招待状
早朝、イレブンスは自然と目が覚めた。
真正面ではマイアが未だに自分の手を握りながら寝息を立てていた。
そのため、起き上がろうにも起き上がれない。
まさか、コイツと一緒のベッドで寝る日が来るとはな。
想像もしていなかった事なだけに、現実感が薄い。
最初会ったときは、マイアがイレブンスに対して敵意剥き出しだったし、まったくと言っていい程、関わっても来なかったからだ。
やっぱり、あの時ヴァレンティーネを取らない宣言が効いたのか?
イレブンスがそんな事を思っていると、マイアの手がピクリと動き、そして静かに目を覚ました。
「おまえも起きたか?」
「ああ。・・・私もあの後すぐに寝てしまったんだな」
そう言って、マイアがむくりと起き上った。
「まぁな。でも、そのおかげで疲れ取れただろ?」
「そうだな。貴様のおかげだ、感謝する」
「別に感謝されるような事してない」
イレブンスが上半身を起こしマイアにそう言うと、マイアが軽く首を横に振った。
「いいや。貴様が手を握ってくれていたおかげで、寝れた。だから感謝するに決まっている」
穏やかな表情でマイアにそう言われ、イレブンスは妙に気恥ずかしくなった。
今思えば、手を繋いぎながら寝るなんて、幼少の頃くらいにしかない。
それをまさかこんな年齢になって、やるとは思わなかったし、目の前で自分に感謝を伝えてきたマイアの屈託のない態度が、イレブンスの気恥ずかしさに拍車をかけた。
そんな気恥ずかしさを隠すために、イレブンスがベッドから起き上がり
「そういえば、フィフスたちに連絡いれないとな。仮装舞踏会に行くまでに落ち合う場所とか」
そう言うと、マイアが頷いて
「そうだな」
と答えてきた。
それからすぐに、フィフスたちに連絡を入れる。それからワジェンキ公園のショパン記念碑の前で落ち合う事になり、イレブンスとマイアは軽い朝食を済ませて、ホテルを出た。
それからワジェンキ公園に向かって新世界通りを歩いて行く。
朝のワルシャワ市街は、清々しいほど晴れていて、過ごしやすい。
待ち合わせの時間まで、余裕があるためのんびりとした足どりで、公園まで向かう。
「不思議なもんだな」
歩きながらイレブンスが隣を歩くマイアに向かって、呟いた。
「何がだ?」
「いや、こんな所を呑気に歩いているのが。最近、こんな時間にこんなゆっくり歩いた事なかっただろ?だから、何か不思議な感じがする」
そう言いながら、イレブンスは内心で驚いていた。
これから何が起きるか分からないが、大変な事になるのは想像ができる。それにも関わらず、こんなのんびりとした時間を過ごしている。
つまり、それくらい気分が落ち着いているという事だ。
「確かに。言われてみれば私も、こういう何もない時間は久しぶりかもしれない。・・・本当に不思議だな。こんな私にとっても、貴様にとっても何の親しみもない土地で、こんな時間を過ごすというのは」
「そうだな」
イレブンスはマイアの言葉に同意しながら、真っ直ぐの道を歩き続ける。するとやがて、豊かな緑が見え始めてきた。
朝にも関わらず、ちらほらと市民の姿が見える。
そしてウヤズドフスキ大通りに面した門を抜けると正面にショパンの像が見え、その前にフィフス、エイス、テンスの三人が待っていた。
「もう着いてたのか?早いな」
自分たちより早く来ていた三人に、イレブンスは肩を竦めた。
「テンスが歩くの速かった」
「そうそう。時間なら余裕があるから、急がなくても良いって言ったんだけど、テンスが歩く速度を落とさなかったんだ」
エイスとフェイスが呆れたように、そう言うとテンスが溜息を吐いた。
「自分ら分かってないな。あの速度は普通やで?つまり、俺が速いんじゃなくて、二人が遅いだけや」
「普通って言う割には、早く着きすぎたじゃないか」
「それは、たまたまや・・・・いでで、いきなり何すんねん?」
フィフスの鋭い反論に、テンスがそっぽを向いて答えた。そしてそのテンスの頬をエイスが少し眠たそうな顔をしながら、指でつねっている。
「なんとなく」
エイスがそう答えながら、さらにつねる力を強めたのか、テンスが痛そうに暴れている。
「それで、これからどうする?」
テンスとエイスのやり取りを無視して、イレブンスがフィフスに訊ねた。連絡を取ったのはイレブンスたちだが、時間と場所を指定したのはフィフスだ。
「まっ、仮面舞踏会だからそれに合ったドレスコードを揃えないといけないだろ?それにその舞踏会に入るためには、招待状が必要になる。だから、その招待状を貰うためにも、ある人物に会いに行かないといけないんだ。その人物は時間にうるさいからな。念のため、早めに集まらせてもらった」
「なるほどな。さすが各国のお偉いさん達が密会場所に使う舞踏会だ。まっ、俺たちがゲストっていう感じでもないけどな」
「確かに。ゲストはゲストでも招かざるゲストだからな」
フィフスがクスって笑いながら、そう言った。
「まっ、招かれてても招かれてなくてもやる事は、変わんないだけどな。それで?その俺たちに招待状を用意してくれる奴とは、どこで会うんだ?」
「ああ、それなら新世界通りにあるBlikleっていうカフェで落ち合う事になってる。じゃあ、二人も揃った事だし、向かおうか」
「せやな」
エイスにつねられ、赤くなった頬を手で擦りながらテンスが頷いた。
それから再び、新世界通りを歩いていると、ニヤニヤ顔でテンスがイレブンスの方を向いてきた。
「なんだよ?気持ち悪い顔で見てくんな」
気持ち悪い顔でこっちを見てくるテンスにイレブンスは目を細めた。するとテンスがイレブンスの横へとやってきて、耳打ちをしてきた。
「いや~、自分も抜け目ないな。昨日の夜はチェルノヴォークと一緒やったんやろ?」
「だからなんだよ?先に言っとくけど、おまえが考えているような事はないからな」
テンスの言おうとしている事を何となく察した、イレブンスが先に牽制しておく。
だがそれでも、テンスのニヤニヤ顔は続いている。
「またまた~。俺らに各々でホテル取れって言っといて、自分たちは二人で仲良く同じホテルって、怪しい、怪しすぎるで?なんせ、男女の仲に絶対なんてありえへんからな」
「アホか。本当になんもない。むしろ、おまえらだって同じホテルじゃなかったのか?」
横にいるテンスにイレブンスがジト目で見ると、テンスが手を横に振った。
「俺らは三人で行動すること多いから、自然と集まるだけや。でも、自分は違うやろ?それとも、何?フォースとバディにも関わらず、チェルノヴォークと行動する事が多いん?」
今度はテンスがイレブンスをジト目で見てきた。
「違う。今回はたまたまだ」
「ほぉー。なんや、偉い紳士的やったんやな。同じベッドで寝ておきながら・・・」
「おまえ、何でその事知ってんだよ?」
そう聞き返した瞬間、イレブンスは自分の失態に気づいた。
「冗談で言っただけやったんやけど、へぇー、同じベッドで寝たんや。うわっ、それ、ものすっごい怪しいパターンやないの?」
「全然怪しくない」
断言してそう言ったものの、一般的に考えたら怪しむだろうな、とイレブンスは内心でそう思った。
夜にシャワー上がりの男女・・・・まぁ、確かに怪しい。
イレブンスがそんな事を思っていると、腕の裾をクイクイと引っ張られた。
「なんだよ?エイス?」
裾を引っ張ってきたエイスの方にイレブンスが顔を向けると、ぼーっとしたような表情でイレブンスを見上げてきたエイスが一言。
「童話の世界では、王子様のお姫様は一人だけだよ」
と言ってきた。
いきなり、何なんだ?童話の話なんて持ち出して。
「それが、何だよ?」
「イレブンスにとってのお姫様って、もう決まってる?」
「はぁ?」
「ちゃんと決めなきゃ駄目だよ?」
まったくエイスの意図が掴めず、イレブンスは首を傾げた。
エイスは年齢の割に、思考がぽやんとしているため、話の意図が掴み難い。
だが、イレブンスの横にいたテンスは、エイスの言っている意味がわかったらしく、頷いている。
こいつら、何が言いたいんだよ?
少しモヤモヤとした気分で、イレブンスが歩いていると待ち合わせ場所であるカフェに着いた。
先に店へと入り、店内を見回したフィフスが誰かを見つけたように一つのテーブルへと近づいた。
「時間ぴったりだっただろ?」
「ぴったりに来るのは当たり前だ。この時間に待ち合わせをしたんだからな」
そう言って、フィフスと苦笑を躱したのは
「Ⅸ(ナインス)?」
欧州地区のナンバーズでもあるⅨだった。




