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主夫と臨時教官

「夏休み明け早々、体育祭かぁ。なんか、大変そうだな」

 狼は部活を終え、男子寮の自室へと戻って来ていた。冷房が入っていなかった部屋は、むわっとした空気が充満していて、蒸し暑い。

 さすがにこの中では過ごせないよなぁ。

 狼はそう思いながら、冷房のスイッチを押しベッドに寝そべった。

 あー、なんか鳩子に気づかれてそうだな。

 いつもは飄々としている鳩子だが、彼女も彼女で鋭いところがある。だから、狼と名莉の間に何かあったことを気づいているかもしれない。

 いや、かもしれないではなく気づいていると思う。

 名莉に告白されて、断ってしまったときはどうしようかと途方もない気分でいたが、狼と小世美が夏に島に帰っていた時に、名莉から狼の端末にメッセージが来たのだ。

 メッセージには『狼と普通に話したい』という短い内容だった。

 そのメッセージを見ながら、狼は申し訳なくて堪らなくなった。

 名莉がどんな気持ちでこのメッセージを送ったのかはわからない。けれどかなりの勇気をもって、このメッセージを狼に送ってきたというのは、予想がついた。

 狼自身、名莉とはこれまで通りの関係でいたいと思っている。

 けれど、それは振った側の身勝手な気持ちだ。

 だからこそ、そんな身勝手な気持ちを名莉に言うことはできないと狼は考えていた。

 いや、こんなのも僕の勝手な詭弁か。

 本当は、名莉に対してどんな言葉をかければいいのか分からず、迷っていただけだ。

 だからこうして、名莉からこんなメッセージを受け取り、安堵している自分がいる。

「僕って、最低だな……」

 狼は名莉からのメッセージを見ながら、苦々しい表情でそう呟く。

 呟いてみて、やはりこの言葉に意味はないと狼は思った。

 今の自分が言うことが、全て詭弁に感じて、本当に嫌になる。

 どこまでが本当の気持ちで、どこからがただの詭弁なのか?

 それがわからない。

 あり得ない事だけど、まったく自分が知らない人に告白されたのなら、もっと楽だったんだろうな。

 逃げ道を探すかのように狼はそんなどう仕様もないことを考えた。

 名莉とは、狼が明蘭に来てからずっと近くにいた友人だ。

 それは今も変わらない。

 変わらないが、これは狼が考える願望だ。

 名莉は狼に『狼と普通に話したい』と送ってきた。

 きっとそれは、名莉が狼の事を考えて言ってくれた言葉の様に狼は思った。

 そんな名莉の気持ちが分かるからこそ、狼は悩んだ。

 本当に自分は今まで通り、名莉と話していいのかを。

 狼がそんな風に悩んでいると、狼を気遣う様な表情をした小世美が狼の手を握ってきてくれた。

 勿論、小世美に名莉とのことは話していない。

 何故、話さなかったのはわからない。

 小世美になら、それとなく相談することだって出来るはずだ。

 けれど狼は、小世美に相談しなかった。

 もしかすると話したくなかったのかもしれない。知られたくなかったのかもしれない。

 別に名莉に告白された事を嫌として言いたくないわけじゃない。

 でも、それでも、狼の口は小世美に相談する事を拒んだ。

 そしてそれにも関わらず、小世美は狼が悩んでいる事に気づき、手を握ってきている。

 手を握ってきている小世美は口を開かない。

 ただ黙ったまま狼の手を握り、しばらく一緒にいてくれた。

 しばらくすると、小世美が口を静かに開いた。

「オオちゃん、ごめんね。私……夏祭りでオオちゃんとメイちゃんの話を聞いちゃったんだ」

「えっ?」

 小世美が何を言っているのか分からず、目を見開いた。

「黙っててごめんなさい。言おうか言わないでおこうか、私もすごく迷ったの。偶然とはいえ、私がオオちゃんたちの会話を盗み聞きしたのは、確かだから。でも、オオちゃんが悩んでるのは分かるから……」

「小世美……」

「オオちゃん、私ね……悪い子なの。すごく、すごく」

「どうして? 小世美は別に悪い事なんてしてないじゃないか。話を聞いたのだって偶然なんだし」

 狼は頭を垂れながら、擦れた声で小世美にそう言うと、小世美は首を横に振ってきた。

「違うの。私、オオちゃんがメイちゃんと恋人にならなくて良かったって思っちゃった。最低だよね? 私にとってもメイちゃんはすごく大事な友達なのに。でもね、そう思っちゃったんだから仕方ないよね? だって、オオちゃんがメイちゃんと恋人になっちゃったら、きっとデートとかしたりして、黒樹家の主夫がお小遣いを無駄遣いしちゃうもん。そしたら、お父さんを怒れる人が居なくなっちゃうんだよ? それは私てきにも大いに困ります!」

「え―――、そんな理由でかよッッ!!」

 小世美が少し胸を張りながら、すまし顔でそんな事を言ってきた小世美に狼が思わず面を喰らって、声を張り上げた。

 もっと、重大な理由があると思い込んでいた自分が恥ずかしい。

 狼は身体の力が思わず抜けてしまった。

 そんな狼を見て、小世美がケラケラと笑って来る。

「そんなに、笑わなくても……」

 狼がジト目で小世美を見ると、小世美が惚ける様に狼から視線は逸らしてきた。

 けれど、視線を逸らしていた小世美が再び小さく笑ってこう言ってきた。

「やっぱり、オオちゃんはいつものオオちゃんが良いよ。きっとそれはメイちゃんもだと思う。ねぇ、オオちゃん。オオちゃんがメイちゃんの事を大切に思うなら、オオちゃんのままでメイちゃんと向き合って。きっとそれが一番、今のメイちゃんにとって嬉しいことだから」

「うん、ありがとう。小世美……なんか、小世美の話聞いて、僕自身で心の整理が出来たかも」

「うむ、ならば良し」

 狼の言葉に、小世美が満足そうに頷いている。

「あーあ、小世美が知ってたのなら、もっと早く言えば良かったな……僕自身でもよく分からないけど、小世美に知られるの、嫌だったんだ。本当になんとなく」

 狼が懺悔するようにそう言うと、小世美が小さく「そっか」と答えてから、小世美が立ち上がり、狼の手を引っ張ってきた。

「もうすぐ、お父さんが海から帰って来るから、夕ご飯の支度しちゃおー」

「もう、そんな時間か。考え込んでたら忘れてた!! 早く支度しないと」

 そう言って、狼と小世美は家で夕飯を作る時に着けるエプロンをして、夕ご飯を作った。

 狼と小世美はそんな島での日常を過ごして、始業式の二日前に明蘭の寮へと戻ってきた。丁度、その日に、デンメンバーも寮へと戻って来ていたらしく、男子寮と女子寮の間にあるダイニングルームでばったりと会った。

 その中にいる名莉と目が合って、狼は内心すごく動揺した。

 名莉以外のメンバーには、普段通りに声を掛ける事ができたが、どうしても名莉の方を上手に見る事が出来ない。

 小世美が言っていた通り、僕らしく……僕らしくメイにも声を掛けるんだ。

 内心でそう考えてはいても、まったく言葉が出てこない。

 どうすればいいのか、狼が頭を悩ませていると小世美が軽く狼の背中を押し、笑いかけてきた。

 そうだ。

 最初に一歩を踏み出してくれたのは、名莉の方だ。なら、今度は狼から一歩を踏み出すしかない。

 狼は自分の手にグッと力を込め、名莉と視線を合わせる。

「メイも久しぶり。元気にしてた?」

 緊張しながらも狼は名莉に向け、一生懸命笑みを作る。

 名莉から見ると、物凄くぎこちなく、不格好な笑みかもしれない。でも、それでも狼は自分らしく笑って、名莉に話しかける。

 すると、名莉は少しだけ目を見開いてから、コクンと頷いてきた。

「うん、元気にしてた……ありがとう」

「そっか。なら良かった。また学校とか部活とかで宜しくね」

 名莉が言った最後の一言に、狼はすごく救われた気がした。だからこそ、次に出た言葉はいつもの自分らしく言えた気がして、狼はほっとした。

 そんな夏休みの思い出を思い返しながら、冷房の効き始めてきた部屋で安堵しながら、今度は別の事を思い出し、ベッドの上でのたうち回りたくなった。。

「ああ~、告白の事で忘れてたけど……僕、父さんに聞きたい事もあったのに。まんまと忘れてた。あ~」

 父である高雄が初代アストライヤーだということを知ってから、夏休みで帰省したときにでも高雄に聞こうと思っていたのだ。

 それなのに、狼はすっかり忘れていた。

 きっと、電話で聞いてもすんなり教えてくれなさそうだし。

 どうしようかな?

 狼がそんなことを考えていると、コンコンとドアがノックされた。

 ノックされたドアに狼が返事を返すと、ドアがゆっくりと開かれ、そこには今日の始業式で臨時教官として紹介された操生が片手を上げながら、にこやかに微笑んで部屋の中に入って来た。

「やぁ、黒樹くん」

「え、あ、はい……杜若教官、何か僕に用でも?」

「まぁね。君はWVAの試合に出ただろう? それで多分、榊教官からレポートの提出が出されてたと思うんだけど、それを君から受け取る様にって頼まれたんだよ」

「ああ、そういえば……ちょっと待って下さい。今出しますから」

 そう言って、狼は鞄の中から榊から出されたレポートを取り出し、操生に渡した。

「ふむふむ。よく書けてるね。感心するよ」

「いやぁ~、別にそんな事はないですよ」

 本当に感心したと見える操生に褒められ、狼は少しばかり気恥しくなり照れ笑いを浮かべた。

「いやいや、謙遜することはないよ。本当によく書けていると思うよ。君はすごくきっちりした生徒みたいだね」

「本当にそんな大した事書いてないですから。あんまり過大評価しないで下さい」

 へらりと笑って狼が後ろ頭を掻いていると、操生が微笑を浮かべながら首を竦めた。

「私は臨時の教官だから、変に教官ぶったりはしないけど……君はもっと自分を褒めてあげるべきだよ。そうすれば、もっと君は強くなれると私は思うよ」

 狼に操生がウィンクして、そう言って来た。

「ありがとうございます。杜若教官」

 狼が素直に操生に頭を下げると、操生は優しく微笑んで狼に踵を返した。

「じゃあ、確かに君のレポートは受け取ったよ。それとやっぱり、あんまり強くなられすぎると、少し困るかな」

 部屋を出る際に、操生に苦笑を浮かべられ、狼は少し口をぽかんとさせてしまった。

 


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