二軍である理由
狼が入浴を済ませ、テントに戻るとまだ女子三人の姿はなかった。
やっぱり女の人は、お風呂長いんだな~。
と狼が考えている最中に、テントの中に女子三人が入ってきた。
「なにこれ?狭すぎじゃない?」
「予想通り・・・かな」
あまりのテントの狭さに驚愕する根津と苦い表情を浮かべる鳩子。名莉は根津のように驚くわけでも、鳩子のように苦い顔をするわけでもなく、能面顔で立っているだけだ。
「じゃあ、寝袋を引いて寝ようか」
「まぁ、そうね」
ため息をつきながら、根津が狼の意見に賛同する。
寝袋を用意しながら、狼は内心なんとも言えない気持ちになっていた。それは何故かというと、今のこの状況だ。このテントの中にいるのは、自分以外は全員女子というこの状況。
これはいいのだろうか?
そう狼は内心思っていた。
言ってしまえば、今の自分たちは思春期の真っただ中にいる男女なのだ。それなのに、女子三人と男一人、これは非常にまずいのでは?とも思う。
だが榊がテントの使用は同じ班で使え。という事を言っていた。
なんでも、女子男子という垣根を感じさせない為らしい。
「とは言ってもな・・・」
狼は力なく呟いた。
「狼、どうしたの?」
「あ、いや・・・・別になんでもないよ」
名莉の気遣いに対しても、狼は狼狽えてしまう。
そんな狼に名莉は首を傾げている。
「本当になんでもないから。大丈夫!早く寝袋を引いて寝よう」
狼は少し早口で、そう言うと寝袋を引き潜り込む。名莉たち狼に続くように横一列に寝袋を引いた。
寝袋に入ると、みんなの顔がさっきより見づらくなり、狼は少しは平常心になることが出来た。そのことに狼は安堵を感じる。
「いや~、今日も疲れたよね~」
鳩子がしみじみとした声で、全員に話しかける。
「まぁね。暑いし、木が邪魔で前に進めないし。もう最悪だったわ」
「でも、初日にしては、僕たちけっこう良いスタートだよな。遅れたせいで点数は引かれちゃったけどさ」
そう話しながら、狼は今日の演習を走馬灯のように思い返していた。そして、使える技が一つのため、根津や名莉みたいに技を使うことは出来ないが、簡単な攻撃を使えるし、なにより自分でも少しは戦えるということに、狼は喜びを感じていた。
「そりゃあ、あたしの天才的なアシストがあったからね」
そんな何気ない鳩子の言葉で、狼は演習中に感じたことを思い出す。そして言葉にした。
「あのさ、僕思ったんだけど、鳩子にしてもメイにしてもネズミにしても、二軍生って感じしないよな。はっきり言って、一軍にいてもおかしくないと思う」
語りかけるような狼の言葉の後、少しの間が空く。
そして、根津が短いため息を吐きながら、静かな声で話始めた。
「あたしは、自分の実力が一軍に達してないなんて、思った事ないわ。だって、あたしはアストライヤーになるために今まで頑張ってきたんだもの。他の子より練習してポイントを溜めて、より多くの技を取得するために、頑張ってたんだし」
「だったら、なんで・・・?」
「あたしの家が昔、ただの武士の家で、有力武士の家柄じゃないからよ。たとえば、少し成績が優秀な普通の家と、少し成績の悪い名家だったら、名家を取られるってこと。だからあたしは二軍になった。悔しいけどね」
「そんなの・・・」
あんまりだ。と狼は思った。
根津は認められる為に頑張ってきたというのに。それなのに本人の実力を見ずに、家柄を見るなんて、そんなのおかしい。狼はなんとも言えない憤りを感じる。
それは、鳩子や名莉も同じなのだろうか?
鳩子と名莉の方を見ると、鳩子が狼の言いた事がわかったのか首を横に振った。名莉はただ視線を下に落としているだけだ。
「あたしの場合はネズミちゃんには悪いけど、一軍になる予定だったんだよね。元々情報操作士の人数が少ないってのもあるけど。でもあたしは、何かやる気起きなくて話を蹴ったの。やる気ない奴が一軍の枠をとっても、あれだしね」
鳩子にしては珍しく苦笑を浮かべている。
「私は・・・真紘に頼まれたの」
「真紘が?」
狼の言葉には驚きが混じっていた。そのため狼は寝袋から上体を起こす。名莉は起き上った狼を見上げるようにして、顔を見る。
「そう。だから私はそれに従っただけ。真紘は・・・本人の意思とは関係なく一軍に入ることは決定してたから」
「なるほど。でもどうして?」
と呟くように質問したが、狼ははっとした。
「僕がいるから・・・?」
名莉は狼の質問に、黙ったまま頷く。それから付け足す様に名莉が答える。
「でも、私は二軍に入ったことを後悔してない。だから狼も気にしないで」
狼は起こしていた体をまた戻し、小さく
「そっか」
とだけ口にした。
急に静かになった狼を、名莉たちがやや不安そうな顔で見ている。その視線に気づいて狼はいつもの笑みを作った。
「そんな不安そうに人の顔みないでよ。メイも気にするなって言ってくれたし、僕もメイたちが班で大助かりなわけだしさ。僕一人だけだったら、今日だって速攻で負けてたよ」
自虐的な言葉を吐きながら、狼は空虚な笑い声を上げている。
笑いながら、狼は別のことを考えていた。
もしかして、真紘は・・・
そう頭で考えながら、狼はそれをすぐに掻き消した。名莉たちに何かを察しられないように。いつもの自分に戻るために。
「もう、僕疲れたから先に寝るね。おやすみ」
そう言って、狼は寝袋に包まり瞼を閉じた。そのためか三人からの返事が少し小さく聴こえた。
早朝、あまり寝た気がしない狼の耳に流れ込んできたのは、聞きなれない女性の声だった。
「朝です。早々に演習着に着替えて外に集まってください」
狼は重い瞼を開きながら、「はい」とだけ答える。
先に女子の着替えが済むまで、狼は外で待機する。他のテントを見ると、狼と同じように男女混合の班は、男子がテントの外で待っている。一軍の生徒の中には軽いストレッチをしながら、目を起こそうとしている生徒もいる。二軍の生徒とはいうと・・・、眠そうなに欠伸をしながら、テントの前で座り込んでいる。
「まっ、二軍生はこんなもんか・・・」
狼自身、寝つきも悪く、あまり疲れを取れてない身体に鞭を打つようなことはしたくない。狼も座り込みはしないものの、近くにある木の幹に寄りかかる。
外はまだ朝のためか、そこまで暑くもなく快適な温度だ。だが、いくら快適とはいえ密林は密林。耳元に独特な翅音が聞こえてくる。
狼は翅音が再び、耳元に聞こえた瞬間に両手を合わせて叩いた。合わせた手を開くと、蚊が狼の手の中で潰されていた。
「よしっ、仕留めた」
そう言いながら、再び同じ翅音が近づいてくる。狼が翅音の主と戦っていると
「一人でなにやってるのよ?」
着替えを終えた根津たちが、首を傾げて狼を見ている。
「このあたり、蚊が多くてさ」
「えーー、蚊がいるの?鳩子ちゃんの嫌いな虫ランキングの5位以内に入るやつだね」
煙たそうな表情で鳩子が、周りをキョロキョロしている。
「じゃあ、僕も着替えてくるよ」
「早くしてよね」
「わかってるよ」
未だに周りに注意を払っている鳩子に、軽く返事をして狼もすぐにテントで着替えを済ませる。狼が着替えを終え、名莉たちの元に来ると、鳩子が痒そうに右腕を掻いている。
きっと、狼を待っている間に蚊の襲来にあったのであろう。
そのため、鳩子が恨めしそうな顔で狼を見ている。
狼は鳩子から顔を背けて、
「じゃあ、僕たちも集合しよっか。遅れたら大変だし」
そう言って、狼はそそくさと集合場所に向かう。
集合場所には、着替えを終えた生徒達が集まっている。その集まっている生徒たちの前に二人の見慣れない女性が、ジャージ姿で立っている。そしてその後ろに榊をはじめとする教官たちが立っていた。
「ねぇ、あの女の人、誰だろう?」
狼が囁き声で名莉に尋ねる。
すると答えは簡単に帰ってきた。
「あの人達は、真紘の護衛の人。右にいるのが佐々倉誠さん、左にいるのが蔵前左京さん」
「護衛?真紘って、あんなに強いのに護衛の人がついてるの?」
「学校の時とかはいないけど、郊外での訓練だったり、実践のときには、真紘についてるの」
「へぇー、そうなんだ。やっぱり真紘の家ってすごいな」
狼はしみじみと感心しながら、誠たちを見る。
二人ともとても凛々しくて綺麗な女性だ。見るからに狼たちより年上という事も分かる。それにとても精練された強さが雰囲気として伝わってくる。
そんな二人を護衛に置いている真紘にも驚きだ。
「でも、これから何するのかな?朝のミーティングって感じもなさそうだし」
「わからない」
「全部の班が集合したら、わかるでしょ」
首を傾げている狼と名莉に、根津が端的に答える。
それからすぐに一軍から二軍の生徒が集まり、整列を終えた。
整列の順番は、最初の時と同じく並んでいる。
「皆さん、集まりましたね?それではこれから、朝のラジオ体操に入らせて頂きます。では隣、前後とぶつからない様に広がって下さい」
指示を出している誠の言葉通り、生徒が均等に広がっていく。生徒たちが広がり終わったところで、左京が近くにあった、音楽機器のボタンを押し、コミカルな、尚且つ懐かしいラジオ体操の音楽が流れ始めた。
チャン、チャン、チャチャン、チャン~。というリズムに合わせて、生徒たちが機械的に体操を始める。
もちろん、狼もその中の一人だ。
誰一人、文句を言わず無心で体操をしている。
狼たちより右にセツナたちの姿が見える。三人は交換留学生のためか周りを見ながら、見様見真似で体操に参加している。
狼たちよりずっと左の方にいる真紘は、真剣な表情のまま体操を行っている。
あんなに、真剣な表情でやることでもないと思うけどな~。
と内心思いながら、狼は飛び跳ねていた。
だが、無心で体操をしていると思ったらそれは狼の勘違いだった。二軍の生徒に関しては。
あ、あれは!!
右斜め前の方を見ると、狼の近くで体操している二軍の生徒は、飛び跳ねながら目を瞑っている。つまり寝ているんだ。ラジオ体操をしながら。
ラジオ体操なんて、学校に通っている者ならば小さい頃からやり馴れている。そのため、何を考えてなくても体が動くのだ。だからこそ、目を瞑っていようが、上の空だろうが、簡単に体操できてしまう。
しかも普通の準備体操よりも、リズムに乗って、身体を伸ばすため疲れない。だからみんな文句一つでない。
そんな寝ぼけ眼の生徒達に優しいラジオ体操が終了した。
「体操は終わりです。あとは各班、新しいペイントボールを貰い、演習を開始してください」
「はい」
「皆さんの御武運を祈ります」
だが、そんな左京の言葉も虚しく、騒動が狼たちを待ち受けていた。




