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アストライヤー〜これは、僕らの世界と正義の物語〜  作者: 星野アキト
第7章 ~world a whirlwind~
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無変化

「あー、何もしてないのに疲れたな」

 狼が試合後に選手が泊まっているホテルへと戻り、ベッドへと伏せ寝した。同部屋である真紘はドイツ戦が終わった直後に、因子疲労を起こしたため医務室へと運ばれていた。

 真紘が一人でドイツの選手と戦っている間、狼たちはグランドの隅に待機していたのだが、だんだん真紘とフィデリオの戦いが激化していくうちに、隅に待機する事も儘ならなくなってしまった。

 そのため、狼たちも途中まではフィデリオと真紘の戦いに入らない程度の距離を保ちながら、アリーナの照明間を移動していたのだ。

 移動するだけでもフィデリオと真紘の攻撃の余波を受けないように、移動し続けるのも案外骨が折れた。

 真紘もフィデリオとの試合に夢中になりすぎて、完全に狼たちの存在を意識の外へとやっていたに違いない。

 だからこそ、周りを気にすることなく攻撃の影響範囲が広い技を繰り広げていたのだろう。

「それにしても、真紘って見かけによらずタフだよなぁ」

 自分との殴り合いの後、すぐにアリーナでドイツの選手との戦いをやってのけた真紘の体力に、狼は素直に感服させられる。

 あれをやれと言われてやれるものではない。

 狼は絶対に真似できないと思った。狼が真紘と同じ事をするには、まず今よりも因子のコントロールをもっと上達させなくてはいけない。

 因子のコントロールは、狼の中で一番の課題と言っても過言ではない。体術面はもう体に覚えこませるしかないが、コントロールはそうはいかない。

 きっとコントロール面でいえば、名莉や根津にも劣るだろう。

 狼は自分の保有している因子を攻撃に回せるのが、今の時点で全体の三分の一程度しか出せない。つまり、因子の放出力を蛇口付きの水槽タンクに例えるなら、狼の水槽タンクはタンクの大きさでいえば、人一倍大きいものだが、水を出すための蛇口が小さい。

 つまり、因子を攻撃へと回すコントロールが甘いため、技にムラができてしまう。

 技にムラがあると、どんなに因子を練り上げて放った技でも、打ち消されてしまう可能性が高くなる。

 それを出来るだけ回避するため、狼は一つの技に多くの因子を練り上げるようにしている。

 だがそれは、コントロールをしっかりと出来ている人から見れば、無駄な因子を使いすぎとしか思えない。

 それは狼自身だって、わかっている。

 だから、デンメンバーや真紘からの特訓は受けているものの、狼はまだしっかりと自分の中で因子のコントロールをしっかりと出来てないような、因子の流れが詰まるようなそんな感じがしてしまう。

 どうすればいいんだろう?

 狼は俯せから寝返りをして、仰向け姿でそんな事を考えていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。

 誰だろう?

 狼が起き上がりドアを開けると、そこには救急箱を持った小世美が立っていた。

「小世美? どうしたの?」

「もう、どうしたのじゃないよ。オオちゃん、まーくんと喧嘩したときの傷をそのままにしてるでしょ? だから私がちゃんと手当てしてあげるね」

 そういえば、小世美の言う通り真紘と喧嘩したときの傷を手当てしてなかった。

 そんな狼を余所に小世美が部屋へと入って来た。

「大丈夫だよ。痛くないし」

「ダメダメ。ちゃんと治療しないと。はい、ここに座った座った」

 小世美が手前のベッドに座り、自分の横を手で叩き狼を呼んできた。そんな小世美に逆らう気にもなれず、狼は小世美に言われたとおり小世美の隣に腰を下ろした。

「じゃあ、治療を始めるね」

 そう言って救急箱から綿ガーゼと消毒液を取り出し、小世美は狼の切れた口元に消毒液を浸み込ませたガーゼを当ててきた。

 乾いた傷口に消毒液が浸み込んで、傷口が痛みを思い出したかのようにヒリヒリと痛みだした。

 狼が黙ったまま、小世美からの治療を受ける。

 そういえば、こうやって二人きりになるのはすごく久しぶりな気がする

 島にいた頃も同じ島で暮らす友人たちと過ごしてはいたが、高雄が呑み仲間とどこかへ行ったりした時は、家で二人きりで過ごす事は当たり前にあった。

 だが小世美が明蘭に来てからは、何かと周りに人がいて二人きりになる事がなかった。

「なんか、久しぶりだね。こういう時間」

 小世美も同じことを考えていたのか、呟く様な声音でそう言ってきた。

「うん。僕も同じこと考えてた」

「えへへ。そっか。オオちゃんも私と同じ事考えてたんだ」

 嬉しそうに小世美が笑っている。

 そんな小世美につられるように、狼も自然と笑みを零した。小世美が嬉しそうにしていると、自分も嬉しくなる。

「ねぇ、オオちゃん」

「ん? 何?」

「オオちゃん、変わったよね?」

「え? そうかな?」

 突然小世美にそう言われ、狼は首を傾げた。

「うん。変ったよ。別に嫌な意味じゃなくてね。だって、オオちゃん前にメイちゃんたちに、強くなるって言われた時、嬉しそうだったでしょ? あのときのオオちゃんを見て、私思ったの。『ああ、オオちゃんも強くなりたいんだなぁ』って。ほら、島にいた頃のオオちゃんは、争いごとって、すごく嫌いだったでしょ? だから周りの子と喧嘩するオオちゃんなんて見たことないし、強くなろうなんて思わなかったでしょ?」

 そう言った小世美の声は、すごく穏やかな物だった。

 そしてそんな自分の中で無意識に起きていた変化を小世美に指摘され、狼は変な罪悪感に襲われた。

 まるで自分が、小世美を置いてっている様な、そんな気分になる。

 きっとそれを小世美は怒ったり、咎めたりはしない。

 小世美なら、狼が変わっていく事を素直に喜んでくれるだろう。

 だが小世美がそれを受け入れたとしても、狼自体がそれを望まない。

 それは例えば、小世美が自分の知らない小世美に変わってしまうのは嫌だと思うからだ。

「小世美、僕は変わらないよ。小世美が変わったって感じたとしてもそれはきっと一時的な物なんだ。だから僕はアストライヤーになろうとも思わないし、ここを卒業したら、BRVだって持つ事なくなると思う」

「……どうしてそう思うの?」

「だって、僕は僕のままでいると思うから」

「違うよ、オオちゃん! そんなの変わらない理由にならないよ! 変化って人格が変わるとかそういうのじゃないでしょ?」

 目の前の小世美が両手を膝で握りながら、少し声を荒げてきた。

「ちょっと、小世美。落ち着いてよ。そんなに気にする問題じゃないだろ」

「やだ! 気にする。だって、人は変わって生きていくんだよ。今日考えてた事が明日には全く別の考えに変ってることだってあるんだよ? それをオオちゃんは否定するの? オオちゃんを変えてくれた人たちの事も否定するの?」

「わかってるよ。別に僕だって考え方を変えないわけじゃない。でも今小世美が言ってるのは今日明日で変わるようなレベルで話してないだろ? それに僕は誰かを否定なんてしてないよ」

 狼がそう言うと、声を荒げていた小世美が気分を落ち着かせる様に息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。

「……オオちゃんはずっとこのままでいいと思う?」

「うん」

「本当に?」

「うん。だって僕は今のままで十分満足してるから」

 狼がそう答えると小世美が顔を俯かせてしまった。

 そんな小世美の肩を狼は静かに抱き寄せる。

「小世美、僕は昔から小世美に感謝してる。だって、小世美がいてくれたから、僕はこんな風に居られるんだ」

 狼が小世美の耳元で囁くように声を掛けると、小世美が小さく頷いてきた。

「私もオオちゃんに感謝してるよ……すごく」

 頷きながら小世美も狼にそう言うと、狼の腕をぎゅうっと手で掴んできた。

 その手に答える様に狼が優しく小世美の頭を撫でる。

 自分にとって一番大切な女の子。

 ずっと一緒に居てあげようと決めた女の子。

 その事をずっと隅に追いやっていた。

 もし、自分の中で変化が起きたならそれはもう前の事だ。

 そして狼はその変化を受け入れられずにいる。

 だからこそ、狼は変化を嫌う。

「僕は何も変わらない。絶対に」


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