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口は災いの元

 俊樹の話を聞くこと、約5分。

 狼たちは事の下らなさにげんなりとした表情を浮かべた。

 命に係わると真顔で言ってきたため、狼たちも俊樹の話を聞いたというのに、その内容が真紘と一緒にいる希沙樹を引き離せと、季凛に命令されているという内容だった。

 しかも季凛に何かしらの弱みを握られているらしく、命令に背くことも出来ないらしい。

 俊樹が言う弱みという物が、どういう物なのかはわからない。だがどうせ碌でもない事だろうという想定が狼の胸中にはあった。

「ばっかじゃないの? なんでアンタたちの為にあたしが手伝わされないといけないわけ? 絶対に嫌だからね。だってそれ奈緒の得になんないもん」

「三田、頼む! そんなこと言わずに。昔からの友達だろ? それにもしここで俺たちのこと助けてくれたら、今度何か驕るからさ」

 腕を組みながらそっぽを向く奈緒に俊樹が、顔の前で両手を合わせながら懇願し始めている。

 そんな俊樹の姿を見ていると、狼は少しくらい手伝っても良いような気になってくる。

「むしろ、そんな事俺が手伝うまでもないだろ?」

 狼の隣にいるイレブンスがそう言いながら踵を返すと、奈緒へと両手を合わせていた俊樹が勢いよくイレブンスの肩を掴んできた。

「おいっ!」

 イレブンスは声を上げながら自分の肩を掴んできた俊樹の腕を掴み、顔を振り向かせた瞬間、ぎょっとして目を見開いた。そんなイレブンスの表情を不思議に思った狼と奈緒が俊樹の顔を覗き込み、やはり二人もぎょっと目を見開いた。

「……男の癖に泣きそうな顔をするな! そんな顔で見られてる俺の気分が悪くなるだろ!」

 まったくもってその通りだ。と内心で狼はそう思った。そしてそれは奈緒も同様の事を思っただろう。

 そのくらい今の俊樹が浮かべている顔は見っとも無い。

 三人が恐らく同じことを想っている事を露知らずの俊樹は、今にも泣き崩れそうな顔で、イレブンスの腰へとしがみ付いた。

「頼むよ~。俺だけじゃ、俺だけじゃ……命を落とす覚悟しても五月女を輝崎のアホから引き離すのは無理だって」

 狼はこんな必死に懇願する中でも、真紘へ悪態をつくことを忘れない俊樹たちにある意味で感服させられたのと同時に、知らないとはいえトゥレイターであるイレブンスに泣きつく先輩の姿をこれ以上見たくない気持ちが、狼の中で一括に混ぜ合わさる感覚を感じた。

 物凄く微妙すぎる。しかもさすがのイレブンスも何か困り果ててるし。

 それに加え、奈緒の方には秀作と瞬が必死の説得を続けている。

「あー、もうわかった。手伝ってやるから! いつまでも人の腰に引っ付くのはやめろ。鬱陶しい!」

「本当に仕方ない奴等なんだから。 今回だけだからね?」

 イレブンスと奈緒が泣き面の俊樹と必死な秀作と瞬に折れ、真紘と希沙樹を引き離すことになった。

 作戦内容は至ってシンプル。

 イレブンスと狼と俊樹で真紘を少し希沙樹から離し、その間に真紘へと扮装した奈緒が希沙樹を別の場所に移動させるというものだ。ちなみに秀作と瞬は奈緒のアシストをすることになった。

 この作戦がどれだけ通用するかはわからないが、これでとりあえず、何かを実行したという口実を季凛に作ることができる。

 作戦も決まり、まずは真紘を引き離す組である三人が行動を開始した。

「真紘」

 希沙樹と話していた真紘へと近づき、まずは狼が話しかける。

「なんだ? 黒樹」

「あ、いや、その少し真紘に話があるんだ」

「話? 俺にか?」

「うん、そう」

 狼の声が微妙に上ずっている所為か、真紘が不思議そうにしている。

 そして、真紘の隣にいた希沙樹からは不自然に話しかけてきた狼たちへの疑いの眼差しが向けられている。

 やっぱり、僕……演技は苦手だ。

 狼が希沙樹からの視線で背中に冷や汗を流していると、肘でイレブンスがど突いてきた。

「バカ殿も変に不思議がってないで、少し付き合えよ」

「人に変な呼称を使うのはよせ。それに付き合えと言ってもただの話だけなのだろう? だったら、ここでも出来るはずだが?」

「ばぁーか。男同士の話を女に聞かせてどうするんだよ? それとも、おまえはその女とか誰かに傍に居て貰わないと、話も出来ないガキなのか?」

 イレブンスが真紘を挑発するように笑みを作ると、真紘が少し表情を曇らせて溜息を吐いた。

「別にそういうわけじゃない。それに男同士と言っても……そんな下卑な事でも話す気なのか?」

 真紘が笑うイレブンスにそう反論すると、今度はイレブンスが溜息を吐いた。

「仕方ないだろ? 俺と狼はここにいる久保俊樹に相談されたんだから」

「おいっ! 出流!」

 いきなり、本当の事を言いだし始めたイレブンスを狼と俊樹が慌てて、止めようとしたがイレブンスの口は止まらなかった。

「右京から聞いたんだ。確かおまえの妹が今回のWVAを見に来ていたらしいな……」

「……それが、どうした?」

 結納の事がイレブンスの口から出たことに、真紘の目つきが鋭くなる。

 そしていきなり結納のことを言い始めたイレブンスに、狼と俊樹が揃って口をポカンと開いた。

「やっぱ、おまえって鈍感だな。俺は最初に言っただろ? ここにいる久保俊樹から相談されたって。つまり、ここにいる奴はWVAの会場にいたお前の妹をたまたま見かけて、一目惚れしたらしいんだよ。最初は、コイツもお前の妹だってことを知らなかったみたいだけど、コイツが言ってきた見かけた女の子像が、コイツの話を聞いた狼によるとお前の妹らしいんだよ。だから、実の兄であるお前とじっくり、濃密な恋の相談がしたいって事になったんだ」

 ………………え?

 狼はイレブンスの口から出る出まかせにポカンと開けていた口を、さらにあんぐりとさせる。狼の横に居た俊樹に至っては、真紘に妹がいるということさえ知らないため、しきりに「え? 妹? え? 何?」という感じに混乱してしまっている。

 そして、何故だかイレブンスの話を信じたのか希沙樹が納得してしまっていて、その横に居る真紘に関しては、黙ったまま冷たい殺気を辺りに発散させているのが有り有りとわかった。

「なぁ、黒ちゃん。この感じってもしかして輝崎の奴……怒ってる?」

「もしかしてじゃなくて、怒ってますよ」

「はは……だよなぁ」

 真紘の殺気を感じ口元を引き攣らせる狼と俊樹。

「久保先輩、一つ聞きます。本当に俺と何かじっくり話す事があるんでしょうか?」

「いや、もしかしたらないか……いや、やっぱあるかも……」

 冷淡な口調の真紘に一睨みされ逃げ出そうとした俊樹の後ろに、イレブンスがいつの間に取り出したのかわからない、小型拳銃(デリンジャー)のフィラデルフィア・デリンジャーを後ろから俊樹に突き付けているのが狼の目に見えた。そこに俊樹への絶対に逃げるなよというイレブンスの無言の訴えを察することができる。

 確かにこれは本来俊樹たちが抱える問題であって、狼たちは巻き込まれたにすぎないが、さすがに正面から殺気の籠った視線を受け、後ろからは銃口を突きつけられる俊樹が不憫に思えてきた。

 それに真紘がイレブンスの言った事を真に受けている以上、やっぱり冗談で済ませることはできないだろう。

「分かりました。良いです。久保先輩。あちらでじっくり先輩の相談とやらを聞く事にします。それと、俺からも幾つか先輩に詰問しなければなりません。これでも妹は俺の唯一無二の肉親なので、そこは致し方ないと御了承下さい。……希沙樹、少し日陰にでも行って待っていてくれ。先輩との話が終わったらすぐ戻る」

「わかったわ」

 すんなり頷いた希沙樹に真紘が薄く笑い、そしてすぐに俊樹へと向き直った。

「では、行きましょうか」

 真紘に睥睨(へいげい)され、掠れた声で短く悲鳴を上げる俊樹。

「よし、交渉成立だな」

 今まで俊樹に銃口を突き付けていたイレブンスが小拳銃を消し、軽佻な口調でそう言った。少し薄情な気もするが、これは俊樹たちの問題。

 そうだ、これは先輩たちのごたごたなんだから、僕たちが尻拭いをしなくても良いんだ。うん、そうだ。時には先輩たちの為に心を鬼にしないと。

 狼は自分自身にそう言い聞かせながら、殺気を放つ真紘に怯える俊樹を見送った。

「これで第二フェーズに移行できるわけだ」

「すごい無理矢理感あったけど」

「いいんだよ。この作戦だって元々はアイツらが考えたことなんだし」

「作戦? 一体何のこと?」

 ぎくり。

 狼とイレブンスが同時にゆっくりと顔を後ろに振り向かせる。

 するとやはり、後ろに立っていたのは狼たちを訝しむ希沙樹だ。

「いや、別に」

「何か怪しいわね……」

 ずいっと上半身を狼たちの方へと突出し、希沙樹が狼たちを睨む。

「もしかして、あなた達……私と真紘を引き離す気じゃないでしょうね?」

 希沙樹に鋭い所を突かれ、狼とイレブンスは勢いよく首を横に振った。

「なんで、俺たちがそんな事しないといけないんだよ? はっきりいってお前らを引き離したって、俺たちには何のメリットもない」

「そうかしら? メリットはなくとも、誰かの手助けって言うことはあり得るわよね?」

 またしても、鋭い事を言ってきた希沙樹に、今度はイレブンスが素知らぬ顔でそっぽを向いた。そんなイレブンスを見て希沙樹が、狼の方へと視線を移し換えてきた。

「こっちの(やから)よりは、まだ黒樹君の方が口を割りそうね」

「えっ! 僕?」

 いきなり自分へと標的を変えられ、狼は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「やっぱり、怪しいわね」

「ちょっと待った! 僕は何も知らないから、何か聞かれても困るし」

「あらそう? 聞いてみないとわからないわ」

「いやいやいや。本当に僕何も知らないから」

 手を横に振りながら、狼が全力で希沙樹からの質問を拒否する。

 けれどそんな狼の拒否が、希沙樹に通じるはずもなく。

「いいから。すぐに私の質問に答えてもらうわよ」

 ぴしゃりと希沙樹にそう言われ、狼は反射的に頷いてしまった。

 すると希沙樹の表情が、にっこりと笑顔に変わる。そう悪魔の笑みに。

 何か前にもこういうパターンがあったような……

 狼は背筋に走る悪寒の感覚に身に覚えを感じながら、希沙樹からの質問に身構える。狼の隣にいるイレブンスは、やれやれという様に狼を見てきた。

 自分はまんまと逃げたからって。

 狼と希沙樹を客観的に見てくるイレブンスに、理不尽さを感じ狼は口を少し尖らせる。そしてそんな狼の気分など関係なく、希沙樹が口を開いてきた。

「じゃあさっそく聞かせてもらうけど、あなた達何を企んでいるの?」

 直球ストレート球を希沙樹から投げられ、自分の顔が思わず引き攣り、自分の周りの空気が一瞬固まってしまったような気さえ狼は感じた。

 やっぱり、そう来るよなぁ。

 希沙樹に言葉を返すのに、狼は少しの時間と沈黙を要いた。


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