無人島演習
夏の色が濃くなった6月上旬。
とある無人島の滑走路。
そこには『明蘭学園』専用のジャンボジェット機が停まっていた。左の方には一軍の生徒が並び、右側には二軍の生徒が整列させられていた。
「飛行機を降りてから、3分・・・まぁまぁだな」
そう言ったのは一年の担当教官でもある榊だ。
榊の隣には、何人かの補佐役の教官も並んで立っている。
そんな榊たちを見て、狼は溜息を吐いていた。
いきなりこんな所に連れてきて、いったい何をさせるつもりなんだ?
狼と同じように考えている生徒はいるようで、顔を顰めあっている生徒がちらほら見受けられる。その中には、名莉や根津たちも含まれている。
だが、そんな生徒の気持ちを察したように、榊が一言、言い放つ。
「よし、今からサバイバル訓練開始だ!!」
その言葉に、何の用意もしていなかった生徒たちが目を丸くしている。
狼狽えている生徒たちを見ながら、榊は失笑した。
「おまえら、何をそんなに驚く必要があるんだ?おまえらは仮にもアストライヤー候補生。どんな状況も乗り越えられないでどうする?」
口元は笑っている榊でも、目はまったく笑っていない。
「次にサバイバル訓練の内容を説明する。まず、今回の無人島で行う訓練は、BRVを使い、この島にある密林で格闘演習を3日間行ってもらう。前の模擬とは違い、今回は団体戦だ。各自、自分が信頼できるものを数名集めて行動しろ。そして演習区域だが、これから向かうスタート地点から半径15キロの円周上で行ってもらう。この演習のルールは各個人に配られるペイントボールを多く破壊すること。破壊したペイントボールの数は、無論、テストの得点にも関わるが・・・今はそれよりも、最終日の寝床のグレードにも繋がってくるから、そのことも頭に入れておけよ」
ざっとした演習内容を聞きながら、狼は小さく
「嘘だろ・・・」
と呟いていた。
今から開始される演習の結果によって、寝る所の格が決まるとは思ってもいなかった。
改めてここの学園は異質だと狼は感じた。
「今から移動を開始する。遅れをとるんじゃないぞ?」
榊はすぐさま走りだし、そのすぐ後ろから真紘を筆頭とする一軍の生徒が走り出す。そしてそれに数歩遅れるように、根津などを筆頭にした二軍生徒も走り出した。
時間にすれば、走って10分ほどの所で、榊が足を止める。
「いいか?ここからが演習区域だ。演習中には、上空から飛行船からのモニターで上位3チームの得点のみ、確認できるようになっているから、各自確認するように。質問のある奴はいるか?」
補足説明を行う榊に、前にいた陽向が手を上げた。
「教官、一つ質問なのですが、先ほど教官は、最終日の寝場所のことを言っていましたが、今日や明日はどこで、我々は就寝しまするのですか?」
この陽向の質問は、実に妥当だと狼は思った。
はっきり言って、この無人島に人が泊まれるような施設があるとは思えない。さっき走ってきた道ですら舗装されていない、土が剥き出しの道だった。
見える景色といえば、深い林と海だけだ。
「そう焦るな。おまえたちの2日間の寝床は、今から支給する」
「支給?」
寝床を支給するという、意にそぐわない言葉に陽向が眉を潜めている。そんな陽向を余所に榊が話を続ける。
「今から、一緒に行動する班を組め」
号令が掛かり、生徒たちは言われた通りに班を形成する。
狼も手を上げて、合図をしている根津の場所へと向かう。
それぞれの班が出来上がったのを見計らい、補佐役の教官から各班に一つ、リュックサックが配られる。
それを生徒たちは首を傾げながら受け取り、班の仲間同士で顔を見合っている。それは前の方にいる真紘たちも同じだった。
狼はリュックサックを受け取った時に、中身が何なのか大よその見当がついていた。
「今夜はテント・・・か」
「え?」
狼の呟きに、隣にいた根津が反応する。
「えっ?て、テントだよ。キャンプとかに使うだろ?」
「キャンプ?」
根津は怪訝そうにしている顔をさらに深めて聞き返してくる。
だが、そんな顔をしているのは根津だけではなく、鳩子や周りにいた生徒たちも同じ顔をしている。名莉は基本的に無表情のため、どういう気持ちなのか感情が読み取れない。
「もしかして、みんな、キャンプを知らない?」
恐る恐る狼が聞くと、根津や鳩子、名莉を含めた生徒たちが狼の方を見て
「「「「うん」」」」
と頷いた。
「こんなことって、ありえるのか?」
狼は現実味のない、生徒たちの反応を見て唖然としてしまう。
「これだから、金持ち集団は・・・」
一人脱力感に襲われている狼は、小さな声で呟いた。
「それで、黒樹。キャンプとはどのような物なんだ?」
そう質問してきたのは、いたって真剣な表情の真紘だった。
「キャンプっていうのは、野外でテントを張って、休息を取ることだよ」
「休息?・・・野外で寝ては十分に休まらないのではないか?」
「いや・・・」
それはそうなのだが、別に休息だけが全てではない。言ってしまえば、休息とはただの言葉の文で、実際は遊びに行く方が正しい。
けれど、生真面目な真紘に『遊び』と言ったら、さらに混乱をし兼ねない。
少し悩んだ挙句・・・
「とにかく、今日の寝床はキャンプで使うテントなんだ!!話はそれで終わり」
説明するのも億劫になった狼は、無理矢理話を終らせてしまった。
すると真紘は、首を振り
「それもそうだな」
と納得してくれた。真紘が納得したことにより、他の生徒たちからの質問は上がらない。
そのため、狼はほっと胸を撫で下ろした。
「テントの使い方も、一緒に入っているから見ておくように。では、演習区域に入り、15分間で散らばれ。それから号令を掛ける、それを合図に演習開始だ」
榊の言葉に、生徒たち全員が答える。
「了解」
狼たちが飛行機で無人島へと運ばれている間に、トゥレイターでも動きがあった。
東京にあるトゥレイターの軍事基地の飛行場でフォースやイレブンスなどの強襲部隊が集められていた。
「東アジア地区にいる、強襲部隊を集合させて、どうするんだ?」
そう、ぼやいたのはイレブンスだ。
「おー?イレブンスは知らないのか?この東アジア地区に上のお偉いさんが一人、やってくるらしいよ~」
イレブンスの問いに、だらけた声でフォースが答える。
「何故、今になってくるのだ?」
堅い口調で話始めたのは、イレブンスやフォースと同じ強襲部隊に所属しているファーストだ。ファーストは、長い黒髪を一つに縛り、凛々しい顔した青年だ。
「さぁな。上の考えている事なんて、興味ないね」
「そうか」
素っ気ないイレブンスの答えに、ファーストもそれ以上、言葉を出さなかった。
多分、そこまでファーストも興味を抱いてないのだろう。
そして、少しの沈黙の後。
「あれじゃない?」
そう言ったのはサードだ。
サードはこちらへとやってくるヘリコプターを指差している。
ヘリは大きなプロペラ音を響かせながら、イレブンスたちが立っている真上へとやってきた。ヘリは強い風を吹かせながら、着陸する。
そして、ヘリの中から綺麗な銀髪をなびかせた、息を呑むほどの美少女が降りてきた。
見るからに、育ちの良さが伝わってくる。
「みなさん、初めまして。私はヴァレンティーネ・フラウエンフェルトと申します。長いのでティーネと呼んで頂けたら、嬉しいわ」
そう言って、強襲部隊に微笑んでいるヴァレンティーネを見ながら、イレブンスは呆気に取られてしまった。
いや、呆気に取られているのはイレブンスだけではない。他のメンバーも同じような表情をしていた。
そんな空気を分かっていないのか、ヴァレンティーネはすごく嬉々としている。
「挨拶も終えたことだし、今度は貴方たちの名前も教えてくれない?」
「名前?」
反応したのは、イレブンスだ。
「ええ。本当は実名を教えてもらいたいのだけど、それは教えてもらえないんでしょ?だから、数字だけでも教えてくれるかしら?」
「おまえ、俺たちの資料とか持ってないのかよ?」
「貰ってないわ」
けろっとした口調で答えられてしまった。
「貰えよ。そっちの方が早いだろ?」
そんなイレブンスの言葉に、ヴァレンティーネは首を横に振った。
「それじゃあ、意味ないわよ。私は貴方たちの口から聞きたいんだもの」
両手を後ろで上品に組みながら、ヴァレンティーネはすまし顔をしている。その姿を見てイレブンは大きいため息を吐く。
なんで、こんなワケわかんない奴が来たんだ?
「俺はイレブンスだ」
「はい?」
「はい?じゃないだろ。おまえから聞いといて。・・・俺のナンバーだ」
少々呆れながら、イレブンスが答えると、ヴァレンティーネは理解したように両手を合わせた。そして、ヴァレンティーネは静かに微笑む。
「ありがとう。よろしくね、イレブンス」
すると、その光景をよく思わなかったのか慌ててサードがイレブンスとヴァレンティーネの間に割り込む。
「あ、あたしはサード」
慌てながら、自分の数字を言ったサードに続いて、ナインス、ファースト、フォースが己の数字をヴァレンティーネに告げていく。
「残りのナンバーは、海外の方に派遣されていますが、その内戻ってくるでしょう」
律儀にファーストが、この場所にいない者の説明をする。
そんなファーストを見て、イレブンスは感心していた。
まめな奴。
だが、そんな事実は今に知ったことではない。ファーストが生真面目だということは昔から知っている。
「では、みなさん。簡単な挨拶も追えたことだし・・・行きましょうか」
「ちょっと、いきなりどこへ行くきなのよ?」
「ふふふ。それは着いてからのお楽しみよ」
「なによ、それ?」
怪訝そうな表情を浮かべているサードに、ヴァレンティーネが片目を瞑る。すると、サードはいじけた子供のように、顔を逸らした。
「まるで、子どもね」
静かにナインスがサードを見て呟く。
「なっ、なんですってぇ~」
「本当のこと言われたからって、ムキにならないでくれる?それとも、あなた、何か言い返せるの?」
ナインスの言葉に、サードが何も言い返せないままたじろいでいる。その顔は言葉にしなくても、悔しがっている。
言い合っている二人を見て、フォースが「あらま~」と呟いているが、どこか楽しんでいるようにも見える。
「まぁまぁ、二人とも喧嘩はやめにしてヘリに乗りましょ。ねっ?」
二人の間に流れる不穏な空気に、終止符を打ったのはヴァレンティーネだ。
ヴァレンティーネは、サードとナインスの手を引くと、そのままヘリに乗り込ませる。
そしてそんな三人に続いて、イレブンスたちもヘリの中へと乗り込んだ。
今から無人島に向かわされるとも知らずに。




