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「柊!」
麗は手を振りながら柊の元へやって来た。
「麗君、お疲れ様。かっこ良かったよ」
「ありがとう」
そう言って笑う麗の後ろから、二つの顔が見えた。
「え……青柳君?」
「あぁ、こいつ一人にするのも何か気が引けたんで、連れて来たんだ」
「……バカね」
ボソリとそう呟くと、優花が微笑を浮かべる。
「え……?」
麗はその言葉の意味に気付かず、不思議そうに首をかしげる。
「あ、こちら、山城翔君と、青柳誠君。で、こちらが麗君のお姉さんで、笈川優花さん」
とりあえずそれぞれ簡単に柊が紹介すると、誠と翔が目を見開いて優花を見た。
「お姉さん?麗先輩のお姉さんだったんスか?」
「言ってなかったか?」
翔の言葉に麗は自分でも驚いている。自分ではもう既に話しているつもりだったのだ。
「いえ、息吹と幼馴染とは聞いたことがある気もするんですが、お姉さんだとは……」
翔もそんな麗を見て苦笑いだった。
「よろしくね」
そんな中、優花はヒラヒラと手を振ってあいさつをする。あまり興味がないのか、その目はすぐに柊の持ってきたバスケットのほうに向いた。
「それよりも柊、おなか空いたわ、早く食べましょう」
「あ、うん」
柊は優花に急かされながら、慌ててバスケットを開けた。
「おぉ!」
と、その瞬間、後ろからその場の五人以外の複数の声が聞こえた。
「え……?」
それぞれに顔を上げてその声の主たちを見上げると、そこにはサッカー部のほぼすべてといえるほどの人数が貌をのぞかせていた。
「俺らも一緒していいですか?」
「麗先輩のお姉さんだったんスね」
と、所々から次々に声をかけられる。
「……麗?」
優花はその状況に怒っていた。顔は笑っていたが、明らかに、怒っていた。
まずい……。
柊と麗は、ひしひしとそう感じた。
「れ、麗君、あとで怒られるよ……?」
「わかってる」
心配顔の柊の横で、麗は短いため息とともにがっくりとうな垂れた。
「優花」
そろそろお弁当の中身がなくなりそうになったころ、楽しそうな集団に声をかけて来た青年がいた。
「真咲先輩」
「緑ちゃん……?」
その青年の声にいち早く反応したのは麗と柊だった。
「緑……」
少し遅れて優花も反応した。
「……まさか姉さん、俺の応援を理由に、先輩に会いに来たの?」
麗が眉間にしわを寄せて訝しげに優花に問いかける。
「違うわ。この人が来るって知ってたら、来るつもりなんて無かったもの」
優花は、本当に驚いているようだった。
緑から目を反らし、声は震え、自分の腕で抱き込むように身体を押さえつけ立ちつくしていた。
柊はそんな風に自分を抑え込む優花を初めて見た。
「……麗、俺、今日はもう帰るな?後は練習だし、監督もいるから必要無いよな」
緑はそう言って麗に向かって微笑んでいた。
「う……うん」
「緑ちゃん……」
「柊、久しぶり。元気そうだね」
緑は柊対しても笑顔だった。
「緑ちゃんも」
と、柊もつられて笑っていた。
「優花」
優花はその声に少しビクついてその場に凍りついた。
「行くよ」
有無を言わせず緑は優花の肩を抱いてその場から颯爽と歩き去ってしまった。
その場の空気ががらりと変わり、誰もが黙り込んでしまっている。
「麗君、私どうしよう。試合が終わったら、優花ねぇと帰るつもりだったんだけど……」
そんな中でいち早く自分を取り戻した柊は、不安げに麗に問いかけた。
「俺と帰るか?」
「……でも、時間かかるんでしょ?」
柊は待つのが面倒くさく感じ、少し口を尖らせて呟く。
「柊も久しぶりにやってみれば?昔は俺とやってたんだし」
「まだ出来るかなぁ……?」
柊は首を傾げる。昔、麗に連れられて一緒にサッカーをしていたので、それなりにできることは確かではあった。
「出来るよ。柊、運動神経いいもん。俺が保証する」
不安そうに首をかしげる柊を見て、勇気づけるように麗は得意げに胸を張る。
「麗君がそんなに得意げにしなくても……」
柊は思わず笑った。
「っていうか、今日、運動するような恰好じゃないんだけど……」
柊は自分の服装を見下ろすと、苦笑いを浮かべる。
いつものようにセーラー服に身を包んだ柊は、スカートをピラピラとめくる。その度に、柊の白い足が見える。
「俺の予備のジャージ貸してあげるよ」
慌てて柊のスカートのすそを抑えながらも、麗は微笑んだ。
「えぇ?……でかいよ」
「我慢してよ、それくらい」
周りの事など完全に無視して、二人は笑い合っていた。
が、翔は周りの奴らとは違い、気になった事をそのまま何のためらいもなく聞いた。
「優花さんって、真咲先輩の彼女さんだったんスか?」
その問いに、柊と麗の二人以外の誰もが目を丸くして翔を見つめる。
「うん。美男美女。お似合いでしょ?」
麗は驚くことでもないといったように顔色を変えずにそう言った。
「はぁ……」
流石の翔も、はっきりはいとは言いきれなかった。先程の光景を見て、頷ける状況ではないと思えたのだ。
「緑ちゃん、性格がね……。せっかく恰好いいのに、もったいないよね」
「確かに……。ま、それでも三年持てばもう心配するのもバカらしくなってくるっていうか……」
「うん。どうせ二人だけで解決しちゃうんだもんね、あの人たち」
「俺はあのわがままな姉の言う事をきちんと毎回聞いてあげてる真咲先輩が凄いと思う……」
「私は緑ちゃんのあの鬼畜っぷりについていける優花ねぇのほうが凄いと思うけど……」
と、二人のその会話を聞いて、部員の誰もが思った。
『そんな二人が三年も付き合っているという事のほうが凄いと思う』……と……。