あの女
日本、東アジア支部。
「イレブンスちゃんも、働くね~。任務先から欧州地区に飛ぶだなんて。おじさんは体力的に無理かな」
「あんたの体力なんて、どうでもいいけど。何であたしたちはここで待機なのよ!?」
ソファーでだらけるフォースにサードが地団駄を踏んで、唸っている。
「仕方ないでしょ。そういう命令なんだから」
「もう、ナインスは心配じゃないの?あんな女とイレブンスが一緒で!」
「別に」
「う~~、ナインスの裏切り者!」
「裏切ってないし。そもそも、心配する相手違うでしょ?」
「ふん。ティーネなんてどうでもいいもん」
「とか言って、ちゃっかりあだ名で呼ぶ仲なのね」
「別に仲良いわけじゃないからね。あの女はボスっていうより、あたしの恋のライバルだし、名前長いから、それで読んでるだけ。だから勘違いしないでよ」
「はいはい。・・・それで他の地区の奴等は何をしようとしてる?」
ナインスがいつもの様に、サードを受け流しながらフォースへと鋭い視線を向けた。
「えー、何でそんな事おじさんに訊くかね?」
「アンタは何か知ってそうだから」
「それって、ナインスの邪推でしょ。それこそお門違い」
「どうだか」
ナインスの言葉に、フォースがニヤリと笑みを浮かべた。
「なになになに?フォース知ってんの?」
「ほーら、ナインスが余計な事言うから、サードが食いついてきちゃったよ」
「誤魔化すな。早く言え」
サードがフォースの首元を両手で鷲掴みにしながら、揺さぶっている。その光景をナインスは呆れた様子で眺めた。
向こうの者たちに探らせるか。
ナインスは目を細めながら、ドイツにいる自分の部下たちの事を考えた。
ナインスの部下たちは、旧ナチスの残党。そしてナインス自らも旧ナチス政権でトップクラスの実権を握っていたゲーリング家の血筋だ。
そのため、欧州地区で情報の裏ルートならいくらでも張り巡らせる事ができる。
「あーあ、イレブンスの奴が向こう行くって知ってたら、俺のお気に入りオリーブ油を買ってこいって言っとけば良かったぜ」
そんなふざけた内容を言ってきたのは、自室から眠たそうな顔をしているセブンスだ。
「呆れた・・・」
ナインスはそんなセブンスにぽつりと呟いた。
「おっ、ナインス!おまえから話しかけるなんて珍しいな。もしや、俺とデートでもしたくなった?」
「うざいから、さっさと死んでもらえる?」
「それは、ドイツ風のジョークか?」
セブンスが自然にナインスの方に腕を回すと、ナインスは黙ったままサバイバルナイフを、セブンスの脇腹へと向けた。
「あーあ、綺麗な顔がそのツンツンな態度のせいで、台無しだな」
口を尖らせて、セブンスが文句を言いながら、ナインスから離れた。
「それにしても、イレブンスの奴、大きなことやらかさないと良いけどな。俺、嫌だぜ?アイツの所為で面倒な事になるの。そりゃあ、ボスが俺に助けを求めてるんだったら、頑張れるけどさ」
「あんたの女好きなんて、どうでもいいから」
「今度はサードからの嫉妬か。モテる男は辛いね」
軽口を吐いている、セブンスをサードは無視しながら、情報操作士でもあるセカンドへと視線を逸らした。
セカンドは10歳くらいの女の子で、今いるどの地域のナンバーズの中でも最年少だ。それでも、ナンバーズに選ばれるだけあって、その実力は確かだ。実力は某国で大規模なサイバーテロを起こした程だ。だが、そのサイバーテロをアストライヤー側についていた情報操作士に食い止められてしまい、その事が悔しくてトゥイレイターに入ったという経緯の女の子だ。
セカンド曰く、自分のサイバーテロを阻んだ情報操作士は、確実に歪んだ性格をしているらしい。
だが今のサードにとって、それはどうでもいい事だ。
「ねぇ、セカンド。セカンドはもうイレブンスの位置を特定してるんでしょ?」
「うん」
「どこ?」
「今は、ロシア軍の基地にいる」
セカンドは淡々と必要な事を言うだけで、その言葉に感情の起伏は感じられない。
「ロシア軍の基地かぁ~。ちょっと面倒な場所にいるな~」
サードはじれったさのあまり、唸った。サードはこう見えて、現アメリカ大統領の娘で、軍関係者の間で、知らない者はいない。だからこそ、サードがロシア軍に近づけない理由もそこにある。
サードがトゥレイターに入った理由も、特にアストライヤーに深い恨みを持ってるわけでもない。トゥレイターだからと言って、全員が全員、それなりの事情があるとも限らない。
それは目の前のセカンドであれ、そうだ。
お嬢様としての素行に、下らないお嬢様同士の似たような会話、生活。そう言った現状にサードは退屈していた。
だからこそ、興奮とスリルを求めていた。
はっきり言って、自分を退屈から逃れられれば、アストライヤーでも良かった。そう思ったのだが、サードがふといつもの様にテレビをつけると、昔ながらのアクションムービーが再放送されていて、そこに出ていたダークヒーローが良い感じに見えたのだ。
しかもその当時父親と大喧嘩中で、その父親に一泡吹かせようと、父親が管轄しているアストライヤーの敵になろうと思った。
だからアストライヤーではなく、トゥレイターに入ったのだ。
自分の娘がトゥイレイターに入ったことを知った父は、サードを勘当してしまった。だが、サード自身も、それについてあまり、気にしなかった。
それから、様々な実験訓練をされたが、それを難なくクリアした。
サードの因子は、所謂特殊系の因子で、人を洗脳し操ったり、物質を操作するのに長けた能力だ。
そのため、ロシア軍に疎まれたって、洗脳すれば良い話なのだが、人数が多くなればなるほど、洗脳も浅くかかってしまうし、それにサード自身、すごく疲れるのだ。
「あー、どうしてよりにもよって、ロシア軍の基地なんかにぃ~?」
歯痒い気持ちでサードが叫ぶと、淡々とした声音でセカンドが冷静に答えた。
「マイア・チェルノヴォークがロシアの軍人だから」
「そうなの?あー、だからアイツとそりが合わないわけだ」
「そりが合わないって程、話してないでしょ。貴方」
サードを横目で見ていたナインスが素っ気なく、サードにツッコんだ。
「そういう細かい事は気にしないの!!それに、何かあたしの中で嫌な予感がするのよ」
「どんな?」
「あの女と会うような気がする」
確信をしているかのように、サードが力強く言い切った。だが、言い切られたナインスからしてみれば、誰の事を言っているのか、まるでわからない。
「あの女って?誰?」
「あぁ~、あの女の事を思い出すだけで腹が立つ。もう、あの女を思い出させないでよ!!」
理不尽な怒りをぶつけて来られた為、ナインスはそれ以上『あの女』については効かなかった。正直、どうでもいいし、変に熱くなっているサードを相手するのも面倒くさい。
そのため、ナインスは頭の中で次に取る行動を、頭の中で黙考することにした。




