バナナボート~雨生Ver~
まさかこんなことになるとは。
狼はフィフスが引率するバナナボートに跨りながら、海の上にプカプカと浮いていた。
そして、狼と一緒に乗っているボートには、アーサー、真紘、ライアン、万姫、ホルシアが乗っている。
そして、万姫の兄であり、中国の代表でもある武煌飛が引率するバナナボートには、イレブンス、セブンス、サード、バリージオ、テンス、エイスが乗っている。
そして残りのメンバーは、バナナボートには乗っているがそっちのボートは本当にマリンスポーツという形だ。
できれば狼もそっちが良かった。
最初にバナナボートで何かの決着をつけようとしていた、アーサー、セブンス、バリージオは当然、このバナナボートレースに参加するべきだが、狼はまったく関係ないのに参加させられてしまっている。
これも、僕があのときチョキを出したから……
あの時の自分の直感が恨めしい。
「それにしても、上手く馴染んでるなぁ」
狼はそう呟き、イレブンスたちと一緒のバナナボートに乗っているバリージオに視線を向けた。バリージオも兄のセブンスと共に、アーサーに敵意をむき出しにしていたから、狼たちのボートに乗らないのは当然といえば当然なのだが、仮にも彼はイタリアの代表候補で本来ならこっちに入るべき人物だ。それにも関わらず、バリージオはトゥレイター側のボートに乗り、しかも上手く馴染んでいる。
彼らいわく、昔の大戦時もクリスマスは敵同士でも盛り上がった。つまり、このバカンスもそれと同じ様に考えればいいだけだと、尤もらしい事を述べていた。
単に自分の都合的考えなんだろうけど、変に戦うよりは良いか。
狼がそんな事を考えていると、フィフスと煌飛のジェットスキーにエンジンが掛かり、ボートが微かに揺れる。
そしてレースに参加してない外野が狼たちのボートの周りに集まり、カウントダウンを開始し始めた。
テレサがウィンクをしながら、陽気な声で数字を切り、そして……
「スタートッッ!」
快活な声を張り上げ、そんなテレサの言葉と共にフィフスと煌飛が、思いっきりアクセルを全開に海を滑走する。
「うわぁっ」
急激なスピード上昇に、引率されたバナナボートが一瞬水面から離れ、跳ね上がる。
しかもまだバナナボートが着水してないのにも関わらず急ターンをし、バナナボートが斜め45度以上傾き、狼たちの頭が水面へと近づく。
本当にしっかりとボートに掴まっていないと、海に勢いよく叩きつけられるのは間違いない。しかもそんな危険が幾度となくやってきて、ボートに掴まる腕の感覚が麻痺してくる。
ちなみに、バナナボートに乗る前のルール上、体に因子を流す事を一切禁止という事になっている。
そのため、この危険なバナナボートにしがみつく力は、純粋に自分の体力的問題になっているのだ。
「いたっ!」
バナナボートの一番先頭に乗っている狼の目に塩水が、勢いよく入り込んでくる。手は使えない。反射的に目を閉じても、少しでも目をあけると塩水が目に入り込んできて、目にダメージを与えていく。
しかも、かなりフィフスと煌飛は、自分たちがバナナボートを引いている事を頭からなくしてしまったかのように、ジェットスキーをアクロバットに操縦するため、水面から離され空中に投げ出され、そのままターン、そして勢いよく着水という事が多々ある。
宙に浮いては着水され斜めに傾けられるということを、休むことなく続けられているとさすがに気持ち悪い浮遊感で、気分が悪くなってくる。
やばい、本当に気持ち悪い。
激しい上下運動で胃から先ほど食べたイカ焼きが逆流してくる感覚で、狼は青ざめながら口元に手を当てたかったが、片手でも離したら、たちまちバランスを崩して海に投げ出されるのは確定だ。
そしてこんな気分も悪く、腕の感覚も麻痺した状態で海に投げ出されたら、自分の命が終わる。それは嫌だ。絶対に嫌だ。
このバナナボートはもともと、バリージオたちが言い始めた。つまり、このバナナボートレースが持つ意味は、非常に下らないという事が容易に想像できる。そしてそんな下らない事の為にこんな遊びに来た海で生死の境を見たくはない。
デスバナナボートに参加してない人達は、デトレスやら左京やら他数人が運転する安全なバナナバートを心から楽しむ声を上げている。もちろん自分が乗っているバナナボートとイレブンスが乗っているバナナボートからは、そんな楽しそうな声は聞こえてこない。
みんな振り落とされない様に集中しているからだ。しかも引率している二人が、芸としてジェットスキーを操縦しているのなら、まだ幾らか違っただろうが、そうではない。
フィフスも煌飛、二人とも本気で自分たちを海へと落としにかかっている。こんな他者から見たら下らないバナナボートでも、本気で決着をつけようとしている。いや、どんな形でも決着をつけないと気がすまないというのが正しいだろう。
さっきまで戦われるよりはマシだと思っていた自分の考えを、今は全力で否定したいと狼は思った。こんな危険でちっとも楽しくないバナナボートに乗せられるよりは、どこか二人で思う存分戦ってくれていた方がいい。
狼の耳に周りから聞こえてくる楽しそうな声が聞こえてきて、狼は自分の運の無さに泣けてきた。
「マジかよ?」
「きゃーー」
「ありへんやろ!」
「激しすぎるぜ」
「バナナボートの究極を見た気がする」
「わーおー」
そんなイレブンスたちの声が聞こえたと思ったら、狼たちの頭上を横にすり抜けるようにバナナボート事反転させられているイレブンスたちと目が合った。
い、一回転!?
煌飛が引くバナナボートが巨大な水柱を立てながら、着水する。
脱落者〇。
「なかなか、しぶとい奴らだ」
煌飛が憎々しげに舌打ちをする。
「残念だったな、煌飛。あれくらいで脱落するほどそいつらは柔じゃない」
高速ターンで煌飛のジェットスキーと並んだフィフスがクスっと笑みを浮かべ、そのままフィフスが立ち漕ぎ姿のまま、ジェットスキーの先端を上へと持ち上げる。そして先端を持ちあげられるようにして大きく傾いたジェットスキーから、大量の水飛沫が狼たちへと降りかかり、視界がよく見えない。
鼻や口から海水が入り込んみ、鼻は沁みて、かなり噎せ返る。
惨すぎる。地味な攻撃は時として地味に大きな攻撃になる。
狼は噎せながら、そう思った。
「ちょっと、卑怯な真似してんじゃないわよ!!」
「やはり、反逆者には碌な奴がいない」
「無慈悲にも程があるぜ」
「手も足も出せない者に……敵ながら風上にも置けない奴だ」
「やれやれ、こんな屈辱を受けるのは初めてだ」
狼の後ろで自分と同じ様に、噎せ返っているメンバーから罵詈がフィフスへと吐かれている。
けれど、そんな言葉には耳にも入っていないフィフスがジェットスキーを水面から大きく跳ねさせ、狼たちのバナナボートも水面でボールのように跳ねさせられた。
連続的に跳ねたり飛んだりを繰り返され、狼は再び顔を青くさせる。
そして胃から迫り上がってきそうな物を必死に押し留め堪える。そうしないとバナナボートの二次被害を自分以外のメンバーに出してしまう可能性もあるからだ。
すると、チラッとジェットスキーから狼の方を見たフィフスが笑みを作って、
「我慢は体に良くないぞ?」
と言ってきた。
「我慢するに決まってるだろ!! さすがに僕だって絵柄は気にするよ!」
狼がそう叫びながらフィフスに向かって反論すると、フィフスは軽く肩を竦めた。
「おい、ロウ! もし、リミットが来たら教えてくれよ。そしたら俺もリミット外すからな」
「変な所で仲間を作ろうとするなっ!」
後ろからそんな言葉を掛けてきたライアンを、狼が一蹴した。
嫌だ。こんな所でゲロ仲間を作るなんて。
しかも、自分と同じ様にイカ焼きを食べたライアン。
想像しただけでも最悪すぎる。
「不穏な事を言っている貴様ら、もしここで汚物を見せてみろ? 命はないと思え」
ホルシアからの言及。
「黒樹、ライアン、俺は貴様たち二人を信じる」
真紘からの意味の分からない信頼。
「狼、いくらアンタがあたしの旦那だからって、寛容になれる所となれない所があるんだからねっ!!」
そう言って、狼の真後ろにいる万姫が手を使えないため、背中に頭突きをしてきた。
これも地味に痛い。
そしてそんな周りの言葉を聞いて、状況がわかっているはずのアーサーが口を開かない。それが逆に無言の訴えとなって、狼にずしっと重圧を掛けてくる気がした。
意地が何でもこの危ないリミットは解除しない。
狼は固くそう心に誓った。
むしろ、もし本当に自分でも駄目だと思ったら、その時はこの海に身を投じよう。狼はそう考えた。
後でアーサー、ホルシア、万姫、真紘からの粛清に遭うよりはリタイアした方がいい。
「哈哈ッ。アストライヤー関係者も中々、愉快だな」
言葉の通り愉快そうに笑うフィフスが、ジェットスキーでバク宙をしてきた。つまり狼たちもバナナボートでバク宙をする羽目になった。
煌飛にしても、フィフスにしてもよくバナナボートを引きながらこんな巧みにジェットスキーを操作できるのか? 狼は純粋にそう思う。
「真っ向から来る気だ」
アーサーの言葉の通り、真正面から狼たちへと猛スピードで近づいてくる煌飛の姿が見える。
「もしかして、体当たりしようとしてる?」
恐る恐る狼が、この場にいる全員が予感していることを口にする。
「まさかねぇー、僕たちに当たったら、もしかすると僕たちだって落ちることになるし。自分の妹だって乗ってるんだから、そんなことしないよな~」
狼は口元を引き攣らせながらも、あえておどけた口調で自分の予感を否定する。
だがそんな狼の言葉に同意してくれるメンバーはいない。
頼む。誰でもいいからフォローしてくれ。
狼は内心で祈ってみたが、やはり誰も狼の意見に同意してくれない。
むしろ、前で自分たちのバナナボートを引っ張っているフィフスも、煌飛たちにぶつかる気満々だ。
「おい、止せよ! こんなスピードでぶつかったら、僕たちが落ちるどころか大事故になる!!」
狼が必死な声で回避することを勧めるが、フィフスは首を振って
「大丈夫。事故になっても、ここにいるメンバーなら死にはしないさ」
というふざけた事を言って来た。
「そういう問題じゃないだろ!」
狼の叫びは空しく、二つの猛スピード、ジェットスキー二隻は真正面から衝突した。




