作戦会議は迅速に
「では、これより……一軍と二軍による合同作戦会議を始める」
体育館ホールに隣接する中型会議室で、高等部一学年の生徒を前にして一学年総代表を務める真紘が覇気のある声で作戦会議を開始した。
書記は、然も当然かのように真紘の隣に居る希沙樹だ。
そして真紘の隣には一年の二軍代表として根津が腕を組みながら立っていて、その根津の横には、鳩子と棗も補佐役として立っている。
真紘の後ろには、大型のスクリーンモニターが用意されていて、かなり本格的な作戦会議だという事が目に見えて分かる。
しかも会議室の隅には、一学年主任の榊が仁王立ちになりながら、ギラギラとした視線で会議の進行を監視している。
けれど、そんな榊の目すら気にならないように、狼の周りにいる生徒の目も真剣そのものだ。
この真剣さに一軍も二軍も関係ない様子だ。
すごい、熱の入れようだな。
周りから感じる体育祭への熱を感じながら、狼は思わず感心した。
でもまぁ、当たり前か。
周りの所からは、超進学校のお金持ち学校って見られてるけど、実際は頭脳というより武道派学校だもんな。
一人で狼が納得しながら、真紘たちが進行している話し合いに耳を澄ませる。
「まず、最初に敵の情報を分析し、相手の穴を見つけることから入ろう。そしてその落とし穴が見つかったら、その穴を広げるのに適した人材を、競技に当てはめていきたいと思う。……棗、大酉、頼む」
「了解」
「イエッサ―」
棗と鳩子が真紘の言葉に頷き、情報端末を華麗な手つきで操作すると、真紘の後ろのモニターに色々な人物の顔がランダムの様に映し出され、綾芽の顔が映し出されたところで画面が停止し、それから綾芽のパーソナルデータが映し出された。
「やはり三年の主力選手と言ったら、九条会長だろうな」
真紘が納得した息を吐くと、次に棗が口を開いた。
「その九条会長は、三年の中でも群を抜いて因子の量に長けてるから、一発の攻撃範囲が広く、一次被害で留まらず、二次被害を出す可能性が大いにある。つまり、自分が的として狙われてなくとも、細心の警戒が必要って事は確か。しかも、会長の技の一つである神武滅戦は、自分の身体能力を極限にまで引き出す技だから、それなりの対処を考えないと、まずリレーで彼女を出し抜くことは無理、不可能」
棗の解説を聞きながら、周りが唸り始める。
確かに綾芽の鍛え抜いた身体能力は、この体育祭においてチートと言っても過言ではない。
しかも綾芽は、周りの事は愚か自分の事すら顧みない性格の為、周りの生徒がどんなに妨害策を練ろうと、綾芽は構わず前へと突き進むだろう。
これはまさに厄介だ。
周りの生徒と同様、狼も首を傾げながら唸っていると総代表である真紘が口を開いた。
「皆が頭を悩ませたくなる気持ちは分かる。だが九条会長を止める手立てが無いわけではない」
何やら綾芽の足を止められる確信がある目つきで、真紘が会議室でざわめく生徒たちを見回す。
そんな真紘の言葉を聞いてか、ざわめきながら首を捻っていた生徒たちの口が閉じると、それを確認した真紘が再び口を開いた。
「会長を止めるには、会長の気を惹きつけるのが一番だ。そしてそんな役目を負うのは、やはり……俺か、黒樹になるだろうな」
「えっ!!」
いきなり自分の名前を真紘から列挙され、狼は思わず叫び声にも似た驚愕の声を上げた。
「黒樹、確かに会長の気を惹きつけると言う役目はすごく荷が重い。そんなことはここにいる皆が共通して認識していることだ。けれど、そんな大役を負えるとしたら、俺か黒樹のどちらかだと思う」
いや、そんな真面目な顔で説得されても。
狼は真剣な眼差しで自分を凝視する真紘を見ながら、狼はそう思った。
真紘の言う通り、綾芽の足を止めるには下手な攻撃をするよりも、競技に関係ない所に気を惹きつけて足止めをするのが手っ取り早いということは理解できる。
むしろ、一番の得策だということも分かる。
けれど、綾芽の気を惹きつけるということは、かなりのリスクが伴って来るのは間違いない上に、綾芽が気を上手く自分へと惹きつけさせる事が出来る人物でなくてはならない。
そんなの自分には到底できないと、狼は思う。
「いや、真紘だったらまだしも、僕なんかにそんな難易度の高い真似は無理だから! それだったら、僕なんかより一軍の生徒の中で抜粋した方が絶対に上手く行くって!」
狼がそんな必死の懇願をするが、真紘は顔を顰めたまま狼の意見に賛同してくれない。それに加え、周りの生徒からは、「黒樹と輝崎だったら上手くやれる」とか「WVAにも出場したんだしな」とか「あの二人が犠牲になるんだ、俺たちも頑張ろうぜ」とか「輝崎くんと黒樹くんに良い所を見せるチャンスかも」とか、色々な言葉が聞こえてくる。
むしろ、僕と真紘が囮役に決定かよ!!
狼は周りの無慈悲な言葉に肩を落として、絶望した。
そんな絶望している狼の肩を誰かが軽く叩いてきた。
狼がそちらの方を見ると、人を激励するような表情をしたセツナが立っていた。
「ロウ。私、ロウとマヒロの事信じてる。二人なら絶対に会長を止めてくれるって」
え? ちょっと待って。
狼がセツナにそう言おうとした瞬間、セツナが叩いてきた反対側を誰かが叩いてきた。
そのため、狼がそちらを向くと、いつもの怒った顔や人を嘲る様な笑いを見せる陽向が、真剣な表情をして狼の肩に手を置いていた。
そして一言。
「貴様の悪運と武運を祈る」
……嘘だろ?
狼は自分を囮役へと陥れる、友人たちからの見事な連携プレーを垣間見て、人間不信に陥りたくなった。
しかも極めつけは、総代表を務める真紘から自分と狼の二人で綾芽を引き留めると、声高らかに宣言されてしまった事だ。
そして書記である希沙樹がそれをホワイトボードとメモ用紙に書き残しているのが見える。
僕の言葉は……丸無視かよ。
身体からフッと力が抜け、狼は床に両膝を付いて肩を落とした。
けれど、そんな狼などお構いなしで、会議が進んで行く。
次に取り上げられたのは、二年の柾三郎だ。
柾三郎のパーソナルデータを見ながら、真紘が珍しく曇った顔で溜息を吐いた。
「この体育祭に置いて、九条会長よりも厄介なのが小椙先輩だろうな」
「確かにね。あの人は忍術チックな技を色々持ってるし、小椙先輩に対抗できる如月先輩も二年だし……」
そう言いながら根津が顎先に手を当てながら、眉間に皺を寄せ考えに耽っている。
「柾三郎先輩は、一年の時に出場しているのが個人競技では出勤5分前、団体競技だと氷リレーにクリーン大作戦に出場してるけど……どれもあの先輩に優位な種目だよね。出勤5分前なんて早着替え技を披露して、ぶっちぎりの一位だったらしいよ」
鳩子の補足説明を聞いた根津が、頭を抱えて悩みだした。
「ここの中で早着替えに自信がある人、挙手」
根津が周りの生徒を見渡しながら訊ねるが、誰の挙手も上がらない。
まぁ、それも無理はないだろう。
忍者の末裔である彼の早着替えテクニックについていける者がいるはずもない。
「困ったわね……この競技もリレーの分類だから、高得点種目なのに」
「はい、出勤五分前で柾三郎先輩に挑戦するのは陽向が出場するそうです。鳩子ちゃんに視線でそう訴えてきました」
「なっ!」
素知らぬ顔でそう言う鳩子に陽向が驚き声を上げて、目を丸くさせている。
「ちょっと待て! 大酉! 俺はそんな事一言も……」
「あー、こうやって自ら名乗り上げてくれるのって、本当に助かるよね? 何か少しかっこよく感じるよねー。ネズミちゃんもそう思わない?」
「んー、そうね。確かに」
確信犯の鳩子に訊ねられた根津が、少し考えてから頷く。
すると隣に居た陽向が意を決して手に力を入れているのが、狼の目に映った。
「わかった。そこまで言うならやってやる」
口に出して言いたい事を我慢しながらの陽向の言葉は、すごく重苦しい響きが込められている。けれど、そんな陽向の様子に鈍感な根津は決まって良かったといわんばかりに、ほっとした表情を浮かべてしまっている。
陽向もこれで後には引き下がれなくなっただろうな、と狼は思った。
そしてこれもまた書記である希沙樹が、躊躇いのないペン裁きでボードとメモ用紙に書き残している。
自分も陽向と似たような形で、嫌な役を押し付けられた為、今なら陽向の気持ちがよく理解できる。
お互い頑張ろう。
そう陽向に言葉を掛けようと思ったが、狼はその言葉を腹の底へと呑みこんだ。
この言葉を掛けるには、まだ狼も陽向も自分に与えられた嫌な役を受け入れきれていない。
もしこの言葉を掛けるとしたら、狼と陽向がこの嫌な役を受け入れたときにしよう。
狼は胸の前で握り拳を作りながら、そう固く誓った。
そして、こんな作戦会議はまだまだ続く。
三年の頭脳とも言える周への対策や、どんなことをやり出すのかが全く読めない慶吾についての作戦会議も開始される。
攻撃の威力に関しては綾芽よりも劣る周だが、冷静で的確な状況判断や作戦の立案率を考えれば、綾芽よりも厄介な人物であることは間違いない。
慶吾もまた然りだ。
「行方副会長と條逢先輩の動きは、棗と大酉による入念な観察と動向予測を立てて欲しい。確か行方副会長は三年の総代表だ。きっと俺たちや二年の先輩方にも色々な策を練ってくるだろう。ちなみに二年の総代表は小椙先輩だ」
「いつもは変人として見られている柾三郎先輩でも、結構団体をまとめる統率力は高いらしくて、上手い具合に人員配置をしてくるみたいだよ」
棗がそう言いながら去年の人員配置のデータをモニターへと映し出す。
映し出されたモニターを根津が鋭い視線で凝視している。
まるでその人員配置の意図を読み取ろうとしているようだ。
「確かに。小嶋先輩を障害物に配置してしたりして、見事に障害物で今の二年が一位をとってるみたいね。まぁ、その代わり綱引きとか騎馬戦は今の三年に押されてはいるけど、確実に得点を取ってるし」
「ああ、そうだな。だからこそ、前回の体育祭では小椙先輩率いる今の二年が優勝を勝ち取っている」
「結果的にはね。でも、きっと三年も去年の事を踏まえて、二年生対策を強化してくるだろうね。行方先輩って、一度踏んだ鉄は踏まないってタイプに見えるし」
「だろうな。だがそれに上手く乗っかる形で俺たちが、競技に勝つというのが一番の最善策だといえる」
横目で自分を見てきた鳩子に真紘がそう答えると、鳩子が去年の二年と三年の人員配置を見ながら、口を開いた。
「やっぱり、一番の敵は一つ上かな。あたしたちの学年の人って、持ってる攻撃パターンが正統派の人が多いし。正統派だからこそ、特殊に弱い」
「ああ、大酉の言う通りだ。だからこそ、攻撃パターンが特殊な人材を上手く補助役に持っていくことが必要不可欠だろう。俺たちの学年でそういう分類の生徒の数は?」
「ざっと百五十くらい。ちなみに二年はその倍で、三年は百弱」
「なるほどな」
「では、三年に多い割合の分類は?」
「それは勿論、因子の量かな。三年は全体的な面で、因子を保有している量が凄いみたい。その点、二年は全体的に見て因子の量は、三学年の中で一番少ない」
真紘の言葉に今度は鳩子が答えると、真紘は口を閉ざし何かを考え始めた。
そしてしばらく考えてから、真紘が口を開いた。
「よし、これから俺はある提案をする。だから、その提案に意義のある者はすかさず意見を述べてくれ」
そう言って、真紘は考え付いた提案を話し始めた。




