優劣
「おいⅥ、あのヤローは起きたのか?」
パレルモ支部内の休憩室で飲み物を買っていたⅥに、11thは眉間に皺を寄せながら訊ねた。
「ああ、元気だったよ。アイツがそう簡単にクタばるわけないじゃん。なんだよ?11th、おまえアイツの事嫌いとか言いながら心配してんのかよ?」
11thをⅥが口元をだらしなく歪ませながら、茶化してきた。
「ちげーよ、俺がアイツを心配?うわっ!考えただけでも悪寒だってーの。ただ、アイツがあそこで殺られたりしたら、俺が不毛なんだよ。アイツを殺るのは俺だからな」
「ふーん。まっ、どうでもいいけど」
「どうでもよくねぇーーー!!」
軽く自分をあしらったⅥを少し睨みながら11thは反発した。
そう、自分にとってはどうでもよくない。
アイツは、俺のプライドを打ち砕いた、むかつく男だ。
11thは、イレブンスよりも先にトゥレイターに入っていた。親が元々トゥレイターの研究員をやっていた為だ。11thは戦闘員同士の実技演習で自分の右に出る物はいなかった。特に狙撃率の高さに関しては他の者の追随を許さない程だった。親も満足そうに自分が叩き出すデータを収集していた。
そのため11thは、自分の実力に自信があった。自分の叩き出すスコアに誰も敵いはしないと驕っていた。
そんな11thの前に、イレブンスが現れた。そしてあっという間に自分のスコアが追い抜かされた。悔しくて堪らなかった。11thは初めて自分を超える者を見て、素直に嫉妬した。
こんな日本から来た奴に自分が越されるなんて想定外の事であり、あり得ない事だったからだ。
そして決定的にそれを確定させたのは、自分がまだ11thではなく、オースティン・ガルシアの頃、アメリカでのアストライヤー率いる米軍と交戦した時の事だ。その時の戦いは正直きつい戦いだった。北米にいたナンバーズも別の任務に就き、手薄になっていた所を、700人を超す米兵と、それに数十人の因子を持った兵士、そしてアストライヤー達が一気にデトロイトにある支部を襲撃しに来たのだ。こちら側の戦力は、ナンバーズが2名に、因子を持った戦闘員が100名に、因子無しの戦闘員が300名。はっきり言って、戦況はかなりトゥレイター側にとってかなり不利な立場だった。
裏では自分たちと繋がっている米軍も、アストライヤーが動けば、簡単にそっちに寝返る。
そういう奴らだ。軍なんてものはトゥレイターにとって。
都合の良い軍のやり方に辟易しながら、それでもオースティンは躍起になって敵を薙ぎ倒していた。イレブンスよりも多く敵を倒して、自分の方が有能であることを認めさせるために。イレブンスよりも早くナンバーズに上がる為に。
だがそれに夢中になり過ぎて、敵に隙を与えてしまった。
相手は次期アストライヤーのメンバーが決定していた男で、手にはM1ガーランドに似たBRVの銃口をオースティンへと向けていた。咄嗟にその射程圏から離脱しようとオースティンは考えたが、既に周りには重装備の因子を有した米兵が、周りを固めていた。上からはB―2、スピリットが飛行し、上への逃げ道を消していた。
オースティンはすぐにガバメントを取り出し、ガーランドを向けている男に向け発射した。だが、その瞬間、汎用型のBRVを持った米兵数十人が、自分に向け射撃してきた。
オースティンは急所を守りはしたが、防御が薄くなった箇所に何発もの弾が被弾し、そこから血が溢れ出してきた。
そして激痛と寒気がオースティンの身体に走り、身体を震わせる。
さっきの弾の中に、化学弾が混じっていたらしい。
歯を食いしばりながら、激痛には耐えられるが寒気から来る身体の震えは止まらない。
そんなオースティンにガーランドを持った男が、近づいてきて、
「Boy,・・・good bye(少年よ、さよならだ)」
体の震えでオースティンの構えるガバメントの照準が合わない。オースティンは悔しげに歯軋りをした。こんな所で自分が殺されるなんて、想像もしていなかった。
こんな所でこの俺が・・・?
オースティンは寒気で感覚が鈍りだした、身体に因子を流し出来るだけの防衛をするが、それは無意味だ。今目の前にいるのが普通の兵士の銃撃だったのなら、耐えられただろう。だが今目の前にいるのはアストライヤー代表に選ばれる程の実力者だ。
それでもオースティンは、何もせずただ殺されるというのは我慢できなかった。
そんなオースティンを見ながら、ガーランドの男は少し残念そうな表情をしてからトリガーを引いた。
パアァァァァン。
銃声が鳴り響く。そして死を覚悟したオースティンを待っていたのは、驚愕だった。銃声が聞こえた瞬間、自分の命が尽きるのではなく、自分に銃口を向けていた男の腹に大きな風穴が空き、男が断末魔を叫ぶ前に、地面に倒れたのだ。
一斉に周りにいた米兵たちが、辺りを見渡しているが辺りにはナンバーズどころか、戦闘員の姿もない。
だがその代わりに、声が聞こえてきた。
「hey, Are the preparations for umbrella all right? You?(おい、お前ら傘の準備は出来てるか?)」
そんな言葉と共に、真上から米兵の頭に幾多の銃弾が降り注ぎ、その場にいた米兵を沈黙させた。
一瞬思考の全てが遮断してしまったように止まっていたオースティンは、震える手で拳を握り、アサルトライフルを手に持ってこっちを見ている、14歳くらいの少年を睨んだ。
「おまえみたいなチビの助けなんて、もとめてねぇー」
「せっかく命を助けてやったのに、睨むなよ。そういう奴の事日本だと、恩知らずって言うんだぜ?」
「うるせーな。何で俺を助けたんだよ?借りでも作った気かよ?」
「はっ、そんな事思うかよ。おまえが仮を返してくれるタイプには見えないからな」
イレブンスの言葉に、オースティンは鼻を鳴らした。
こんな奴に助けられた事が悔しい。これではまるで自分が目の前にいる相手に劣っているみたいだ。
そんなこと、死んでも思いたくない。
そしてこの戦いはアストライヤー候補が2名死んだ。さっきのガーランドを持った男と、もう一人はナンバーズと相打ちで、死んだらしい。二人の実力者を失ったアストライヤー側は、すぐに撤退を決め、襲撃は終わった。
オースティンは自分の負った怪我を止血しながら、唇を噛んだ。
今まで自分は誇示してきた強さとは何か?それを思うと虚しさがオースティンを襲った。
自分にこんな屈辱を味わせたイレブンスが憎くて堪らなかった。
そんなオースティンの元に近づいてくる人影があった。
「君は生存者だね?」
「そうだけど?」
振り返ると、そこには当時北米の5thでもあった、操生が立っていた。
「すまなかった。もう少し早く支部に戻れていたら、こんな被害にならずに済んだかもしれないのに」
そう言った5thの表情は暗く沈んでいた。
襲撃が終わったばかりのオースティンには、何故5thがこんなにも悲しそうな表情しているのかさっぱり分からなかったが、5thが見せたこの時の表情は、オースティンの頭の片隅に焼き付いた。
そしてその後日に、この襲撃で出た死人はアストライヤー側とトゥレイター側の両方を合わせて、700人~800人くらいという事と、アストライヤーと相打ちして命を落としたのが、5thのバディだった11thであったことが報告として上がった。
だからか。
オースティンは納得した。あの時の5thの表情の意味を。
そして改めて思った。
自分は誰よりも強くなる事を。
そしてその誓いに近い思いの障害になったのは、やはりあの男だった。
イレブンス。
自分よりも先にナンバーズに入り、5thの隣に立った男。
だからアイツを越して、そして言ってやるのだ。
「強いのはこの俺だ」
と。




