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女子会議は内密に

 狼が寮の自室にいる頃、名莉は鳩子から呼び出しで鳩子の部屋へと来ていた。

 鳩子の部屋には、名莉と同じく呼び出された根津と季凛がさきに来ていて、部屋の中にある小さいテーブルを囲んで、床に正座して待っていた。

「どうかしたの?」

「ちゃんと説明するから、まぁまぁ座って」

 首を傾げる名莉を鳩子が空いてるスペースに座ることを薦め、名莉も言われた通りにテーブルを囲む、空いたスペースに腰を下ろした。

「あはっ、これで鳩子ちゃんが呼び出し面子(めんつ)は揃ったわけ?」

「まぁね。じゃ、さっさと本題に入りますか。まずはこれを見て」

 季凛の言葉に頷く鳩子が取り出したのは、名莉が鳩子と一緒に保管庫で見つけた写真だった。

 真紘の父親に、宇摩理事寮、そして狼の顔にそっくりな男の人と他二名が写っている写真だ。

 それを初めて見る根津と季凛は黙ったまま、顔を顰め合っている。

 きっと写真を見て思った事は、保管庫でこの写真を見つけた名莉たちと似たような物だろう。

「これは初代アストライヤーメンバーの写真なんだけど……問題はこの狼の父親」

「問題?」

 根津が写真を見ながら、顔を顰めさせる。

「そっ、この人の名前は大城晴人。九卿家の内の一つ、大城家の当主になるべきだった人。それで、そんな狼の父親の隣に写っているのが、黒樹高雄さん。狼がいつも父さんって呼んでいる人の方」

 鳩子が狼の顔にそっくりな父親の横にいて不満気に仏頂面をした身体の大きな男の人を指しながら、静かな声でそんな事を言ってきた。

「どういう事?」

 驚きのあまり名莉は、頭の中で思い浮かんだ言葉をそのまま口に吐き出していた。

 名莉の言葉の後に、少しの沈黙が部屋を支配した。

 けれどそんな沈黙は、鳩子が話を切り出すためのちょっとした息継ぎの間のようにも思える。

 そして鳩子は口を開き始めた。

「一気に話していくと、何かこんがらがるから、順番に説明するね。まず、あたしがどうしてこの事実を知ったかを」

 鳩子の言葉に他の三人が黙って頷く。

「さっきあたしが部活を抜けて、顔を洗いに行ったでしょ? その時に大城雄飛っていう男子と会ったの。年齢的にはあたしたちと同じか、一つ上くらいの男子かな。それで、その男子に大城晴人の息子はどこにいるのか? って聞かれて、最初はあたしも誰の事言ってるのかわかんなかった。そしたらそこに真紘が来て、真紘がその男子を一応は退かせてくれたんだけど、そのあとで真紘から、今から話す事を教えてもらったわけ」

「なるほどね……ねぇ、今から話す内容の中にその大城雄飛が狼を探してるわけも聞かせてもらえるの」

 根津が真剣な表情で鳩子に訊ねると、鳩子はコクンと首を縦に動かした。

「勿論。まぁ、大城雄飛の目的は真紘の推測でしかないけどね」

「ええ、別にそれで構わない」

「じゃあ、話すね。さっきも言った通りこの狼にそっくりな大城晴人さんが狼の実の父親。ここらへんの事情は真紘も知らないみたいだけど、何らかの事情で、もう他界はしちゃってるみたい」

「つまり、狼が黒樹の家に養子にされたってこと?」

「まぁ、形としては」

「でも、お母さんの方はどうなの? 居るんでしょ?」

「居るよ。お母さんは写真にも写ってる、この女の人」

 鳩子が指差した女の人は、とても綺麗な女の人だ。

 その表情はとても溌剌とした明るい笑みを浮かべて写っている。

「ってことは、狼くんの両親はどっちも初代アストライヤーメンバーってこと? あはっ、そう考えると狼くんって血統でいうとサラブレッドじゃん」

 季凛が素直に驚いた顔でそう言った。

「まっ、そういうこと。でも、ここで少し話がややこしいのが、狼のお父さんも九卿家の次期当主で、狼のお母さんも九卿家の一つ、雪村家の次期当主にほぼ決まってたってこと。真紘曰く、その二家は九卿家の中でも特に仲が悪い。でも、そんな家事情を丸無視して、狼の両親は結婚しちゃったみたい。まぁ、すごい思い切ったよね」

 鳩子が感心しながら頷いている。

 名莉も内心ですごいと思った。

 九卿家といえば、公家との繋がりも強く日本の政治にも大きく影響を及ぼすほどだ。

 そんな家の次期当主になろう、者同士が一緒になるということは、ほぼ不可能に近いだろう。

 雪村は代々女系の家で、九卿家の中で最も因子の質に特化した家だ。

 片方の大城は、他の九卿家の中でも因子の量は最大規模を誇っている。

 そしてそんな家の当主に選ばれるということは、相当の実力を兼ね揃えているという事だ。

 そんな二人が一緒になると言う事は、当然両家で反対の声が上がる。

 狼の両親はそれらの声を無視したのだから、本当に思い切ったものだ。

「でも、その狼のお母さんが、今は行方不明らしいんだよね」

「行方不明?」

 根津が眉間に皺を寄せながら、鳩子に訊ね返す。

「そう。これも真紘情報だけど、雪村の家も色んな手を使って探してるみたい」

「母親の癖に子供を知り合いに渡して、行方暗ますとかなくない?」

 季凛は口元こそ笑みを浮かべていたが、目はまったく笑っていなかった。

 家族と言う物に苦い記憶を持っている季凛だからこそ、この中で一番シビアに捉えているのかもしれない。

 けれど、名莉はテーブルに置かれた写真の中で明るく笑う女性が、無下に自分の子供を置いていく様には到底、思えなかった。

 ただ、それは名莉の憶測にすぎない。

 だからこそ、季凛の厳しい視線を否定する事はできない。

「確かに。自分の母親がいきなり居なくなったら、子供としては嫌よね」

 季凛の意見に同調する形で根津も顎先に手を当てながら渋面を浮かべている。

「季凛とネズミちゃんの気持ちは分かるけど、今は話を進めるね。一番の問題はここからだから」

 鳩子が一先ず話を先に進めてくれた事に、内心で名莉はほっとしながらも、鳩子からの出る次の言葉を待った。

「問題は勿論、あたしが会った大城雄飛って男子ね。まぁ、名前の通り大城の家の縁者っていうか、現当主の息子なんだけど、その息子がどうも狼と戦いたがってるみたいなんだよね」

「どうして?」

 名莉が顔を顰めながら訊ねる。

「大城の現当主が狼のことを気にしてる節があるみたいなんだよね。どこかで狼の噂を聞きつけたらしくて」

「噂を聞いたとしても、狼は自分の息子じゃないでしょ? それなのに狼を気にするわけ?」

「狼が雪村の家の血も入ってるから」

 根津の疑問に答えたのは、鳩子ではなく名莉だ。

 そのため根津や他の二人の視線も自然と名莉へと向かれた。

「大城は因子の量が多いけど、他の九卿家と比べると質が落ちる。そして雪村も因子の質自体は凄く高いけど、量は少ない。そんな二家の穴を埋めているのが狼」

「なるほどね。それじゃあ、狼くんに目を付けるのも納得」

 季凛が名莉の言葉に頷くのを見てから、名莉は再び口を開いた。

「でも、雪村は基本女性を当主として選ぶみたい。だから雪村は大城ほど躍起にはなっていないんだと思う」

「だんだん話が読めてきたわ。その鳩子が会った大城雄飛はきっと自分の父親が狼のことを気にしてるのが嫌ってわけね。まっ、これこそ統率争いってことか」

「そういうこと。でも、そんな統率争いなんて今の狼からしたら無関係でしょ?」

「あはっ。むしろ狼くんだったら嫌がりそうだよね? そういうの」

「確かに」

「きっと、狼だったら嫌がると思う」

 鳩子の言葉に名莉たち三人が同調して頷いた。

「でしょ。それはあたしたちだけでなく、真紘も同意見みたいなんだよね。でも、狼がここにいるってことは、知られてるから大城雄飛はまたここに来るだろうし。それをどうやって、あたし達が上手くカバーするかだよね。ほら、この事を下手に狼に伝えて、夏休み明けから波風立たせるのもあれかなって気もするし。非戦闘要員の小世美も巻き込むわけにもいかないし。ていうか、この話を聞いてあたしは、やっと狼と小世美が兄妹っぽく思えなかったのがわかったわ」

 鳩子が口をヘの字にさせたまま、腕を組んで納得している。

「むしろ、兄妹っていうより仲の良い女の子としか見えないでしょ? あはっ」

「……季凛、アンタ言葉に気をつけなさいよ」

「そうそう。鳩子ちゃんの心は硝子のハートに(ひび)を入れるな」

 根津と鳩子が季凛の言葉に苦情を言うと、季凛がニヤリとした含み笑いを浮かべている。

 名莉もまた黙ったまま、胸に痛みを感じていた。

 狼と再び話せる事はすごく嬉しい。

 たとえそれが友人という枠組みの中だとしてもだ。

 勿論、名莉の中にある狼への気持ちが消えたわけではないが、それでもこれまで通り狼と居られるのなら、この気持ちをそっと自分の中にしまっていようと思える。

「あー、体育祭も近いっていうのに、変な厄介人が来たものよね」

 根津が上半身を後ろの方へと反らしながら、溜息を吐いた。

「仕方ないって。来る時は来るんだから」

 鳩子も脱力しきった口調で、軽い返事を根津に返している。

 そしてしばしの沈黙が部屋の中を包んだ。

 それぞれの考えが宙に彷徨っているようなそんな気配だ。

 名莉もやはり黙ったまま、頭の中でさっきの話の事を頭に思い浮かべていた。

 けれど、その話を黙考したところで、名莉の中に思い浮かんでくる思いは、たった一つだった。

 それはどんなことが起ころうと、狼の味方になろうという思いだった。

 頭の中でそう思い浮かべる名莉の耳には、まだ夏休みが終わっていないと勘違いしているかのような蝉の大きな鳴き声が聞こえていた。


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