8 side:makoto
いつもはきれいなオレンジ色をしている夕方の歩道も、朝とはかけ離れて雲が覆ってしまっている空の前では、怪しく薄暗いだけだった。もう少しすると、雨でも降って来そうな雲行きだ。けれど、そんな変化にも誠は気がついていない。
柊の麗に対する表情は、自分には到底見せくれないような初めて見る顔ばかりだった。
誠は先ほどから無意識にため息ばかりついてしまっている。
「おい、誠、さっきから何なんだよ。ため息ばっかでさ。俺の話聞いてんのか?」
ずっと誠の隣を歩いていた翔は、少し眉間にしわを寄せている。
「聞いてない」
誠はためらうことなくそう返す。翔を相手に出来るような心境ではないのだ。
「あのなぁ……」
翔も呆れている。長い付き合いで慣れているとはいえ、あまりいい思いはしないのだ。けれどもその分、誠が何を考えているのかが手に取るようにわかっているのだろう。
「お前、どうせ伊吹の事しか考えて無いんだろ?確かに麗先輩とは仲良かったよな。一緒にサッカーなんて、俺たち相手じゃ絶対にしてくれなさそうだったし。何よりもあいつ、あんなに運動神経良かったんだな」
「……あいつ、麗先輩の前ではあんな顔するんだな」
「あんな顔?」
唐突に呟いた誠の言葉に、翔は少し考え込んだ。が、どうやらまったく思い当たらないようだ。
「どんな顔だ?」
「凄い笑顔だった。俺はあんな顔、してもらったことなんて一度も無い」
誠はそう言って拗ねたように口を尖らせる。そんな誠を見て、翔は思わず吹き出した。
「あんな顔って、お前、伊吹を怒らせた事しかなかったじゃないか。ってか、お前あの後から伊吹とまともに話したことないんだろ?」
「あぁ……」
「だったら当たり前だろ。麗先輩とはもう何年も一緒に居るんだろ?それをここ何年も話していないような、友達でもなさそうな男相手に同じような顔する女かよ」
誠は翔の言った「友達でも無いような男」という言葉にショックを受けていた。
そっか……友達でも無いんだっけ、俺ら……。そうだよな。だって、俺はあいつに大っ嫌いって言ったんだもんな。あいつだって、俺に嫌いだって叫んでたし――。
改めて付きつけられた現実に愕然としている誠をよそに、翔は話し続ける。
「誠、お前、そろそろ伊吹に話しかけてみたらどうだ?もうあれから二年近くたつんだぜ?」
「……そう出来たらとっくにしてる」
「じゃあどうしてできないんだ?」
「……あいつの周り、いつも誰かしら女がいるんだよ」
誠のその言葉に、翔は驚いて目を見開いた。そんな翔を、誠も怪訝そうに見つめる。
「それがどうしたんだよ」
「俺、伊吹以外の女とあんま話した事ねぇ」
「……は?話したことないって、伊吹とだってそんなにないだろ?あれ以来、一言もしゃべってないんだろ?」
「あぁ……。でも、何か女って怖いよな。何でいつも人の顔を見て笑ってんだ?ってか、中には俺の顔見た瞬間走って逃げる奴までいるんだぜ?」
誠はぶつぶつとそう呟きながら意味がわからないといった顔をする。
「お前……」
翔はなぜかニヤニヤと誠の顔を覗き込んでくる。
「鈍いんだな、お前……」
「は……?」
「お前は女子に人気があんだよ。そうだな……伊吹の事なら、わかるよな?あいつ、良く俺ら男子に噂されてんじゃん。何でだと思う?」
「伊吹がモテるからだろ?」
誠はイライラしながら答えた。
「そう。まさに今お前が言った女子の態度と同じだ。――ってことは、どういう事だかわかるか?」
「……あぁ」
あまり嬉しくもない事実を解き明かされても、まったく楽しくもなんともない誠は、翔と目も合わせようとしない。
「お前は、自分に必死すぎて周りが見えて無いよな」
翔は天を仰ぎながら、そう言って笑った。
「お前のそういうとこ、けっこー凄いと思ってんだぜ、俺」
「……お前、それ言ってて恥ずかしくないのか?」
誠は意味がわからず真顔で翔に返す。
「ねぇよ。俺は、思ったままを言ってんだ。おかげでお前の初恋を台無しにしちまったんだけどな」
と、翔は悔しそうに笑って足元を見つめながら歩いている。俯いているため、その表情は上手く確認することが出来ない。
「……お前が男にモテるわけ、わかった気がするよ」
誠はそう言って軽く笑った。下を向いている翔とは逆に、前を真っ直ぐに見据えていた。
「男――?……全然嬉しくないんだけど」
翔は思わず顔を上げて苦い顔をして誠の方を振り向く。
「男らしいよ。で、俺が知ってる誰よりも裏がない人間だよ」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
翔はそう言って呆れたように手を振っている。
二人はその後もくだらない話を続けながら、帰り道を並んで帰った。
その二人の後ろを、細く長い影が二つ、二人の動きに合わせてついて来ている。
その時の二人は、まだ中学一年生で、幼さの残るその顔に、いっぱいの笑顔を浮かべていた。