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カレーライス

 吹き飛ばされた狼たちは、演習領域の端まで吹き飛ばされ、そのまま気絶していた。

 そしてそのまま時間が経ち、狼が意識を取り戻した時には辺りは真っ暗になっていた。

「ん・・・。ん?暗ッッ!」

 空が真っ暗に染まり、明かりといえば月明かりしかない。

「・・・しまった。吹き飛ばされて、それでそのまま気絶しちゃったんだ・・・」

 起きたての頭で冷静に状況を把握する。

 演習着はところどころ破れているが、怪我は大した事はない。

 そういえば、みんなは?

 はっとして、狼は辺りをキョロキョロと見渡す。すると、一緒に飛ばされた仲間はすぐに見つかった。まず、近くにいたのは名莉、少し離れた所に根津と鳩子が倒れていた。

 すぐさま、狼は名莉に近づき肩を抱き起す。

「メイ、メイ・・・メイ!」

 肩を少し揺すりながら、狼が声をかけると

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ろ、う?」

 名莉が、うっすらと目を開けた。

「大丈夫?痛いところとかあったりする?」

「ううん。私は大丈夫」

「そっか。よかった」

 名莉の返事にほっと胸を撫で下ろし、根津と鳩子を続けて起こす。

「嘘ッ!もう夜じゃない!」

 起き上った根津が暗くなった夜空を見上げながら、驚嘆な声を上げている。

「でもまぁ、無事にペイントボールは守れたんだから、いいんじゃない?」

 そう言ったのは、腕を上に伸ばしている鳩子だ。

 名莉と同様に、目立った怪我のない二人を見て狼は心から安堵した。気絶はしてしまったが、仲間に怪我がないというのは、とても良い事だ。

「それはそうだけど・・・・って今何時?」

「今は・・・19時、ちょい過ぎだけど」

 情報端末で時間を確かめながら、鳩子が答える。すると、根津は両手を頭に当てて、目を丸くしている。

「時間がどうかしたの?」

 困惑している根津に、狼が呑気な声で訊き返す。すると、根津は少しオーバーな素振りでため息を吐いた。

「アンタたちねぇ、追加ルールを最後まで見た?あれに書いてあったじゃない。18時にスタート地点に集合だって!」

「ああ!そうだ、確かに書いてあった!・・・もう、1時間も過ぎちゃってるよ・・・」

 今度は狼が足膝を地面に付け、頭を抱える。そんな狼の肩を鳩子がぽんっと叩いた。

「少し時間が遅れたくらい、気にすることないって。あたしなんて興味なかったから見てもなかったし」

「全然、フォローになってないし!」

「あはは。まっ、ちゃちゃっと戻って、ちゃちゃっと榊に怒られちゃおうよ」

 と笑いながら、鳩子が言っている。

 そんな鳩子を見ながら、狼は内心で辟易しながら、こう思った。

 鳩子は絶対に、待ち合わせ時間に遅れて現れるタイプだと。

「うう、あたしの計画だと、余裕を持って集合する予定だったのに~」

 と悔しそうに根津が猛省しながら呟いている。

 だがそう呟いてから数秒の間を置いて、根津は屈んでいた姿勢から一気に立ち上がった。

「ああ、もう!済んだ事を言ってても仕方ないわよね。鳩子の言うとおり、ぱっぱっと戻りましょ!」

 さきほどの呟きとは逆に、何か吹っ切れたように根津が声高に言い放って、一気に加速エネルギーを上げ、跳んだ。

 狼たちもそんな根津に続いて跳ぶ。

 夜の密林は昼の暑さなどを忘れたように、空気がひんやりとしている。半袖の演習着のせいか、身震いしてしまいそうになるくらいだ。

 そんな静寂な夜の空気を、我が身に感じながら狼たちはスタート地点へと急いだ。



「おまえら!!今まで何をしていたッッ!」

 スタート地点に戻って、すぐに榊からの怒声を浴びる。

「「「「すいませんでした」」」」

 仁王立ちした榊に、狼たち四人が声を合わせて、頭を下げる。

「すいませんでしたじゃない!おまえたちは罰として10点、得点からマイナスとする。それから、晩飯は抜き!全員分の皿洗いも担当するように。わかったな?」

 そう言い残し、榊は踵を返して立ち去ってしまった。その後ろ姿を見ながら狼は肩を下げ、項垂れる。

 確かに集合時間を守らず、オーバーしてしまったのはうっかりしていた自分たちなのだが、一日ぶっ通しの演習で守りきった得点をマイナスされ、その上晩御飯が抜きというのは、あんまりではないのか?

 そう思うと地味に泣けてくる。

 隣にいる鳩子や根津も狼と似たり寄ったりの素振りをしている。

 いつもは無表情の名莉でさえ、自分のお腹を押さえている。

 やはり、ここにいる者にとって、今は得点を差し引かれたよりも晩御飯を抜きにされた事の方が辛いのだ。

「とりあえず、立ってても仕方ないし・・・席に着こうか」

 狼は哀愁を込めたため息を吐きながら、他の生徒が美味しそうにカレーライスの匂いを漂わせたテーブルへと足を進める。遅れて来たせいか、空いている席は一番奥の端しか空いていない。席が奥にあるため、カレーの神々しい匂いは薄くなっている。だが、他の生徒がカレーを食べている中、その間を縫って歩くのは少し、いやかなり恥ずかしい。

 そのため、狼たちは足早に歩く。

 だが、そのとき・・・

「ロウたち、遅かったけど、どうしたの?」

 気さくに話しかけてきたのは、昼間に戦ったセツナたちだ。

「うん、色々あってね・・・」

「そう・・・」

 しょんぼりとした狼の声に合わせるように、セツナの声も小さくなっている。

 隣と真向かえに座っているアレクシアとマルガも悲哀を滲ませた目で、狼たちを見ている。そんな気遣いが、尚更今の狼たちを惨めにさせる。

「心配してくれて、ありがとう」

「気にしないで」

 そう言って、セツナは狼の肩を軽く叩いた。

 狼たちはセツナたちのそばを通り過ぎて、生徒たちの視線を浴びながら、やっとテーブルに着くことができた。

「ふーーーっ」

 一息つきながら、狼がテーブルの中でも一番奥に座る。そしてその隣に鳩子、名莉、根津の順番に座る。

 そこに、カレーの匂いが狼の鼻に漂ってきた。

 あれ?カレーを配ってる場所からけっこう離れてるのに・・・なんでこんなカレーの匂いがするんだ?

 そんな狼の疑問はすぐに、解消される。

「うわっ」

 目の前を見て、思わず狼は口をぱっくり開けて悲鳴を上げる。

 狼の目の前にいたのは、狼に眼を付けている陽向が、大盛りのカレーを食べている。

「え、え、え?」

 何故、こんな鬼のような形相で眼を付けられているのか分からず、狼は狼狽する。

「ふっ、黒樹。貴様等、集合に遅れて飯抜きだと聞いたぞ?無様なことだな~」

 鼻で笑っている陽向の言葉で、狼は確信した。

 絶対に嫌がらせするために、前に座ったんだ!

 狼はそんな嫌味をしてくる陽向を、狼は恨めしく見る。

 陽向がスプーンですくって食べているカレーの匂いが憎たらしいほど、空腹の狼には刺激が強い。しかも、陽向はわざとらしく、カレーから出ている白い湯気を狼の前を通過させてから、口に運んでいる。

 こんなの、一種の拷問じゃないかぁぁぁぁぁ。

 だがそんな狼の前に、救世主が現れた。

「陽向、もうそのくらいにしておけ。黒樹、カレーを渡すことはできないが・・・せめて、これでも食べて、少しでも空腹を満たしてくれ」

 困ったような苦笑を浮かべながら、真紘は非常用のバランス栄養食を4つ。テーブルに置いた。

「真紘、ありがとう・・・!」

 狼は感激のあまり、まるで神を拝むようなポーズで、栄養食を両手で持つ。

「輝崎、貴様、敵に塩を送るような真似を」

 陽向は席を立ちあがって、真紘に猛抗議をする。だがそんな陽向に追い打ちをかけるように、鳩子が口を開く。

「あ~、やっぱ真紘は器がデカいな~。顔もカッコよくて、強くて、器もデカいなんて・・・どんな女子でも思わず惚れちゃうよね~。あたしもそう思うってことは、ここにいる女子みんなが同じこと思ってるかもなぁ」

 鳩子の声は、やや演技がかっている台詞だが、その言葉は陽向に何らかの効果を発揮したようだ。

 陽向は真紘を一度見てから、狼が両手に持っている栄養食を手から奪いそのまま、ぶっきら棒に根津へと差し出す。

「なによ?」

「くれてやる!有り難く受け取れ」

「はぁ~?」

 少々、奇怪な陽向の行動に首を傾げる根津。

「いいから、さっさと受け取れと言っている!」

 陽向は少し声を荒げながら、そっぽを向いている。その陽向の勢いに押されたように根津が栄養食を受け取る。

 その後に名莉、鳩子の前に栄養食を乱暴に置いてから、極めつけに狼の栄養食を密林の中へと放り投げる。

「うわぁぁぁぁ~、え、ちょっと何してるんだよーーーー!」

「知るか!」

「知るかじゃないだろ!」

 と苦渋の声を上げてから、狼は急いで栄養食が投げられた方に、駆け込む。

 だが、そんな簡単に見つかるわけもない。

 狼はなくなく栄養食を諦めるしかなかった。

 どうして、自分がこんなにも陽向から反感を受けているのか、まったく見当もつかない。そのため狼は陽向に理不尽さを感じられずにはいられない。

「僕が陽向に何したっていうんだよ?」

 食べ物の恨み、という怨を込めた目で陽向を見る。だが、そんな狼を陽向はさらりと流して、カレーが乗った皿を片手に持つと、違う席へと移動していった。

 そんな陽向の後を真紘が、短く「やれやれ」というような感じで後を着いていく。一、二歩進んだところで、真紘が狼の方に向き直り、一言

「すまない」

 と言って、離れた。

 あんな風に申し訳なさそうにされると、怒るに怒れなくなる。それが今の狼の心情だった。

 不承不承ではあるけれど、終わったことをいつまで言ってても仕方ない。そう狼は思った。だが、そんな狼の気持ちとは反対に、狼のお腹から歪な音が鳴る。

 狼は自信のお腹に、手を当てながらため息をついた。

「狼、これ・・・」

 そんな狼を見かねてか、それとも助け合いの精神からなのか、名莉の手の平に、栄養食の一切れサイズが三つ、乗っている。

「僕に?」

「うん」

 狼は名莉の手に載っている三つの栄養食を受け取り、名莉たちと視線を合わせる。

 すると、名莉が静かに笑い、根津や鳩子も後ろで笑っている。

「ありがとう、みんな」

 狼も笑顔になり、素直に礼を述べる。

「リーダーとしては、当然でしょ!」

「夜中にお腹を鳴らされても、こっちが気になるしね」

「あはは」

 二人の物言いに、狼は思わず失笑する。これでお腹が満たされることはないが、お腹とは別の場所が満たされた。

 そして、狼は改めて良い友達を持った、としみじみ感じた。

 狼たちは他の生徒が食事を楽しんでいる間に、自分たちのテントを張り、それから、近くにある簡易式の入浴場に向かう。

 簡易式施設とはいえ、ちゃんと浴槽もシャワーも備わっている。予想していたよりもずっとマシだったためか、狼は安堵の息を漏らして、ゆっくりと湯船に身体を浸した。



 狼が一人で寛いでいる中、女子用の入浴場では・・・

「ネズミちゃん、なかなか・・・」

 とオヤジ臭い言葉を鳩子が口にしていた。

「なかなかって、なにがよ?」

「そりゃあ、もう胸の大きさだよ」

「なっ、ちょっと、変なとこみないでよ!」

 そう言いながら、根津が両腕で胸周りを抑えている。

「えー、別にいいじゃん。女同士なんだから。恥ずかしがらないの」

「そういう、問題じゃないわよ」

 鳩子の悪戯っぽい笑みを見ながら、根津は少しこぞばゆくなる。そのため、根津が鳩子から視線を背くと、入口からタオルを手に持った、名莉が入ってきた。

 今までまじまじと名莉を凝視したことはなかったが、やはりこう見ると名莉はすごく可憐な美少女だ。昼間、二丁の銃を持って、戦っているのが嘘のように思える。

 名莉は根津の視線に、首を傾げながら根津の隣に座った。

「メイっちは、本当に色白だよね」

「そう?」

「女子としては羨ましい限りだね。まったく」

 鳩子は名莉の体を見ながら、肩を上下させた。

 体を洗い終わると、三人は湯船につかった。今の時間、ここを使っているのはここにいる三人だけだ。そのため、鳩子は羞恥心などないように、身体を浴槽の背もたれで反らし、腕を上している。

 それから、自然と話題は狼の事になった。

「ねぇ、メイっちって、元々狼のこと知ってたんでしょ?」

「うん、知ってた」

「真紘もでしょ?」

「うん」

 横目で鳩子を見ながら、名莉が答える。

「なんで二人は狼のこと知ってたの?」

「それは・・・私は真紘から聞いただけで、どうして真紘が狼の事を知っているのかは分からない。真紘は狼をどうして知ってるのかは、まだ言えないって言ってた。でもただ・・・」

「ただ?」

 少し口ごもった名莉を、促すように根津が聞き返す。

「真紘が、狼のことすごく期待してるのは確か」

「期待?真紘が?」

 信じられない様に首を傾げる根津を見て、名莉が首を縦にふる。

「まさか・・・真紘の奴、男好きとか・・・?」

 そう言いながら、鳩子がジト目で名莉を見ている。

「もう、そういう冗談よしなさいよ。そんなわけないでしょ」

 根津が呆れたように、鳩子の頭を軽く叩く。すると鳩子は短い声を漏らしながら、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「そうだよね~。でもそうだったらメイっちが困るもんね~」

「・・・確かに、それは困る」

「うーん、冗談で言ったのに、真面目に返答されてしまった」

 そう言いながら、鳩子が手を顎に当て、唸っている。

 それを横目にしながら、根津は内心ドキッとしていた。

 名莉の答えに真紘への気持ちが重なっていると感じたからだ。根津は真紘に対して特別な思い入れもない。それでも根津が内心ドキッとしたのは、異性に対しての恋愛感情という物に反応したからだろう。

 何故、自分がここまで『恋愛感情』という物に対して、敏感に反応してしまうのか根津自身わかっていない。

 そう根津自身、気づいていないからだ。『恋愛感情』という物に親近感を覚えていることを。そして、自分自身がそれを持っていることに。


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