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素直な女

 狼たちが少し遅めの昼を食べている時、根津たちは狼と小世美がいる店の真正面にあるコンビニで狼たちを尾行していた。

 何故根津たちが狼たちを尾行する事になったかというと、根津が家に一時帰宅する荷造りをしている時に、部屋のドアを勢いよく開けて鳩子と名莉が、根津の部屋へとやってきて、狼と小世美が朝早くから出かけたことを言ってきた。

 そして根津の部屋に暇だと言って事前に来ていた季凛も含め、根津たちは鳩子の「絶対に後をつける!」という言葉もあり、狼たちを尾行するということになったのだ。

「ぐぬぬぬ。狼め~。鳩子ちゃんと夏の思い出を作りながら、今度は小世美とデートをするとは……」

「ちょっと、鳩子! 夏の思い出って何よ?」

 鳩子の言葉に根津が反応すると、鳩子がわけありげにニヤリと笑みを作った。

「それは……あたしと狼の秘密でしょ」

「何かその、余裕そうな笑みをが腹立つわね」

「あはっ。やっぱりネズミちゃんも狼くんの事好きなんだぁ」

「なっ、ちょっと、そんなんじゃないわよ!」

「まったく、ネズミちゃんもいい加減、素直になればいいのに。ねぇ? メイっち?」

 鳩子がそう言いながら口をへの字にしている。

「ネズミは狼の事好き? 男の人として」

 鳩子から話を振られた名莉が根津の顔をまっすぐに見ながら、そう言ってきた。

 根津は真正面から名莉に見られて、なんと答えればいいのか迷う。

「ねぇ、いつも思うんだけどどうして名莉たちは、あたしにそんな事聞いて来るのよ?」

 根津が名莉たちに訊ねると、名莉たち三人が顔を合わせて肩をすぼめた。

「どうしてって、あたしとメイっちは、狼の事好きだからに決まってるじゃん。それで、あたしとメイっちからしたら、ネズミちゃんと小世美も絶対に狼の事を好きだと踏んでるわけ」

 あっけらかんとそう答えてきた鳩子に、根津は言葉を詰まらせる。

 同類が同類を見つけ出すのは容易い。

 根津は頭の中でふとそんな言葉が思い浮かんでいた。

「でも、もしあたしと小世美が狼の事好きだとしたら、ライバルが増えるってことで、鳩子達も嫌なんじゃないの?」

 頭の中に浮かび上がった言葉を払拭する様に、慌てて根津が口を開く。

「それは勿論、ネズミちゃんたちが完全なる白ってことに越した事はないんだけど……それは絶対に違うでしょう? だって、ネズミちゃん、考えてみてよ。小世美は狼の妹だけど、小世美が狼の事、兄として見てると思う?」

「そ、それは……」

 根津だって小世美が狼の事を兄として見ているとは思えない。

 もし、見ていると言われたら嘘だと言ってしまいたくなる。

 嘘だと……

「あっ……」

 根津は思わず短い言葉を吐いた。

 自分も鳩子や名莉からしてみれば、小世美と何ら変わりはない。

 狼の事を気にしているのにも関わらず、好きかと聞かれれば違うと答えているのだから。

「このまま、この話を続けてても別に良いけど……あはっ、狼くんたち別のとこに移動するみたいだよ?」

 季凛が真正面の店にいた狼たちを指して、そう言ってきた。

「おっと、そうだった。今は話すより先に狼たちを追う事の方が先決だね」

 そう言って、小走りをする鳩子に名莉、季凛、根津の順で店から出る。

 店から出て、人通りの多い道で狼と小世美を見失わない様に注意しながら、数十メートル後方から狼たちを追う。

 根津たちは因子で視力を強化して、狼たちを見失わないようにしているが、休みの日の繁華街の人通りは物凄い。

 そのため、度々道行く人に狼たちの姿が遮られてしまうことがしばしあるものの、何とか狼たちの姿を見失うまでには至っていない。

 根津はそこに安堵するものの、人の多さに嫌気が指す。

 いや、違う。

 人の多さに嫌気が指しているのではない。

 あたしは、狼が小世美と楽しそうに歩いているのが嫌なんだ。

 根津は人混みに紛れて先を行く狼と小世美の姿を見てそう思った。

 胸がズキズキと痛む。

 どうして、自分はこんな後ろで狼の後ろを追っているのだろう? とさえ思う。

 根津の中に虚しさと悔しさが込み上げてくる。

 そしてそんな気分のまま、色々な場所で小世美と楽しむ狼の後を尾行していき、とうとう日が下がり始め外が暗くなってきた。

 外の暗さに呼応しているかのように、日が落ちる頃には根津の気持ちはすっかり沈んでいた。

 今まで感じた事のない嫌な気分に根津は、居た堪れなくなる。

 どうして、自分はこんな嫌な気持ちになっているのだろう?

 どうすれば、この気持ちから逃れられるのだろう?

 こんな事を考えていると、だんだん瞼裏が熱くなるのが自分でも分かる。

 そんな根津の気持ちに気づいたかのように、隣を歩いていた名莉から声が掛かった。

「狼を好きなら目を背けたら、駄目」

 名莉の言葉にはっとして、根津が名莉を見る。名莉自体は真っ直ぐに狼たちの方を見ていたが、言葉は確実に根津に当てて口にした物だ。

「私は狼が好き。だから、どんなに嫌な気持ちになっても目を背けたりしない」

「名莉……」

「ネズミの気持ちはわかる。私も同じだから」

 根津が名莉の言葉に、少し唖然としていると名莉が根津の方を向き、優しい笑みを浮かべてきた。

 そんな名莉に根津が言葉を返そうとした瞬間、名莉の手をどこかの知らない学校の制服を着た男子が引っ張ってきた。

「君ら、可愛いね。そんなに急いでどこ行くの?」

 声を掛けてきた男たちは三人連れで、一人は茄子の(へた)の様な髪型をした金髪男子。二人目は縦より横に伸びてしまった小太りの男。三人目はボサボサ頭で顎に無精髭を生やした、見るからに不潔そうな男だ。

「ちょっと、あたしたちは今忙しいんだから、さっさとその子の手を離して」

「えー、良いじゃん。俺たちとこれからどこか行こうよ?」

 名莉の手を掴む金髪の男を根津が睨むと、その男はわざと軽い口調でそんな事を言ってきた。

「しつこいわね。行くわけないでしょ」

「おー、君気が強いね~。俺、結構気の強い子タイプなんだぁ」

 金髪男子の隣に立っていた、小太りの男子がそんな意味わからない事を言いながら、ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべている。

 そんな気持ち悪い男の笑みで、根津の背中に悪寒が走る。

「ちょっと、ネズミちゃんとメイっちどうしたの?」

 後ろからやって来ない根津たちに気づいたのか、先を行っていた鳩子と季凛が戻ってきた。

「おっ、後からやってきた二人も、超―可愛い!!」

 小太りの次は不潔そうな男が、鳩子と季凛を見ながらそんな事を言ってきた。

「あはっ、メイちゃんたち、可哀想。こんなキモイのに掴まちゃって」

 季凛がいつもの調子で笑いながら、三人の男子にキツイ言葉を投げつける。

「うわっ、初対面でキモイとか普通に言われちゃったのよ。俺、ギガントショックなんですけどー」

 不潔そうな男が季凛から毒を吐かれたのにも関わらず、勝手に作った造語でショックさを露わし、身体をクネクネとさせている。

 その様子にさすがの季凛もドン引きしたのか、顔を引き攣らせて

「お前らきめぇーから、早く消えろつってんだよ」

 悪い口調の言葉で、男たちを睨みつけている。

「やべー、もしかして、げきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム的な? うそ、マジそんな感じ?」

 名莉の手を掴んでいる金髪男子が、言い放った物凄く長い言葉に、根津たち一同、一瞬言葉を失くしてしまう。

「今、あの馬鹿なんて言った?」

 白けムードの季凛が根津に話を振ってくる。

「知らないわよ! わかったのはやたらと長いってだけ」

「鳩子ちゃんは、よくあれを噛まずに普通に言えるってことに、感心するわ」

 鳩子も呆れ返ったように、男たち三人を見ている。

「じゃあ、もう面倒だからあの馬鹿たちには、さっさとここで寝て貰う?」

「あー、それいいね。いつまでも腕を掴まれてるメイっちが可哀想だし」

「そうね。これは立派な正当防衛ってことで」

 季凛、鳩子との話がすぐにまとまり、根津たち三人が少し感覚を開け、男子三人に向け不敵に笑う。

「名莉、待っててね。今その汚い手を離させるから」

 根津がそう名莉に言うと、不適に笑ってきた根津たちに少し警戒し始めた男たちへと一気に距離を詰め、根津が名莉の手を掴んでいる金髪男子に強烈な蹴りを入れようとした瞬間、根津の横から誰かが出てきて、一瞬で金髪の男の顔面が蹴り飛ばされ、地面にノックアウトする。

 一瞬のことに思わずきょとんとしていた根津に、金髪男子の顔面を蹴り飛ばした狼が顔を振り向かせてきた。

 狼の顔を見た瞬間、根津の中に何とも言えない安堵感が湧いてくる。

 どうして狼がここにいるのかは分からないが、今は自分の目の前に狼が居ることがすごく嬉しい。

 根津が嬉しさを感じて居る間に金髪男子の連れ二人が慌てた様子で、地面で伸びている男を引きずりながらどこかへ逃げて行く。

 その姿を見送る様に眺めていた狼が、息を吐いて肩を軽く上下させ、根津の方へと視線を向けてきた。その顔が少し怒っている様に見える。

「まったく、街中で女の子が何やろうとしてるんだよ?」

「え、いや、ただその変な男子が絡んで来たから……」

 狼が怒っているのが分かって、自然と答える根津の声が小さくなっていく。

「そういう問題じゃないよ。女の子なんだから、どんな時でも男に立ち向かったら駄目だろ。普通に考えて。メイも大丈夫だった?」

 溜息混じりに狼がそう言ってから、今度は後ろにいる名莉へと顔を向けた。

 狼に頷いている名莉を見ながら根津は、狼に迷惑を掛けたことに申し訳なくなる。

「オオちゃん、こんな風に言ってるけど、本当は、皆が男の人たちに絡まれてるのに気付いて、すごく慌てて来たんだよ?」

 顔を落とす根津に小世美が後ろから歩いてやってきて、優しい声音でそう言ってきた。

「そうなの? っていうか、あたしたちが付いて来てるって、小世美たち気づいてたの?」

 小世美の言葉に驚いた表情で根津がそう訊ねると、小世美が悪戯っぽく舌を出してきた。

「うん、実はお昼食べた後くらいには気づいてたんだ。でも、皆が私達に内緒で付いて来てたみたいだったから、気づかないフリしようって、私とオオちゃんの間でなったの」

「なんだー。そうならそうと言ってよ。まったく狼と小世美も人が悪いなー」

 根津が答える前に、鳩子ががっくしとした表情で口を開いた。

 そんな鳩子に小世美が可笑しそうに笑う。

「へへへ。黙ってついてきた皆への罰です」

 小世美が鳩子にそう言うと、鳩子がさらに肩をがっくりとさせた。

 敵はやっぱり強い。

 根津は鳩子に笑う小世美を見て、そう思った。

 いや、一番の敵は小世美じゃないかも。

 そう思い返し、根津は名莉と話す狼を見てそう思った。

「あはっ、もしかして、ネズミちゃんもやっと素直になる気になっちゃった?」

 耳元で季凛からそう言われ、根津は素直に笑って頷いた。

「そうね。たまには素直になるのも良いかもね」

「ふーん。やっぱりさっき駆けつけてくれた狼くんにトキメイちゃったんだ。まぁーあのキモイ奴ら見たあとじゃ無理もないかー」

「ちょっと、季凛! 何言ってんのよ?」

「あはっ、さっき素直になっても良いって言ったんだから、素直に認めればいいのに」

 季凛が根津にニヤリと笑ってきたのを見て、根津は言う相手を間違えたと心からそう思った。


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