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アストライヤー〜これは、僕らの世界と正義の物語〜  作者: 星野アキト
第7章 ~world a whirlwind~
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和解

「まーひーろーさーまー!!」

 真紘の耳に自分の名前を叫んでいる左京の声が微かに聞こえてきた。それは前にいる狼も同じなのか、自分に殴りかかってきていた手の動きを止め、左京の声が聞こえてきた方に視線を移している。

 真紘も狼と同様に声が聞こえてきた方に視線を向け……驚愕した。

 ジェットスキーを操縦する左京の後ろに、誘拐されたはずの結納の姿があるのが見えたからだ。

 きっと先に行っていた誠と左京が結納を救出したのだろう。左京の後ろにいる結納は見る限りでは、目立つような損傷はなさそうだ。

 そこに真紘は、肩の力が抜けるような安堵感と少しの悔しさが胸にこみ上げた。

 結局自分は結納を助け出す事はできなかった。それも自分が当初の目的を忘れ、狼とのやり取りに熱くなってしまった為に。

「俺は……未熟だ」

 奥歯を噛み締め真紘は自分の未熟さを悔いた。もう間違いを繰り返さない為に、自分の気持ちを押し殺していたというのに、その努力も結局は自分の未熟さ為に無駄になってしまった。

 真紘が出来るだけ視界に結納を入れない様に、顔を背けた。

 すると左京が真紘と狼がいる陸の傍で、ジェットスキーを停車させ結納を陸へと降ろし始めた。そして陸へと降ろしてもらった結納と左京がまっすぐに真紘の元へと歩み寄ってくる。それと同時に狼は後ろへ下がった。

「兄上……」

 久方ぶりに面と向かって結納から呼ばれた呼称に、真紘は何とも言えない気持になった。

 結納には、これまで自分のみっともない姿しか見せられていない。試合には出場できず、フィデリオには負け、そして今は結納を助けられもせず、狼と子供の様にみっともない言い争いをしていた自分。

 こんな自分を見て結納はどう思っただろうか?

 見っとも無いと幻滅してしまっただろうか?

 そんな事を考えながら真紘が視線を落としていると、結納の白い手が狼に殴られ、腫れた頬にそっと触れてきた。

 腫れた頬から微かな痛みが走る。だがそんな痛みよりも真紘は結納の行動に目を見開いた。

 視線を結納の方に向けると、真紘は目をはっとさせた。

 泣いている?

 実際の結納は涙など流していない。結納は真紘の頬から手を離し、ただ口を堅く噤んだまま、じっと真紘の方を見ているだけだ。だがそのはずなのにも関わらず、真紘は結納が泣いていると思った。

 そしてそんな結納がゆっくりと口を開いた。

「兄上、お久しぶりです」

「……どういう意味でしょうか? 一条様」

 自分を兄だと呼ぶ結納に、真紘は飽く迄仕える者という立場を貫いた。そうでなければ、また自分自身の未熟さに負けてしまいそうな気がしたからだ。

 けれどそんな真紘の意地を結納が、首を振って打ち破ってくる。

「兄上、私は先ほど『お久しぶりです』と言ったのです。それはつまり、一条結納としてではなく輝崎結納としてここに居るという事です。なのでその様なお言葉使いはお止め下さい」

 やはり俺は未熟者だ。

 真紘は内心でそう思った。

 目の前で結納に言われた事を真紘は、どこか内心で喜んでいる自分の存在に気づいたからだ。

「何故、そんな事を?」

 内心で溢れる嬉しさを噛み殺して、口から出た言葉を冷静になるよう務めた。

「それは私がある事を申し伝えたかったからです。一条ではなく兄上の妹として。……兄上。私は輝崎の家から疎まれていた事は重々に承知しております。そしてその事を臆病者で愚かな私は認める事が出来ませんでした。誠に申し訳ございません」

 今にも泣き出しそうな結納に頭を下げられた真紘は、頭を強く殴られた様な気分になった。

 自分は本当に何をしている?

 一番守りたい結納にこんな形で頭を下げらせている自分は、見当違いにも程がある。

 むしろ頭を下げなくてはいけないのは自分の方だ。

「頭を下げるな。結納」

 頭を下げている結納に真紘がそう言うと、結納が顔を上げ驚いた顔をしている。

「頭を下げるべきは、この俺の方だ。俺が愚かなばかりに結納に嫌な思いばかりさせてしまっている」

 真紘は静かな声で、一条結納にではなく妹である結納に語りかける。

 自分が結納に教えなくてはならないことを。

「すまなかった。……だが、これだけは訂正させて欲しい。結納、貴様は輝崎の家から疎まれてなどいない。むしろ逆だ」

「逆とは……一体?」

 結納が未だに真紘の言っている意味が分からない様に、混乱しているのがわかった。

 まぁ、それは無理もないだろう。

 結納はずっと真紘がいる母屋ではなく、母屋から離れた離れで暮らしていた。真紘も父から離れに行くなと言われていた為、あまり結納とも会えず、結納にいたっては父である忠紘と会ったのは、結納が輝崎の家で過ごした十二年の間で、手を使って数えられるくらいだ。

 そのため、たまに会いに来る自分に対して結納は『何故、父上は自分と会いに来てくれないのか?』と訊ねてきた事があった。

 最初は真紘も忠紘の意向が読めず、結納への待遇に疑念を浮かばせていた。そのため、忠紘に訊ねてみた事もあった『何故、妹と会おうとしないのか?』と。

 だが忠紘から帰ってくるのは、いつも淡泊な答えしかなかった。

 だから真紘も最初は今の結納の様に、結納の事を父が疎ましく思っているのかと考えていた。だがそれは、まったくもって真紘と結納の邪推でしかなかった。

「言葉の通りだ、結納。結納はさっき自分を疎ましく思われていると言ったな? だがそれは違う。逆なんだ。父は結納を一条様の手から守るために、結納の存在を隠していたんだ。結納も知っているとおり、公家の中で因子を持っているのは九条様のみだ。今は九条様が帝になる権利を放棄しているとはいえ、他の公家の方々からしてみても、因子を持つ者を自分の懐に置いておきたいのは当然だ。そのため、一条様はずっと輝崎の血筋で、尚且つ因子を持った者を欲していたんだ。その為父は、俺の事には嫡男であるという名目を置いて、一条様から養子の話を出させなかったが、結納の場合はそうはならない。結納は当主になるわけでもないため、子の居ない一条様としては、この上ない条件だったんだ。だから、それを思った父は、結納の存在を隠すことにしたんだ」

「でも、そんなの一生は無理だ」

 真紘の話を聞いていた狼がそう口を開いてきた。

 確かに狼の言う通り、人、一人を一生隠すことなんて無理な事だ。そんな事は真紘にだって、そして忠紘にだって十分分かっていた事だ。だが家族を守るためには、出来るだけ外部との繋がりを絶ってでも隠すしかなかった。

「ああ、だろうな。だがそれでもすぐに養子に出す事になるよりはマシだと思ったんだろう。それに、輝崎の他にも、養子にする候補の家系はあったからな。そちらに一条様の気が向かうのを待っていたというのもある。だが、そんな父の努力も俺の未熟さの所為で、無駄になってしまったが……」

 家が奇襲を掛けられ父が死に、分家も合わせて輝崎の家が混乱している際に、結納の存在を知った一条からの申入れが輝崎の家に入って来たのだ。

 唯でさえ、当主を失ってしまった輝崎の家としては、一条との繋がりまで危うくさせるわけには行かない。

 そのため、結納を一条の養子に入れることを反対する者は誰もいなかった。

 真紘自身も自分の所為で当主不在という最悪な状況を作ってしまった。そのため、妹と離れたくないという意思を通すこと出来なかったのだ。

「それは……誠ですか?」

「ああ、本当だ」

 真紘がそう言いながら頷くと、結納が肩を震わせているのが分かった。

「何故、その事をずっと黙っていたのですが?」

「……俺の口からこれを言う資格はないと思ったからだ。どんな理由があろうと結納を家から追い出したのは、俺だ。だから……俺は」

 真紘が絞るような声を出すと、結納が手を握ってきた。

 握ってきた手の平がすごく、温かい。

 その温もりに嬉しさが込み上げてくる。真紘はずっと結納に対して後ろめたい気持ちで、ずっと結納と向き合おうとは思わなかった。そのこと自体が自分の弱さだとも気づかずに。

「兄上はずっと私の事を気にかけて下さっていたのですね。兄上、どうか私をお許しください。私は物凄く愚かな勘違いをしていました。兄上に嫌われていると同時に、こんな一条という姓を名乗っている私を護衛することは、兄上にとって嫌なお役目だろうと思っておりました」

「いや、そう思わしてしまったのは俺に非がある。結納が気にすることはない。それに……俺は結納を護衛することを嫌だとは思わない。結納が一条様の元に養子となったとき、俺は決めたんだ。家族として守れないなら、せめて仕える者として守り抜こうと。だが、俺は結納の姿を見て気づいてしまったんだ。俺がまだ結納と家族でいたいという欲がある事に。だが、当主の俺としてはそんな事を思ってはいけない。思う資格はないと、そして思いを断ち切るためただただ焦ったんだ。……その所為で皆に迷惑をかけてしまった。情けないことにな」

 真紘はそう言って、狼や自分の周りにやってきていた希沙樹たちの顔を見た。本当に久しぶりに周りをちゃんと見た気がする。

 自分はそれほどまでに余裕が無かった事を、これまでにないくらいに気づかされる。

 黙ったまま真紘が各々の顔を見ていると、希沙樹が一歩前へと自分へと近寄って来た。

「やっと、こっちを見てくれたわね」

 そう呟いた希沙樹が片方の手を広げ、そのまま真紘の頬を手で叩いた。

 予想外の事に虚を突かれた真紘は、頬にある軽い痺れに何の反応も取れない。

 希沙樹は叩いた手を抑え、真紘に険しい眼差しを向けていた。

「本当に真紘の頑固な所には、頭を抱えたくなるわ。どうして、真紘はもっと彼女を見て上げらえなかったの? 大切に思っているのなら、どんなことが合っても目を逸らすべきじゃなかった。気持ちを伝えるべきだったわ。そうすれば、もっと早く修復していたでしょう? それに私思うの。真紘は確かに彼女に後ろめたい気持ちもあったでしょうね。でも、それはほんの少しよ。本当はただ単純に真紘が彼女と話すのを怖がっていただけだわ」

 目の前にいる希沙樹は、目に涙を浮かばせながらも強気な視線で真紘を睨んで来る。

 その希沙樹の視線に、真紘は激しく後悔した。

 希沙樹の言っている事は正しい。

 自分は希沙樹の言う通り、逃げていただけかもしれない。

 結納は自分の大切な妹であるのと同時に、一条結納という存在は自分の失敗の現れだ。

 それを見たくはなかった。

 そんな自分の感情の奥底にあったどす黒い感情を希沙樹は見抜いていた。そんな希沙樹に真紘は返す言葉もない。

 だがここで希沙樹から目を離すこともできない。してはいけないと思う。真紘が黙ったまま希沙樹と視線を合わせていると、希沙樹が視線を下へと向けながら、再び口を開いた。

「真紘……私は貴方と彼女に、私と同じ思いをさせたくないの」

「……同じ思い?」

 真紘がそう訊ね返すと、希沙樹が自分の方に顔を向け頷いてきた。

「ええ。私ね、本当は五月女希沙樹じゃないの。本当の名は……榊希沙樹よ」

 希沙樹からの一言に、真紘もそして周りにいる全員が目を丸くさせる。

「榊って、もしかして……榊教官と何か関係あるの?」

 そう恐る恐る口火を開いたのは、セツナだ。

「ええ、そう。榊仁は私の実の兄よ」

 セツナへと振り返り頷いた希沙樹は笑みを浮かべていたが、それはとても複雑そうに見えて、真紘は奥歯を噛んだ。

 きっと目の前にいる希沙樹は、自分に何か言葉をかけて欲しいわけではないだろう。だからこそ、希沙樹は今の今まで何も言わなかったのだから。

「でも、私の場合はもう割り切っているから、今さら関係を良好にしようなんて考えないけど。でも、真紘たちは違うわ。二人ともお互いに気にし合っているもの。だったら、一度でも話せば済む話よ。悩む必要なんてなかったわ」

 そう言って希沙樹が拗ねた様に、顔を下の方に向けそっぽを向いた。

「……希沙樹はやはり強いな」

 真紘は素直に思った事を口にして、そっぽを向いた希沙樹の頭に手を置いた。すると、希沙樹が自然と顔を向けてきた。

「俺はそんな希沙樹を尊敬する」

 続けて真紘がそう言うと、希沙樹が小さく溜息の様な息を吐いたのが分かった。

「やっぱり、真紘は真紘ね」

 頭を上げた希沙樹にそう言われ、真紘は首を傾げた。

 そんな真紘に希沙樹が笑みを浮かべてきた。そのため真紘も自然と笑みを浮かべた。

「さっ、これで私の言いたい事は言えたし……妹さんと握手でもしたら。仲直りっていう言葉が当て嵌まるかはわからないけどね」

「ああ、そうだな」

 希沙樹の言葉に頷いて、真紘が結納に向かって手を伸ばした。そして結納も気恥ずかしそうにしながら、手を伸ばしてきた。

 伸ばされる手と手。だがその手が握手を交わすことはなかった。

 いきなり真紘がいる後側から、大量の水が真紘と前に居た結納に降り注いできたからだ。

 真紘は徐に後ろを向き、水上でジェットスキーのエンジン音を唸らせている誠を見た。

「……申し訳ありません。真紘様。先ほど正義様たちから緊急の連絡が入りました。もうすぐ日本とドイツ戦が行われるということで、選手に召集が掛かっているそうです。早くこちらに」

 誠の顔には明らかな焦りがあった。話の内容的には試合までの時間が迫っているからとも考えられるが、真紘は違うと踏んだ。

 きっと誠は、最初は本当に正義たちからの連絡が入り焦ったのだろうが、今は結納と自分の仲直りシーンを邪魔してしまったという事に、焦りを感じている。そう真紘は読んだ。

「……では、結納様。結納様は私のジェットスキーの後方席にお乗りください」

 真紘は焦燥感からの失態だとは理解はしているが、やはり腑に落ちず誠を見ていると、誠は真紘からの視線から反らすようにそそくさと結納の手を取り、ジェットスキーへと誘導し始めた。

 真紘の近くに居た希沙樹は手を口に当て哀れんだ表情を作っていた。

 結納は誠に誘導されるまま、びしょ濡れのままジェットスキーへと乗せられている。

 だが結納を連れてジェットスキーに乗り込んだ誠に、結納が耳元で何かを言ったのが見えた。そして結納に耳打ちされた誠は、見るからに肩を落としている。

 真紘はそんな誠たちから視線を外し、濡れた服の端を絞っている狼へと視線を向けた。

「黒樹……俺は今回の事は謝らないぞ」

 真紘がそう言うと、狼がコクン頷いてきた。

「うん。僕も謝らない」

「では、会場まで飛ばずぞ? 皆も良いな?」

 真紘がそう言うと、皆からの異論もなく頷いた。

 そしてすぐさま真紘たちは、因子を身体へと流し試合会場へと足を走らせた。

 試合会場へと向かう途中、真紘は自分の身体が先ほどよりも軽くなっているような気がした。


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