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「優花ねぇ!試合、始まってるよ!」
フィールド近くの芝生の上で話しに夢中になっていた二人は、気がつくと、前半戦が始まってからもう半分もの時間が過ぎていた。
「あらほんと――。サッカーって中々点が入らないから、私、野球のほうが好きなのよねぇ……」
「優花ねぇ……そんなここに来た意味がなくなるような事を簡単に……」
「あら、来た意味はあるわよ?だって私、柊の好きな人、一度も見た事が無かったんですもの」
優花は白い日傘をくるくると回しながら、楽しそうに話している。
「応援に来たんじゃないの?」
「そんなの、いつでも行こうと思えは行けたでしょう?私、麗の試合見るの、初めてなのよね」
「えぇ?」
麗が小さい頃からサッカーをしていた事は、柊でも知っていた。もちろん、優花が知らないはずはない。けれど、何十回とあったであろう試合に、優花は一度も来た事が無かったという。
「呑気なようで、ほんとは凄く負けず嫌いなのよ、あの子。だから、自分が負けたところなんて見られたくないの。見られるくらいなら、一度も見に来てくれないほうが麗にとっては楽なのよ」
クスリと笑うと、優花は優しい眼をして麗のことを見ていた。
「だから、私の言った事を何なくクリアしてしまうのよ。裏での努力を必死に隠してね」
「……そうなんだ」
柊はその言葉に妙に感心してしまった。
そして――
「あ、前半戦、終わったみたいだよ」
柊は楽しそうにそう言ってコフィールドを見まわした。
「麗君、凄かったね。ちゃんとレギュラーとして活躍してたよ!」
「あら、でも同点じゃない。2対2なんて、ちっとも面白くないわ」
「楽しかったよ?だって、必死にボールの取り合いしてるんだもん。何かまだ小学生みたいにはしゃいでるように見えたな」
「……要するに、子供に見えて可愛かったってこと?」
「あ……そうなるかも……」
考え込むように柊が呟く。
「私より、柊のほうがひどいんじゃない?年頃の男の子に向かって小学生って」
「う……で、でもこの前までほんとに小学生だったし……」
「ほら、後半戦始まるみたいよ」
言い訳する柊をよそに、優花はまたコートのほうへと視線を寄せた。
後半戦は、点の取り合いではなく、必死に点を取られまいと動き回っていた。結局、麗がゴールを決めて、3対2で試合は終わった。
「麗君、良いとこ取りで終わったね」
「……そうね」
優花はとても満足げにそれだけ言って笑う。
「……それだけ?」
「え?」
「麗君の試合を初めて見た感想とかないの?」
「……まぁ、恰好良かったんじゃないかしら。流石私の弟ね」
「え、麗先輩のお姉さんだったんですか?」
急に目の前に立っていた男の子に、柊と優花はびっくりして身を震わせた。
「え……?」
「あ、すみません。俺、サッカー部のものなんですが、麗先輩に言伝を頼まれまして……」
と、なぜか照れながら、その男の子は話している。
「言伝?」
「はい。今からミーティングがあるので、もうしばらく待ってくださいとのことです」
「わかったわ。そう、伝えておいてくれる?」
「はい!」
と、なんだか嬉しそうにそう言うと、その部員は去って行った。
「柊、あの子知ってる?」
「んー、私は知らない。多分、麗君の同級生なんじゃないかな?」
「……そうね」
二人はその後も楽しくおしゃべりしながら、麗を待つ事にした。
彼が麗の事を、「先輩」と呼んでいた事などすっかり忘れて……。