ちゃんばら試合
「興奮する試合というよりは、愉快な試合になりそうだ」
「あっそ。こっちは別にアンタたちを愉快にさせたいわけじゃないのよ」
根津が縦に叩き切る様に青龍偃月刀をレヴィンに向かって振り下ろすが、俊敏性と瞬発力が高いレヴィンに容易に躱されてしまう。
「まだまだ!」
動き回るレヴィンに向かって、根津が縦横無尽に斬撃を繰り出す。
繰り出した斬撃と共に根津がレヴィンとの距離を詰め、青龍偃月刀の刃を押し込む様に刺突する。
だが根津の連続的な斬撃はレヴィンに軽々しく回避され、しかも二双剣による反撃も受けてしまった。
「ああ、もう! 本当に腹立つ!」
攻撃を受け出来た傷の痛みなど、根津は攻撃を躱された悔しさに呑まれ、忘れてしまっている。
そんな根津の元に、イギリス陣地寄りで戦っていた季凛が鳩子の指示で後ろへと引き下がる形でやってきた。
「あはっ。もうネズミちゃんしっかりしてよ。一応デンの部長なんだから。もしこれで季凛たちの足を引っ張ったら……そうだなぁ……変な気ぐるみ来て、『仲間の足を引っ張る様な弱い部長の替わりに、強い新入部員を大募集!!』っていうプラカードを首からぶら下げて行内中を練り歩いてもらうね」
「馬鹿なこと言わないでよ! そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょ!?」
「仕方ないでしょ? 部長であるネズミちゃんへのペナルティなんだから。あはっ」
「ちょっと、それだったら季凛も同じペナルティを科すべきでしょ?」
「あはっ。季凛たちにはそういうペナルティはありませーん。それだったら狼くんの方に言ってあげなよ。ネズミちゃんと狼くんは一応、デンの役職者なんだから」
「勝手に人を変な事に巻き込むなよ!!」
日本陣地のフラグ真下で待機している鳩子を介して二人の会話を聞いていた狼が慌てて叫ぶ。
叫んだ瞬間、狼の顔面スレスレをアーサーの槍の穂先がすり抜けて行く。しかもすり抜けて行く際に狼の頬に掠り傷ができ、そこから血が流れている。
「うわっ、あぶなっ!!」
狼は内心で自分の運の良さに、ヒヤリとした。
もし運がなかったらを想像すると……駄目だ。とてもじゃないけど画像として出してはいけない光景になってしまう。
むしろ、僕死ぬよな?
自分の生死を考え、狼は再度身震いをした。
狼の隙を突いた刺突を行った当の本人は、狼の身震い等を見ていなかった様に攻撃を次々に攻撃を繰り出している。
優雅な動きだというのに、まったく隙がない。
しかも、狼は戦いながら薄々感じていたが、アーサー含むイギリス勢に本気さを感じない。
まるでちゃんばらでも行っているようだ。
それに……
もはや、イギリスの象徴ともないっているエクスカリバーを出す気配がイギリス勢からまったくと言って良いほど感じられない。
「これはもしかして……」
狼がそう口火を開いて
「あたしたち……」
根津が
「完全に……」
名莉が
「相手に……」
季凛が
『遊ばれてない?』
鳩子が一つの可能性を呟く。
そして、その瞬間ナイスタイミングといわんばかりに、アーサーが肩を竦めた。
「「「「「当たりかっ!!!」」」」」
もう肩を落とすのも忘れるほど、唖然としてしまう。
まさか、決勝戦と言う立派な名目がある試合にも関わらず、相手にまったく本気は出されないとは前代未聞の事態だろう。
狼はアーサーに斬りかかっていた時に、その事実に気づいたため斬り込む勢いが弱くなっていた。そのせいで、アーサーの槍で切り払われた勢いで、後方へと吹き飛ばされる。
狼が後方へと飛ばされながらも体勢を整えていると、そこでまたしても、いらぬマイクのナレーションが入った。
「おおーっと、これは驚いた! ここに来てイギリスは選手は日本の選手を相手にしていないという衝撃の事実! これはやばいやばいぞ、日本! やはりいきなりの選手替えは失敗だったかぁーーーーー!?」
それを聞いた季凛が、黙ったままクロスボウをマイクに向け発射した。
飛んできたクロスボウを慌ててマイクが避けたものの、クロスボウは見事にマイク愛用のマイクにクリンヒットしてしまっている。
そんな愛用マイクを涙目で見据えるマイク・ピーター。
「あはっ。まっ、当然の報いでしょ」
季凛の言葉を後目に、根津の利かん気さに火がついたのか、因子の熱を再燃させながらイギリス勢を睨む。
「馬鹿にしてんじゃないわよ……決めた、絶対にアイツらの余裕面を悔しさに歪めてやるわ」
『やれやれ、ネズミちゃんも燃えてるね。でも、それはあの娘も一緒だけど』
「あの娘?」
狼がそう訊ね返した瞬間、耳に発砲音が響いてきた。
「メイ!?」
名莉が空中から斜め下にいるイギリス選手に向けて、銃口を向けて次々と銃弾を放つ。
火炎爆技 流星群
イギリス陣地へと降りしきる星の雨かのように、熱で光り輝く銃弾が飛んでいく。それに習う様に根津が一気にイギリス陣地へと速度を上げているのが見えた。
「ちょっと、おい!」
『これは、完全お熱だね。狼が技を放てば意識を一人に集中させる事はできるけど……うーん、でも本当はまだ狼には技を出さないで欲しいから、狼には簡単な攻撃と体術でネズミちゃんのフォロー役ね』
狼の声にまったく反応しない二人を見ながら、鳩子が溜息を吐く。
その間にも名莉の技が、セドリックの防壁に衝突し、爆発と火花を散らしている。それでも名莉の技が止むことはない。
それに紛れ込もうと、根津も青龍偃月刀を構えながらイギリス陣地のすれすれの所を、ジュリー・ボガード選手が手にする半円型という特殊な刃の形をしたBRVから斬撃を撃ってきている。そのため、根津の勢いが止められた上に、攻撃を防ぐ事に精一杯で身動きが取れなくなってしまった。
『狼は出来るだけ、気配を消してネズミちゃんたちへと接近。季凛はメイっちの補助』
狼と季凛は鳩子の指示に頷き、そのまま行動に移す。
眼前にはジュリーからの剣戟に渋面で耐えしのぐ根津の姿がある。焦る気持ちを抑えつけ狼は慎重に近づく。わざと攻撃を放ち、辺り一帯を砂埃で覆い尽くし自身の姿を相手の視界から消す。それからイザナギから因子を至るところへと放出させる。
いくら気配を消しての行動だと言っても、狼は柾三郎の様に因子を使わず気配を消せる事はできない。
因子を使用した気配の消し方は、自分の体を透明にするというよりも、因子を使い戦う者の特徴を利用した、ただの撹乱にしか過ぎない。因子を持つ者同士が相手の動きを探る時に一番、重要視しているのが相手から放出される因子流れだ。
因子には人それぞれの特徴がある。荒々しい熱を持った流れの因子もあれば、さっぱりと涼やかな因子の流れもある。
そういった因子の特徴と外部へと放出された時の流れを瞬時に見極め、どんな状況でも相手の居場所や動きを知るための糧としている。
だがそれを見極めるのも一対一ならば苦ではないが、それが今の様に複数人同士の戦いだと戦闘中に様々な因子が吹き荒れ、一人一人の因子の流れを掴むのが困難になってしまう。
そんなのとき、活躍するのが鳩子や慶吾のような情報操作士だ。
情報操作士は瞬時に相手戦力の因子の特徴を解析し、それを味方へと伝えるのが役目だ。あとは、情報操作士は相手勢力が放出する因子の流れを読み、相手が次にどういう攻撃をどの地点に放ってくるのかを、事前に予測しそれを仲間へと伝えるのが最大の役目だ。
そして今狼が行おうとしている気配を消すというのは、自分の因子を自分が居るのとは別地点に拡散させ気配を分配し、自分がどこにいるのかを分からなくするという事だ。
狼は幸い因子の量が物凄く多いため、撹乱用にいくら因子を放出させようとまったく攻撃するのには差し支えはない。
だからこそ、できるだけ因子の拡散地点を多くし、相手の情報操作士及び選手にも、狼がいる実際の場所を特定しにくくしながら、進んで行く。
『狼、このままネズミちゃんの場所に行かずに、相手への攻撃に変更』
「……了解」
足止めを受けている根津を救援したい気持ちを抑え、鳩子の指示に従う。きっと鳩子にも考えがあるはずだ。
狼はすぐさま自分の姿を隠蔽していた砂埃を払いのけ、瞬時にイギリス陣地に無形エネルギーを放つ。
だがそんな狼たちの行動を先読みしていたかのように、イギリス選手が難なく狼の攻撃を躱してきた。
しかもその瞬間、アーサーの槍から強力な衝撃波が放たれ、狼たちは有無を言わさず日本陣地の中央付近まで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
まともに衝撃波を喰らった狼は、身体全身に痛みが溢れ、身体が痺れる。因子を身体へと流し痛みを和らげながら狼は体勢を整えた。そして目をうっすらと開きながら周りを見ると、少し離れたところに根津と名莉がいる。そして近くには上半身を少し下にさげながら、相手を睨みつけている季凛の姿があった。
『せっかく、仲間を助ける行動と踏ませての奇襲作戦だったのに……世界クオリティー相手だと、さすがにきついわ~』
狼の耳元で鳩子の呟きが聞こえてきた。
「でも負けたくない」
「ええ、そうよね。このままストレート勝ちされるのもむかつくわ」
「……大丈夫。まだ私たちは倒れたわけじゃない」
根津と名莉が狼の言葉に頷く。
「……マジウザい。いきなりあんな技撃ってくんじゃねぇーよ。思いっきり地面にぶつかっただろうが。こっちが笑ってればいい気なりやがって。あの、キザヤロー。ぜってー、後悔させてやる」
頷き合ってた三人を余所に、研究施設以来のブチギレモード全開の季凛。
攻撃を撃たれるのは試合を行っている以上仕方ないとは思うが、きっと今の季凛にそんな絶対不文律が通るはずもない。
「どうする? 季凛がすごく怒ってるみたいだけど?」
狼が季凛以外のメンバーに声を掛ける。
「ああなった季凛は、すぐには治まらない」
「そうそう。名莉の言う通りよ。それにもしかしたら、あれでやる気ボルテージを上げてくれるかもしれないから、そっとしておく方向で」
激怒する季凛の対応が一応決まった所で、鳩子からの報せが入った。
『……ちなみに鳩子ちゃんの準備が整うまであと二~三分ってとろこだから』
鳩子の言葉を聞いて、狼はうっすら笑みを零す。
「じゃあ、その二、三分を死にもの狂いで踏ん張るわよ!」
根津が通信を介してメンバーに鬨の声を掛け、その声に狼と名莉は思い切り頷いた。
この二、三分の短くも長い時間を持ちこたえられなければ、狼たちが勝利を掴みとる事は出来なくなる。
だがその二、三分を持ち堪える事が出来れば、狼たちは勝利にしがみ付く事ができる。
『そうと決まれば、相手の天狗の鼻を圧し折りにいちゃって!!』




