幸運の臨時講師~GO TO THE NEXT~
一体、どんな用事なのだろう?
操生は内心で自分が欧州地区の幹部に呼ばれた理由を考えていた。
この前の件で、操生はしばらくメディカルルーム通いを余儀なくされていたが、やっとそそれもなくなり、自由に身動きが取れるようになった矢先に、幹部からの呼び出しを受けたのだ。
向かう途中で、操生はまるで何かをしてしまった生徒が先生に呼び出されたときの様な気分で、呼び出された理由を考える。
まさか、この前の事でリストラ……
でも、この組織にそんな一般企業の様なリストラという言葉自体が不釣り合いな気がする。
それだったら、謀反を起こしたため、お前を抹殺するぐらいの方が何となく頷ける。
頷けるが、操生は謀反者として殺されるのは御免だ。
どうせ殺されるのなら、出流の腕の中で死にたいと操生は常に思っている。
そう言うならば、日本人魂にある死に場所は自分で決める。という信念に近いかもしれない。
「もし、銃を向けられたら全速力で逃げようか……」
操生は万が一の事を考えながら、スイスの首都、ベルンにある支部の廊下を歩く。
噂によれば、東アジア地区のナンバーズは当分、活動を抑制させるらしい。
そして、その抑制されている期間は日本に駐留している米軍たちの基地で、待機と言う名の監視下に置かれることにもなっている。
もし、少しでもナンバーズクラスの者が、不審な行動を起こそうとした場合、その時は直ちに排除されることになるだろう。
でも、一番不審な行動を起こしそうなのが出流なんだよねぇ……
操生はそう思いながら、深い溜息を吐いた。
勿論、出流がそういう行動を起こし排除されるようなことになれば、自分は迷わず弾雨の中へと飛び込み、出流の盾になるくらいの覚悟は持っているし、今の自分にとって、一番大切なのは出流の命だ。
むしろ、操生は大切な人の死顔を見るくらいなら、自分の死顔を見せた方が良いと思っている。
もし、私が出流の前で事切れたら、出流は悲しんでくれるだろうか?
いや、出流だったらきっと悲しんでくれるだろう。
出流は優しいのだから。
けれど、それが同じ組織にいる仲間だからとか、元恋人だからとか、そういう類の物で悲しまれても、何となく操生は死んでも死にきれない。
「やっぱり、良い感じなのは、ロミオとジュリエットくらいなのが良いかな?」
操生が歩きながらそう呟いている内に、操生を呼び出した幹部の部屋へと辿り着いた。
部屋の前に立ち、操生は少しの深呼吸をした。
万が一、ドアを開いた瞬間、はい、処刑! と銃で撃たれても大丈夫なように身体全体に、因子を流しておく。
操生がそんな下準備をしていると、部屋の中から若い女性の声が聞こえてきた。
「そんなに身構えなくていいわよ。早く中にいらっしゃい」
溌剌とした声でそう言われ、操生は口をぽかんとさせてしまいそうになったが、何とかそれを堪え、幹部の持つ部屋の中へと入った。
「失礼します」
操生がそう挨拶をして、部屋の中に入るとそこには、無造作に広げられた書類の所為で、ぐちゃぐちゃとなったデスクや、その下にはワインの空きビンなどが何本も転がっている。
その前の応接机には昨日食べたのか、宅配ピザの食べ残しとフライドポテトなどが置かれていた。
部屋だけみたら、下品な中年オヤジが住みついていてもおかしくないレベルで、部屋は汚れていた。
そしてそんな部屋のデスク椅子に腰かけているのは、下品な中年オヤジではなく、見た目は二十代後半、綺麗な黒髪には少しのウェーブが掛かった、すごく綺麗な女性だった。
肌は雪の様に白く、瞳はビー玉のように透き通っていて、唇は艶やかに光っている。
この外見からは、到底この色々な物が散乱している部屋を作りだした張本人とは思えない。
「部屋は、こんなだけど気にしないで。そのソファーは普通に座れると思うから」
部屋の汚さを笑い飛ばしながら、女性幹部は応接机の傍にあるソファーに腰かけた。
操生もその女性幹部に自分への殺気がないのを確認してから手招きされるがまま、女性幹部の腰かけるソファーの真向かえに腰かける。
一応、座る前に何かの食べカスがないかをチェックしてから、座った。
「それで、私に何の御用でしょう?」
操生がさっそく、本題に入ろうと話を切りだすと、その女性幹部がにっこりと微笑んだ。
「それは……勿論」
そう言って、操生の息つく暇もないまま操生の額に銃口が押し当てられる。
銃口を額に当てられながら、操生は面を喰らった気分になった。
今の目の前にいる女性から殺気という物がまるで感じられない。
まるでおもちゃの拳銃を冗談半分で、向けている様な錯覚さえしてしまいそうになる。
けれど、今自分の額に当てられている物は、紛れもない本物だ。
それは本物の拳銃から出る重々しい存在感でそれが分かる。
しかも、この女性幹部から殺気が出ていないにも関わらず、絶対に敵わないという直感的な物が操生の中で働いて、身動きが取れない。
きっとこの幹部は、因子持ちでかなりの腕を持っているというのが分かる。
これは予想外だね。
操生がそんな事を考えながら、唾を呑み、じっと女性幹部の瞳を見つめる。
それから、数秒経ったところで、女性幹部の中で何かの糸が切れたかの様に大きな笑い声を上げた。
「あはは、みさちゃん、おかしー!! さすがのあたしでもこんな真剣に身構えられると思わなかったー。あはははははは」
操生の額から銃を放し、代わりに自分の腹を抱えて笑っている女性に操生は口をポカンとさせてしまう。
「もう! 早く『冗談でしょう?』とか聞いてくれないと、拳銃を放すタイミングを掴むのが大変だったでしょ?」
「いえ、驚きすぎて言葉が出なかったので」
「そうなの? まぁ、いいわ。本題に入りましょう」
笑うのを止めた女性幹部が、銃を前のテーブルに置きソファーへと座りなおした。
「単刀直入に言うと、Vには日本に行ってもらいたいのよ」
「……日本ですか?」
「そう。日本。ダメかしら?」
「いいえ。まったくダメではありません」
むしろ、好都合です。
と操生は言いそうになるのを必死で堪えた。
まさか、こんな自分にとってベストな指令が幹部から下るとは思っても居なかった。
操生は思いがけない幸運に口元を緩めさせてしまうのを堪えるため、あえて表情を硬くさせる。
「それで、私は日本で何をすれば宜しいのですか?」
落ち着いた声で操生が訊ねると、女性幹部が茶目っ気たっぷりの顔でウィンクをしてきた。
「そ・れ・は・ね! Vには明蘭学園の臨時講師として潜伏調査をしてほしいのよ」
「潜伏調査?」
「そっ。まぁー私から頼むのは、そうね……ざっと」
そう言いながら、女性幹部が相手を頭の中で思い浮かべているのか、指を折って人数を数え始めている。
「……4人ね!!」
「4人ですか。では、そのターゲットの名前と顔を見せて頂きたいのですが?」
操生がそう言うと、女性幹部は上着の所から顔写真付きのパーソナルデータが書かれた書類を操生に手渡してきた。
「宇摩豊、黒樹狼、黒樹小世美、輝崎真紘……一番最初の人物は、なんとなく分かるんですけど、それ以外は学生ですけど?」
操生が少し首を傾げながら聞き返すと、女性幹部がニヤッとした笑みを浮かべてきた。
「うふふふ。一番上はまぁーちょっと手こずると思うけど、頑張って。あとの三人は……私の単なる私情よ。私情」
女性幹部のそんな言葉を聞きながら、操生は再び首をひねった。
まさか、私のところの幹部に、ショタコンとロリコンの趣味があるわけじゃないだろうね?
操生が内心でそんな事を邪推しながらも、これは自分にとって幸運という事には変わりない。
なら、自分ところの幹部がショタコンだろうがロリコンだろうが、操生にとって大した問題でもない。
「分かりました。今すぐにでも日本に向かいます」
「ええ、よろしくね。向こうで必要な手続きは全部こっちで済ましちゃうから心配しないで」
「わかりました。では、私はこれから早々に身支度を済まして、完璧な明蘭学園、臨時講師として頑張ってきます」
「本当に? それなら嬉しいわ。やっぱり頼むべき相手を見極めるセンスってあると思うのよねぇー」
そう言いながら自分に感心する女性幹部に、操生は一礼してから部屋を出た。
フレンドリーに手を振ってくる女性幹部を見ながら、操生は少し意外に感じた。
トゥレイターの幹部といえば、いつも偉そうにしている輩しか見ていなかっただけに、今回操生に指令を出してきた女性幹部が、稀有な存在に思えたのは仕方ない。
んー、まぁ、自分たちの幹部がどんな人間だろうと、どうでもいいんだけど……私に日本にいくラッキーチャンスをくれたことだし、私情で調べて欲しい三人の写真を多めに撮っといてあげようかな。
操生はさっきまでの気分とは違い、自室へと戻る足取りはすごく軽やかだった。
でも、そういえば……
操生のバディもすでに日本に言っているはずだ。
まったく、私のバディも向こうに行ったまま、これまで連絡の一つもないなんて、薄情なもんだね。
そのため、自分も向こうのバディに何も言わず、向こうで驚かせるのもまた良いかもしれないと操生は思った。
でもやっぱりメインは、出流の驚いた顔が一番見たいかもしれないね。
操生は自然と口元をニヤつかせ、その高揚した気分のまま、さっさと自分の身支度を済ませると、次の日の朝早くに、チューリッヒ国際空港から日本に向け、飛び立った。




