未熟者
ホルシアが鋼で出来た馬に飛び乗り、馬の上で剣を構えると鋼で出来た何十体と言う兵士もホルシアに合わせて各々の剣や槍を構えて、狼たちへと向かって来た。
「こんなのアリ?」
圧巻という言葉が当て嵌まってしまうような、軍勢に狼は思わず息を呑んだ。
「ほれ、黒樹。呆けている場合ではない。戦に行くぞ!」
綾芽に喝を入れられ、狼も慌てて意識を集中させる。
「條逢からの情報によると、あの兵士たちの数はざっと五十だそうです。ですが、その間に、他のフランス勢が仕掛けてくるでしょう」
狼と綾芽の耳元に、慶吾を介しての周の言葉が聞こえてくる。
狼は目の前に散らばる鋼の兵士とその兵士たちの中央奥にいるであろうホルシアや他の選手を捉えようと視力を強化し目を凝らすが、中々その姿を捉える事が儘ならない。
それほど、ホルシアが作りだした兵士がグランド中にひしめき合っている。
これは、とことん目の前で人壁のようになっている、鋼の兵士を薙ぎ払っていくしかない。
狼は再び因子をイザナギへと流し込み、グランド内を疾走した。
狼たちがフランスとの試合をやっている間、真紘は医務室のベッドの上で目を覚ましていた。
ぼやっとした真紘の聴覚に、部屋に取り付けられた試合観戦用のモニターから、凄まじい衝突音と観客たちの歓声が聞こえてくる。
「俺は・・・」
そう呟きながら、真紘は冷静に状況を把握しようと頭を横に向けると、モニターの前で座っていた棗と目が合った。
「あ、起きた」
棗がいつもの淡々とした口調でそう言いながら、真紘の方へと身体を向けてきた。
「何故、ここに棗が?一人か?」
未だにぼやっとした意識のまま、真紘が棗に訊ねると棗が一回肩を上下させた。
「いや、俺一人ってわけじゃないよ。さっきまで陽向と正義もここにいたけど、今昼ご飯買いに行ってる。それと俺らがここにいるのは、ここにいる分担になったから」
「分担?」
「そう。最初は希沙樹とデンの蜂須賀が居るって言ってたんだけど、そこで醜い争いが起きちゃって。だから、俺たちがここに居ることになったわけ」
「醜い争い?・・・少しよく分からないが、何故分担にする必要があったんだ?」
いまいち状況が把握しきれない真紘が眉を潜めると、棗がうーんと唸りながら、何かを考え始めた。
「どうやって説明すればいいのかな?・・・地味に難しいな。うーん。・・・まぁ、簡単に言うと仲間集めと情報収集してる」
「そうか、と言いたい所だが、すまない。よく理解できなかった」
「まぁ、そりゃあそうだ。まっ、深くは考えない方が良いね。・・・それより、真紘は自分がどうしてここに居るか分かってる?」
棗にそう言われ、真紘は静かに頷いた。
「ああ、わかってる」
自分がここに居る理由。
それは紛れもなく自分がフィデリオに負けた事を意味している。その為か真紘は強く握り拳を握った。
負けたくなかった。いや、負けるべきではなかった。傍から見ればあの戦いは無意味に見えた事だろう。だが当の本人たちからしてみれば、無意味な戦いではなかった。
真紘自体、フィデリオが自分と刃を交える事にどのような意味を持っていたのかは分からないが、真紘にとってあの戦いは自分の意志を肯定する為の物だった。
あの時フィデリオは、言っていた大切な物を失いたくないから、戦うのだと。
フィデリオが吐露していた言葉は、誰もが持っている思いだ。人は大切な物を失わない為に何かしらと戦う。何と戦うかは人それぞれだろう。そんな事は真紘にだって理解している。
だがそんな思いは時として捨てなければならない事だってある。
自分の感情を殺してでも、断ち切らなければならない時がある。
真紘はそれを痛いほど噛み締めた。
だからこそ、あの戦いは真紘にとって、負けるべきではなかったのだ。
「まっ、ちゃんとわかってるなら良いけどさ。最初にここで真紘に付き添ってたの、誰だと思う?」
黙ったままの真紘に棗が徐に訊ねてきた。
「真紘が聞いたら驚くと思うよ」
「何故だ?」
「俺も驚いたんだけど、俺たちが最初にここに来るまで付き添ってたのは、黒樹と公家の一条様だよ」
棗の言葉に、真紘は思わず目を見開いた。
妙に心拍数が上がっているのが分かる。
そのため真紘は自分の顔を窺う棗から逃れる様に、真紘は棗から顔を背けた。
「珍しいね。真紘が人の視線から顔を背けるの」
棗からの鋭い言葉に、真紘は狼狽した。
「何か知ってるのか?」
「知ってるって?」
「いや、別にいい。気にするな」
真紘は棗にそう言うと、気持ちを静めるように黙った。
こんな事で気を散らせてしまうとは、自分でも情けないと感じる。そしてそれを周囲に感じさせてしまう程、今の自分は醜態を晒しているのだろう。
そしてそれに気づいたと同時に、自分は何一つ捨て切れていなかったという事を思い知らされた。
俺は、あの時から何一つ成長出来ていない。
出来ていたのなら、この様な醜態を晒すことにはならなかったはずだ。
「あのさ、真紘。俺はこれ以上何も聞かないけど、真紘は自分を下に見過ぎてると思うよ」
「そうか」
真紘が頷くと、棗は短く息を吐き、試合が映し出されているモニターの方に向き直った。これ以上聞かないという言葉は本当だったらしい。そうして貰えた事は真紘にとっても、とても有り難く思えた。
それに真紘は短く棗に返事を返したが、やはり真紘はその言葉を素直に受け取る気にはまだ、なれない。
棗は真紘に自分を下に見過ぎるなと言うが、真紘はどうしても自分を過信することが出来ないからだ。
憧れを抱いた父は、真紘の弱さの所為で亡くなった。
真紘は父である忠紘がトゥレイターに奇襲を掛けられた場面に居合わせていた。その時は暗闇で奇襲を仕掛けてきた相手が何者かは分からなかったが、自分や父に対して殺意を向けている事はわかった。そしてその時真紘は初めて他人からの殺意を浴びせられた。それと同時に今までに感じた事のない恐怖を覚えたのも、記憶している。
その記憶の中で、何度も忠紘から「逃げろ!」と叫ばれた。だが真紘は恐怖の余り足元が竦み動けなかった。
そしてそんな自分を庇ったが為に忠紘は、隙を見られ殺された。
自分があの時、恐怖に足を竦ませなければ父が死ぬことも、結納が公家に行かされることもはかったはずなのに。
父が必死で守っていた物を、己の未熟さ故に守れなかった。
真紘にとってそれは、拭うことのできない失態だ。
だがそれをいつまでも悔やむことはしないと、自分に言い聞かせてきた。これが自分の選んだ選択だと。
「やはり、俺は未熟者だな・・・」
真紘は棗に聞こえない程度にぼそりと呟いた。
そして棗が視線を向けている試合では、今もなお火花と火花が飛び交っていた。
狼たちはホルシアの操る鋼の兵士たちを、確実に破壊しながらフランス陣地へと突き進んでいた。その中で、鋼の兵を狼たちへと任せた綾芽が大将であるホルシアへと肉薄して行く。綾芽は動き難いと感じたのか、選手着であるキャリアスカートの横を大きく裂き、ホルシアへと肉薄した綾芽がホルシアの顔面を横蹴りする。
その横蹴りをホルシアが可変式ソードで薙ぎ払うと
「やぁあっ!」
馬を駆るホルシアが綾芽へと剣を振り払う。ホルシアが振り下ろした剣を綾芽が受け止めるが、ホルシアの斬撃の重さが、綾芽を介し鋼の地面を振動させる。そのため、強烈な金属音が試合会場であるアリーナ中に木霊している。
「うわぁ」
その強烈な音に狼も思わず耳を塞いだ。
だがそれを近くで聞いたはずの綾芽は、音など聞いていなかった様に綾芽が地面を蹴り、真上から馬に乗るホルシアへと貫手を繰り出す。
綾芽の貫手をホルシアが可変式BRVをシールドに変え、それを防ぐが綾芽の攻撃は治まらない。圧撃となった貫手がホルシアの盾とぶつかり火花が散る。そこに綾芽が身体を捻らせ、蹴りを左右から連続的に繰り出し、ホルシアを馬の上から外部へと吹き飛ばした。
「ホルシアッ!」
デエスからの悲鳴にも似た叫び声でホルシアを呼ぶ。
ホルシアからの返事がない代わりに、ホルシアが飛ばされた方向から熱線となった斬撃が綾芽へと向かって放たれる。
狼はその熱線の前へと立ち、イザナギを一振りしその熱線を二分する。
二又に別れた熱線が狼の一振りでV字に開き、鋼のグランドを黒く焦し、焦げた様な臭いが狼の鼻にも伝わってきた。
そしてそんな狼の横を綾芽が駆け抜ける。
その綾芽の前には、手で血を拭いこちらを威嚇するホルシアが剣を構え立っていた。
「我がフランスに勝利を!」
そしてホルシアが高らかに声を上げ、可変式ソードに因子を降り注ぐ。
可変式ソードがホルシアの因子の熱を受け、新たに姿を変え始めた。そして狼の後ろで周や柾三郎たちの足止めをしていた鋼の馬や兵士たちが、再びただと鋼と変化すると、そのままホルシアの可変式BRVへと収集されていく。
自身の技を解除し変化させたBRVの形は突撃槍。
そして静かに槍の穂先を綾芽へと向け・・・
「Disparaissez(消え失せろ)」
可変錬金 ル カッスール
ホルシアが突撃槍を前へと突き出し、そこから凄まじい威力の衝撃波を向かって来る綾芽へと放った。ホルシアの放つ衝撃波が、凄まじい威力で地面を破壊する。
だがその衝撃波に向かって、綾芽が手刀を放つ。
帝血神技 示現破刀
爆発、爆風、爆音。
ホルシアと綾芽の攻撃が重なり合い、潰し合う。それでも二つの因子が暴れ狂い、勢いを殺すことはない。
だがホルシアと綾芽は自分が放った技に固執せず、お互いに距離を詰めぶつかり合っていた。
ホルシアの槍が綾芽の肩を掠め、綾芽の蹴りがホルシアの顎先を撫でて行く。
連突、連打を繰り返す二人の戦いで漏れ出す因子が、グランド内に飛び散り、その戦いの激しさを物語る。
一方で周はネージュとの水対砂の攻防を続けていた。
周の周りには砂塵が舞い、ネージュはアーチュリーを構え、水矢で周を打ち抜く姿勢を取っている。
ここに来るまでに幾度も攻防戦を繰り返してた二人の顔には、疲労の色が濃くなっている。息も上がり、顔には汗が浮かぶ。
「アンタを次で仕留めさせて貰うから」
不敵に笑うネージュのBRVがデエスの聖歌を受け、光り始める。そしてそのままネージュが矢先の照準を周の頭へと合わせ、水矢を放つ。
「確かに。今の状況ではこちらが不利だろうな。貴方のBRVは、彼女の歌により強化されているし、こちらのBRVにそちらの情報操作士からジャミングを受けている為、思うように技も放てない。でも、だからと言ってそれが敗北にはならない。・・・・こちらの方が人の数では勝っているからね」
渦を巻く様にネージュの放った水矢が回転しながら、周へと向かって行く。今の周の周りにある砂の量ではこれを防ぐ事は出来ないだろう。
だからこそ周は一人で戦う事に執着はしない。
これは一対一の試合ではなく、団体戦だからだ。
「あの鬱陶しい兵士どもが消えたからな、動きやすくなった」
だからこそ、周の眼前へと向かって来た水矢を柾三郎の黒い霧が呑みこむ。
「なにをっ」
ネージュが再び水矢を放とうと、BRVに因子を流す。
だがいくらネージュが自身のBRVに因子を流すがまったくと言って良いほど、ネージュのBRVは反応しない。
「どうして?デエスの因子で強化されているはずなのに」
ネージュが動揺を漏らす。
そんなネージの動揺に周が返答する様に口を開いた。
「こちらにも、とても優秀な情報操作士がいるからな。貴方のBRVの因子回路を全て遮断してもらったよ」
「全てを切断だと?そんな事できるはずがない!」
ネージュが言うように、いくらBRV内の電子経路システムにアクセスできる情報操作士といえど、BRVを動かすために必要な因子経路にジャミングなどは出来るとしても、因子経路を切断するということは絶対に出来ない。
その原因の一つはBRV内の因子経路は他のどの箇所よりも特殊構造で複雑に出来ているという事もあり、そのため世界中にいるBRVの研究者や情報操作士がどんなに因子経路の構造を解明しようと尽力をつくしても、全てを解明する事ができていないからだ。
それにも関わらず、慶吾がこんな偉業を成しえたのは、彼が紛れもない天才だとしか言いようがない。
「だから言っただろう?こちらの情報操作士はとても優秀だと」
周がそう言って、慶吾のおかげでギーのジャミングから逃れられた自身のBRVに因子を流し、砂の密度を高める。
砂陣攻守技 砂蛇
大きな大蛇となった砂の塊は一気に、技を放てないネージュをフランス陣地側の壁へと吹き飛ばした。
「貴様の勝利への道がまた遠のいてしまったな。さて、どうする?」
自分と戦っているホルシアに綾芽が嘲笑うかのように、目を細めた。
綾芽の拳打がホルシアの身体に圧撃を加え、ホルシアの刺突が綾芽の身体に斬撃を刻む。
綾芽の身体からは血が滴り落ち、内部破壊をされたホルシアが口から血を吐き出す。
「遠のいただと?ふざけたことを言うな。勝利の道はまだ続いている。そう私が貴様たちを倒せば良いのだからなっ!」
声を張り上げたホルシアが綾芽に突撃槍から衝撃波を放ち、綾芽を後ろへ後退させる。
「そうか。貴様は飽く迄、別の手段を使わずして、妾達に勝つと・・・その考えは気に入った。だがな・・・」
綾芽が言葉を切り、瞬時にホルシアの元に近づくと首元を掴みホルシアを宙へと浮かせた。
「もう、飽きたのだ」
そう言って綾芽がホルシアの首元を掴む手に力を加える。
「かはっ」
首を絞められ、呼吸が乱れるホルシアはそれでも必死に綾芽へと抵抗を見せるが、まったくと言って良いほど綾芽は動じていない。
そしてそのまま、綾芽はホルシアを真上へと放り投げ、自身も天井の方へと飛ばされたホルシアを追うように、地面を蹴り真上へと跳んだ。
綾芽は自分が投げ飛ばしたホルシアを追い抜くと踵を上げ、そのままホルシアの背中に勢いよく踵を落とした。
宙で綾芽に踵落としをされたホルシアはなす術もなく、地面へと叩きつけられ、その直後に柾三郎がクナイでフランス陣地にあるフラグを切り落とした。




