぜ」
「仕方ないって。競技の組合せは真紘とかネズミとかが話し合って決めたんだから。確か僕たちが出るのは、ナイスシュートって奴か……これ、どんな競技?」
狼が自分たちの出場競技であるナイスシュートに首を傾げていると、修二が「あれだよ」と言って、背負い型の大きな籠と、バスケットボールを指さしてきた。
「籠とボール?」
「ああ、一人が籠を背負って、もう一人がその籠の中にボールを投げ入れる。そんで、上手く籠に入ったら、俺たちが手を繋いでゴールすると……やばい、やばいぞ。自分で黒樹に競技の説明をしながら、俺の背筋に悪寒がッッ!!」
「いや、僕だって嫌だから!」
口をワナワナと震えさせながら、頭を抱えている修二に狼も反論を返してから、二人で嫌がり合っていても仕方ないという事に気づき、二人で大きな溜息を洩らした。
「……やるしかないんだよね」
「ああ、やるしかないんだ。そうじゃなきゃ、俺か黒樹のどちらかが片方の奴を背中に担いでゴールしなきゃならないからな」
「うわっ、それも悪夢でしかないよな」
「ああ、そうだ。どうせどちらも悪夢なら簡単な道を選択するの方が合理的だ」
「確かに……」
「ああ、これが可愛い女子とだったらどんなに、ウキウキハッピーなイベントだったことか!」
「そりゃあ、同性とやるくらいだったらね」
狼は肩を落としながら修二の意見に頷いた。
「でもまぁ、決まったんだし、やるしかないよなぁ」
「はぁ……黒樹みたいにいつも可愛い女子と関われるのは良いよなぁ。根津は少し気が強いけど、可愛いし、大酉も変わり者だけど可愛いし、季凛ちゃんは、あの性格だけど可愛くて胸デカイし、名莉ちゃんは言わずともめっちゃ可愛いし、お前の妹も可愛いもんなぁ」
修二が狼といる周りの女子を思い浮かべながら、羨ましいような声を上げている。
狼もそれを否定はしない。
頭の中で自分の周りに居る女子の事を浮かべて、狼も自分は恵まれていると思う。
けどそれと今の話では、少し話が噛み合ってない。
「女の子と今の話じゃ、話が少し違くないか?」
「いいや! 大いに関係あるのだよ、黒樹くん! この競技で女子とペアになれた男子は、この機会に女子と手を繋ぐか、はたまた、女子をおんぶするというイベントを通して親密になろうと頭の片隅で想いを巡らせているわけだ!!」
内容が下らないにも関わらず、相手の凄い気迫の籠った熱意に狼は思わず、目を見開きながら身体を仰け反らせた。
「なぁ、黒樹。どうすれば俺たちのこの熱意が女子に通じると思う?」
身体を仰け反らせている狼の両肩を修二が、力強く鷲掴みにしてきて、そんな事を真剣に訊ねてきている。
「えーっと、熱意を伝えるより自然に仲良くなれば良いと思うけど。変に意識すると失敗するしさ。それに峯って、これ以外でペア競技に参加するんだっけ?」
修二の剣幕に狼が言葉を探り探り答えると、修二が狼から手を離し、腕を組みながらうーんと唸り始めた。
そんな修二を見ながら狼が苦笑を浮かべていると、狼たちよりも前の方に整列していたペアが左京が吹いたホイッスル音で走り出していた。
前を走っているのは、体操着姿の希沙樹と名莉のペアだ。
希沙樹が籠を背負い、名莉がボールを綺麗に籠の中へと入れている。
そして二人はすぐに手を繋ぎ、周りのペアよりぶっちぎりの一位でゴールに辿り着いているのが見えた。
名莉の正確なボールコントロールと希沙樹との見事な連携が、目に見えて分かる。
思わず周りからも感嘆の声が漏れる程だ。
狼もそんな周りに漏れず二人を見て感心していると、狼の頭を後ろから誰かが叩いてきた。
「なぁーに、名莉たち見てニヤけてるのよ?」
狼の頭を叩いてきたのは、ジト目で狼を睨む根津だ。
「どこがニヤけてるんだよ? 僕は普通にメイと五月女さんが凄かったから、感心してただけだって」
「本当に? 何か怪しいわね」
「怪しくない」
変な疑いの視線を送ってくる根津を断固として狼が否定する。
すると根津が一つため息を吐いてきた。
「まぁ、そういうことにしとくわ」
「そういうことって、どういう事だよ!?」
「うっさい。狼の意見にしとくって言ってるんだから、文句言わないの」
「いや、なんかその不承不承っていう感じが僕的には少し微妙なんだけど」
狼もジト目になりながら根津にそう抗議すると、根津がすまし顔で肩を竦めてきた。
妙に理不尽な気がする。
釈然としない気持ちで狼が唸っていると、近くから殺気が飛んできた。
そう、女子とペアになれなかった男子たちからの恨みの籠った視線だ。
「黒樹、おまえはそうやって悲しみに沈んでいる俺たちの前で、女子と仲良さそうに戯れやがって~~」
「え、いや、別にそんなつもりじゃ……」
「そうよ。別に戯れてるわけじゃないわよ」
そう言う根津の顔が何故か紅く染まっている。
え?
このタイミングで、照れたりしたら……
狼はさっき感じた男子からの殺気の熱がヒートアップしているのがすぐにわかった。
「おいおい、誰だよ? こんな所に天然ジゴロを発揮している愚か者は?」
修二がそう口火を開き、周りにいる殺気に満ちた男子たちが一斉に狼の方を指差してきた。
「「「「アイツだッ!!」」」」
殺気に満ちた男子たちのユニゾンは、狼の額に冷や汗を掻かせるには十分過ぎた。
「そうか、そうか……悲しきことだ、俺たちの寮から天然ジゴロが出てしまった」
まるでどこかの白い猪を彷彿させるような言い回しで、狼にジリジリと近寄ってくるルームメイト。
そしてその後ろには、そんな修二と同じ類の男子たちが目を光らせながら、ジリジリと狼へと近づいて来ている。
「天然ジゴロって……そんな謂れはないと思うんだけど。むしろ、僕だってペア競技は修二と出るんだから、皆と変わらないし」
「いいや、違う! 黒樹、おまえが俺らと一緒だったことなんて一度もないんだ。何故なら、黒樹……おまえの周りにはいつも女子がいる。しかもレベルの高い女子。だからきっと、体育祭で女子と接点がなかろうが、おまえにとって女子と関わる事は雑作もないんだ。なんせ、おまえは天然ジゴロなんだからなっ!!」
「結局、天然ジゴロっていう言葉で締めるのかよ!」
狼と修二が率いる妬み男子とそんなやり取りをしている間に、この状況を作りだしたとも過言ではない根津は、他のクラスの女子生徒に呼ばれてどこかに行ってしまった。
そのため、一人男子に追い詰められていると、ホイッスルを首にぶら下げた左京が近寄って来た。
「何をそんなに騒いでいるんですか? もう黒樹様たちの番になりますよ。早めに準備をしといて下さい」
左京が狼とその周りにいる男子を少し訝しむ様な表情で狼たちを見ている。
「ああ、すいません。ちょっと下らない話をしてて……ほら、行こう」
自分たちを訝しむ左京に苦笑を浮かべながら、狼が左京に頭を下げて修二に声を掛けると、修二が左京を見てうっとりとしていた。
「峯……蔵前教官にうっとりする前に早く走るぞ」
ペアである修二の腕を引きながら左京と別れ、狼は呆れながら溜息を吐いた。
確かペア競技もなかなか、チームに加算される得点が高いため、それなりの得点は確保しておいきたいという事を真紘が言っていた。
きっと希沙樹と名莉のペアだったら、皆のが期待する様に高得点を確保してくれそうだが、果たしてそれに自分たちも続けるか、狼はペアである修二の腕を引きながら不安に思った。
「じゃあ、どっちが籠を……」
持つかをペアである修二に訊ねようとして狼は口を閉ざした。
さっきまであんなに、自分を憎々しい視線を送っていた修二だ。もしかするとさっきの逆恨みをこの機に返そうとするかもしれない。そう考えると自分がボールを投げる側になった方が得策という事は間違いない。
「僕がボールを投げるよ」
狼が真面目な顔でそう答えると、修二がジト目でボールを投げる役を買って出た狼を見て来たが、狼はあえてその視線から目を逸らす。
「わざとらしく俺から目を逸らすなよ」
「いや、そんなことないって。気のせい、気のせい」
「嘘つけ。おまえ、今絶対俺がわざとボール当てると思っただろ!!」
「あはは、まさかぁー」
「笑って誤魔化すな!」
修二に指差されながら図星を突かれ、狼は引き攣り笑いを浮かべた。
「ごめん。せっかくペアになったのに、僕が間違ってたよ……僕が籠を背負うからボールを投げるのは任せた」
「おう! 俺を信じろ!」
狼と修二はそう言い合い、スタート前に友情の確認として固く手を握り合った。
そう確認したのだが……
「うわっ、あぶなっ!!」
修二の投げたボールが狼の頭の真横に落ちて来たり、狼の眼前に落ちて来たり、早くも友情に罅が入り始めた。
「頼むからしっかり投げてくれよー!!」
「よぉーし! 任せろ!」
頼もしい友人の言葉だが、さっきから何度も繰り返された言葉のため、まったく修二の言葉に信頼という物が持てない。
しかも、狼たちの横では別のペアがもう既にボールを籠の中に収め、走り始めている。
いや、ここで焦っても仕方ない。
これは練習。練習なんだ。
そうだ、誰も初めから上手く出来る人なんていない。だったら、今のうちに出来るだけ練習していけば良いんだ。
「峯、落ち着こう。落ち着けばきっと僕たちも走り出せるから!」
狼が後ろでボールを持っている修二にそう叫ぶと、修二が一瞬表情をハッとさせ、それから真剣な顔で狼に叫び返してきた。
「黒樹、俺は間違ってた! 間違ってたよ……女子にモテるおまえにボールを後ろから当てようなんて!!」
……え?
修二の言葉に思わず狼が目を点にさせている間も、修二が自責の念に身悶えしながら、頭を抱えている。
そんな自分の相方を見ながら、狼はあらん限り叫んだ
「もう、何でもいいからさっさと投げろよ!!」




