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アストライヤー〜これは、僕らの世界と正義の物語〜  作者: 星野アキト
第6章 ~captured princess~
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イレギュラー

「ようやく、ワルシャワ支部の近くまで来たけど、さてこれからどうする?」

 支部から10キロ程離れた路地の一角で車から降り、イレブンスたちは市街地を歩いていた。

「ここまで来たなら乗り込みに行くに決まってるだろ?どうせ、俺たちが支部の近くにいるのは、向こうだって気づいてるだろうしな」

「それもそうだけど、何の対策も無しに乗り込むのか?」

「フィフスの言う通りやで?何かの罠があって、ここまで来させたっていう事もありえそうやし」

「まぁ、罠を張ってるっていうのは、十分にあるな。でも、だからって言い策もないだろ?・・・・おい、マイアどうかしたのか?」

 話している途中で、頭を抑えながら顔色を悪そうにさせているマイアに声をかけた。

「いいや。何でもない。大丈夫だ」

 そう言って、マイアが少し乱れ足になりながら、歩き出した。

「大丈夫そうには見えないぞ」

「心配しなくていい。それより、貴様は早く支部に入りたいのだろう?なら、一つ良い方法がある」

「良い方法?」

「そうだ。確かワルシャワ支部は表上、仮面舞踏会等が行われる国立劇場になっている。確か明日くらいに、定期的に開催されるはずだ。それに客として潜り混めばいい」

「それは、俺も聞いた事あるよ。確か貴族階級レベルの会員相手のダンスパーティだろう?」

「そうだ。あれには各国の軍の将校レベルの奴らも軒並み揃えて足を運んでくるからな。その者たちとの、やり取りの場としても活用している」

「なるほどな」

 イレブンスは納得して頷いた。

 確かに変に暴れるより、すんなりと支部の中に入れるかもしれない。

「その舞踏会は明日のいつから開始だ?」

「・・・確か、20時頃から会員たちが集まってくるだろうから、そのくらいに行けば良いと思う」

「じゃあ、それで行こう。それまで各自ホテルでも取って、明日まで待機。それで良いか?」

 イレブンスがそう提案すると、4人が頷いた。

 それからそれぞれ、ばらけて歩き出す。イレブンスも劇場から1キロ圏内にあるホテルへと向かう。すると後ろからマイアがついて来ているのに気付いた。

「どうした?」

 立ち止まりイレブンスが後ろを振り返った。

「どうもしないが、貴様がこっちへと歩いているのが見えたから、私もこっちへと来た。それだけだ。それとも嫌だったか?それだったら、私は別の場所に向かうが・・・」

 少し俯きながら、マイアがイレブンスの返事を待っているのが分かった。

 そんなマイアを見て、イレブンスは肩を上下させ

「別に嫌じゃない。おまえがついて来たいなら、ついて来ても良い。そんな俺に気を張る必要なんてないからな」

 イレブンスがそう言うと、マイアが顔を上げ少し表情を和らげさせる。

「そうか。なら良かった。それと一つ貴様に質問がある」

 マイアが真剣な表情でイレブンスを見てきた。

 マイアの透き通る様な瞳に見られ、イレブンスは少し焦った。きっとそんな事はないのだが、何となく全てを見透かされそうな気がしたからだ。

「・・・なんだよ?」

「ここに来るまで、貴様の様子がおかしかった。それは何故だ?」

 イレブンスは訊かれたくない所を聞かれ、二人の間に沈黙が生まれる。

 なんて言えばいいのか分からない。

 もし、マイアに自分が考えている事を言ったらどうなる?

 嫌悪されるのか?

それとも敵と見做されるのか?

 これもまた、何となく思っている事だが、イレブンスは以前よりマイアとの距離が近くなったように感じていた。その事に対して少なからず嬉しさはある。

 だからこそ、それが壊れる事をイレブンスは恐れた。

 そのためイレブンスが黙っていると、マイアが再び口を開いた。

「答え難いなら、答えなくても良い。だが、私は貴様とティーネ様を連れ戻しに行く」

 マイアにそう言われ、イレブンスは目を見開いた。

 そんなイレブンスの横にマイアが来て、イレブンスを一瞥してからマイアが歩き出した。それに沿うようにイレブンスも歩き出す。

 夕方頃の為か、街灯が路上を照らし始めている。その中を横に並んで歩きながらホテルへと向かった。

 普段からマイアが話すタイプでもない為、ホテルまでの道を無言で歩く。特に話す事もなかった為、イレブンスは少し助かったと感じた。

 きっと広場まで来たら、ホテルを取る為に別行動になるとイレブンスは思っていたが、イレブンスの予想は外れた。

 そして白い外壁のこじんまりとしたホテルのロビーにイレブンスが入ると、続いてマイアもロビーへと入ってきた。

 まさか、ホテルまでついてくるとはな・・・。

 思いも寄らない事にイレブンスがマイアを見ていると、マイアが首を傾げてきた。

「何をしている?ここに泊まるのだろう?」

「あ、ああ・・・」

 イレブンスが返事をすると、マイアはスタスタとロビーへと近づき受付をしている。

 そして数分後イレブンスの元に戻ってきたマイアがすっと部屋の鍵らしき物を見せてきた。

「は?」

 その行動の意味が分からず、イレブンスが呆気に取られていると

「部屋は三階だ。行くぞ」

 と説明してきた。

 面を喰らいながら、イレブンスが部屋へと向かって行くマイアを見ていると、肩を誰かにポンと軽く叩かれた。

 見るとここのホテルの従業員らしい、男がにっこりと笑みを浮かべて

「Przyjaznic sie(仲良くな)」

 と陽気に茶化してきた。

 な、何言ってんだ?こいつ。

 イレブンスが諦めたように、息を吐きマイアの続いて三階まで上がると、部屋の前でマイアが立っていた。

 こんな気はしてたけど・・・・。

 マイアを見るからに、部屋を取ったのは一室二名の部屋だ。

 しかも部屋を開けて見て見ると、部屋の広さ的にも広くもないし、見た所ベッドもダブルサイズの一つしかない。

 さすがに同じベッドに横になるのはなぁ・・・。

 イレブンスは頭を掻いて、部屋にあるタイマー時計で時間を確認する。時間は18時半を過ぎた頃を表示していた。

 少し夕飯を食べるには早い気もするが、まぁいいだろう。

「今から飯でも食いに行くけど、お前も行くか?」

 イレブンスが部屋に入ってから、突っ立ったままのマイアに声を掛けると、マイアは黙ったまま頷いた。

 それからイレブンスたちはホテルを出て、王宮広場にあるポーランドでは珍しいチェーン店の地元料理屋に入った。

 店内は然程広くはないが、落ち着きのある家庭的な装飾になっていて、イレブンスたちは壁側の席に腰を下ろした。

 席に着いてマイアに、何を食べるかを尋ねたが「何でもいい」と答えられたため、イレブンスは適当にピエロギやナレシニキなどの食べ物を注文した。

「適当に頼んだけど、良かったか?」

「別に構わない」

 本人がそう言うなら、良いか。

 それからテーブルにウェイトレスが料理を運んできた。ピエロギはひき肉とキャベツがモチモチした皮に包まれていて、味もお腹にも有り難い。それからクレープ生地にガーリック、ほうれん草、キノコにトマトソースで味付けがされているナレシニキ。これも満足の味だった。前に座っているマイアは、味の感想などは言わない物の、残さず綺麗に完食している。

 まっ、こいつが「わ~、美味しい」って言うタイプにも見えないしな。

 それに元々マイアはこっちに住んでいた為、日本の味付けより馴染みがあるかもしれない。そう思いながら、イレブンスが苦笑しているとマイアが不思議そうな顔でこっちを見ているが、特に深い意味はないため、何も言わなかった。

「腹ごしらえは出来たな」

「そうだな。・・・美味しかった」

 店を出た所で食事に対する感想を言ってきた、マイアにイレブンスは再び苦笑した。

 どうせなら、食べてる時に言えばいいのに。

 内心でそう思ったが、満足している様でひとまず良かったと思う。

 それからホテルに戻る途中でイレブンスは足を止めた。

 国立劇場及び、トゥレイターのワルシャワ支部。

 支部は国立劇場という事もあり、夜でもライトアップされ優美な面持ちで存在感を表している。

 その建物を見上げる様にしてイレブンスは見つめた。

 ここに連れ去られたヴァレンティーネがいる。

 早く彼女を連れ戻して、自分の土台を強固にしたい。この気持ちはすごく身勝手だという事は重々に承知している。

 けれど今の自分の行動理由は、ヴァレンティーネをどんな物からも守るという意思しかない。それが今の自分に残った唯一の、トゥレイターに居続ける存在意義だ。

 それを失いたくない。

 だからこそ、絶対に取り返す。

 イレブンスがそう固く決意していると、自分の方にマイアがよろけ倒れてきた。慌ててよろけたマイアを抱き留めるが、マイアの顔は青白い。微かに呼吸も荒くなっている。

「おい、大丈夫か?」

 そう訊いてみたが、マイアからの返事はない。

 そういえば、ここに着いた時も頭を押さえていた。もしかしたら、顔には出さなかっただけで、あまり体調が良くなかったのかもしれない。

 ここまで来るのに、ちゃんとした休憩を挟んでいなかった。それから来る疲労というのも考えられる。

 イレブンスはマイアを抱き上げ、ホテルへと一気に疾走した。

 体に因子を流し、筋力を強化する。そのためすぐにホテルへと辿り着いた。

 部屋の鍵をかけ、マイアをベッドで横にさせる。

「体調悪いなら悪いって言えよ。そしたら、おまえを部屋にいさせて、俺が何か買って来ても良かったんだし」

「いいや。ここを出た時は体調の方は悪くなかった。それなのに、あそこの近くになった瞬間、頭が痛み出して、足元がふらつき始めたんだ」

 溜息を吐いたイレブンスに、少し虚ろになっている目でマイアがイレブンスの方へと向いてきた。

 マイアの表情に嘘を付いている感じはない。

「横になって少しは落ち着いたか?もし、あれだったら薬局とかに行って、薬を買ってくる」

「いや、いい。大丈夫だ。横になったら少し良くなってきた」

「そうか。なら良いけど。あんま無茶とかするなよ?明日もあるんだからな」

「わかった。・・・だが、シャワーは浴びたい。ここに来るまでまともに入れてなかったからな」

「シャワーって・・・。おまえ、まだ体調悪いのに動いて大丈夫かよ?」

 ベッドから起き上がったマイアに、イレブンスが目を眇める。

 するとマイアが「問題ない」と言って、バスルームの方へと入って行った。

 バスルームへと入って行くマイアを見て、イレブンスはベッドの近くに置いてあるソファに仰向けになった。

 狭い部屋にあるソファの為、快適とは言えないが眠る事は可能だ。

 横になった体にじんわりと今までの疲れが広がり、瞼が重くなる。

 俺も人の事言えないか・・・・。

 そしてイレブンスの意識がだんだん途切れ欠けたてきた頃。

 ポタッと一滴顔に水滴の様な物が落ちてきた。

「ん?」

 目を開けたイレブンスの前に髪から水滴を垂らし、自分の顔を覗き込んでいるマイアの姿があった。

 急いでイレブンスが起き上がると

「すまない。起こしてしまったな」

 そう言って、黒いノースリーブと白のショートパンツを穿いたマイアが謝ってきた。

「いや、別にいいけど。おまえ、出るの早いな」

「そうか?私は普通だと思っていたが、そうではないのか?」

 マイアらしく、些細な事を真剣に質問してきた。

「女にしたらってだけな。丁度おまえも出たし、俺も浴びてくる。先に寝てていいぞ」

 そう言って、イレブンスがバスルームに向かう。

 そして素早く衣服を脱ぎ、シャワーを浴びる。

 日本の様に勝手に温度調整をしてくれる物と違って、自分で調整する形式のシャワーにじれったさを感じながら、おかげでさっきまでの眠気が冷めた。

 少し熱めのシャワーを浴びて早々に部屋に戻ると、マイアがベッドで寝ずに、座っていた。

「寝てなかったのか?」

 イレブンスの言葉にマイアが黙って頷きながら

「何故か寝つけないんだ」

 マイアがぼんやりとした声でそう言った。

「なんだ?明日の事でも考えて緊張でもしてるのか?」

「・・・そうかもしれない」

 半ば冗談でイレブンスがそう訊ねると、マイアがあっさりと答えた。普段のマイアから想像も出来ない言葉だが、モスクワ支部でキリウスに畏怖の念を抱いていたマイアの姿が浮かんだ。

 きっとマイアにとって今の事態は、イレギュラーな事態だろう。

 小さい頃からフラウエンフェルト家に拾われて育ってきたマイアにとって、ヴァレンティーネは勿論の事、フラウエンフェルトという家は絶対的な存在だったはずだ。

 だが、今その絶対的な存在に刃向おうとしている。

 例えそれがヴァレンティーネを連れ戻すという事でも、あり得ない行動だろうとも思う。

 だからこそ、マイアは緊張し恐怖しているのかもしれない。

 けれど今のイレブンスに何もすることは出来ない。

 マイアの行動を推し進めているのは、自分の責でもあるからだ。

 ヴァレンティーネが連れ去られた時に、近くにいたからという理由だけでマイアも巻き込んだ。マイアにそれを言えば否定するだろう。だが、もしヴァレンティーネが連れ去られた時にマイア一人だけだったら、ここまで来て、キリウスに殺されそうになる事も、化物に襲われる事も、体調が崩れるまで無理もしなかったように思う。

 それでも、マイアはここにいる。

 激しい思い込みかもしれないが、自分がここにいるからマイアもここにいるのだと思ってしまう。

 だからこそ、今のマイアに何もすることは出来ない。

「シャワーも浴びたし、横になってれば眠くなるだろ。おまえが寝るまで起きててやるから、ちゃんと寝ろ」

 そう言って、イレブンスがソファで横になろうとした時、マイアの手に腕を掴まれた。

「どうした?」

「すまないが、一緒に寝てくれないか?」

「おまえ、何言ってるんだよ?」

「小さい頃、私が寝つけない時に、よくティーネ様が一緒に寝てくれていた。「一緒に寝た方が、安心してよく眠れるから」と。だから、イレブンス、貴様が良ければ一緒に寝て欲しい」

 真剣な表情でそう言ってくるマイアの頼みを、断る気にはなれない。

 きっと、マイアが誰かにこういう頼みをすること自体、希有な事に違いない。

「・・・わかった」

 イレブンスは頷いて、ベッドに横になった。

 それを見ていたマイアも、向かい合うように寝そべってきた。

 そこは別に向かい合わなくてもいいだけどな。

 だが今さらこの状態から背を向けるのも、まるで意識しているようで取るに取れない。そのためイレブンスは諦めて、目を瞑ろうとした時にマイアが手を握ってきた。

 しっかりと握られた手と手を通して、お互いの温もりが伝わってくる。

「これも、ティーネがやってたのか?」

「そうだ。いつもティーネ様は優しく笑いながら手を握ってくれていた」

「そうか」

 マイアの言葉に短く答えながら、以前、遭難した時の事を思い出した。

 そういえば、あの時もヴァレンティーネが自分の横にやってきて、眠った時の事を。

 あの時、ヴァレンティーネも二人で寝た方が暖かいとか言っていたような気がする。

 なんだかんだ、ティーネとマイアも似てるのかもな。

 自分の手を握ったまま寝息を立て始めたマイアを見ながらそう思った。

 そして目の前で眠るマイアに、つられる様にイレブンスも目を瞑った。



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