たいあたり
決勝戦が始まる10分前。
狼とデンメンバーは選手控室で椅子に座りながら待機していた。
「あーあ、どうせ出るならいつも来てる明蘭の演習着じゃなくて、選手着を着たかったなぁ」
控室の天井を見ながら鳩子がそう呟いた。
「仕方ないでしょ。元々あたしたちは選手でも控えでもないんだから。それに演習着だって、れっきとした正装着なんだからね」
「そんなこと言ってもねぇ」
ぶつぶつと文句を言う鳩子に、根津が息を吐きながら肩を竦めた。それから根津が狼へと視線を向けてきた。
「狼、アンタは選手着あるんだから、着れば良かったのに。一応、大将だし」
「いや、流石に周りのみんなが演習着を着てるのに、自分だけ選手着っていうのも気が退けるよ。それだったら、皆と一緒の演習着の方が気が楽だし」
「ふーん。まぁそれもそうか」
狼の言い分に納得した様に、根津が頷いてきた。
そして丁度、その時。
控室に備え付けられているスピーカーから召集の連絡が入る。
「じゃあ、行こう」
狼がデンメンバーに声を掛けながら、椅子から立ち上がると、控室のドアが開いた。
開いた先には、笑顔を浮かべる小世美とその後ろに慶吾の姿があった。
「あはっ。意外な組み合わせ~」
その意見に狼は内心で頷いた。
小世美が最後の活を入れにここに来るのは分かるが、何故そこに慶吾までいるのかが分からない。
そんな不思議な組み合わせに、狼は首を傾げた。
「さっきね、私が控室に行こうとして迷ってる所で條逢先輩に会って、ここまで案内してもらったの」
「そうだったんだ」
狼が納得して頷くと、慶吾がクスリと失笑を漏らした。
「安心した?」
「何がですか?」
「いや、別に……」
クスクスと笑う慶吾を見て、狼はやはりこの人は苦手だと感じた。
「じゃあ、みんな私の手にハイタッチして。私はみんなみたいに試合には出られないけど、精一杯応援するから」
「ハイタッチか。いいね。なんか青春っぽくて」
屈託のない笑顔で笑う小世美の横で、胡散臭い笑みを浮かべる慶吾。
何故だろう?
小世美が言うと爽やかな感じがするのに、慶吾が言うと妙に胡散臭い。
そう思ったのは狼だけではないらしく、狼の後ろにいるデンメンバーも微妙な空気を醸し出している。根津、鳩子、季凛に対しては明らかに目を細めて慶吾の方を見ている。
そんな狼たちを尻目に、小世美が手をにっこり笑顔で手の平を狼たちへと向けてきた。そんな小世美に名莉が近づいて、微笑みながらハイタッチをしている。
「まっ、條逢先輩とってわけなじゃいしね」
「そうね」
「あはっ。季凛、慶吾先輩とだったら絶対ハイタッチしない」
鳩子たちの意見に狼は心から頷きながら、小世美とハイタッチを済ませた。
「よぉーし、これで皆が勝つのは決定だ!!」
もう既に狼たちが勝ったかのように、万歳をしながら小世美がはしゃぐのを見て、狼は絶対に勝とうと、思った。
小世美の応援には、絶対に応えたい。
そのためなら、いくらでも頑張れると思った。
「わぁおー、試合するグランドって上で見てたより広いんだ」
入場ゲートからグランドへと来た鳩子がそんな第一声を上げた。
グランドを囲む観客席には、決勝戦ということもあり席は人で埋め尽くされている。
そして狼たちがグランドへと出ていくと、早速マイクのナレーションが耳に聞こえてきた。
「最初に登場したのはクロキ選手率いる、日本選手だー! しかも前日にクロキ選手以外の選手を総取り換えして、女の子が多いメンバーだ!! それにしても、新しくメンバーに入ったピンク髪の子……俺のタイプだぜ!」
「あはっ、おまえのタイプなんて聞いてないし。むしろ、興味なし」
「確かに。しかもメイっちに狙いとか……」
「あんな奴にナレーション任せて大丈夫かしら?」
マイクのナレーションを聞いた季凛たちが、不満の声を上げているが、マイクから「俺のタイプ」と言われた名莉本人は気にしていない様子だ。
結構みんな、呑気だな。この試合、一応決勝戦なのに。
狼はそんな四人を見て、自分の気分がどの試合に出た時よりも落ち着いている事に気がついた。
それはきっと四人が普段通りの空気を醸し出しているからだ。だからこそ、狼も変に緊張せず、普段通りの自分で居られるのだと思う。
狼がそんな事を考えていると、再び周りの客席から歓声が沸き起こった。その声につられる様に狼が視線を前に向けると、アーサー率いるイギリス選手が入場ゲートからやって来た。
「さすが、優勝候補。何かオーラが違いますな」
鳩子が顎先に手を当てながら、そんな事を呟いている。やはりその口調は呑気その物だ。
「ねぇねぇ、どうする? 誰も季凛たちに期待してなかったら? あはっ、そしたらすごく笑いだよね」
「あー、それ何か地味に……」
あり得る。
鳩子と季凛の会話を聞きながら、狼はそう思った。
確かに、狼たちは決勝戦にも関わらず緊張していない。もし目の前に榊が居れば怒声を浴びるレベルに。
けれどそれは、目の前にいるイギリスの選手も同じ様に感じる。
「もしかして、僕たち……敵だと思われてなかったりして……」
「「あーーー」」
狼の呟きに鳩子と季凛が声を合わせて、同意してきた。
しかも極めつけは、アーサーが狼と目が合った瞬間に爽やかな笑みを浮かべてきた。
何故だろう? 狼の目には、あの笑みが「勝たせてもらうよ」という無言のメッセージにしか見えない。
「ふふ。ここは見せつけてやるしかないわね。あたしたちの実力を……」
アーサーの笑みに触発されてか、根津が名莉の肩に手を置きながらやる気の炎を燃え上がらせている。
きっと名莉肩に手を置いたのは、一番実力の面で期待が出来るからだろう。
「ほら、さっさと配置に着くわよ!」
やる気の炎に燃え盛っている根津に急かされ、狼たちは日本陣地で試合開始の合図を待つ。
イギリス選手も馴れた足取りで配置に着く。
そしてお互いが陣地内で配置に着いて間もなく、試合開始の合図が鳴り響く。
そしてなった瞬間、デンメンバーはBRVを復元しイギリス選手へと突貫した。
この突貫に作戦などない。
そう全ては場面行動。
衝突した相手と戦う。
こんな無茶苦茶な戦法は他にはない。いやむしろ、戦法なんて呼び方はできないやり方だ。
だがそれでも、それぞれが因子の熱を上げ衝突の瞬間に備える。
「こんな所で、こんな方法を取るなんて……なかなか新鮮じゃないか」
アーサーが狼たちの愚直な行動に笑みを浮かべながら、狼の目の前に向かってきた。
『さすが大将! ネズミちゃんより先に大玉狙うなんてねぇ』
「別に狙ったわけじゃないって!」
『ほうほう。なら、そのまま真上へと跳んで、それから宙で旋回してから相手の後ろへと着地。それを時間でいうなら、最低二秒以内!』
狼はそんな鳩子の言葉を聞きながら、身体はもうすでに動いていた。アーサーの槍から放たれた因子の凄まじい熱と風を斬る衝撃波が通り過ぎた。その衝撃波は狼が真上に跳んだ瞬間に放たれ、その衝撃波との距離はわずか足底から5センチ。
もう少し反応が遅ければ直撃していた。
狼が躱した衝撃波は地面を荒削りしながら、グランドの内壁へと衝突し、爆発を起こしている。
鳩子からの指示通りにアーサーの後ろへと着地した狼は、アーサーからの隙のない刺突を受け止めながら、アーサーが放った衝撃波の威力に感心してしまう。
「あはっ。あんなの人に当てようとするなんて……やばくない?」
「やばいとか言ってる場合じゃないでしょ。これは試合なんだから。それにこれくらいだったら他の試合でもバンバン出てたじゃない」
「うん。だからどれも人に向けてやるもんじゃないと、季凛思うんだぁ。メイちゃんもそう思わない?」
「思う……」
季凛の言葉に頷いた名莉の手には二丁の銃が構えられ、イギリス選手へと容赦なく発砲している。
「あはっ。メイちゃん言ってる事とやってること矛盾しすぎ」
名莉に笑顔を向けながら、季凛もクロスボウを構え発射する。
クロスボウから放たれた無数の矢が一直線に、イギリスのフラグへと向かって行く。
「無意味な事を……」
そう言ったのは、イギリス選手で強力な守備力を誇るセドリックだ。
「君たちの行動は、とても愉快で我々に初心を思い出させるよ」
狼との討ち合いをしながら、アーサーの口からそんな言葉が漏れた。
「いえ、きっと貴方が考えている程、僕たちは甘くない」
狼は真正面からアーサーの言葉を否定する。
否定の言葉を受け、僅かにアーサーが首を傾げさせた。
「あはっ。おまえ馬鹿じゃん? そんなどうでもいい場所守ってどーすんの?」
「なっ」
イギリスのフラグへと飛んでいった無数の矢がセドリックの展開した防壁へと到達する前に、消失していく。
「あれは幻術? いや、おかしい。確かにBRVから放たれた矢は実在するものだった」
「あはっ。なに? そんなに驚いちゃった? でも、驚く前に自分の身を心配した方が良いよ? 季凛意外に体術戦も得意なんだよ……ねっ」
狼狽えるセドリックの前に疾走した季凛が掛けより、そのまま横腹に強烈な蹴りを食らわす。
セドリックは季凛の動きに即座に反応して、すぐに自分の周りに防壁を展開させ、衝撃を和らげているが、未だに自分の技を不発にさせた事が信じられないのか苦い顔をしている。
そんな季凛とセドリックのやりとりを横目で見ていたアーサーが、微笑を浮かべた。
「なるほど。我々も少し君たちを侮っていたようだ。私が見たところ、彼女は幻術を得意とするみたいだが、実物を幻に変化させることも出来るのか。これはセドリックも一本取られたな」
狼からの攻撃を受け躱しながら、冷静に季凛の能力を分析している。その冷静な口調は、身体を動かし戦っている者というよりは、綺麗な庭でお茶を楽しみながら会話している様な感じだ。
そのため狼は……
「少しは驚けよっ!」
とツッコミを入れてしまった。
「ははは。失敬。これでも少しは驚いているさ」
まったく驚いている様には見えない。
狼は微笑を浮かべるアーサーを見ながら素直にそう思う。
そんな狼とアーサーから少し離れた所で、根津がレヴィン・アシュモアと戦っていた。




