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アブノーマルな信念

「学生のパワーは偉大だね」

 教官室から見えるグランドで、着々と進められていく体育祭の準備を見ながら操生は呟いた。

 学校の体育祭という物は、いつ振りだろうか?

 早々とトゥレイターに入ってしまった操生からしてみれば、高校の体育祭という物はすごく新鮮に感じる。

 こうやって、生徒が各々で自分の出場する競技を四苦八苦しながら練習する様も中々、操生が味わえなかった青春さを感じられて良い。

「あー、私も普通に学校生活を送って、あわよくば出流との学生ライフを送りたかったよ。そしたら、私が先輩で出流が後輩か……うーん、なかなか」

 操生が頭の中で広がる妄想に一人気ままに浸っていると、教官室の扉が開いた。

「外なんか眺めて、どんな思いに浸ってたんですか?」

 開いた扉の方に操生が視線を向けると、そこにはほくそ笑んだ雪乃が立っていた。

 手にはクラスで集めた物と見られるプリントの束を抱えている。

「まぁ、ちょっとした夢を思い浮かべてたんだよ。君にだってそういう事に頭を使いたくなる時があるだろ?」

 操生が左京の机の上にプリントを置いている雪乃に対して苦笑を浮かべると、雪乃がコクンと頭を頷かせてきた。

「ええ、その気持ちはよく分かりますよ? 私もしょっちゅう考えていますから」

「そんなお澄まし顔で、私は妄想癖があります、なんてよく言えるね。まぁ、君らしいといえば君らしいけどね」

「うふふ。まぁ妄想癖があると言われても否めません。事実ですから。でも、それは仕様もないと思いませんか? 意中の相手を考える時ほど胸熱くなることは無いと思いますけど?」

 自分の思っている事を素直に話して、満足そうに微笑む雪乃を見て、操生は思わず呆れた。

 操生自身、自分も少し変わった所があると思うが、今目の前にいる雪乃は極度の曲者だと思う。

 そんな女子に好かれてしまう真紘の事を考えると、不憫で仕方ない。

 しかも雪乃が思う好意とは、普通の人が抱く好意よりも紆余曲折していて、とうてい無垢な少女が抱く想いとは程遠い。

 よく、行き過ぎた愛故に愛する者を殺してしまうという話もあるが、雪乃の場合はそれとも違う。雪乃が抱く愛とは、操生や普通の女性が抱く独占欲というものは希薄なのだが、その相手に対して、自分という存在を永久的に刻み付けたいという願望はすごく強い。

 だからこそ、雪乃は真紘に対してどんな野卑な事でも行ってしまえるだろう。

 しかも、のほほんとした笑顔を浮かべながら。

 自分の相方ではあるものの、雪乃という女は地獄の様な女だと操生は思う。

 まったく、つくづく四という数字には碌な者が居ない。

 操生が短くため息を吐きながらそんな事を考えていると、雪乃が何かを思い出したかのように口を開いた。

「ああ、そういえば……この間、フォースのおじさまがこちらに来ていたみたいですね」

「フォースが?」

「ええ、そうです。何かこちらに御用でもあったのでしょうか?」

「さぁね。ただフォースの事だから用があってここに来たとしても碌でもない用だってことは、安易に想像が出来るよ」

「そうですね。なにせ、フォースのおじさまですから」

 雪乃がすまし顔でそう答えながら、操生の隣へとやってきた。

「確か君はあのダメ人間の代表でもあるフォースを尊敬してるんだっけ?」

「勿論、尊敬していますよ。だって私もおじさまと同じダメダメな人間なので、おじさまの駄目人間振りには思わず舌を巻くほどです」

「君の信仰心はどこか的を外れている気がするよ」

「そうですか? 私は私なりの信仰心を持っておじさまを崇拝しているんですよ」

「なるほど。じゃあ聞くけど。輝崎君とフォースだったらどっちが好きなのかな?」

 ただの興味本位で操生が雪乃にそう訊ねると、それこそ実に可笑しい事を訊かれた様子で、雪乃が肩を揺らして笑ってきた。

「貴女も本当に可笑しな事を訊きますね。真紘君とフォースのおじさまでは区分がまるで違います。おじさまは私の崇拝対象なので、好きという感情を持つことすら烏滸がましいというか、それこそ無礼に当たります。ですが真紘君の場合、フォースのおじさまと違って崇拝対象ではありません。真紘くんへの感情は私なりのプラトニックな愛情なんですよ」

「君がプラトニックな愛情? それはすごく面白い冗談だね。君にそんなユーモア性があったとは知らなかったよ」

「冗談ではありませんよ」

「そうかな? 私には冗談としか思えないよ。だってプラトニックな愛情ってことは肉欲的な欲求を排除した愛じゃないか。私には到底、君がそれを排除出来るとは思ってないんだけどね」

 目を眇めながら操生が雪乃を見ると、雪乃は外の方を見ながら憫笑を浮かべていた。

「私は間違ったことでも言ったかな?」

「いいえ。間違ったことは言っていませんよ。確かに私は肉体的繋がりも大切な事だと思っていますし、その行為を不純とは考えておりません。肉体的欲求は人間として至極妥当な物で、生物的本能だと思っていますから。ですから、私は男性の持つ欲求に対して軽視したりする事はありません。なので、私は精神面での愛情を持ち合わせていない肉体的関係を肯定します。そんな私が真紘君への気持ちをプラトニックの愛情として例えたのは、まさにそこです」

「そこと言われてもね……」

「分かりませんか? 私は大概の男性と精神を伴わない関係になることが可能です。そんな私が精神面で愛情を持ったのが真紘君なんです。つまり、これは私の生まれて初めてのプラトニックラブとなるわけです。でもまぁ、これも現状段階での話ではありますが」

 未だに外を見ながら憫笑を浮かべている雪乃に操生は溜息を吐いた。

「現状段階ということは、後にそのプラトニックラブを脱しようとでも考えているという事かな?」

「ええ、それは勿論です。そうしなければ私は真紘君から一番欲しい物を貰うことが出来なくなるので」

「……やっぱり、私は君にプラトニックラブは向いていないと思うよ」

「そうですか? それは残念ですね」

 口でそう言う割に雪乃からはまったく残念がっている様子が見受けられない。ただ単に適当な相槌を打っている感じだ。

「今はあんまり下手な行動を取ってほしくないんだけどね」

 操生は肩を竦めて、呟くように言った。

 すると雪乃が操生の方に向いて、首を横に振ってきた。

「大丈夫ですよ。今は私も真紘君に何かしません。九卿家の一つである大城が何やら変な動きをしているみたいですから」

「九卿家の大城なんて……また随分な家だね」

「ええ、まったく。私もあまり九卿家とは関わりたくないんですよ。真紘君は別として」

「君にしては意外な言葉だね。君は割と怖い物知らずだと思っていたんだけど」

「まさか。私にだって嫌な物はありますよ。なので、彼らの動きがなくなった頃に、私も動き出そうかなと思ってるんです」

 にっこりと微笑んで、そんな事を言ってくる雪乃に操生は厄介事の匂いを感じずにはいられなかった。

 そんな事を操生が考えていると、雪乃が徐に口を開いてきた。

「はっきり言って、私はある意味貴女の事を感心してしまいますよ」

「何故かな?」

「いえ、よく佐々倉教官と何食わぬ顔で顔を合わせられるなぁと思いまして」

「よく私が誠君とちょっとした因縁があるのを知っているね。話した事あったかな?」

「ふふ。それは風の噂で耳にしたという事にしときましょう」

「その風の噂っていうのが少し気になるけど、どうせ君に訊いても答えなさそうだしね」

 操生がそう言うと、雪乃が静かな笑い声を上げた。

「私をそう理解して頂いているのなら助かります。それでどうなんです? 佐々倉教官を間近で接した御感想は?」

「残念だけど、君が想像しているような感情はないよ」

「何故です? ある意味での恋敵的な存在だったのではないですか?」

「恋敵か……。もしも出流が彼女をまだ好きならそうかもしれないけど、今のところそれはわからないし。それに、誠君自体が出流を狙っているのならまだしも……彼女は出流の事を何とも思っていないのに、私が勝手に逆恨みしていたら、それこそ私が惨めだよ。そんな惨めな思いを私にしろというのは、君は本当に性格が悪いね」

 操生が困り顔で苦笑を浮かべているのに対して、雪乃はニコニコと話にそぐわない笑みを浮かべている。

「なるほど、そういう事ですか。まぁ、一方的に怒りをぶつけたとしても空しいというか、張り合いがありませんからね」

「まっ、そういう事だよ」

 雪乃の言葉に操生は力なく頷きながら、不思議な気分になっていた。

 自分のバディではあるが、雪乃とこんな会話をしたのは初めてな気がする。雪乃が少し独特な人物であるということは、何となく雰囲気でわかっていたが、こんな風に話した事はまったくない。

 特に意識して会話をしなかったというわけでもないが、雪乃は一緒に任務をやっていたとしても、独自で動くことが多く、たまに自分のバディという事を忘れるくらい行動を別にする事も多かったからだ。

 まさか、初めてのバディ間の私情話が、こんな色恋沙汰だとは夢にも思っていなかったよ。

 操生は内心でそう思いながら、苦笑を零した。

 そして思いの外、雪乃との会話が苦でない事に操生は少しばかり驚いてもいた。

「本当に人生、何が起きるか分からないというけど、本当みたいだね」

「ええ、本当に」

 しみじみとした口調で操生がそう言うと、雪乃も操生の意見に同意してきた。

「これで君が根からの変わり者でなかったら、私たちは良いバディ関係を築けていたと思うけどね」

「ふふ。それは仕方ありませんよ。私はダメダメな人間なので、変わり者にならないという方が難しいですね」

「まったく、ほとほと呆れるね。君の言い方だとまるで自分が必然的に変わり者になったという感じじゃないか」

 呆れかえる操生に対して、雪乃はまったく動じず平然とした口調でこう述べてきた。

「でもまぁ、変わり者には変わり者なりの信念や情熱は持っていますが……」

「それはすごく、アブノーマルな信念と情熱そうだね」

 含み笑いの雪乃の言葉に操生が素直に思ったままの言葉を吐くと、愉快そうに雪乃が笑い声上げてきた。

 まったく、私もつくづくアブノーマルなバディを持ったものだよ。

 そう思いながら操生は内心で溜息を吐いた。

 むしろ吐かずにはいられなかった。


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