登場
だが狼の手からイザナギが吹き飛ばされた時に、真紘へと狼が放った白い斬撃が真紘の持つイザナミを吹き飛ばしていた。
お互いにBRVを吹き飛ばされ人工島の地面へと着地した二人は、海へと吹き飛ばされたBRVを構うことなくお互いに向かって行く。
狼が真紘へと拳を伸ばし、真紘もまた狼に拳を伸ばす。
お互いに相手の頬を拳で殴打する。
「いい加減、自分が結納ちゃんへの間違いを認めろよ!」
狼がそう言いながら、真紘の鳩尾に殴る。
「ぐっ、俺は何も間違っていない」
今度は真紘からの拳が狼の顎先を強打してきた。
狼は顎先に強い衝撃を受けたせいで、目がチカチカと明滅する。だがそれでも狼は真紘に掴みかかった。
「間違ってるだろ。別に結納ちゃんが望んだわけでもないのに、いきなり公家の方に養子に出して、そうしたと思ったら今度は慕ってる兄からは、他人行儀に扱われるんだぞ? これのどこが間違ってないって言うんだよ?」
「それは輝崎の当主として、当然の事をしたまでだ」
「当主として当然って……それじゃあ結納ちゃんの気持ちはどうでもいいのかよ?」
「そうじゃない!」
真紘がそう叫びながら狼を殴り倒して、顔面を数回殴ってきた。狼は自分に馬乗りとなった真紘へと思いっきり頭突きを食らわせ、よろめいた真紘へと殴り返す。
「そうじゃないって言うけど、真紘は本当に結納ちゃんがこの形を求めてたと思うのか? 違うだろ? 結納ちゃんが本当に求めてたのは、普通に喧嘩したり、笑い合ったり、助け合ったりする家族なんだ。別にただ守って欲しいわけじゃない」
狼が真紘の胸倉を掴み、睨む。
「そんなのは黒樹の基準だ。その基準を他の家にまで押し付けるな。それにその基準を一番求めてるのは結納ではなく、貴様の方だろ」
「どういう意味だよ!?」
真紘の胸倉を掴む手に力が入る。
頭の中で真紘とこんな言い合いをしてしまった事を、狼は激しく後悔した。
真紘は狼が見て見ぬフリをしている事を知っている。前々から真紘は自分に興味を持っていて、ふとした瞬間に狼の過去を突いてくる。
そんな真紘の事が嫌で、嫌で仕方ない。
「俺に黒樹は言ったな? 結納の気持ちを理解していないと。だが、黒樹貴様だって、自分の気持ちを、理想を黒樹が家族だと思っている二人に押し付けているだけで、本当の所は理解なんてしていないんじゃないか? だったら、俺に偉そうに説教など言えないだろ。いや、違うな。貴様は結納が望んでいるという、こじ付けで自分の理想を俺に押し付けようとしているんだ!」
怒鳴りながら自分を殴ってくる狼の拳を、真紘が手で止めてきた。
「違う!」
「図星だろ?」
「違うって言ってるだろ!」
狼は真紘の胸倉を掴んでいた腕で真紘の頬を殴る。
すると真紘も狼に向かって、殴り返してきた。
殴られたら殴り返す。
そんなやり取りを狼と真紘が繰り返していく。繰り返しながら二人の感情の吐露も激化する。
「真紘は当主としての威厳を保てれば、家族の事なんてどうでも良いんだ! そんな真紘を尊敬してる結納ちゃんは可哀想だ!」
「可哀想だと!? 黒樹に俺の何がわかる?」
「知るか。真紘が話さないんだから本当の事なんて知るはずがない。でも今の真紘を見てる限り家族としては……最低だ!」
「貴様にそれを言われる筋合いはない。俺は俺なりのやり方で結納を守ろうとしただけだ!」
「守る? 他の家に養子に出すことが守ることになるのかよ?」
「黒樹に分かってもらおうとは思っていない」
「見事に男同士の殴り合いだね」
ふーっとした息を吐きながら、鳩子がそう漏らした。
狼と真紘は海に沿った場所で殴り合いをしている。
「もはやこれ、ただの喧嘩じゃない? なんか言い合ってるし。あはっ、マジ無意味」
「確かに。二人は知らないといっても、結納ちゃんは無事助けられたみたいだし」
根津はそう言いながら、二人が殴り合っている姿へと視線を移す。
見る限り二人とも因子を使っている様子はない。本当にただの殴り合いをしている感じだ。
本人たちも感情任せに殴りあっているだけで、最初の目的を忘れている気さえする。
「オオちゃんが、誰かを殴ってる所初めて見た……」
根津の隣にいる小世美が他人の事を殴る狼を見て、本気で驚いている様子だ。根津自身、狼がこれまでに戦ってきた姿は見た事があるが、こんな風にムキになって人を殴るというのは狼のイメージと似合ってない。
根津が持つ狼のイメージは、主婦みたいに小言みたいな文句を言う事はあっても、他人に手を上げることはない。
その狼が今真紘と殴り合いの喧嘩をしている。
これは小世美じゃなくとも驚く光景だろう。
「でもある意味、真紘にとってはいい刺激になったかもしれないわね。こんな風に真紘が喧嘩する事なかったもの」
希沙樹が妙に落ち着いた視線で真紘と狼の殴り合いを見ている。それだけでさっきの言葉が本心だという事がわかる。
「でも本当にあんな殴り合いしながら、何言い合ってるんだろう?」
セツナが少し心配そうにそう呟いている。
「確かに。何かを言い合っているのは分かるけど、内容までは聞き取れないもんね。地味にじれったいね」
そう言う鳩子の遠くでは、狼と真紘がまだ大きい声で怒声を浴びせ合っているのが聞こえた。
「今これだけ殴り合ってるけど、いいの? この後ドイツと試合なんでしょ?」
「その事完全に忘れてるよね。あの様子だと」
アクレシアとマルガがボコボコに殴り合っている狼と真紘を見ながら、呆れた様子だ。
「これで、ドイツ戦に響いたら九条会長とかに怒鳴られそうじゃない?」
「あはっ。それ完全にあり得るよね。今度は狼くんが会場内で怒鳴られたりして……」
「うわっ、それすごいあり得る」
マルガが手を頬に当てながら、慌てた様な仕草を見せている。
根津も頭の中で、綾芽に怒鳴られる狼と真紘の姿を思い浮かべた。
もし、そうなったら真紘だけでなく狼も試合に出られないという、とんでもない光景が想像出来た。
その光景にさーっと青ざめさせた根津の耳に、何か機械のエンジンが唸る様な音が聞こえた。それは根津だけではないらしく、名莉たちも音に反応して、周りをキョロキョロとしている。
「ねぇ、これ何の音?」
「さぁ」
セツナとアクレシアそう首を傾げている。
エンジン音はこちらに向かって来ているのか、どんどん音が大きくなって耳に届く。
「音の正体って、あれじゃない?」
鳩子が指指したのは、水飛沫を上げる二台のジェットスキーが近づいて来るのが見える。
水飛沫を上げるジェットスキーを左京と誠が運転していて、左京の後ろには誘拐された結納が乗っているのが見える。
「まーひーろーさーまー!!」
ジョットスキーを運転している左京がスピードを緩めることなく、狼と真紘の元に向かって行くのが見えた。




