場面行動
小世美が狼の部屋を出て、狼がベッドで横たわりながら休んでいると、医務室で治療を終えた真紘が部屋へと戻ってきた。
「あ、おかえり。怪我の方はどうだった?」
「ああ。怪我の方は問題ない。因子疲労の方も幾分は良くなったからな。それと黒樹、先ほど行方先輩から端末の方にメッセージが入っていたが、見たか?」
「え? 来てたの? まったく気付かなかったな」
「実は俺も部屋に入ってくるときに気づいて、まだ内容自体には目を通していないんだ」
真紘が苦笑しながら、端末の画面に視線を落とした。
狼もそんな真紘に苦笑を返しながら、自分の情報端末のモニターを開いた。
そして周から届いたメッセージを開き、その内容を見て驚愕した。
「これ、嘘だろ?」
狼は口元を引きつらせながら、上半身を起こし真紘へと視線を向ける。
立ったまま端末に目を通していた真紘の表情は曇っていた。
そして表情を曇らせたまま、呆れたように嘆息を吐いてさえいる。
「また、会長の気分が変わったみたいだな」
まるでいつもの事かの様な口調の真紘を見る限り、綾芽が起す突然の行動になれているのだろう。
だが……
「気分が変わったって言われても、この内容は常識的に考えておかしいだろ!? いきなり僕を大将に置いて、他のメンバーを選出するなんて」
「ああ。そうだな。だが会長が一度決めた事を覆すとも思えない。何をどう思ってこういう考えに行き着いたかは分からないが、もうこう決まってしまったなら仕方ないだろう。行方先輩のメッセージにも書いてあるが、もう既に司会者とイギリスの選手たちにもこの事は通達されてしまっているらしいしな」
確かに周からのメッセージには書いてある。狼は周の誤連絡だと思いたいが、訂正のメッセージが入ってくる気配もない。
本当に九条綾芽という人物はやりたい放題な性格だと、狼は改めて感じた。
「あのさ、この僕以外のメンバーって誰が決めるんだろ?」
周からのメッセージには、狼以外のメンバーの選抜基準が何も記されていない。
「何も指定がないということは、黒樹が決めて良いということじゃないか? もし選手を選ぶ基準に何かあるんだとしたら、行方先輩が指定してくるはずだ」
「うーん、そうかもしれないけど……どうしようかな? 国の代表に選ぶんだからそれなりの技量がないとダメだろうし。きっと真紘とかはもうメンバーの中に入れられないだろうし……」
狼は唸りながら自分と一緒に試合に出てもらいたい人を考える。
一軍の先輩たちはよく知らないし、かといって高坂先輩たちに頼むわけにもいかない。
そう考えると、やはり一年生の中で考えるしかないのかな?
やはり一年生の中で一番最初に頭に思い浮かぶのは、デンメンバーだろう。
デンのメンバーは二軍生とはいえ、名莉や根津に鳩子は一軍生レベルはあるし、季凛も誰かとは言ってもらえなかったが、デンの活動以外でも特訓をつけてもらっているらしく、自分たちと会った当初に比べ、季凛もすごく強くなったと思う。名莉も季凛の練習を見ていて、戦闘での息づきが上手と言っていた。
そして狼やデンメンバーが季凛にどんな人に特訓してもらているのか狼が訊ねると、いつもの満面の笑みで『あはっ、すごい不快だけど、強さは認める』と返してきた。
地味に季凛にそう言わせる人物が誰なのか気になるが、訊ねた時に見せた表情を見るに簡単には教えてくれないだろうな、と思い狼は相手の名前を聞くのを諦めた。
そんな事を思い返しながら、狼は端末でデンメンバーに連絡を入れた。
きっと、返事が一番に帰ってくるのは根津だろう。
狼がそんな予想をしていると、さっそく返事が返ってきた。メッセージの差出人は鳩子だ。
鳩子からのメッセージを開くと、狼以外のメンバーで一緒にいたのか『四人ともOK!』とまるでどこかへ遊びに行く時の様な、軽い返事が書かれていた。
「はは。なんかみんならしい……」
一人くらい考えさせてという言葉は出てこないのだろうか? とも思ったがすんなりメンバーが決まった事は良いことだ。
とりあえず、その事を周に連絡を入れておいた。これでもし何か問題があれば周から返事が返ってくるだろう。
「その様子だと、誰を試合に出すかは決まったのか?」
「うん。メイたちに聞いたら全員からOKサイン貰えたから、一応決まりかな」
狼が苦笑気味にそう答えると、真紘が「そうか」と頷いてきた。
そんな真紘を見ながら、狼はふと考えたことを聞いてみた。
「あのさ、真紘?」
「なんだ?」
「今さら聞いてもあれなんだけど、真紘は試合に出なくて良かったの?」
真紘は結納の事があったため有耶無耶となっていたが、元々はWVAに出場したがっていた。それなのに、試合にやっと出られたのにも関わらず、いきなりメンバーから外されてしまって不満はないのだろうか?
もしこれを自分の立場に置きかえて考えてみると、少しの不満くらい漏らしそうなものだ。
だが、真紘はそんな不満そうな顔をひとつせず、選手変更をすんなりと受け入れている。
「多少は残念な気もするが、決まった事だ。なら仕方ないだろう」
「まぁ、そうだけど……本当に真紘って潔が良いっていうか、聞きわけが良いというか……」
「そうか? 別に俺は黒樹が思っているほど自分を潔くは思っていないがな。それに次は大事な決勝戦だ。先ほど因子疲労の方が幾分良くなったと言ったが、まだ本調子が出せるわけでもない。そうなれば、周りの者の足を引っ張る事になるかもしれないだろ? だったら万全な形で試合に臨める者の方が良いに決まってる。だから俺は今回の選手変更については、不満はないぞ」
「真紘がそう言うなら、わかった」
こんな風に断言されたら、狼も真紘の考えに疑問を持つ事も意味はないだろう。
それに、今の真紘はどこか気分が晴れていて満足している様にも見える。
案外、フィデリオとの試合だけで満足出来たのかも?
狼は内心でそう思いながら、端末に届いた周からの承諾メッセージに目を通した。
それを見ながら、狼は嬉しい気分になった。
成り行きとはいえ、WVAの試合にデンメンバーで出場できるというのは、狼にとってすごく有り難い。
別に綾芽たちに不満があったわけでもないが、やはりいつも一緒に訓練をしたりしている仲間とでは狼の気分も変わってくる。
どうせなら勝ちたい。例えそれが今迄の試合で圧倒的な強さを見せる国が相手でも。
これくらいは、思っても良いよね?
狼は先ほどの小世美との会話を思い出し、自分に言い聞かせた。
狼は朝早くにホテル一階にあるロビーへと来ていた。昨日の夜、名莉から朝に試合に向けたミーティングをするという連絡を受けたからだ。
ロビーの周りを狼がキョロキョロと視線を動かしながら、名莉たちの姿を探す。
フロントの真向かえにある、机を挟み左右三人ずつになっている6人掛けのソファが幾つか並んでいる。そこに狼が視線を向けると、もう既にデンメンバーと小世美の姿が見えた。
狼がソファに座っている5人の元に向かうと、小世美が狼に気づいたのか手を挙げている。
「オオちゃん、おはよう!」
いつものように小世美がニコニコとした笑顔を狼に向けてきた。
そんな小世美とは対照的に、根津がギロリとした目で狼の事を睨んできている。
「……遅い」
「ごめん。まさかこんな早くから来てるとは思ってなくて……」
狼が空いていた席に座りながら根津に謝ると、根津が鼻を鳴らしてそっぽを向いてきた。
なんで、こんな機嫌が悪いんだろう?
ご機嫌斜めの根津に狼が首を傾げていると、隣に座っていた鳩子が狼に耳打ちしてきた。
「狼、今のネズミちゃん、昨日寝不足で機嫌悪いだけだから、気にしない方が吉だよ」
「そうなの?……もしかして、今日の試合の所為とかないよね?」
「はい、ビンゴ。ネズミちゃん、今日の試合に出るって決まった時から張り切ってるんだよねぇ。これは良いアピールになるって」
「なるほどねぇ」
なんとも根津らしい寝不足の理由に、狼はすんなり納得してしまった。
「ほら、そこの二人しゃべってないで、さっさと良い案出す!!」
根津にぴしゃりと怒られたため、狼と鳩子は即座に身体をぴしっとさせて、話に参加する。
こういう時の根津はいつもよりピリピリとしていて、怒らせると怖い。
「あはっ、もう作戦とか面倒だから無しにして、場面行動で良くない?」
だがそんな根津の事を気にも留めていない様子で、自分の髪先を弄っていた季凛が笑顔でこんな事を言ってきた。
けれどデンメンバーの活躍アピールに情熱を燃やしている根津が、このTHE・適当感丸出しの季凛の意見に耳を傾けるはずもない。
「却下! 場面行動で勝てるほど人生もイギリスも甘くないのよ」
「あはっ。そういう熱い言葉は季凛の耳には届きません」
「季凛、アンタねぇ……」
やる気のない季凛に根津が頭を抱え込んでいる。
「あちゃー、ネズミちゃん、今日もキリンに惨敗してるわ」
鳩子が茶化す様にそう言うと、頭を抱えていた根津が悔しそうに唸り声を上げている。
そんな根津を見て面白そうに笑っている鳩子が、徐に端末を操作し始めた。
「なにしてるの?」
鳩子の隣に座っていた小世美が鳩子の端末を覗く見しながら、鳩子に訊ねると鳩子が口元をニヤリとさせた。
「これはねぇ~、今迄のイギリス戦の試合映像。BRVを使用した情報解析は禁止されてるけど、端末に録画した映像での解析まではOKだからね」
「なるほどなるほど」
「鳩子、映像から何かわかった?」
頷いている小世美の真迎えに座っている名莉が訊ねた。
「それがまったく。BRVが使えれば因子の流れが鮮明に見れて、何か分かったかもしれないけど。映像だけで分かる事は、あたしたちが見てなかった試合でも、アーサー選手はおろかイギリス選手で技を出したのは、ロシア戦でのセドリック選手ぐらい。後の人はほぼ技を出さず、一撃必殺のエクスカリバーでノックアウトにしてるって事だけ」
「相当、自慢したいみたいね」
イギリスの自信過剰にも見える戦い方が気に入らないのか、根津が顔を顰めている。
「まぁ、それもあるけど、自信があるんじゃない? 何回見せたところで敗られることは無いって」
「でも、幾らエクスカリバーの攻撃が凄いからって、一人一人を相手に出来ないわけじゃないだろ? だったら、前回の大会とかで選手の情報とか掴めないかな?」
狼がそう言うと、鳩子が肩を竦めながら首を横に振ってきた。
「そう思うじゃん? これが上手い事出来てるんだなぁ」
「どういう事?」
「それが、前回と続けて今回出たのが、アーサー選手を含め3名なんだけど、アーサー選手以外は、前回から使用するBRVを変えてるんだよね。多分、エクスカリバーを完成させるために第三世代機に変えたんだと思うけど。だから、去年と違う攻撃パターンを出してくると思う。第二世代機と第三世代機では、因子の放出量と攻撃範囲が格段に違って来るからね」
「そっか。やっぱりその放出量と攻撃範囲って国によって違って来るの?」
「まぁね。同じ第三世代機と言っても、国よって自国の特色出してくるし」
鳩子の言葉を聞いて、狼と他の四人は思わず唸り声を上げた。
勝つための対策を考えなければいけないが、自分たちの懐にある情報が、エクスカリバーの脅威的な攻撃力と、セドリックの防御力だけだ。
これではあまりにも情報が少なすぎて、まともな対策が考えられない。
ソファに座りながら、6人は行き詰まりをしていると
「あはっ。こうなったらやっぱり、場面行動しかなくない?」
徐に季凛がそう言ってきた。
そして黙ったままの5人は、そんな季凛の言葉を聞いて、ひっそりと『それもありかも』と考えてしまった。




