栄光
狼たちがアーサーへと再び突撃を開始すると、アーサーたちが武器を待ち、構えている。アーサーたちへと突撃をしながら、狼はイザナギへと因子を溜め始める。
流し込む因子の量を気にしがら、イザナギへと注ぎこむ。
イザナギからの熱を感じながら狼は、アーサーたちが悠然とした姿で立つイギリスの陣営を見据える。
自分たちの陣内にいるアーサーたちは狼たちの動きに、慌てる様子もなく、まるで次は何をしてくるのかを見定めているような気配さえ感じる。
アーサーたちは狼達を見定め、そして驕っている。
なら、その驕りが敗北に変わるということを、自分たちの力で見せつければいい。
狼は刀身を蒼く光らせたイザナギを構え、狼はイギリスに向け技を放った。
大神刀技 黄泉酷女
イザナギから技が放たれた瞬間、アリーナ中がエクスカリバーが出て来たのかと勘違いしてしまうほどの光りに満ち溢れる。あまりの強烈な光に観客からの悲鳴が微かに聞こえてくる。
そして光が止み一瞬の静寂が辺りを包んだ後、イギリス陣地の地面に大きな斬線が描かれ、土を抉り、綺麗な整いを見せていたイギリスの体勢が大きく激烈に崩されている。
この急激な変化にアーサーは目を見開いているものの、その驚きを外へと波及させることはない。きっとイギリスの情報操作も自分たちの陣地内に向かって来る技の威力と、その攻撃範囲を計算し、アーサーたちに伝えてはいたはずだ。
けれどそんな相手の情報操作士の計算を、狼は遥かに上回る威力を見せ付けた。
そして上に跳び引いたイギリス選手を、今度は名莉が迎え撃つ形を取っていた。
すでに東西南北に広がりを見せていたイギリス選手に向け、名莉が連続的に攻撃を浴びせている。
銃弾が驟雨の様に降り注ぐが、アーサー率いるイギリス選手たちが、それを弾き、躱していく。だがその体勢に少しの緩みと険しさがあるのが狼の目には見えた。
緩みは名莉の攻撃に対して。
険しさは狼が放った攻撃に対して。
二つの感情がイギリス勢の中に渦巻き、その渦が少なからずイギリス選手の動きに隙を作った。
『しまったっ!』
「……油断禁物」
イギリス選手がグランドの地面へと着地した瞬間、名莉の仕掛けていた技が起動する。
それは、イギリスの情報操作士であるイーニアス・ベイトの叫び声が響いて、すぐ後の事だ。
イギリス選手たちの足元に転がっていた銃弾の残骸が、息を吹き返した様に火力を取りも出し、爆発する。
以前、イレブンスに放った時のよりも威力を上がっているのが分かる。それだけではない。名莉は前の時の様にただ地面に、薬莢を無暗にばら撒いていたわけではない。名莉はちゃんと上に引いていたイギリス選手が着地する地点を予測し、その周囲にのみ薬莢が散らばる様に計算しながら銃弾を撃っていたのだ。
それにより、相手への集中砲火を可能にするのと同時に、無駄な攻撃範囲の広がりを防いでいる。
「まだ焦ることはない」
自分に纏わりつく爆撃を己の攻撃で押し破ったアーサーが、仲間に言い聞かせる様に言葉を発する。
そしてそのアーサーの言葉に呼応したイギリス選手が、爆撃から抜け出し頷く。
だがそんなイギリス選手の元に、新たな影が差した。
「あたしたちの攻撃は終わってないわよ!!」
そう叫んだのは、青龍偃月刀を振り上げながらグランド一帯を見渡せる程の高さまで跳んでいた根津だ。……そして放つ。
月刀技 飛竜円月
青龍偃月刀が宙で円を描くと、そこから荒々しい黄金の炎が生まれ、それが巨大な飛竜へと姿を変貌させた。飛竜の姿になった炎は槍を構えたアーサーへ猛烈なスピードで突進していく。
「良い攻撃だ」
根津の攻撃をアーサーが称賛し、自身の槍に因子を流す。
アーサーの構える槍が黄金に光り輝き、アリーナ全体が揺れ、地面が低い声で鳴き始める。
槍からは因子が漏れ、火花が散っている。
熱を帯びた空気に金色の髪を靡かせながら、悠然と立つ彼の姿はまさに高潔の王、そのものだ。
騎士聖槍 唸る獣
アーサーの槍から生まれた凄絶な衝撃波が、真上からくる飛竜円月へと放たれ空気が波打つ。空気を波打つ衝撃波が飛竜へと猛威を揮う。
飛竜円月の炎がけたたましく暴れ狂い、自身を打ち消そうとする圧力に抗いを見せいている。
暴れ狂う飛竜の炎がいたるところに飛び散り、グランドのあちらこちらを燃やしているが、それは衝撃波によって飛竜の炎が削り取られる様に、辺りに霧散させられている事だ。
その様子に根津が舌打ちをうつ。
しかも彼が打ち破ったのは、根津の攻撃だけではない。飛竜の姿に隠れるように待機していた季凛の攻撃も打ち消していた。
まったくもって自分たちの技が通じていない。その事実に狼は歯痒い気持ちになる。
世界のレベルとは、こうも自分たちの遥か頭上にあるものなのかと思い知らされる。
だが狼達がそんな悲嘆に暮れる暇もないまま、鳩子の声が狼たちへと届く。
『もう一分』
鳩子が短い言葉で全てを物語ってきた。
そして狼はたった一分が、こんなに苦しいと思った事はない。
だがそれでも鳩子を責める気になるメンバーはいない。
それは彼女が彼女なりに、自分たちを勝たせるための策を整えるために、彼女なりの戦いをしているからだ。
きっと、イギリスの情報操作士であるイーニアスと狼たちの視覚外での戦いをしているに違いない。
そしてその戦いはきっと、鳩子にしか乗り切れられない物だろう。
だからこそ、狼たちは長い一分を踏ん張るしかない。どんなに相手が自分たちの実力を上回る相手だとしても、勝利を諦めるわけにはいかない。
もしここでそれを諦めたらただ悔しいだけだ。そんな惨めな悔しさを味わうのなら、自分の体がボロボロになっても相手の喉元に喰らいつきに行く方がいい。狼はそう思う。
「はぁああああああああ」
狼は因子をイザナギへと流し、アーサーへと奔る。
「あはっ。あたしの裸はそんなに安くねぇーんだよ」
そういう季凛は、先ほどのアーサーの攻撃で演習着の胸元に肩や腕などのいたるところが引き裂かれ、季凛の白い肌が血で滲んでいる。
演習着は身体に馴染ませやすい様に、薄い生地ではできているものの、ちょっとやそっとの事で破けない特殊な繊維でできている。それにも関わらず、先ほどの衝撃波はそれをいとも簡単に引き裂いたのだ。
だがそんな姿の季凛は、胸元を片手で隠しながら、もう片方の手でクロスボウをもち、攻撃態勢に入ろうとしている。
「季凛、怪我してるんだからあんまり無理はダメだ」
「怪我なんて今はどうでもいい。それにさっきから向こうの変な形のBRVを持った女があたしを挑発してきてんだよね。だったらその挑発を受けるしかなくない? あはっ。季凛のモットーは売られた喧嘩は買うだから」
「ああ、もうっ! またそんな理屈言って……本当にどうなっても知らないからな!」
自分の忠告に耳を貸さない季凛に狼がそう叫びながら、アーサーと再び至近距離で対峙する。
その瞬間、後ろから季凛のクロスボウから放たれた無数の矢が狼たちの横を過ぎ、半円型のBRVを構えているジュリーの元へと向かっていく。そしてそのまま季凛本人がアーサーの奥に居たジュリーの元に突貫していく様子が見えた。
季凛がジュリーへと突貫し、体を巧みに動かしながら体術戦を行っている。
「そんなに動いたら、紳士たちへの良いサービスになってしまいますよ?」
「あはっ。気づかい無用。人の目なんていくらでも誤魔化せるし」
「なるほど」
そう言ってジュリーが半円型のRRV横向きにして、季凛へと投げつける。
横向きで向かってくるジュリーのBRVを季凛が跳びかわす。
季凛に跳びかわされたBRVが瞬時にブーメランのように旋回して、再び季凛へと刃を向けてきた。
「お決まりパターンね。けど残念」
季凛がそう言った瞬間に、別の場所から銃弾が飛んできて、ジュリーのBRVの軌道を逸らした。
「ナーイス。メイちゃん」
セドリックと対峙していた名莉に向かって、季凛が満足そうに声を上げる。
「あはっ。季凛ちゃんを甘く見てると痛い目見るよ?」
「それは、怖そうね」
不敵な笑みを浮かべ合うと季凛とジュリーは接近戦を再び開始した。
怪我してるのに、あんなに動いて大丈夫なのかな?
狼が見た所、季凛が負傷箇所を治療している様子はなかった。それにも関わらず季凛はジュリーと激しくぶつかりあっている。
そんな季凛の奥では、名莉も激しくセドリックと衝突していた。名莉が放った銃弾がセドリックの盾に弾き返されている。そしてその盾を打ち破ろうと名莉が因子を高め火力を上げているのがわかった。確かに火力を上げなければ、あの盾を打ち破る事は出来ないだろう。だがしかし、それは名莉にとってもリスクが上がる事だ。何故ならセドリックが防壁を展開しながら、名莉が放った銃弾を、威力を殺すことなく名莉へとカウンターしているからだ。しかも的確に。
自分の技とはいえ、威力を上げたそれを躱すのは至難だ。
それにも関わらず、名莉は相手に勝つために技を出し、相手の防壁を打ち破ろうとしている。
そして狼の背には、レヴィンと根津が衝突している熱が伝わってきている。
だがそれも根津に分が悪い様にも感じる。
けれどそれでも、根津も他のメンバー同様に頑張っているのが分かる。
根津も多少の傷は覚悟の上なのか、レヴィンに攻撃されながらも相手に喰らいついている。
……本当に無茶ばっかするな。
「チームメイトを管理するのもリーダーを務める君の立派な役目だよ?」
狼の内心に気づいてか、アーサーが澄まし顔でそんな事を言ってきた。
だがそんなことは、狼だって重々承知だ。
けれど、自分がその器でないことも知っている。
「確かに。今、僕の仲間は誰かの言う事をすんなり聞くタイプじゃないけど……それでも僕にとっては信頼できる大切な仲間です。だから僕はみんなの事を信じる」
狼がそう言うと、なぜかアーサーが満足そうに笑みを作った。
「君はちゃんと理解しているようだね。そこは安心した」
穏やかな声音でそう言ってきたアーサーが槍で刺突の攻撃を浴びせてきた。それを狼がほぼ反射的にイザナギで受け止める。
そのまま槍との押し合いが始まり、イザナギとアーサーの槍からは、BRV内にある因子同士もぶつかり合い、火花を飛び散っている。
「人に良い感じの言葉を掛けといて、攻撃するなよ!」
「悪いね。でもここはアフタヌーン・ティーの席ではなく、あくまで戦地の中なんだ」
「そう、です……かっ!」
アーサーの言葉に返答しながら槍を押し、弾き返す。
弾き返し、相手の懐へと入り込む。
イザナギの刃を下段に構えてから、一気に斜め上へと切り上げる。
大神刀技 天下一閃
狼から放たれた光の斬撃をアーサーが槍で受け止め……られず、そのまま光の斬撃がアーサーの体に斬線を描く。
ここにきてようやく、アーサーが負傷したということもあり、観客が大きくどよめく。
狼の攻撃を受けたアーサーは、後ろへと跳び引きながら間髪いれずに狼への攻撃を開始する。その攻撃は速く、そして重く、狼へと降りかかってくる。刺突、刺突、刺突、刺突、衝撃波。その攻撃が幾重にも重ねられる。
アーサーからの連続攻撃を何とかイザナギで受け止めているため、直接的なダメージにはなっていないものの、間接的なダメージはやはり狼の体に蓄積され、体力を蝕んでいく。
狼へと連続的な攻撃を一旦、止めたアーサーが大きく後ろへと跳び退き、それぞれの場所でデンメンバーと戦っていたイギリス選手たちもアーサーと同じように退き始めた。
イギリス選手の引きに合わせて、名莉たち三人も狼がいる場所へと移動してきた。
そして一定の場所で着地したイギリス選手たちのBRVが、因子を受けそれぞれの色に染まり始める。
その真ん中にいるアーサーが狼たちを見据えながら、口を開いてきた。
「お見事。だがいくら攻撃を受け止められようと、それは勝利に近づいたのではなく攻撃を防いだにすぎない。わかるだろう? そして君たちは今ここで知ることになる。絶対的勝利という物を」
息を切らした狼の耳に、アーサーの穏やかで無情な声が聞こえてくる。
一分という短くて長いタイムリミットはとうに過ぎた。
けれど鳩子からの知らせはまだない。
敗北という影がどんどんと狼の足元へと伸び、自分を躓かせようとしてくる様な気分になった。
そしてそんな影の面積を広げんばかりに、アーサーの真上にイギリスの象徴ともいえるエクスカリバーが、畏敬の念すら感じさせる神々しさで出現していた。
怖いわけではない。ただ足が竦む。
歯を食いしばり、狼は自分たちを照らすエクスカリバーを睨む。
まさに今、狼たちの戦いを終りにせんと光り輝くエクスカリバーの存在が狼にどんどん大きくのしかかってくる。
『狼、お願い! 一回だけ。一回だけでいいからあのエクスカリバーの攻撃を防いで!! そしたら、絶対に勝てるから』
狼の耳に届いた鳩子の声が、狼の強張っていた身体を解く。
イザナギの中に流していた因子を増幅させる。
やれる。やってみせる。
狼はそう自分に意気込みを付け、アーサーが投擲するエクスカリバーに向け技を放つ。
大神刀技 千光白夜
溢れんばかりの光が会場内を包み込む。
グランド内に爆発、衝撃、熱風が吹き荒れ、自分の状態がどんな状況なのかさえ怪しく思ってしまう程だ。
そしてそんな二つの光熱エネルギーが膨張しながら、拮抗し打ち消し合う。
光が収まり、目を開けた狼たちの前には二つの攻撃の所為で、アリーナの天井が消滅し綺麗な青空が顔を覗かせていた。
一瞬の平和が訪れたかのような錯覚に襲われている狼を、観客の大きな声が試合へと引き戻す。
引き戻されるままに狼は、アーサー達へと視線を向ける。するとそこには自分の手元にそれぞれのBRVを戻したアーサーたちの姿が見えた。
その表情は幾分硬いように見える。
やはりこの大会で一度も打ち破られたことないエクスカリバーが、狼に破られた事で警戒しているのだろうか?
そんな事を狼が考えていると
『よくもまぁー、見事にぶっ放してくれたもんだ』
狼の耳元に鳩子からの関心声が聞こえてきた。
「鳩子が言ったんだろ? エクスカリバーを防げって」
『まぁね。でもさすが大将! あたしたちの勝利は大将の頑張りで確定したも同然よ』
「さっきもそう言ってたけど、どうして?」
鳩子にそう訊ねている中、観客からざわめきが起きた。狼が意識を観客の視線が集まっている方を見ると、アーサーがイギリスのフラグに自らのBRVで風穴を開けていた。
アーサーが取った行動の意味が分からない観客中に唖然とした空気が流れ始める。
「こ、これは一体どういうことだーっ! もしかして、自分たちの誇るエクスカリバーが破られた事で自棄にでもなったのかぁー!?」
観客の気持ちを代弁するかのように、マイクのナレーションが入る。だがそんなマイクのナレーションにアーサーは肩を竦めてから、首を横に振った。
そしてアーサーが日本のフラグ下にいる鳩子の方に視線を向けながら
「エクスカリバーは一度のみの攻撃というわけでもないし、あれがなくとも我々イギリスは戦える……だが、今回は向こうの淑女の方が一枚上手だったようだ」
そう言って、アーサーがクスリと笑う。
そんなアーサーの言葉を聞いて、狼はピンと来てしまった。
「あっ、もしかして……」
『ふふーん。君たちは情報操作士に恵まれたね』
「やっぱり」
鳩子の言葉を聞いて、狼は自分の考えが正しかったというのが分かる。
『あっちの妨害もひどくて、一時は手間取ったけど……イギリス選手が持つBRVの全因子経路にアクセス完了。いまや、向こうのBRVは鳩子ちゃんの手中にあるも同然だね。だから向こうの選手も驚いたと思うよ? 自分のBRVが自分の思うように因子が流れないし、起動せずにエラーを訴えるんだから』
「一生懸命何かをしようとしてるんだろうなぁとは、思ってたけど……まさか、相手のBRVを乗っ取ってたなんて、思いもしてなかった」
『だから言ったじゃん。鳩子ちゃんはやらないだけで、本当はスーパー天才児なんです。ただまぁ、最後の因子経路にアクセスしようとした時に、BRVをエクスカリバーにされちゃったときはさすがに焦ったけどね』
「確かに。あの時の鳩子はすごい焦ってたもんね」
狼は焦る鳩子の声音を思い出し、苦笑する。
「……ありがとう」
一言、自分たちのために闘ってくれていた鳩子にお礼を言う。
『どういたしまして。でもさっき狼も頑張ってくれたし、みんなも時間稼いでくれたからお相子かな?』
「じゃあ、そういう事にしよっか」
そう言って狼が笑うと、つられた様に鳩子も笑っている。
そこに戦塵で服や頬を汚した名莉がやってきた。
「メイも、お疲れ様」
「狼も」
短い言葉だが、その表情は綻んでいる。
「あはっ。勝てたから良かったけど……本当に鳩子ちゃんが後一分欲しいとか言い出した時は、どこの鬼畜だと思った」
「なんか、どっと疲れたわね~」
季凛と根津が各々の言葉を吐きながらも、その顔はほっとしている。
そしてこの試合を閉める際に、両選手がグランドの中央に集まった。
中央へと集まった狼に、アーサーの手が伸びた。
「面白い試合だったよ。我々が勝てれば最高だったけどね」
そういって、アーサーが悪戯っぽくウィンクをしてきた。そんなアーサーの手を狼も握り返す。
「僕たちの方こそ、色々と勉強になる試合でした」
それから一人ずつ握手を交わし、WVAの全ての試合が幕を閉じた。




