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アストライヤー〜これは、僕らの世界と正義の物語〜  作者: 星野アキト
第6章 ~captured princess~
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不変

 ワルシャワにある支部の研究室前に操生は来ていた。目の前の内窓からは、横たわりながら、機械の管を繋げられ、横たわる東アジア地区の統括者が、まるで眠りについた童話のお姫様のように、眠らされていた。

 その周りにいる研究者たちは、モニターに映し出されるデータを逐一確かめている。

 nil計画と呼ばれる計画に必要なデータを取っているらしいが、それがどの様な物なのかは、操生自身には知らされていない。

 操生が欧州地区の統括者であるキリウスから言われたのは、ここに東アジア地区の統括者を連れて来いという事だけだ。

 まだここまでの話だったら何となく理解は出来る。だがしかし、何故東アジア地区の者たちには、何の情報も伝わっていないのか、そこに疑問を感じた。

 操生が東アジア地区の者に情報が伝わって来てないことを知ったのは、東アジア地区からの通信と出流と、もう一人がこちらに向かっている事を知ってからだ。

 最初に出流たちの輸送機を北米のナンバーズが墜落させたという情報が入ったとき、驚きはしたものの、心配はしなかった。

 出流がそう簡単に死なないと思っているからだ。

 そしてその考えは正しかった。しかし予想していない事も起きた。

 まさか、ボスが直々に向かうなんてね。

 操生はキリウスがとった行動の速さに溜息を吐いた。出流たちが動いた事は、即座にキリウスの耳には入っているとは思ったが、まさか自身自ら行動すると思わなかった。

 追い返させるなら、欧州地区のナンバーズであるⅩ(テンス)辺りに、やらせると思っていた。Ⅹは欧州地区のナンバーズの中でも、実力もトップクラスの実力を持つ女性で、尚且つキリウスに対しての忠誠心が高い。だから彼女が向かうと思っていた。そして、操生も事態が悪化しないように、便乗して出流たちの元に行こうと考えていたのだ。

 だがそんな操生の考えを大きく裏切って、キリウスが動いてしまった。

 未だキリウスが向かって、自体がどう動いたかは分かっていないが、事態が良化するとは考えられない。

「早く向かわなければ・・・手遅れになる前に」

 操生は研究室を背にして、走りだした。




 イレブンスとマイアを一掃したキリウスは、トゥレイターの総統括者であるガーブリエルの元へと向かった。

 ガーブリエルはnil計画に必要なデータを受け取るため、ワルシャワの支部へとやってきていた。

 ガーブリエルが待つ部屋に入ると、机に座りながらガーブリエルが研究室から届いた研究データに見ていた。それから、キリウスの方を一瞥すると、再びデータに目を戻しながら口を開いた。

「用は片付けたのか?キリウス」

「はい。片付けました。・・・それで、ヴァレンティーネの方は?」

「準備は整っている。すでにnil因子を使った試作兵器をすぐにでも投入できるはずだ」

「では、ヴァレンティーネの方はどうなされるおつもりですか?」

「ヴァレンティーネの容体はまだ、安定してない。そのため、このまま研究室で容体の回復を待つことにする。その後の事は後に考えよう」

「わかりした。自分はすぐにでも欧州地区のアストライヤーを一掃する計画を続行します。それの計画には、試作兵器も使う可能性もありますので、そちらはご了承を」

「認めよう。どうせは奴らに報復をするために、作りだされた物だ」

「ありがとうございます。では、これで失礼します」

「・・・キリウス、貴様も心して置くんだ。我が一族が味あわされた憎しみ、苦しみがやっと報われ、我々一族の悲願が叶う日が近いということを」

「重々に心得ています。一族の生き残りとして、必ずしも」

 キリウスはそう言って、部屋を後にした。

 フラウエンフェルト家はゲッシュ因子を人類で初めて保有した一族だと言われている。故に遠い昔から『スムトスィグ カニネ』(汚れた兎)と呼ばれ、差別され、虐殺を受けた一族。

 そんな歴史を持つ一族の悲願とは、世界への復讐だ。それを達成するには、まず自分たち以外の因子を持つ者を排除する必要がある。自分たちとは違い皆から持て囃され、呑気に自分たちを英雄と思い込んでいる妄想者(アストライヤー)。自分たちと同じ力を持つ妄想者など、障害になるだけだ。

 そんな者たちなど自分たちは要らない。だがそれを排除する兵は必要だ。しかし、一般の人間が因子を持つ人間に敵うはずもない。だからこそ、因子を持ちながらアストライヤーに私怨を持つ者をナンバーズという括りに入れ、兵としたのだ。

 それから各国の軍とも密接に関係を持った。彼らはアストライヤー制度の所為で自分たちの立場が危うくなるのを恐れていた為、取り入る隙はいくらでもあり、その上軍関係者の方でも、自分たちを上手く利用しようと考えたらしく、上辺だけの協力関係はすぐに成り立った。そして軍との密接な協力関係は、トゥレイターにとっても、各地を自由に行きが可能になり、武器の補充も容易く受けられるという恩恵もあった。

 キリウスはガーブリエルの元を後にして、自分の妹がいる研究室の前で足を止めた。

「もう少しの辛抱だ。ティーネ・・・」

 窓ガラス越しに妹を手でなぞった。

 nil計画の要は全て、ヴァレンティーネが持つ特殊な因子だ。ヴァレンティーネが持つ因子は自分たちや他の者が持つ因子とは違い、何かのエネルギーに変換するのでもなく、何かを強化するわけでも、物質変換をする物でもなかった。ティーネが持つ因子が出来ることはただ一つ。因子の力を全て無効化することだ。

 だが、この因子は特殊でヴァレンティーネの成長と共に、量や質を増していく物で、無理に因子を身体から放出させようとすると、ヴァレンティーネ自体にも大きな負荷を追わせてしまう。

そのためキリウスはヴァレンティーネの身体に負担を掛けないようにとガーブリエルに進言をし、城から出さず研究を進めるという事になっていた。

そして着実に研究が進んで行く中、ガーブリエルがいきなりヴァレンティーネを東アジア地区に連れて行くと言い出したのだ。

 勿論、キリウスは理由を尋ねた。しかしガーブリエルからの答えは『直に分かる』としか帰って来なかった。

 けれどガーブリエルの言う通り、理由はすぐに分かった。それは東アジア地区にいる、他には類を見ない程の質と量を持った少年に対処させる為だった。その少年は、経験が浅く、戦いにおいての技量がない。だからこそ、その少年が力を付ける前に潰そうと考えたのだが、そこにまた大きな問題が起きた。

 それは前に東アジア地区の幹部である千引から出た、因子の質と量を無制限に強化できる可能性を秘めた少女がいるという報告からだった。

 その少女がまだ誰なのかは特定出来ていないが、その少女と最高の因子を持った少年が出合ってしまったら、それこそ、ヴァレンティーネの無効化因子がどれほど通用するのか怪しくなってくる。それを危惧したガーブリエルは、早期にヴァレンティーネの持つ力を兵器として投入しようと、こちらに連れて来る事を命じたのだ。

「飛んだ誤算だな」

 キリウスは苦い顔でそう呟いた。

 キリウスが言う誤算とは、ヴァレンティーネ自身にあった。ヴァレンティーネはキリウスにとって唯の妹ではない。キリウスにとってヴァレンティーネは愛おしい女性であり、未来の家族だ。実の妹が未来の家族など、普通の者たちからしたら異常でしかないだろう。だが、親戚同士の婚姻を当たり前に行っていたフラウエンフェルト家にとって、同じ血族者同士は、大した問題ではない。むしろ他人は全て信用が置けない敵だ。だからこそ血の分けた家族が一番の拠り所であり、永久不変の存在だ。

 そうキリウスは信じている。それはヴァレンティーネも同じだと思っていた。

 だが彼女は、ヴァレンティーネはそうではなかった。

 ヴァレンティーネは自分とは違い、他人にも心を開いている。最初にそう思ったのはマイアが外に出られないヴァレンティーネの遊び相手として、来た時にわかった。キリウスにとって、マイアは良質な因子を持っているヴァレンティーネの盾という意識しかしていない。そうでなければ、内戦で孤児となった者を、わざわざ引取りはしなかっただろう。だがヴァレンティーネはそんなマイアを本当の家族の様に扱っていた。

 マイアは盾であって、家族ではない。それなのに、何故そんなマイアがヴァレンティーネから大切に思われているのか?キリウスはその事が不快で仕方なかった。

 そんなマイアはヴァレンティーネと遊んでいる時、子供の用にはしゃいだりはしなかったものの、子供らしい笑顔は作っていた。そしてヴァレンティーネ以外のフラウエンフェルト家の者には、人形のように、淡々と命令に従っていた。

 自分を引き取ったフラウエンフェルト家に忠誠を尽くしているつもりなのだろう。だがそれは当然の事だ。

 それなのに、マイアはモスクワ支部で自分の命令に背いてきた。

 今までだったら、どんな事でも言う事を訊いてきた人形のマイアが。

 そして変わったのは、目の間の研究室で眠っているヴァレンティーネもだ。最初にワルシャワの支部に連れてきたヴァレンティーネはひどく困惑した表情を浮かべていた。何故、自分を連れ去ったのかと?疑問を口にしてきた。キリウスもヴァレンティーネが疑問に思うのは仕方ないと思う。だから彼女にはnil計画の事は伏せ、これからは東アジア地区の統括は、別の者に任せ、ヴァレンティーネは自分の補佐をしてもらうと説明した。するとヴァレンティーネは首を強く横に振り、拒否と疑問の言葉を言ってきたのだ。

 その反応はキリウスをひどく驚愕させた。

 ヴァレンティーネがこれまで、自分やガーブリエルが言った事に、拒否したことも、疑問を口にした事もなかったからだ。

 ヴァレンティーネはいつも、純粋無垢な表情のまま自分たちが言う事に頷いてきた。

 それなのに、ヴァレンティーネはこれまでに見たことがないくらい、欧州に来るのを嫌がった。

「何故だ?ティーネ。何故そんなに東アジア地区に拘る?」

「わたしがそこに居たいと思ったからです」

「何故?」

「それは私が一緒にいたいと思う人たちがいるからです」

 そのヴァレンティーネの言葉を聞いて、キリウスは落胆した。自分の元にいる事より、他人といる事を選ぶのかと。

 キリウスの胸中に不快感が取り留めなく溢れ出していく中、ヴァレンティーネはそんなキリウスの様子に気づかず、再び口を開いた。

「お兄様、私、好きな人ができたんです。私が生まれて初めて家族以外を愛おしく思えました。その人を知りたいと思ったんです。だから、私は彼がいる場所から離れたくありません」

 そう言いきったヴァレンティーネは、笑顔だった。

 その笑顔が頭から離れない。絶望感がキリウスの身体を蝕む。

 ひどく後悔した。

ヴァレンティーネを遠くに行かせたことを。

 ひどく憎い。

 自分の愛する者の笑顔を奪って行く他者が。

 だからこそ、取り戻す。

 奪われたヴァレンティーネの心を。必ず。


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