パリジャンとパリジェンヌ
イレブンスが目を覚ましてから一日が過ぎた。怪我の方は因子などや回復力向上の薬品も投与されている為、すぐに回復はできた。
ベッドから起き上がると、イレブンスは短くため息を吐いた。
まさか、欧州地区の統括者であるキリウスと対峙するとは思っていなかった。しかも、ワルシャワに向かうはずが、ワルシャワを通り越してイタリアにいる。
イレブンスは出来るだけ早く、ヴァレンティーネの場所に辿り着き、そして早く帰還したいのが正直な気持ちだった。
でも、それにはまだまだ時間が掛かりそうだ。さっきマイアがやってきて、東アジア地区には、セカンドに連絡を取り、今の現状を伝えてあるらしい。
それもそれで最悪だ。
きっと自分が負傷したと聞いて、馬鹿三人は大笑いをするに違いない。
馬鹿三人の内の一人のフォースの場合。
「あらまぁ・・・イレブンスちゃん、連れ戻しに行ったのに、やられちゃったの?いや~、ついてなかったねぇ。おじさんも心が締め付けられそうだよ。・・・まっ、嘘だけど」
あのふざけたフォースの顔が簡単に想像出来てイラッとした。
セブンスの場合。
「ああ、ボスもガッカリだろうに。騎士の様な俺が行けば、颯爽と連れ出して、熱くて忘れられない夜を過ごせただろうに。ああ、残念だ」
もしもセブンスと一夜なんて過ごしたら、それこそ危険すぎる。駄目だ。絶対。
シックススの場合。
「うわっ。おまえマジださくねぇ?マジないんですけど。おまえみたいなダサい奴、俺の前に現れんなし。むしろそのまま死んでても良かったし」
と、散々な事を言って来るだろう。
変人に馬鹿にされる事程、悔しいことは無い。
十分にあり得る想定にイレブンスは軽い苛つきを覚えながら、二度目の溜息を吐いた。
しかもそんな奴らが、こっちに向かっているらしい。
来なくてもいいのに。
むしろ、あの馬鹿三人も自分と同じように返り討ちに合えばいいとさえ思う。
そんな事を考えていると、部屋の扉をノックして誰かが入ってきた。
「出流、少しいいかな?」
部屋を訪ねて来たのは操生だった。
「ああ。なんだよ?」
「実は今ここに、欧州のⅩとⅪが来ているんだよ。出流に話があると」
「Ⅹがねぇ・・・・・・・・って」
「ん?どうしたのかな?出流?顔が青ざめているけど」
「なぁ、おまえさっきⅪも来るって言ったか?」
「ああ、言ったよ。ⅩとⅪはバディだからね。当然といえば当然じゃないか」
イレブンスは、ベッドに座り直して頭を抱えた。
「Ⅺとは以前、会っているだろ?覚えているかな?私もけっこう仲良くさせてもらってる方なんだけど」
「ああ、憶えてるよ」
あんな強烈な奴は忘れたくても忘れられない。
「そうか。じゃあ今呼んでくるね」
「いや、いい。面会拒否だ!!」
イレブンスがそう叫ぶのと同時に、部屋の扉が思いっきり開けられた。
開かられた扉は、もはや半壊してしまっている。
「もぅイレブンスったら、あたしに会うのが照れくさくてそんな事言わなくても良いのに~。イレブンスだったら、あたしの好みとは少し違うけど、イケメンだから可愛がってあ・げ・る」
人称違うだろ。
イレブンスは顔を引き攣らせたまま、大柄な体格に、生え始めの髭、分厚い唇、そして気色悪いくらいに身体をクネクネとさせた、欧州のⅪに顔を向けた。
目の前にいる欧州のⅪは、俗に言うオカマで、実力はナンバーズの中でも上位に入る腕なのだが、オカマという事で、敬遠されている。しかも本人は無類の美少年好きで、ブサイクには一切の容赦がない。
「変な冗談言ってないで、俺に話って何だよ?」
「そんなに焦らないの。せっかちさんねぇ~。話だったらⅩからするわよ」
イレブンスにⅪがぱちんとウィンクを飛ばしてきた為、イレブンスは思わず身震いをさせた。
こんなんじゃ、華のパリジャンが泣くだろうに。
隣にいたⅩが引き気味に、咳払いをするとイレブンスの方に向き直った。
こっちのⅩは気品を感じさせる雰囲気を醸し出す、代表的なパリジェンヌだ。
「話は簡単です。私たちの話とはJ―11、あなたとマイア・チェルノヴォークがとった行動についてです。何故あなた達は、キリウス様に刃向ったのか、説明できますね?」
イレブンスを訝しむ視線を浴びせながら、事務的な声でⅩが質問してくる。ちなみにⅩが言うJ―11のJとは、東アジア地区の事で、北米はF、欧州はEと呼び分けされている。これは同じ数字の者が同じ場所に揃った場合に使われている物だ。
「説明もなにもない。俺たちはアイツを連れ戻す。ただそれだけだ」
「連れ戻すと簡単に言っていますが、何故ヴァレンティーネ様を連れ戻さなければならないのですか?はっきり言って、ここにヴァレンティーネ様を来させる事を決めたのはガーブリエル様です。あのお方が決めた事を、我々が覆せるとでも?」
「そんなの俺たちに関係ないね。俺たちが従うべきはティーネだ。会った事もない奴の命令に従いたくない。大体、北米と欧州で手を組んでやろうと企んでるnil計画ってなんだよ?」
「企みなどではありません。nil計画は崇高たる計画です」
「何か宗教臭いな。それで?その崇高な計画に、俺らのボス巻き込んで何しようとしてるんだ?」
「今の段階であなた達が知る必要はありません。直に分かることですから」
「直にでは遅い。私たちは今知る事を望んでいる」
イレブンスが言い返す前に、Ⅹに言い返したのは部屋に入ってきたマイアだった。
「マイア・チェルノヴォーク・・・」
「こぉんのぉおおお、クソアパズレェェェ!!どの面下げて、来てんだぁ?テメェ!!」
Ⅹの静かな嫌悪感を掻き消すくらいの、地の野太い声でⅪが怒鳴った。
詳しい事はイレブンスにも分からないが、ⅩとⅪの態度を見る限り、マイアとこの二人の間には何か因縁があるらしい。
「今は私情を挟んでいるつもりはない。早々に質問に答えるか、ティーネ様を返せ」
自分に殺意を向けてくるⅩとⅪにマイアは鋭い視線を向けながら、淡々とした声で返した。
「随分、大きく出ているようですが、今の状況で貴方が不利な事は分かっていますか?」
そう言いながら、Ⅹは手にロングソード型のBRVを復元した。
「このデュランダルに切れぬ物はない事は御存じですね?」
「知っている。だが、私も引くわけには行かない」
マイアも手に鎖鎌を復元する。
「あーら、随分小生意気な事言うじゃない?これからミンチにされるっていうのに」
フランスのサン=テチエンヌ造兵廠社のFA―MASと同じデザインのBRVを復元した。Ⅺの愛用銃でもある。
まったく、人がやっと全快したっていうのに・・・。イレブンスは小さくため息を吐いてから、マイアの隣に立ち、89式小銃を取り出した。
「待つんだ!出流!まだ、怪我が治ったばっかりで、この二人とやり合うのは無謀だよ」
「ほーら、Ⅴもこう言ってるんだし、イレブンスはそんな女を庇わないで、大人しくしてなさい。その方がお利口さんよ?Comprenait(理解できた?)?」
「アホか。この状況で怪我がどうのとか、言ってる場合じゃないだろ。それにマイアとは同意見だからな」
イレブンスがそう答えると、Ⅹが辟易とした溜息を吐いた。
「理解しがたいですね。本当に・・・」
そしてⅩがイレブンスへ、Ⅺがマイアへと攻撃を開始した所で、その間に操生が立ち憚った。
「真剣バトルをしようとしている所に、水を差すようで嫌だけど、ここでのやり合いは無しだよ」
操生が間に入ってきたため、イレブンスたちがBRVを手に持ったまま、下に下げるとⅩたちもBRVを下げた。
イレブンスは操生が取った行動に、少し驚いた。操生は自分とマイアの前に立ち、自分たちを守るように入ってきたからだ。
「もう、Ⅴまで邪魔するの?」
「そうです、Ⅴ。何故貴方まで我々の邪魔をするのですか?」
怪訝な表情でⅩとⅪが操生を見つめている。
「私がこうする理由なんて一つだよ。私は出流の味方だからね。それにきっとⅩたちの端末にもⅧからの連絡が入ってると思うけど、私たちにワルシャワ支部への召集が、キリウス様から掛かっているみたいだよ」
「キリウス様が」
「あら、そうなの?Ⅴったら、もっと早くそれ言いなさいよ」
操生が妙に協調した言葉に、二人が過敏に反応をしめしている。
キリウスに対して、物凄い忠誠心を持ったⅩの反応は分かるが、Ⅺまでが妙にソワソワとし始めた。
この反応・・・もしや・・・・。
「キリウス様ラブな二人には効果覿面だったみたいだね」
操生が小声でそう言ってきた。
「やっぱりな」
イレブンスは少し呆れながら、ソワソワしている二人を見た。
なんとなくⅩは理解できる。だがもう一人は理解出来ない。
「キリウス様が収集なさったってことは、間近でお会い出来るってことかしら?ああ、きっとそうよね。そうに違いないわ。そうと決まればこんな所で油を売ってる場合じゃないわね。急いでメイクし直さないと。うふっ。どうだ?羨ましいだろ?アパズレ?」
いきなり変な自慢をし始めたⅪに、マイアが怪訝そうな表情で首を傾げている。
残念だ、Ⅺ。おまえの言葉、全然自慢になってない。
しかもメイクって、おまえしても意味ないだろ。
と内心でイレブンスは鼻歌を歌っているⅪにツッコんだ。
そんなイレブンスの内心を知らずにⅪは上機嫌のまま部屋を後にした。
そして部屋を立ち去る際に、Ⅺが足を止め、マイアに向かって中指を立てた。
「Je casserai votre cou」
うわっ、Ⅺの奴、日本語で言う『首を洗って待ってろ』に近い言葉をフランス語バージョンで吐いて行きやがった。
到底自分を華の乙女と思ってる奴が吐く言葉じゃないだろ。
「やれやれ、ⅪとⅩから相当嫌われているようだね。君は」
操生がマイアを見ながらそう言うと、次にイレブンスと目を合わせて軽く微笑んできた。
「じゃあ、またね。出流。あまり無茶はしないように」
イレブンスはそんな操生の言葉に、軽く肩を上下させて答えた。
すると操生は苦笑を溢しながら、部屋を出て行った。




