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賭けする男は悩みがつきない

 明蘭学園では、体育祭に向けどの学年も熱を上げていた。

 そして一年総代表である真紘もまた総代表としての事務処理に追われていた。

「これでは、なかなか他の事に手が回らないな」

 息を吐きながら、真紘は頭を重くさせた。

 体育祭で優勝を掴むこともそうだが、大城雄飛の動きも気になる。

 狼がこの明蘭に来ていると言う事は宇摩の当主である豊とも話し、九卿家内にあらぬ波風が立たぬよう、大城や雪村の家に隠すという話になっていた。

 そのため、狼の事を保管庫で見た齋彬の当主である勝利にも伝えてある。

 黒樹の当主である重蔵が、考えなしに大城と雪村に狼の事を話す可能性はまずないだろう。

 本気かどうかはわからないが、黒樹という姓を名乗っているのだから、狼を次の黒樹の当主候補として、考えるとも言っていた。

 ただ、九卿家の中でも達観した実力と共に洞察力がある重蔵でも、たまにそれが冗談なのかそれとも真剣なのかが分からなくなる時がある。

 黒樹の御当主も困ったものだと思うが、今はそれよりも大城の動きを考えるのが先決だ。

 これが大城雄飛の独断行動だったら良いのだが、もしこれが大城の現当主でもある大城時臣に認知されている行動だとしたら、かなり面倒だ。

 大城時臣は自分の兄であり、本来なら現当主となっていた大城晴人の息子である狼の事を、前から気にしている節があったというのを聞いた事がある。

 それはそうだ。

 因子という物は基本的に、親の持つ因子に影響を受けやすい。

 つまり狼の両親の事を考えれば、狼は九卿家の中でも最大で最良の因子を持つ可能性が高いということだ。

 その事は、真紘の父である忠紘から聞いていた事で、真紘にとっても良い刺激となるとも聞いていた。

 だからこそ、真紘は豊から狼が明蘭に入学してくるという話を聞いて、すごく期待していた。

 そして高等部に入り間近で狼の素質を垣間見て、確信した。

 自分にはない強さを持っているということを。

 けれど会ったばかりの狼は、あまり誰かと競い合う事や、刃を向けることを快く思っていない様に感じた。

 豊の話によれば、狼はずっと本島から離れた離島で、因子とは無関係な生活を送っていたらしい。

 だから、真紘たちが当たり前としていた事を狼が受け入れられないのは当然とも言えるし、因子を持ちアストライヤーを目指す者なら、喉から手が出る程欲しい素質に翻弄されているのも頷ける。

 そしてそんな狼を見て、初め真紘は勿体ないという気持ちになった。

 何故、誰よりも優れた素質を持っているのに、それを無残に捨てる様な真似をするのだろうと。

 だからこそ、真紘は狼に鍛錬をつけながら、狼の考えに変化が起きることを期待していた。

 けれど最近になって、考えを変化させたのは真紘の方だった。

 大きく真紘を変化させた要因は、この前の結納との和解が大きかっただろう。

 あの出来事は真紘にとって激震だった。

 勿論、結納との間が良好になったことで、自分の中で詰まっていた物が無くなったともあるが、狼とぶつかったことや、希沙樹に真正面から叱責された事も真紘の考えが変わった大きな理由でもある。

 どんなに相手を思った行動であっても、それをその相手が求めているとは限らないという事も身に沁みてわかった。

 自分がどれだけ臆病で、周りを見通しているつもりでまったく見通せてなかったという事もわかった。

 そしてそれを気づかせてくれた二人や、自分を心配してくれた人たちは自分にとってかけがえのない友人だと思う。

 だからこそ、真紘は大切な友人である狼が望まぬ大城の闘争に巻き込まれるのは、それこそ、大城の身勝手な都合だ。

 ならば、真紘は友人として狼がそういう事態に巻き込まれない為に出来る事をするしかない。

 けれど、今は体育祭という時期で、これだけに意識を集中させておくわけにもいかない。

「考えることは多いな」

 真紘は一度息を吐き、肩の力を抜いた。

 三年の主力である綾芽は、狼や自分がいればなんとかなる。だがもし、そんな綾芽が出場する種目に柾三郎も参戦するとなれば、綾芽だけに(かま)けている場合ではない。

 だからこそ、真紘は考え賭けともいえる作戦を提案したのだ。

 自分が立案した作戦が功を成すかは、まだわからない。

 話し合いでは、真紘の意見に皆が同意する形にはなったが、本当にそれがベストだったのかは微妙な線だ。

 真紘が考えた作戦は、綾芽や柾三郎と言った学年の主力選手が出場する種目に、一学年の主力選手ではない中堅と少し力に自信がない物を連れて行くことにした。

 そして一年の主力が抑えるべきは、周や慶吾の息が吹きかかっている頭脳戦の種目に出場するという作戦だ。

 棗や鳩子も言っていたが、ある程度の実力がある者に対して、少しの助言しかいらない。むしろ、自分たちの作戦などが必要となって来るのは、実力がやや劣る相手に対して、その相手を、どうやって有利に進めさせるかを考えると言っていた。

 そうつまりは、綾芽と柾三郎は周や慶吾に頼らなくとも、独断で状況を決め、己の力で突き進むため、周や慶吾のサポートが薄い。逆に言うと主力選手ではない者たちには周や慶吾のサポート比率が高いということだ。

 ならば、その周や慶吾がサポートするであろう種目に一年の主力選手を集め、鳩子や棗のサポートもこっちに集中させるという作戦に出たのだ。

 勿論、綾芽や柾三郎が出る種目は高得点種目であるため、そちらを蔑ろにしているわけではない。

 けれど真紘はこう判断した。

 無理に綾芽や柾三郎を自分たちで足止めする必要はないと。

 どの学年だって、高得点を確保できる種目は確実に取っておきたいのが普通の考えだ。

 二年だって綾芽の事も考慮に入れるだろうし、三年だって柾三郎を考慮する。

 そしてその主力選手を抑えることが出来る手玉を、二年、三年が用意した場合、一年の選手が奇しくも抑える相手に値しない、負ける事のない相手だと思われたら、まず両者とも潰すのは、自分が抑えるに値する者、自分が負けてしまうかもしれないと思う相手だ。

 だから、その心理が上手い具合に作用すれば、二年と三年が衝突し合い、その隙に一年が勝利を掴む可能性も見えてくるということだ。

 上手く海老で鯛を釣れればいいが。

 相手もそんな生半可な相手ではないことは承知だ。

 だが、この作戦を成功させなければ、真紘たちの優勝はない。となれば、真紘は仲間を信じ、自分も仲間の期待に応えるしかないのだ。




「真紘も結構、大胆な作戦考えたよなぁ」

 一年の作戦会議を終え、狼は左京や誠が待つ訓練場にセツナと共に向かっていた。

「そうね。でも私的にマヒロの案はすごく良いと思う」

「まぁ、それは僕も思うんだけど。ほら、真紘だったらもっと、切磋琢磨して自分たちの技実を高めて相手を迎え撃とうとか、言うのかと思ってたからさ」

「確かに。マヒロだったらそう言う事言いそうよね」

 狼の言葉に頷きながら、セツナが面白そうに肩を揺らして笑っている。狼はそんなセツナを見て、思った事を口にしてみた。

「セツナって、真紘の事好きだよね」

「えぇっ!」

 狼自身、特に変な意味で言ったつもりはなかったが、セツナが予想に反して驚き声を上げたため、狼は思わず目を丸くさせてしまった。

「いや、別に変な意味じゃなかったんだけど……」

 両手を顔に当て動揺しているセツナに、狼がそう言うとますますセツナは顔を赤らめさせてしまっている。

「もしかして、セツナ……真紘のこと……」

 狼が続きを言おうとした瞬間、セツナが慌てて狼の口を塞いできた。

「シーッ! ロウ! お願い、これ以上恥ずかしいから言わないで」

 顔を赤らめさせたセツナにそう言われ、狼は頭を頷かせた。

 するとセツナが狼の口を塞いでいた手を退かし、気持ちを落ち着かせる様に深呼吸をしている。

 何も考えずに言ってしまった事でまさかセツナの気持ちを知ってしまうなんて、狼は思いもしなかった。

 ただ傍で顔を赤らめながら、狼に自分の気持ちを知られてしまった事を恥ずかしそうにしているセツナを見て、本当にセツナは真紘の事が好きなんだと分かる。

 これまた、微妙だな。

 狼は素直にそう思った。

 別にセツナが真紘を好きな事が微妙なのではない。むしろ、セツナが真紘を好きになってしまうのは、真紘の事を考えてみれば仕方ないとも思う。

 けれど、狼はセツナの気持ちを知る前にフィデリオの気持ちも知ってしまっている。

 だからこそ、狼はセツナの気持ちを聞いて微妙に感じてしまった。

 もし、これをフィデリオが知ったら、きっとフィデリオはショックを受けるだろう。もしかしたら、また真紘に決闘を申し込むかもしれない。

 ああ、本当にこれじゃあ、フィデリオが高坂先輩たちの仕切っている『輝崎真紘被害者の会』の会員になってしまう。

 友人であるフィデリオがそんな下らない会員になってしまうのは、阻止すべきだ。そう友人として。

 けれどだからといって、セツナの気持ちをどうにかするわけにもいかない。

 八方塞がりとはこういうかもしれないと狼は思った。

「でも、やっぱり……こういうのって同じ気持ちを持つキサキとかに言った方が良いのかな?」

 セツナが少し赤みの引いた顔で、首を捻っている。

 そうだ。忘れてた。

 狼はセツナの呟きともとれる言葉を聞いて、一番厄介な関所を忘れていた。

「そこはどうだろう? ちょっと僕も経験した事ないからわからないけど……それこそ、セツナの気持ち次第なんじゃないかな? 五月女さんに伝えるにしても、伝えないにしても」

 どっちに転んでも、面倒な事になるというのには変わらないのだから。

 むしろ、希沙樹は元々セツナに対してマークをしていた部分がある。ならセツナが無理に言わなくてもその内気づく様な気さえする。

 ならセツナから敢えて言わなくても良いとは思うが、それこそセツナの気持ちの問題だ。

「そう、よねぇ。キサキに言う、言わないも私の気持ち次第よね。よしっ、今日の稽古で調子が良かったらキサキに言う。もし調子が悪かったら別の日に言うってことしする!!」

 自分の言葉に頷いているセツナを見ながら狼は、なんて怖いもの知らずな事を! と思いながら引き攣った笑いを浮かべた。

 引き攣り笑いを浮かべながら狼は、セツナが希沙樹に自分の気持ちを言う時に、希沙樹の機嫌が良い事を切に願った。


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