暫定一位
さすが密林の中に入っただけはある。樹木がところ狭しと生えている。しかも、蒸し暑い。
額にじんわりと汗を掻きながら、狼はその汗を拭う。
榊の言葉と共に、散らばった生徒たちの姿は、もうどこにも見えない。
だが、どこかに潜んでいるというのは分かる。
上を見上げると、ついさっき榊が言っていた飛行船が木の間から見えた。
「もう、そろそろね・・・」
根津がそう呟くのと同時に、名莉と狼はBRVを復元させ、鳩子は情報端末にアクセスを開始する。もうすぐ、演習が開始されるのだ。
「始まってからの作戦は?」
「そうね・・・、まだ他の連中がどう動いてくるのかを、見定めないといけないから、なるべく敵と遭遇しないように、様子見が妥当だけど・・・」
狼の質問に根津は考えるような仕草を見せている。
それから鳩子が情報端末を弄りながら、狼の質問に答えた。
「まっ、最初から派手にぶちかますような奴はいないでしょうね。訓練しなれた学区内ならまだしも、ここは来たばっかの無法地帯だもんね~」
「確かに。ってことはすぐにやられる心配もないってことか」
「それはどうだろうね~」
「どういうこと?」
歯切れの悪い鳩子の言葉に、狼は首を傾げる。
「先に攻撃されるのは・・・私たち、二軍の生徒だから」
そう答えたのは名莉だ。
「二軍だからって、どうして攻撃されるのさ?」
さらに深まる疑問に、狼は疑問しか浮かんでこない。
「あのね、この演習は相手を倒すことより数が勝負なの。つまり一軍の強敵を相手にするより、二軍の倒しやすい奴らを、相手にして数を稼ぎたいわけ」
ため息を吐きながら、根津が説明を補足する。
「なるほど・・・。でも、それってなんか不公平じゃない?」
「まぁね。でも、だからって逃げてばっかりもいられないわ。最初から逃げ腰なんてあたしの性に合わないもの。あたしは一軍相手でも立ち向かっていく」
勝気な笑みを浮かべる根津を見て、狼は偉いなぁと感服してしまった。
普通なら二軍が一軍の生徒と戦うなんてありえないだろう。はっきり言って力の差という者は見えすぎている。だからこそ、二軍は一軍の生徒と遭遇しないように身を潜めるのが当然と言えば当然だ。だが、そんなことをしていたら、いつまで経っても一軍と二軍の差は埋まらない。それはさすがに悔しい。そう、狼は思う。
そのためだろうか?
狼が根津の後押しをしたくなるのは。
「きっと、そうだろうな」
狼は誰に言うわけでもなく、呟く。
そして、狼がそう呟いた直後に、モニターの画面に補佐役の教官で、三年の主任教官でもある館成太陽の顔が写し出された。
館成は、三年の主任教官を務めている割に、表情はとても柔らかく、温厚そうな笑みを浮かべている。
はっきり言って、榊とは正反対とも言える。
そんな館成が微笑みながら口を開く。
「そろそろ、全員バラけられたかな?それでは・・・・ミッション・スタート」
すると、近くの草むらで音がする。
生徒たちが動き出したのだ。
「みんな、動き出したわね。鳩子、あたしたちの近くにいる班との距離分かる?」
「もっちろん。もう、合図が掛かる前に把握済みですー。そんで、あたしたちと一番近い奴でも距離800メートル先の奴らね」
「ということは、遠くもないし、近くもないわね」
「そういうこと」
鳩子は誇らしげに胸を張っている。それを見て狼と根津は苦笑を漏らす。
「ついでに言うと、そいつらの中に遠距離型はいないわね。持ってるのはロングソード、レイピア、サーベルの西洋剣型のBRVみたいよ」
そう言って、鳩子が情報端末からモニターを出し、相手の姿を映しだした。
モニターに映っていたのは、三人の少女たちだ。
「もう、相手のBRVまで調べてたの?」
鳩子の情報収集の速さに狼は、驚いて聞き返す。
「まぁね。調べようと思えば、学校中のBRVを調べることくらい、できるわよ。まっ、例外もあるけどね」
「例外?」
「そっ。例外っていうのは、あんたが持ってるイザナギと真紘が持ってるイザナミのことね。この二つは、どんなにアクセスしようとしても、ブロックされちゃうのよ」
そう言う鳩子の表情は、本当に悔しそうだ。
案外、鳩子も根津と同様に負けず嫌いなのかもしれない。
それにしても、学校中のBRVにアクセスすることが可能なんて、鳩子の情報操作士としての力量は二軍の枠を超えているのではないか?そう狼は感じだ。
普通、自分が所持するBRVには、アクセスセキュリティーが掛けられている。そうでなければ、敵に自分の使うBRVを事前に調べられ、対策を練られてしまうからだ。
そう授業で教わった。
だがそれにも関わらず、鳩子は近くにいる生徒たちのBRVの情報を難なく調べ上げてしまった。そんな鳩子の存在を心強いと感じる。
「ほら、二人とも相手のBRVは分かったんだから、攻めに入るわよ?名莉、あんたは後方で、相手の隙をつくこと。わかった?」
狼と鳩子の会話を打ち切り、根津が先導し、前へと進む。
名莉も根津の言葉に頷き、狼と鳩子の間に入る。
そして・・・
800メートル先の相手へと一直線に邁進する。
「はぁっ」
短い声と共に、根津の青龍偃月刀は風を切り相手の少女へと振りかざされる。
ロングソードを持った少女は、いきなりの襲撃に驚愕の表情を浮かべるが、すぐに顔を引き締める。
少女は根津の勢いに、遅れを取りながらも後ろへと後退する。紙一重という所で攻撃を避けられ、根津は小さく舌打ちを打つ。
それから、お互い間合いを取るものの、すぐに刀と剣の織り成す音が響く。重なる、そして消える。そのリズムを耳にしながら、狼もサーベル型のBRVを扱う少女と戦っていた。
少女から繰り出される、素早い剣戟をイザナギで受け止め、払いのける。そして少女との撃ち合う中で狼は、以前、トゥレイターの一人、イレブンスと戦ったときのことを思い出していた。はっきり言って、あの時は相手の攻撃を避けることに精一杯だった。
けれど・・・
あの時に比べれば、相手の攻撃を読むことができる。
もともと狼は洞察力には自信がある。
だからこそ、相手のサーベルを振るう動作で、次の一手を予測する。
切り替えされる斬撃にはスピードがある。
それに加え、撃ち込まれる剣にも重みがしっかりとある。狼はその重みをイザナギを通して感じ取る。
けれど、だからといって相手に押されるわけにもいかない。狼は少女との鍔迫り合いとなった瞬間に、イザナギへとゲッシュ因子を流し込む。
すると刀身へと流し込まれたゲッシュ因子が、相手の剣を弾くように吹き飛ばす。
「きゃあ、うっ」
少女の悲鳴が小さく響く。
いつもなら良心が痛んでもおかしくないが、今の狼にそんな余裕はない。
「やったわね・・・」
吹き飛ばされた体制を整え、少女が狼を見据える。
「これで、どう?」
そう言って、少女はサーベル型のBRVを赤く、赤く、そう赤く刀身を染めあげ、そして狼を迎え撃つ。
剣炎処術 ファラリスの雄牛。
狼たちが別の場所で戦っている間、それぞれの場所で戦闘は開始されていた。
「真紘、来るわよ」
「ああ」
希沙樹の言葉に、真紘は短く返事をし、動く。
イザナミから放たれる風の刃は、辺りの木々を一瞬で切り倒し、隠れた相手の姿を露わにさせる。辺りはまるで強烈な暴風が去ったように、樹木が倒れ、即席の野外広場が出来上がった。
「くっ、輝崎か」
相手から苦い声が漏れる。
相手は真紘たちと同じ一軍生の生徒だ。面識はないが顔は見たことがある。
真紘は黙したまま、次なる攻撃に出る。
「やられてたまるものかッ!」
怒涛とも言える声で、相手も持っていた硬鞭を構え真紘へと突き進む。相手は真紘よりも体格が大きい。見るからに打撃力もあるだろう。
まずは初手を躱すか・・・。
真紘は振り下ろされる硬鞭を、イザナミを使い受け流す。
それはまるで柳の風。
ゆるやかなゲッシュ因子の流れは、強靭な威力を持った攻撃を受け流す。そして、それを可能にしているのは、どこまでも揺れることのない真紘の精神が作りあげている。
「なっ」
自身の攻撃をすんなり受け流された相手の顔には、驚愕の色が深まる。
それもそのはずだ。
ゲッシュ因子で受け流したとはいえ、真紘は動作という動作をしていない。しかも自身の攻撃が打ち消されるわけでない。
硬鞭からの打撃は、真紘に流され、辺りの木々に叩きつけられる。そして、あっという間に周りが粉砕し、茶色の地面が剥き出しとなる。
そんな光景を真横で見ても、真紘は動じない。
「次はこちらから行くぞ」
真の通った声は、相手を慄かせるのには十分だ。
真紘の声と共に、真紘の班の中でも大柄な男子が前へと前進し、己の拳を突き出す。
突き出された拳は、衝撃波となり、相手の陣を掻き乱す。
「さすがだな。・・・正義」
「これくらいなら、お安い御用だ」
正義は後ろにいる真紘に振り返り、歯を見せて屈託無い笑みを向ける。
更級 正義。彼は一軍にして名家の次期当主。
当主に相応しい逞しさを持ち、性格は穏やかで誠実。
そのためか、周りの生徒たちからの信頼も厚い青年だ。
無論、真紘も厚い信頼を置いているし、よき友人でもある。その正義が相手の陣を崩したことによって、真紘たちの勝利はもはや確定となった。
「ふん、こんな奴らに手間取る俺ではない」
そう言ったのは、正義をすり抜け、トンファーを振るう陽向だ。
陽向は崩れた陣の中へと、容赦なく入り込み、近くにいた二人の生徒を同時に気絶へと導く。
だが相手の者だって、ただやられるわけではない。
敵対する女子生徒は、無数の投げナイフを的確に投擲し、操る。
投げられたナイフは希沙樹の方へとまっすぐに向かってくる。
だがそれを希沙樹が避けることなどしない。
全てを受け止める。
「残念ね。不意打ちでなければ、私に飛び道具は効かなくてよ」
そう言った、希沙樹の前に厚い氷の壁が作り上げられる。
その速さは刹那。
瞬間的に空気上の水分を凍結させ、自分の盾とする。
まさにその氷の盾は圧巻だった。
「これならどうだっ」
氷に突き刺さったナイフを操作し、希沙樹の背後へと方向転換する。しかし、それもまた無意味だ。希沙樹を守る氷の盾は、すぐさまナイフが向かってくる背後でも展開される。
希沙樹に届くことない攻撃を繰り返すのは、一軍生徒としてのプライドの為だ。プライドの高い一軍生にとって、自分の攻撃をいとも安く、防がれるというのは、耐えがたい屈辱だ。
屈辱は怒りとなり、己の戦意となる。
それが功となす者もいれば、それに呑みこまれ仇となる者もいる。
そしてその戦意は仇となった。
希沙樹への闘争心の為か、女子生徒はすぐ近くに来ていた陽向に気づけなかった。気づいた時にはもう遅い。
すでに陽向のトンファーは、ペイントボールを割るのと同時に女子生徒を遠方へと飛ばす。
女子生徒が吹き飛ばされた瞬間、先ほどの硬鞭を使う男子生徒も、真紘の手によってペイントボールが割られていた。
真紘たちの勝敗がついた瞬間、上空に浮かんでいる飛行船のモニターに、得点が映し出され、その時点での暫定一位が確定した。