背反
真紘は静かに呼吸を整えた。
フィデリオは次の攻撃への準備をしている。
そんな真紘の読みは正しかった。
「次は俺の番だ」
そうフィデリオが叫んだときには、グランドの地面が抉られ、真紘は真上へと跳んでいた。
そして真上へと跳んだ真紘に真下からグランドの地面が削られた際に生じた砂塵が巻き上がり、その砂が顔にパラパラと当たる。そんな砂埃の中から無形エネルギー弾が幾つも真紘に向かってきた。
だがこれも罠に違いない。
真紘は砂埃で姿が見えなくなったフィデリオの気配を探す。
右か左か。
前か後ろか。
上か下か。
考えられる範囲を全て考え、イザナミを構えながら落下する。
そんな真紘を待ち構えていたのは、不気味な程綺麗な青色で燃える灼熱の炎だ。
聖剣四技 青い不死鳥
巨大な不死鳥が落下する真紘を丸呑みするかのように、真紘が炎に包まれる。だが真紘はそれに抗う。髪がちりちりと燃え、肌が熱風により水分という水分が奪われ、ヒリヒリと痛む。
そんな中でも真紘は、冷静さを無くすことは無い。自分を見失うこともない。
真紘は鎌鼬を幾重にも重ね、斬撃からの風圧でブラウ・フィーニクスを打ち消す。
「まだだ!」
真紘が地面へと着地したのと同時にフィデリオの声が耳に届く。
追撃だ。
身体が反射的に横へと跳ぶ。
聖剣四技 暗殺者
真紘が横へと跳んだ瞬間、無音で元いた地点のグラントが破裂した。真紘が立っていた場所が爆発により突起し、地面に亀裂が走る。
爆風により吹き飛ばされた真紘は、その爆発による地割れで少し突起している所に着地する。
真紘は少し目を閉じ、フィデリオの因子の流れを探す。
すると、フィデリオの因子がグランド全体の外側から中心に集まる様に張り巡らされているのが分かった。
この状況を例えるなら、グランド中に地雷爆弾が仕掛けられている様な物だ。
しかもその爆発はきっとフィデリオの意志一つで破裂するようになっているに違いない。それに加え、この爆発はただの爆発ではなく真空爆発だ。だからこそ、煙も上がらなければ、音もない。
これはフィデリオが、爆発地点の周りの空気を四方に霧散させ、真空状態にしているからだろう。
これを考えれば、もはや地上に真紘の逃げ場はない。だが真紘はその事を何も思わない。自棄になっているわけでもない。ただ相手を倒すことだけしか考えていないだけだ。
真紘がイザナミを構える。
そこにフィデリオの剣が向かって来た。
フィデリオ自身よりも早く、フィデリオの因子が真紘を炙る様に襲いかかって来る。それはまるでフィデリオ自身の気迫とも思える。
そんなフィデリオの因子を拒絶するかのように、真紘の因子とフィデリオの因子がぶつかり合う。それと同時に刃同士も交叉した。
交叉し、弾き、斬り返す。
それをコマ割りの様な速さで繰り返される。
因子のコントロールや量的な面では、フィデリオと真紘はほぼ互角だろう。違うとするなら戦闘状態時においての精神スタンスだろう。
真紘は基本、戦闘時は感情を切り離し、感覚を研ぎ澄まさせるスタンスだ。それに対しフィデリオは感情を高ぶらせ戦闘のモチベーションを上げるスタンスを取っている。
現に真紘と討ち合っている中で、フィデリオの剣捌きと呼応するかのように、因子の流れも攻撃的且つ荒々しい。
だが真紘の目はそれに背反して冷めていた。
真紘は戦いにおいて感情を殺す。
だからこそ、瞳に意思は写さない。
「その目……気に入らない!」
冷めた真紘の瞳を見て、フィデリオが吠える。二人の感情は背反する。フィデリオの目に荒れ狂う感情が宿り、真紘の瞳は感情を写さない。
二人が激突するグランドの周りからは、真紘とフィデリオで二分した声援が沸き起こる。
歓声がヒートアップする中、フィデリオの蹴りが横から襲ってくる。それを真紘が腕の肘で受け止めると、蹴りの衝撃で腕から血が噴き出す。
自分の血が顔に当たりながら、真紘は構わず刃をフィデリオへと揮う。
真紘からの刃をフィデリオが後ろに跳び躱す。
大神刀技 捷疾
真紘の姿が消え、そのかわりに後ろへと跳んだフィデリオの元で爆砕が起きた。
そのままフィデリオがグランドの内壁へと激突する。
だがその激突したフィデリオの元には、もう真紘の姿があり二手目の斬撃をフィデリオへと繰り出す。
放たれた斬撃をフィデリオが剣で跳ね返そうとするが、真紘が放った捷疾は速さと重さの両方を兼ね備えた攻撃だ。痛みが走る身体で跳ね返せる物ではない。
それでもフィデリオは手に力を込め、力任せに斬撃の圧力に抵抗する。
「はぁあああああ!」
両手で剣の柄を握りしめ、一気に腕を振り上げる。そして真紘の放った斬撃をアリーナの天井の方へと跳ね飛ばす。
跳ね飛ばされた斬撃はアリーナの天井の一部を吹き飛ばし消失した。
だがその斬撃の重さで腕の感覚がおかしくなったのか、剣を握るフィデリオの腕が微かに震えている。
だがそんなフィデリオは、腕の感覚のおかしさなど掻き消す様に、奥歯を噛み、さらに闘志を燃やしながら、壁を蹴り真紘へと向かって来た。
向かって来たフィデリオと討ち合いながら、そのままグランドの中心へと戻される。
刃と刃が激しく衝突し火花が散る。火花が炎を生み、衝撃を生む。
衝撃の中での二人の剣戟が交わされ、相手を討つための速さと重さをぶつけ合う。
自分の手にする刀を通して、相手の繰り出す衝撃が身体へと奔る。その衝撃が自分の身体に悲鳴を上げさせる。
痛覚が真紘とフィデリオの動きを鈍くさせる。だがその鈍くなった身体を叱咤し、相手に隙を見せまいと動く。
二人の気迫は、周りにいる観客をも黙させる程だ。
弾き飛ばし合う二人が、一瞬息を整える。
息を整えた二人が再び、激突する。
そう読んでいた観客の考えを裏切り、真紘とフィデリオが観客席に向け刃の穂先を向けた。
真紘とフィデリオの視線が捉えた先には、もうすでに決勝戦を決めたアーサー・ガウェインが悠然と立っていた。
そんなアーサーに穂先を向けながら、真紘とフィデリオが口を開く。
「「次の相手は……俺だ!」」
これはアーサーと目の前にいる相手への挑発だ。
次に決勝戦で戦うのは自分の国だと。
真紘とフィデリオ、二人からの宣言にアーサーがクスリと優雅に微笑んだ。
「そうだね。どちらの国も我が国にとって素晴らしきゲストだ。だからこそ、私はどちらが我が国と戦うことになっても、全力を尽くす事を誓おうじゃないか」
アーサーがそう返事をすると、黙していた観客から再び大きな歓声が巻き起こる。
それを聞いた二人は目の前にいる人物と距離を取る様に、後ろへと跳び距離を取る。
真紘が次なる技を放つため、因子を練る。
だが因子を練ることだけに集中することは出来ない。後ろへと真紘が距離を取る際に、フィデリオがグランド中に張り巡らせていた伏線の因子が一気に火を噴き、真紘の立つグランド側が一気に炎へと包まれる。
爆発が周りの誘爆を引き起こし、炎の火力も一気に加速する。
炎の勢いと爆発の威力に、真紘の意識が一瞬途切れさせられる。それを真紘は唇を噛み痛みで意識を繋げた。
そうしなければ気絶していただろう。
今なお、炎は面積を広げ真紘の背後の行先を阻む。戦闘用の靴越しにすら熱しられたグランドの熱さが伝わってくる。
その熱い地面を強く蹴り上げ、真紘は宙へと跳んだ。
そして一気に因子を練り上げる速度を上げる。
自分の身体から出せるだけの因子を、イザナミへと注ぐ。注ぎ込む。
イザナミが周りの大気を吸い上げながら朱く、赤く、紅く染まる。
刀身が高温に焼け、それでもなお真紘は因子を流し続ける。
因子を練り上げ、刀身へと溜め、維持を続ける。
これは以前狼に教えた因子のコントロール法だ。ただ真紘が今行っているのは、狼に教えた物の様に、一点に因子を凝縮させる物ではない。
今のイザナミは刀ではなく、因子という名の起爆剤を溜めた起爆装置に過ぎない。
起爆剤となったイザナミを地面に向け、投擲する。
投擲されたイザナミが地面に突き刺さった瞬間、グランド全体に大きな亀裂が走り、亀裂が入った瞬間、イザナミの中に注ぎ込まれていた真紘の因子が、グランド中に張り巡らされていたフィデリオの因子と反発し合い、大爆発を起こした。
地面へと突き刺したイザナミを真紘は、すぐに回収し爆発の余波によって宙へと放り投げだされたフィデリオの元に肉薄する。
そんな真紘に気づいたフィデリオも負けじと真紘へと突貫する。フィデリオの剣先が真紘の顎先を撫でるように通り過ぎ、真紘の刀がフィデリオの首筋を掠める。
お互いの攻撃を避けた真紘とフィデリオは、もはや灼熱の炎で燃え盛っているグランドでの地上戦を諦め、アリーナの天井に付けられた照明を足場にした空中戦へと切り替えていた。




