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謝る勇気

「お父さんに何を買っていく?」

 隣を歩く小世美に訊ねられ、狼は短く唸った。

「父さんだからなぁ……多分、おつまみ系とかが良いんだろうけど……」

「だよねぇ。んー、でも、おつまみみたいのだと、東京じゃなくても買えちゃうし。困りましたなぁ」

「確かに……」

 狼と小世美は、高雄へのお土産選びのために、寮から出て街に出ていた。

 明蘭の寮は、夏休みでも使用できるが基本は、皆家に帰宅する。そのため、狼と小世美も近々、島に帰ろうと考えていた。

「でも、心配だな。家の中」

 狼は高雄一人で住んでいる我が家の現状を考えながら、力なく呟く。すると隣にいる小世美がクスクスと笑ってきた。

「小世美、これは笑い事じゃないんだぞ? 僕たちの家が人の住める領域のままなのか、そうじゃないのかの問題なんだから」

 笑っている小世美に狼がそう言うと、小世美が両手を後ろで組んで、すまし顔をしてきた。

「分かってますよ? オオちゃんがお父さんの事、心配で、心配で仕方ないんだよね?」

 小世美がニコニコとしながら、狼の顔を覗き込んで来たため、狼は二の句が継げなかった。

 敵わないなぁ。

 狼は頭を掻きながらそう思った。

「なんか、小世美凄いご機嫌だね?」

「えへへ。分かる?」

「うん、それはね」

「おっ、ドヤ顔ですな?」

「別にドヤ顔ってわけじゃないけどさ」

「偉い、偉い」

 またも、小世美が満足そうな表情をしながら、狼の頭を撫でてきた。

 人前で頭を撫でられた狼は、少し恥ずかしくなりながらも素直にそれに従った。

 小世美に頭を撫でられるのは、嫌じゃない。

 なんというか、小世美に頭を撫でられると安心感という物が自然と体に流れ込んでくる気がするからだ。

「でも、私がこっちに来て、こんな風に街を歩くの初めてかも」

「ああ、確かに。小世美がこっち来てから結構、学校事で結構色々あったからね」

「うん、だから嬉しいのかも。だって、オオちゃんと二人で出かけるのって本当に久しぶりな感じがするから」

「まぁね。言われてみるとそうかも」

 自分が明蘭学園に来てからの三ヶ月、本当に色々な事があったと思う。

 トゥレイターからの学園奇襲から始まり、無人島でのサバイバル演習に、サマースノウ宣戦、トゥレイターの研究施設への逆奇襲、保管庫からの脱出、WVA。

 本当に色々あった。

 やっている時は、本当に大変でもう嫌だと思った事も何度もあるが、今思い出して見ると、自分なりに充足していたとも思う。

「あー、オオちゃん見て、見て!」

 狼が頭の中で明蘭に来てからの思い出を頭の中で反芻させていると、小世美がウキウキとした声を上げた。

 そんな小世美の方を狼が見ると、小世美は道の先にあったゲームセンターの前にあるUFOキャッチャーの前で、中にあるオオカミのぬいぐるみを見ている。

「小世美、これが欲しいの?」

「うん! 欲しい! オオちゃんとれる?」

「わかった。ちょっと待ってて」

 狼は小世美にそういって、UFOキャッチャーにお金を入れた。

 自慢ではないが、狼はUFOキャッチャーで失敗したことがない。お金を使ってやるからには、絶対に賞品をとる、というのが狼の信念だからだ。

 そのため、狼は入念にぬいぐるみの位置を確認し、UFOキャッチャーの機械を操作する。

 すると、すぐに機械はオオカミのぬいぐるみの首元をしっかりと挟むと、そのままぬいぐるみを持ち上げ、賞品取り出し口へと落とした。

「わぁー、すごい、すごい」

 小世美が感動しながら、狼からオオカミのぬいぐるみを受け取り、嬉しそうにぎゅっと抱きしめている。

「ありがとう、オオちゃん! 大事にするね」

「なんか、ここまで喜んでもらえると、こっちも嬉しいよ」

 そう言って狼がへらりと笑うと、小世美も嬉しそうに笑って頷いた。

「ねぇ、オオちゃん! もっと色んな所見てみようよ!」

 片方の手で小世美に手を引かれ、狼も手を引かれるがままに歩き出す。

 自分の手を引いてくる小世美はとても、嬉しそうで手を引かれている狼も楽しい気分になってきた。

 楽しい気持ちは伝播するって、前に小世美が言ってたっけ?

 前に言われた小世美の言葉を思いだし、確かにそうかもしれないと思った。

 きっと前にいる小世美がすごく楽しそうにしてくれているから、自分も楽しい気分になっているのだろうと思う。

「小世美、あんまり走ると危ないよ?」

 嬉しそうにはしゃぐ小世美にそう声を掛けながら、狼は手を繋いだまま小世美の隣に並んだ。

「はーい、気を付けます」

「それなら良し」

 そうやって、狼は小世美と二人でのんびり気ままに東京の街を散策する事にした。東京の大きな繁華街に行くとやはり、夏休みに入ったというのもあって、人混みが凄い事になっている。

「うわっ、凄い人だね。はぐられない様にしないと」

 狼がそう言うと、小世美がフフッと小さく笑った。

 小世美の笑った意図が分からず、狼が小世美に向かって首を傾げると、小世美が手を繋いだ手を少し上げ、

「オオちゃんが手を繋いでくれてるから心配いらないよ」

 と得意げに言ってきた。

「なるほど。うん、確かにそうだね」

 狼も小世美に笑いながら頷いて、手を少しだけ強く握る。小世美もそんな狼に答える様に細い手で握り返してきた。

 そのまま、繁華街に並び店を見ながら、小世美と他愛もない話をした。

 狼は小世美とそんな時間を過ごしながら、どこか懐かしい様な、でもどこか新鮮な様な、そんな矛盾した気分になっていた。

 それから狼と小世美は少し遅めの昼ご飯を食べ、そのままそこで休憩をしていた。

「でも、本当に人が多いね」

 小世美が店の窓から、道を歩く人を見ながらそう呟く様に言ってきた。

「うん、島に居た頃は、こういうのとは無縁だったから、大体のイメージはあっても、やっぱり驚くよな」

「そうだね。私も日本にこれだけの人がいるなんて、実感してなかったかも。島から出て初めて都会の電車に乗った時は、どうしようかと思っちゃった」

「あー、わかる。本島に行った時、電車には乗ったことあったけど、でもやっぱりローカル線だから、人も都会みたいに多くなかったし」

「うん、そうそう! だから東京に初めて来たときに、けっこう満員の電車に乗ってね、そのとき、人に呑まれるってこういう事なのかぁ~って実感したもん」

 小世美が苦笑交じりにそう言ってきて、狼も思わず苦笑した。

 確かに、僕も初めて満員電車に乗った時は小世美と似た感想を持った事を覚えてる。

 そのときは、都会の人の多さに圧倒されて、すぐに島に帰りたくなったくらいだ。

「あのさ、小世美。小世美はこっちに来て島に帰りたいって思った時ある?」

 狼がふと気になったことを小世美に訊ねると、小世美は少し視線を彷徨わせ、考える様に唸った。

「うーん、勉強とかで大変なときとか、島の友達に会いたくなった時は少し帰りたいって思うけど、それ以外はないよ」

「へぇー、そっか。まぁ、小世美はすぐこっちに馴染んでたもんな。もしかして、僕より小世美の方が、いろんな場所に順応できるのかも。僕なんて、最初こっちに来たばっかで、小世美にみっともない電話かけちゃうくらい、ヘタレてたのに」

 狼が自虐ネタを言いながら苦笑を浮かべると、小世美がフルフルと首を横に振ってきた。

「オオちゃんはヘタレなんかじゃないよ! 確かにあの時はオオちゃん、すごく落ち込んでたけど、でもそれでも、オオちゃんは、ちゃんと逃げないでここまで頑張ってるんだから。だから絶対にオオちゃんはヘタレなんかじゃないよ。それい、私が弱気にならないのは、近くにオオちゃんがいてくれるからだと思う」

「小世美……」

「きっと私だって、最初のオオちゃんみたいに一人で知らない場所に行けって言われたら、心細くて、きっとオオちゃんみたいに頑張れなかったと思う。それに、本当に私オオちゃんが近くにいてくれて良かったって思うよ。だって、オオちゃんがいたから私は笑ってられると思うから」

 すごく真剣な表情で小世美がそう言ってきた。

 狼に向かって熱弁してきた小世美は、恥ずかしそうにするわけでもなく、すごく自信ありといわんばかりに、狼の目をまっすぐに見つめてきた。

 だがすぐにその視線を外し、何か思ったように小世美が顔を下に伏せてきた。

「でもね……オオちゃん、私、私ね……オオちゃんに謝らないといけないことがあるの」

「……小世美が僕に?」

「うん」

 こくんと頷いた小世美だが、その次の言葉が帰って来ない。

 なんだろう? 小世美が僕に謝らないといけない事って? そんなものないよなぁ……。

 小世美からの言葉を待ちながら、狼が首を捻っていると、ふと窓の外に見慣れた人影を見つけた。

「あれって……」

 思わず狼の口から言葉が漏れる。

 その狼の言葉に反応した小世美もつられる様に、窓の外へと視線を移し、目を見開いた。

「メイちゃんたちだ」

 窓の外には、向かい側にあるコンビニの窓からチラチラとこちらを窺うデンメンバーの姿が見える。

 向こうはまだ、狼たちが気づいたことに気づいていないのか、本を見る様な仕草をして、こちらを見ていることを、隠そうとしている。

「みんな、あんなところで何やってるんだ?」

 きっと、自分と小世美についてきたのは明白だが、何故自分たちについてきたのだろう?

 狼は名莉たちの意図が読めず、首を傾げる。

「どうする? やっぱり気づかないフリをしといた方がいいのかな?」

 狼が小世美にそう言うと、小世美は少し考えてから首を縦に振った。

「うーん、そうだね。ここは勝手に後をつけてきた皆に罰として、気づいてないフリしちゃおっか!」

 小世美も悪戯心に芽生えたのか、狼にそう言うと席を立ち上がった。

「さっ、ずっとここに居ても、みんながあそこから動けないから、私たちも移動しよう」

「うん、そうだね。ところで、さっきの話はいいの?」

 立ち上がり際に、小世美が言っていた謝りたい事について狼が訊ねると、小世美は静かに首を横に振って、

「やっぱり、その話はもっと私に勇気が出来てからにするね」

 と言ってきた。

 勇気が出てから。

 確かに何かを謝る事は勇気が必要だとは思うが、小世美は何事も自分が悪いと思ったら、すぐに謝れる少女だ。

 ましてや家族である自分に対してだ。いつもなら勇気なんて必要とせず、小世美だってすんなり、謝る事があったら謝れるはずだ。

 それにも関わらず、小世美は勇気が必要だと言う。

 小世美が勇気をもって自分に謝る理由。

 狼はどんなに考えてもその理由が分からず、小世美の勇気がつくまで待つことにした。

 二人は店を出て、名莉たちの動きを確認しながら、別の場所へと移動する。

 歩きで移動しながら、小世美がお昼を食べた後にも関わらず甘い物が食べたいと言い出したので、そういう店を探しつつ歩くことにした。

 隣を歩く小世美は、まるでかくれんぼで鬼を待つ子供の様に、ソワソワとしながらもどこか楽しそうにしている。

 そんな小世美を見ながら、狼は横目で少し離れた後ろを歩くデンメンバーの様子を見た。

 なんか、皆……よく分かんないけど顔が真剣すぎないか?

 因子で視力を強化した狼の目には、何故か真剣な顔で自分たちの後を追ってくるデンメンバーの姿が見えた。

 面白がって狼たちについてきたにしては、目が本気すぎる。

「ねぇ、小世美。皆の目が本気なんだけど、どうしてだと思う?」

「それはねー、皆がオオちゃんの事、大好きだからだよ」

「大好きって……小世美、変な風に僕をからかうのは、よせよ。僕は真面目に訊いてるのに」

 狼がそう溜息を吐くと、小世美が少しムスッとした表情をしてきた。

「オオちゃんの朴念仁」

「え? 何で僕が朴念仁になるんだよ?」

 小世美の言葉に狼が首を傾げると、どこか諦めたように小世美が溜息を吐いている。

 何か僕間違った事したかな?

 狼は内心で疑問符を浮かべながら、これ以上この話題に触れない様にしようと決めた。


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