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剣幕

「あらま、俺の甥っ子はもう婚約者(フィアンセ)なんているの?」

 堂々と狼を旦那呼ばわりした万姫を見ながら、フォースが嘲笑を浮かべている。

「そんなわけないだろ! これは勝手に万姫が言ってることであって。実際は違う」

「阿呀―。もう、すぐそうやって照れるんだから。別に照れることないじゃない?」

 そう言いながら万姫が身をくねらせて、赤く染まった頬に両手を添えている。狼は何か諦めたかのように、落としていた肩をさらに落とした。

「黒樹、肩を落としたりしてどうかしたのか?」

「なんでもない……とは言えないかも」

「狼、大丈夫?」

 真紘の質問に脱力仕切った狼を、名莉が労わりの言葉を掛けている。そしてそれから真紘がイレブンスとその周りにいるナンバーズを見ながら、溜息を吐いた。

「また貴様達が何かしたのか?」

「また? 俺たちは別に今は何もしてないだろ?」

「惚けるな。さっき黒樹と貴様と先輩たちで馬鹿げた事をしていただろ? さっき先輩たち黒樹にはしっかりと反省してもらった。残るは貴様だけだ」

「何が反省だよ? 俺は泣き疲れたから手伝ってやっただけだ」

 イレブンスが真紘にそう反論すると、真紘は頭を抱えて「敵に泣きつくとは……」と呟いている。

 変な所で潔癖な真紘からしたら、ありえない事だったのだろう。だが俊樹たちがイレブンに泣きついた事は、消えようもない事実だ。

「ちょっと、待って? これ何かの冗談?」

 真紘の横からブロンドヘアーの女が目をぱちくりとさせながら、驚いた様にサードを見ている。

「ああ、もう嘘でしょ? ちょっと、ライアン!!」

 女が信じられないという仕草をしてから、呑気な足取りでこちらに向かって来る男を手招きして読んだ。

 真紘や狼などの一同は、女が動揺した理由が分からないのか首を傾げ合っている。けれど、イレブンスやナインスなどのトゥレイター側は、何となく女が動揺した理由が掴めた。

 サードを見て動揺したということは、この女はアメリカの代表候補に違いない。アメリカの代表候補なら、現大統領の娘であるサードの顔を知っていても不思議じゃない。

「テレサ、どうかしたのか?」

 まだ状況が掴めていないライアンが、サードの顔を見るよりも早くテレサの顔を覗き込み、首を傾げた。するとテレサは返事をしないまま肩をすぼめて、サードの方へと視線を移した。

 そんなテレサの視線に沿う様に、ライアンもサードの方へと視線を移動させ口をあんぐりとさせた。

「こりゃあ、驚いた。ああ、なんていうか……いや、参ったな……ミス・クロエ、何故貴女がこんな所に?」

「答える意味ある?」

「一応、念のためにですよ。ダウニー大統領も心配してますし」

「絶対に嘘。パパがあたしを心配してるはずないもん」

 サードが子供っぽく頬を膨らませ、ライアンから顔を背けるとライアンが困り果てたように、頭を掻いた。

「もう親子喧嘩なんて止したらどうです?」

「嫌よ。あたしはパパと仲直りする気なんてサラサラないし。あんな退屈なとこに戻りたくない」

 ライアンは本当に困り果てたように、視線で助け船をテレサに求めているが、テレサは肩を竦めるだけだ。

 そして、話の流れで大体状況を掴んだ狼たちも、話に口出すわけにもいかず事の成り行きを見守っている。

「フッフフ、やはり、ここはバナナボートで決めるしかないだろ」

「まだ、おまえはバナナボートに乗る事諦めてなかったんだな。どれだけ乗りたいんだよ?」

 奇妙な声を上げたセブンスをイレブンスが呆れながら見る。

「だって、話し合いで解決できないんだったら、バナナボートで決めても問題ないだろ?」

 そんなセブンスの言葉を聞きながら、内心で納得しそうになった自分をイレブンスは頭を振って払拭した。

 やばい、地味にセブンスのアホな案がまともに思えてきた。

 そんな自分の危うさにイレブンスが思わず口元を引き攣らせる。

「バナナボート? バナナボートで何を決めるんだ?」

 バナナボートの件を知らない真紘が不思議そうに首を傾げる。

「そこの少年、良い質問をした。その質問に優しい俺が答えてあげよう。バナナボートで何を決めるのかと言うと……」

 セブンスが胸に手を当て、偉そうなポーズをして説明をしようとした瞬間、大きなプロペラ音が砂浜の界隈に響いてきた。

「米軍のヘリでも通ったか?」

 イレブンスがそう呟きながら頭上を見ると、そこには米軍のヘリではなく、民間ヘリコプターのアグスタのAW139が頭上に飛んで来ていた。

「もしかして……」

 ヘリを見ながら、何かを予感したかのように呟き声を洩らしたのは万姫だ。そしてそんな万姫の予感を的中させるように、ヘリのドアから顔を覗かせたのは、黒スーツをピシッときた男だ。

「万姫、早く本国に戻れと言ってあっただろ?」

「ごめんさない、煌飛兄さん。でもね兄さん、わたしここで自分の僧侶になる相手を見つけたわ。それと兄さんには良い報せもある……ここに王雨生もいるわ」

 そう言いながら、万姫が狼の腕に自分の腕を絡ませ、それからフィフスの方へと顔を向けた。

 すると中国現代表である武煌飛が、鋭い目を細め狼を一瞥してから、怒りの籠った目をフィフスへと向ける。

「こんな所で貴様に出くわすとはな……王雨生ッ!!」

「そうだな。まさか、おまえまでここに来るとは思わなかった。むしろ出来れば会いたくなかったと言うべきだな。気分が削がれる」

「随分と軽口を叩くな? だがここで会ったのが貴様の不運。香港では、貴様を仕留めそこねたが、もう仕留めそこねはしない。すぐにその首を地獄の底に突き落としてやる」

 吠える様な声を上げると、煌飛がAW139から頭を前にして飛び降り、そのままフィフスの首元に貫手を突き出す。

 フィフスも瞬時にそれを腕で受け止め、煌飛を弾き返した。

「ふん。生意気。煌飛兄さんの技を受け止めるなんて」

 二人のやり取りを見ていた万姫が片眉を上げながら、鼻を鳴らした。そして当の二人はそのまま、精鋭(せいえい)された体術の技巧をぶつけ合っている。

 二人の手と手がぶつかり合うと、空気が震え、砂塵が舞う。

「おいおい、いきなりここでガチバトル始める気か?」

「いや、それはさすがに不味い。早く止めないと」

 ビリーの言葉にフィデリオがそう言いながら、一歩前へと出る。だがそれをアーサーが制した。

「いや、これは彼らにとってとても大切な戦いだ。他人が入る物ではないと思うけどね」

「でも、このまま戦いに規模が大きくなったら大変だ。ここには一般人だっている」

「それくらい、あの二人だってちゃんと理解しているさ」

「でもっ……!」

 アーサーの言葉に納得できないフィデリオが、隔靴掻痒(かっかそうよう)とした表情だ。それてそれは狼も同じなのか、眉を顰めさせている。

 フィフスが周りを見ずに戦っていた所をイレブンスはこれまでに見たことはない。いつもフィフスは冷静に戦場の状況を見極めつつ、戦っている。だから、イレブンスもアーサーが言うようにこれ以上規模を大きくしてやり合うことはないと思うが、万姫と会った時の態度といい、今といい、フィフスの態度がやたらと威嚇的だという事は分かる。

 そしてそれは、物凄く珍しい事だ。

「あっちゃ~、偉い地雷が来よったわ。雨生と武家はまさに犬猿の仲やから」

「なんだ、お前らこのこと知ってたのか?」

「まぁな。そりゃそうやろ? 俺らは今まで香港支部の方に行っとたんやから、武煌飛とも嫌でも会う事になるさかい。知らん方がおかしい話や」

「なるほど。確かに」

 テンスの言葉にイレブンスが納得すると、テンスが困ったように頭を掻いた。

「でも、困ったな。雨生の奴、武家が関わると人が変わったように頭に血を昇らせるからな。もしかすると、止めなあかん様になるかもしれん。ああ、せっかくの休暇なんやからあんま騒ぎは止めて欲しいんやけどな」

「マジかよ?」

 イレブンスがテンスの言葉に、イレブンスを含む二人の戦いを見ている全員の顔が曇る。

 全員の顔が曇ったところで、黙ったまま呆けた顔をしていたエイスが口を開いた。

「うん。だから私が止める」

「せやな。その方が誰かに横槍入れられるより、ええやろ」

 テンスの言葉にエイスが頷く。

 そして静かに口を動かした。

「減速、静止」

 エイスが言葉を吐いた瞬間、フィフスと煌飛の動きがまるで車が停まるかのように、減速し止まった。

「……止まった」

 動きを止まった二人を見てから、エイスの力を初めて見た狼たちは唖然とした表情をしている。

 最初、煌飛の方も自分に何が起きたという感じだったが、エイスの能力だと気づいたフィフスがエイスの方へと顔を向かせ、肩を竦めた。

「礼を言うよ、ターシャ」

「どういたしまして」

 フィフスの言葉にエイスが頷いていると、大体の概要を理解した様子で煌飛が息を吐いた。

「そこの少女の仕業か。ふざけたことを」

「どうした、煌飛? そんなに彼女を睨んで。まさか、俺の首を取れなかったばかりか、ターシャに動きを止められたのが悔しかったのか?」

「本当、貴様には憎悪しか湧いてこない。雪華を殺めたばかりか、こんな反逆者に成り下がっているのだからな」

 憎々しげに言葉を吐く煌飛に、少し冷静さを取り戻していたフィフスが彼らしくないギロッとした鋭利な目つきで煌飛を睨む。

 まさに、どちらかがほんの数ミリ動けば、その瞬間殺意と殺意がぶつかり合いそうな雰囲気だ。けれど、そんな中に割り込んだのは、意外にもアーサーだった。

「貴様は、英国のアーサー。いったい何のつもりだ?」

「見ての通り、戦われる前に戦いを止めたにすぎませんよ。私はこの名にかけて、戦う貴方方を止めたりはしない。だが……戦いを制止させているなら、話は別だ。ここは海で戦場じゃない。つまり、血が出てしまうような戦いを続けさせるにはいかないだろ? けれどもし、それでも何らかで決着をつけるとしたら……」

 言葉を一度止めたアーサーがクスリと一笑し、セブンスが固執していたバナナボートに視線を向け

「あれでつけようか。そう、海辺らしく、ね?」

 と言葉を吐いた。


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