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アストライヤー〜これは、僕らの世界と正義の物語〜  作者: 星野アキト
第6章 ~captured princess~
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除け者

「出流、もう終わりにしよう。やはり一緒にいるべきではなかったんだよ」

 二年前に言われた言葉。

 その言葉がふと思い浮かんだ。ある意味彼女に言われた言葉の中で一番はっきりと覚えていた。

 だが、今はそんな言葉に気を散らしている場合ではない。もっと他に考えるべき事はある。

 ヴァレンティーネが連れ去られたのだ。保管庫から脱出し、狼たちと離れ海に飛び込み、気を緩めていた瞬間に、イレブンスの隣で海に浮いていたヴァレンティーネを連れ去った。

 しかもヴァレンティーネを連れ去ったのは、イレブンスにとってよく知る女性だった。

 北米にいた頃のバディーでもあり、そして恋人だった相手。

 杜若(かきつばた)操生(みさお)

 その人物だった。

 彼女もかつては北米にいたが、今は欧州地区のナンバーズで、数字は5。自分と同じ日本人だ。

 そしてそんな操生は、二年前と何一つ変わらない姿でイレブンスの前に現れた。

 彼女はイレブンスと一瞬目を合わせると、寂しそうに微笑んだ気がした。そんな操生の顔にイレブンスはただ茫然としていた。

 あの時、自分が何を思っていたのか覚えていない。気がつけばヴァレンティーネはいなくなっていた。

「ふざけた事しやがって・・・」

 イレブンスは、小さく舌打ちをした。

「何を考えている?」

 不意に目の前に座っていたマイアが訊ねてきた。

 今、イレブンスたちは運送機に乗って、ウラジオストク付近を飛行していた。既にヴァレンティーネの居場所は特定している。

 ヴァレンティーネがいるのは、ポーランドのワルシャワ。その郊外にあるトゥレイターが所有している研究施設だ。

 何故ヴァレンティーネを連れ去ったのかはわからない。それに同じトゥレイター同士で、しかも東アジア地区を統括しているヴァレンティーネを連れ去ったというのも気になる。

 そのためだろうか?

 イレブンスの中で焦燥感が沸き立って、消えない。

「いや、別に。ただ・・・なんでティーネが欧州地区のナンバーズに攫われたのかが、引っ掛かってな」

「・・・・・・」

 マイアはイレブンスの言葉に答えず、少し怪訝そうな表情でイレブンスを見ている。

「なんだよ?その不満そうな顔は?」

「・・・いや。なんでもない。気にするな。別に貴様にではないはずだ」

「はずって何だよ?意味分からない奴だな。おまえも」

「そうかもしれない。実を言うと私自身、今の気持ちがよく分かっていないんだ」

 マイアはそう言いながら、ぼんやりとしていた。

「おまえ、寂しいのか?」

 イレブンスの言葉に、マイアは一回瞬きしながら驚いているような顔をした。

「寂しい?私がか?」

「そうだよ。いきなりティーネが居なくなったからな。ほら、おまえら、二人でいる事多かったし、それで寂しいんだろ」

「・・・・・そうか。そうだったのか。納得した。私は寂しかったんだな」

 自分の胸に手を当てながら、マイアは納得したように頷いた。

 イレブンスは短い息を吐いて、行先が不安になった。

 今、この輸送機に乗っているのは、イレブンスとマイアのみだ。情報操作士であるセカンドに頼んで、他のメンバーにもこの事は伝えたが、はっきりとした事情がわかるまで、大きくは動かず、とりあえず外に出ていたイレブンスとマイアだけで、そのままポーランドのワルシャワまで向かう事にしたのだ。

「なぁ、おまえは何か訊いてないのか?ティーネが連れ去られた理由」

「いや。私は何も聞いていない。あっちに通信してみたが、応答も返って来ない状態だ」

 応答もなしって、どういう事だよ?

 イレブンスはマイアからの返答に眉を寄せた。

 はっきり言って不自然だ。トゥレイターは世界各国の軍用施設や大都市の一角に支部を置いている。そのため、まず通信が届かないことも、応答されないこともまずない。支部には数十人の情報操作士もいるし、整備された通信室もあるからだ。

 それにも関わらず、応答がないというのはやはり変だ。

「さっさと、連れ戻さないとな」

 嫌な予感に駆り立てられて、イレブンスがそう言うと

「すんなり行けば良いが、もし、欧州地区の総括も関わっていたら、難しいだろうな」

 マイアが顔を曇らせながら、そう答えた。

「関わってそうなのか?」

「可能性は高い」

「厄介だな。まぁ、欧州地区をどんな奴が総括してるか知らないけど」

「欧州地区を統括してるのは、ティーネ様の兄であるキリウス様だ」

「あいつ兄貴いたんだっけ?しかも欧州の総括かよ」

「そうだ。キリウス様はガーブリエル様に続く権力を持っていて、次のトップになる方だ」

 ティーネの兄貴が、次のトップねぇ。

 イレブンスは頭の中で、無邪気な笑顔を向けてくるヴァレンティーネを思い浮かべ、乾いた笑いを漏らした。

「何がおかしい?」

 そんなイレブンスにマイアが真剣な面持ちで訊ねてきた。

「いや、なんかティーネ基準で考えると、兄貴も意外と間抜けな奴だったりしてとか、思ってな」

 イレブンスが冗談混じりにそう言うと、マイアは首を横に振った。

「ティーネ様とキリウス様は大分違うぞ?はっきり言って、ティーネ様は優しい方だが、キリウス様は、厳格な性格で自分の家族以外に情は湧かないタイプだ」

「へぇー・・・。やっぱおまえは会った事あるのか?」

「会った事あるに決まっている。私はティーネ様たちと暮らしていたからな」

「なるほどな」

 これを聞いて、イレブンスはヴァレンティーネがマイアを大切にするのが頷けた。

 ヴァレンティーネからしたら、マイアはただの側近ではなく、家族なのだ。それはマイアからしても同じだろう。

 血の繋がらない家族か。

「やっぱ、似てるんだな。俺ら」

 イレブンスは小さくそう呟くと、自分と重なったマイアを見て、小さく笑った。

 それから、そのまま会話もなくイレブンスとマイアが輸送機に揺られ、周りが真っ暗になった頃。突然、銃弾を数十発撃たれたような音と共にガラスの割れる音がし、ら輸送機の高度ががくっと下がり始めた。

「なっ」

 マイアから短い驚声が漏れる。

「いきなり何だ?」

 イレブンスとマイアがすぐに、操縦室の方に向かう。すると操縦室の前方の窓が割られていて、全身から血を流し、血だらけとなった操縦士と、蜂の巣状態となった操縦桿が見えた。

 そして割れた窓の向こうから、アメリカのステルス戦闘機であるF―22、ラプターが飛び去って行くのが見えた。

 操縦桿を失った輸送機は、凄いスピードで急降下している。

 割れた窓から入ってくる強い風で、頭上の天井が吹き跳ぶ。イレブンスとマイアに向かって、もの凄い風が吹き荒れる。

 もう、墜落するまでに時間がもうない。

「マイア、もう墜落まで時間がない。このまま飛び降りるぞ」

「了解した。現時点を持ってこの輸送機を放棄する」

 マイアとイレブンスは、何の躊躇いもなく急降下を続ける輸送機から飛び降りた。

 高度千メートルくらいにまで下がっていた輸送機から飛び降りた、イレブンスとマイアはすぐに、全身に因子を巡らし着地に備える。

イレブンスとマイアの目の前には世界最大貯水量を誇る湖、バイカル湖が見えてきた。そしてそのままバイカル湖へと飛び込む。夜の湖は水温が低く、早く陸に上がらないと体温が奪われてしまう。

 水面に浮かび上がって、周りを見ると少し遠くに灯りが見えた。わりと陸に近い場所に着水出来たらしい。

 イレブンスとマイアは、継続的に因子を身体に流しながら、体温を維持し続けながら、泳ぎ始めた。そして泳ぐこと30分。

 ようやく、陸に上がる事が出来た。マイアも陸に上がった事を確認してから、地面に腰を下ろした。

「まさかラプターに奇襲をかけられるとはな。輸送機一機に随分、手を掛けたな。お偉いさんたちも」

 イレブンスが皮肉を込めながら、そう言った。

「あれは、北米地区のトゥレイターが保有しているステルス機。ということは、ティーネ様を連れ去った事に、欧州だけではなく、北米も関わっているということか」

「なんだよ、じゃあ、東アジア地区だけ除け者かよ?」

「今の状況的に、欧州地区の方でアストライヤーたちとの攻防戦が激化している事に関係しているのかもしれない」

 マイアがそう言いながら、手で身体を擦った。

 確かに夏季とはいえ、夜のロシアは冷える。それに加え二人ともずぶ濡れ状態だ。

「おい、マイア。誰かと連絡は取れそうな奴いるか?」

 欧州地区は広いため、トゥレイターの支部もいくつか点在している。イレブンスの記憶が正しければ、ロシアのモスクワにあったはずだ。だがしかし、今は欧州地区と北米地区でティーネを連れて行ったとすると、こちらの通信に応答するかも怪しい。

 けれどかといって、このままでいいはずもない。

 イレブンスもあれこれと頭の中で考えるが、上手い手が思いつかない。そのため、イレブンスが胡坐になりながら、唸っているとマイアが口を開いた。

「そうだな・・・それなら、ロシア軍に通信してみよう。きっと通じるはずだ。私は軍に所属しているからな」

「おまえ、軍に所属してたのか?」

「そうだ。私は表上、国の軍に所属している。所属部隊はスペツナズのザスローン部隊だ」

 まじかよ。

 イレブンスはマイアの言葉に口元を引き攣らせた。しかもスペツズナの中でも最も機密性が高い部隊だ。

 スペツナズといえば、ロシア軍の中でもエリート部隊で、敵の重役人を偵察・暗殺などの任務を行っている部隊だ。

 しかも、スペツナズ部隊は他の国の特殊部隊よりも手加減がなく、殺した相手の腕を、相手へと送ったりもしたらしい。

 そんな所に所属していることを、しれっとした顔で公言するマイアにイレブンスは内心で呆れた。

「でも、おまえティーネたちと暮らしてたんだろ?だったらスウェーデンにいたんじゃないのか?それなのに、ロシアの軍人してるのかよ?」

「まぁ、そうだが。私はロシア人だ。ロシア人がスウェーデンの軍に入ってどうする?」

 あんまり答えになっていないような気がするが、変に話を広げても意味ないと思い、イレブンスはとりあえず、話を合わせるように頷いた。

「・・・・なるほど」

 それから、マイアがロシア語で通信を取り始めた。

 イレブンスは横でそれを聞きながら、ぼんやりと湖を眺めていた。 

 目の前に広がるバイカル湖は、驚くくらい透明度が高く、月明かりを綺麗に反射させていた。

「連絡が取れた。ウラジオストクの基地からすぐに、ここに来てもらえるそうだ」

「そうか。なら、良かった」

 思わぬ所で足止めをされてしまった。そこに憤怒もあるが、こんな所で焦っても仕方ない。イレブンスは逸る気持ちを出来るだけ落ち着かせ、救助が来るのを持つことにした。

「広いな」

 マイアがイレブンスの横に座り、湖を見ながらそう呟いた。

「ああ、そうだな。琵琶湖の46倍もあるらしいな。おまえ、ここ来たことなかったのか?」

「ない。私が幼い頃に住んでいた地域は北カフカス連邦管区だ。ここまでは遠い。それに、命令が入らない限り、私はティーネ様たちと一緒にいることが多かったからな。はっきり言って、あまり、祖国で過ごした記憶はない」

「ふーん。まぁ、こんだけ広い国だったらありえるかもな。日本だって、あんな島国なのに言ったことない場所なんてゴロゴロあるもんな」

「そうか。・・・でも存外良い物だな。知っているようで知らなかった物を見るというのは」

「まぁな」

 知っているようで知らなかった物か・・・。

 自分で言うなら、それはどれに当たるのか?イレブンスはそれを考えて、胸に走った違和感を払拭した。


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