衝突
数が多いな。
そう思いながら左京は自分たちへと向かって来る、トゥレイターの戦闘員と戦っていた。
左京の後ろには、自分の後を付けてきたらしいセツナたちがいる。
左京たちがいる場所は、周りを海で囲まれ、工業施設などが建ち並ぶ人工島だ。休日というのもあってか、工業施設で働いている従業員などの姿は見えない。その事に少しの有り難さを感じながら、左京は自分たちを待ち伏せしていたトゥレイターの戦闘員を睨む。
「左京、今の時点で結納様がいる地点は分かっているか?」
「ああ、勿論だ。だがこのままここで足止めされていたらまずい」
左京は自分に向かって来る戦闘員の顔面にひじ打ちを食らわしながら、隣で自分と同じように戦闘員を蹴り飛ばず誠へと答えた。
今左京たちを取り囲んでいる戦闘員は軍事式訓練を受けただけの、戦闘員だろう。つまり左京たちの用に因子は持っていない。そのため、相手を倒すことにそんなに苦労はかからないが、数が多い。今いるだけで、ざっと100人単位はいる。
左京は後ろから襲いかかってきた男の腕を掴んで背負い、地面へと投げ飛ばす。
「一人一人相手にはしていられないな」
左京は戦闘員の数の多さに少し、じれったさを感じ奥歯を噛んだ。
左京が最初に結納が誘拐された事に気づいたのは、真紘の様子を見に行った後、結納がいる特別室へと足を運んでいる途中だ。左京が結納のいる特別室へと向かっている途中で結納の護衛についていたSPたちが廊下で倒れているのを発見したのだが、肝心の結納の姿がどこにも見あたらない事に気づいた。左京が焦りながら辺りを見回していると、倒れていたSPの中にうっすらと意識がある者を見つけ、結納が一人の男に連れ去られたと聞いたのだ。
すぐさま左京は医療班を呼び、結納の追跡を開始した。左京はまだ空気の中に微かに混じった結納の因子の気配を辿りながら追跡を開始したのだが、その途中、結納以外の因子の気配を感じ取ったのだ。
その気配は左京がよく知る因子の気配で、すぐに左京は誰が結納を誘拐したのかを判明させた。
「佐々倉、結納様を連れ去ったのは、紛れもない右京だ」
左京が因子を体内から放出した衝撃を利用し、周りにいた複数の戦闘員を吹き飛ばしながら、そう断言した。
そんな左京の言葉に、誠が驚いた表情をしているのが見える。
「……右京の気配があったのか?」
誠の質問に左京は無言で首を縦に動かした。
「私が右京の因子の気配を感じた後で、結納様の因子の気配がなくなった。きっとせっかく誘拐した者を簡単に殺すはずはないから、気絶でもさせたのだろうな。追跡されないように。だが、それは私が右京の因子の気配に気づいた後だったから、無意味ではあったがな。右京は私の半身。使う技自体は私とは異なる者を使っているが、大体の因子の性質は私と一緒なんだ。だから、距離が相当離れていない限り、情報操作士なしで右京を追跡するのは可能だ。まっ、双子の特権ってものだ」
「そうか。では先ほど、このままではまずいと言っていたが、それは距離的問題でか?」
「ああ、そうだ。今はまだ感じ取れなくなっていないから、まだ近くにはいるかもしれないが、いつ距離が離れてしまうかわからない」
左京と誠がそんな話をしていると、後ろから大きな炎が上がった。
「左京さん、誠さん、少し上に跳んでください!」
後ろにいたセツナが叫び終わる前に、左京と誠は既に真上へと跳躍をしていた。
左京の真下には、セツナが剣舞をしながら、自身の放った炎を辺りへと弾き飛ばしながら、敵を牽制しているのが見える。
「ヘルツベルト様、申し訳ありませんがこの場は貴女方にお任せ致します。私と佐々倉はこのまま結納様を誘拐した者を追います」
「あ、わかりました。気を付けて」
剣舞を続けているセツナの返事を聞き、左京は少し離れた場所から感じる右京の因子の気配がする方に視線を向けた。
「行くぞ。佐々倉」
「ああ、わかった」
今度こそ、右京を止める。
これは蔵前の者としての建前ではない。もうこれ以上自分の手が届かない所に行ってほしくないという家族としての意志だ。
狼たちがセツナたちの場所へと辿り着いたときには、セツナたちがトゥレイターの戦闘員である敵を一通り片付けた終わった時だった。
狼が小世美を腕から降ろし、辺りを見回すと気絶したトゥレイターの戦闘員が倒れ込んでいる。
狼がセツナたちの元に近づくと、サーベルの刃を鞘に納めているセツナと、少し疲労の色を見せるアクレシアとマルガが狼たちへと顔を向いてきた。
「あ、みんな!」
「急いで来たつもりなんだけど、ここらへんはもうセツナたちが片付けちゃったみたいね……」
根津が辺りに倒れている戦闘員に目を向けながら、残念そうな息を吐いた。
「うん。人数事態は多かったんだけど、因子を持ってるってわけじゃなかったから、あたしたちだけで何とか出来たの。でも……、まだ誘拐された方はまだ救出が出来たってわけじゃないから喜んでいられないけど」
セツナが眉を下げながら、そう言った。
そしてそんなセツナの言葉を聞いてか、セツナの横を通り過ぎ倒れている戦闘員の片膝を着きながら、胸倉を掴んだ。
「ちょっと、真紘何してるんだよ!?」
「決まっている。この者たちから一条様の居場所を訊きだす」
「なっ、やめろよ。その人たちは気絶してるんだ」
狼が慌てて真紘の腕を掴み、気絶している戦闘員の胸倉を掴んで叩き起こそうとしているのを止めに入る。
「止めるなっ!」
そう言って、真紘が思いっきり狼の腕を振り払ってきた。
「止めるなって、止めるに決まってるだろ!」
「何故だ? この者たちがこうなったのも自業自得だ。本当ならば一条様の誘拐に関与したとして、命を取られても文句は言えないくらいだ」
真紘が狼を怒鳴りながら、睨みつけてくる。
だが、狼もここで引き下がるわけには行かない。
「いい加減にしろよ! 確かに一条様が誘拐されて焦ってるのは分かるけど、こんなのは違う。今の真紘のやり方は間違ってる」
「偉そうな事を言うな! 俺は黒樹、貴様に何も言われても一刻も早く一条様を助け出す。その為には、この者たちがどうなろうと関係ない」
そう言って、真紘がイザナミを取り出すと気絶している戦闘員の首元に刃を向け始めた。
「だからやめろって、言ってるだろ!!」
狼は思わず真紘のイザナミを掴み止める。イザナミの刃で斬れた手の平からは、血が溢れ出し、イザナミの血抜き線から地面へと滴り落ちている。
「離せ!」
「離せるわけないだろ!」
そう叫びながら狼は、イザナミの刃を掴んだまま真紘と睨み合う。すると、真紘が辟易とした息を吐き出した。
「狼! 早くイザナミから手を離して!」
悲鳴にも近い叫び声でそう言ったのは、名莉だ。
その声に狼が直感的に反応し、手を離した瞬間。
イザナミの刀身が紅く染まるのと同時に、物凄い勢いの風が狼を名莉たちが立っている場所へと吹き飛ばした。
「ぐっ」
勢いよく飛ばされ、地面に転がった狼が短く呻き声を漏らす。もし、あのまま名莉に叫んでもらえなかったら、間違いなく狼の腕は身体から千切り取られていただろう。
それを考えると、狼の背筋に冷たい悪寒が走る。
そしてその瞬間、先ほど季凛が言っていた“真紘と戦う事になる”という言葉が頭の中に浮かんできた。まさか、こんなに早く実現してしまうとは思わなかった。もしかしたら、季凛は何となく、こうなる事を予想していたのかもしれない。
そしてその予想が見事当たってしまった。そこにやるせなさを狼は感じる。だからといって、このまま真紘の行動を見過ごすわけにはいかない。
「オオちゃん」
小世美が顔を口に手を押し当てながら、青ざめているのが分かる。小世美を心配させたくはないが、身体に走る痛みで顔を歪ませてしまう。
試合の時の様に、因子を身体に流しているわけでもなかったため、吹き飛ばされ地面に叩きつけられただけでも、かなりのダメージになってしまった。
「マヒロ、どうしたの!? ロウを吹き飛ばすなんて……。こんなの友達にすることじゃない!」
セツナがそう真紘に叫ぶが、真紘は一向にこちらを見る気配もない。
狼は身体に因子を流し込みながら、ダメージが激しい所の痛みを緩和させながら、起き上がり真紘へと向く。
だがやはり、真紘はそんな狼の事すら見向きもせず、戦闘員の腕に真上から刃を突き立てた。
突き立てられた戦闘員が身体を震わせ、一気に目を見開き、刃が突き刺さった腕を見ながら悲鳴を上げている。
そんな衝撃的な光景を見ながら狼は身体に走る痛みも忘れ、手にはイザナギを復元し真紘へと突貫していた。
「はああああああああああああああああああ」
狼が雄叫びを上げて、真紘へとイザナギを振り下ろす。だが真紘がそれをすんなりと、戦闘員の腕から外したイザナミで受け止め、弾き返す。
だがそれでも、狼は弾き返されたイザナギを切り返し、真紘へと斬り込む。
因子を流しながらの斬り込みを真紘は、身体を逸らしながら躱し、その瞬間に狼の懐へと素早く入って来た。
まずい。
狼は瞬間的に、後ろへと跳躍し真紘の刃から逃れる。だが狼が後ろへと後退するよりも早く真紘が刺突せんと狼との距離を詰めてきた。
狼は自分の眼前へと向かって来る刃先をイザナギの刀身を盾の様に構え防ぐが、次の瞬間には、真紘の蹴りが狼の胴へと食い込んできた。
再び蹴り飛ばされそうになった狼だが、不意打ちで吹き飛ばされたほどではない。狼はすぐに体制を整え、足裏で思いっきり地面を蹴る。
そしてそれは真紘も一緒だった。
狼と真紘がお互いに向かって、猛進する。
「やぁあっ」
「はぁあっ」
狼と真紘の掛け声が重なり、そのまま衝突が起きた。狼が持つイザナギから放たれる因子と真紘が持つイザナミから放たれる因子の余波が爆発を起こし、二人の姿が炎と爆風に呑まれ、周りにいる名莉たちからは見えなくなってしまった。
「狼……」
名莉の声が口からも漏れた瞬間、目の前の海から勢いよく水飛沫と共に、水柱が立った。
その水柱から真紘と狼が飛び出し、人工島の地面へと落下しながら打ち合いを始めている。




