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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
高校生編
51/52

51 side:hiiragi・rei


 柊は雨の中、麗の家の前に佇んでいた。

 誠と話して、やっぱり麗に会わずには居られない事に気がついたのだ。

 今回柊は先に優花に会いに行っていた。優花は涙を流しながら柊の決心を心から喜び、麗を思って複雑そうに笑って柊を抱きしめてくれた。

 話さなければならない……。そんな思いが何をしていても頭をよぎる。

 柊は震える手でインターホンを押す。すると麗の明るい声が応対してくれた。

「はい?」

「……麗君……?私……柊」

 と、柊が声を発した瞬間、インターホンの向こう側からガチャガチャと慌てた音が聞こえて来きた。そしてその数秒後には玄関のドアが開く。

「柊……」

 玄関から顔を出した麗は、安心した様に柊の顔を見つめる。

 二人は一時見つめ合ったまま、動かなかった。けれども、麗がふと笑顔でドアを開ける。

「どうぞ、俺のオヒメサマ」

 と、その瞬間、こんな場面にもかかわらず、柊は思わず吹き出してしまった。昔の記憶が鮮明に頭をよぎる。

「オヒメサマって、麗君相変わらずキザだね」

 柊は瞬時に二人の間にあったわだかまりが解けて消えて行くのを感じた。麗は今まで会いに来なかった自分を攻めてはいない。

 柊はほっとして家に上がらせてもらった。それでもやっぱり、緊張してしまう。いつも当たり前のようにいたその家を、まるで赤の他人の家のように感じてしまう。

「……麗君」

 柊は用意してもらったカップの前で、かしこまって麗を見つめた。

 麗は何食わぬ顔で、自分でそそいだ紅茶を飲みながら柊の真正面に座る。

 テーブルをはさんで、二人は見つめ合った。

「……私、今でも変わらず麗君が好き」

「……知ってるよ。でなきゃ、おれが目覚めなかった一年間、一日も欠かさず病院に来ることなんて出来ないからね」

「うん――。それでも、麗君が目覚めたあの日、私は病院に行かなかった。……青柳君に会ったから――」

 麗の紅茶を飲む手が止まった。

 その姿を見て、柊は竦みそうになる体を押さえて、必死に自分を震い立たせた。

「あの日、麗君のお見舞い用に花を買いに行った時、たまたま花屋さんで会ったの――。でも、青柳君とは一言も話せなかった。彼、他の女の子と一緒にいたし……何より、怖かったの。あの頃の自分に戻ってしまいそうで……。私、麗君と付き合ってる間も必死に青柳君への思いを隠してたから。……だから、会った瞬間、ダメだって思った。会っただけで心を乱されるの。あの頃の自分に戻ってしまうの。そんな自分が許せなくて、一人になりたかった。そんな時、優花ねえからの電話が何度も来て……。麗君が目を覚ましたっていう電話が――」

「柊……」

 麗が何かを言おうとしたけれど、柊はそれを許さなかった。必死に、話を続ける。

「私がどれだけショックだったかわかる?麗君がやっと目を覚ましてくれた大切なときに、青柳君のことを考えていたよ?……そしてその時ようやく気がついたの。私が青柳君のことを忘れるなんて、できないんだって――。麗君と比べられないくらい、ホントはもう最初から彼が好きだったの」

 麗は黙ったまま、柊を見つめていた。

「でもそれだけがショックだったんじゃないの――。……麗君、どうして私がいる時に目を覚ましてくれなかったの。どうして明なの?私は……私は優花ねえに麗君が目覚めた時のことを後からを聞いて、明に嫉妬したのよ?」

 柊は目に涙をためて麗を睨みつけていた。

「何で……どうして私じゃなかったの。いつも一緒に……隣に居たのに!」

 麗は何も言わなかった。ただ、無言で柊のことを見つめ返してくる。

 実際に、麗は明のいる前で……いつもそばにいた柊でなく、明の目の前で起きたのだ。

「麗君が私がいる時に目を覚ましてくれたらよかった……青柳君となんか会わなければよかった……花なんか買いに行かなければよかった――。そんな風に思うの。言い出したらきりがないのはわかってるのに!」

 柊は泣き叫び、その顔を両手で覆った。






「もういいよ……」

 麗はこの時ようやく、柊に何を言えばいいのかがわかった。この目の前にいる大切な女の子に、どう答えればいいのかを……麗はようやく理解した。

「もういいんだ、柊――」

 そう言って悲しそうに微笑む麗を、柊は涙を流しながら見つめてくる。

「素直になっていいんだ。柊は俺のことを大切にしすぎたんだよ。俺は、そんなに弱くないよ。だからもう、いいんだ。柊の思うとおりに行動してもいいんだよ」

「でも――」

「俺は守られてばかりだったんだね、柊。自分の気持ちばかり優先して、柊の本当の気持ちを知ってて見過ごしてた。俺は、ずるい人なんだよ」

「そんなことない!」

 柊のその叫び声に麗はびっくりして目を見開いたが、柊は自分が今着ているスカートの裾を手が白くなるまで握りしめていた。

「麗君は私を大切にしてくれたもん!私は、麗君といて楽しかったし、嬉しかった。幸せだったんだよ!」

 麗はその言葉に目頭が熱くなるのを感じた。けれども必死に耐えて柊に微笑みかけた。その笑顔に、柊は何も言えずに黙り込む。

「それが聞けただけでも十分だよ。……ただ、一つだけお願いがあるんだ」

 麗は自信なさげにそう言って柊を見つめる。その一方で、柊は不思議そうに誠の顔を見つめ続けていた。

「俺といた時間を……俺と過ごした時間を、忘れないでほしい。何があろうと、今までの時間が嘘になる事だけには耐えられそうにないんだ……。だから、覚えていてほしいんだ。一緒に笑った事を――一緒に過ごした日々を」

 その言葉に、柊が目を見開いて麗の顔を見つめ返してくる。

 対して麗は、まだ微笑みを顔に張り付け続ける。

「……うん……。忘れない……忘れるわけないよ――」

 柊はもう泣いてなかった。必死に涙を堪えて、何度も何度も頷く。






 麗が堪えているのに、自分だけ泣くわけにはいかなかった。自分よりも、今まで自分の最愛の人だった彼の方が、よっぽど傷ついているのだから――。






 麗のほうも、柊にその笑顔を崩してほしくはなかった。崩した瞬間に、それが嘘だとわかってしまうのが怖かった。わかりたくなんてなかった――。

 





 お互いに笑顔を顔に張り付けたまま、ほとんど言葉を交わすことなく柊は麗の家を出た。

 雨はまだ降り続けている。

 もう冬も終わるというのに、辺りはうす暗く相変わらず肌寒かった。夕方の雨は、容赦なく柊を叩きつける。

 家に帰ると、傘を差していたはずなのに、ずぶ濡れになっていた。けれど柊にとってそんな些細なことは少しも気にならなかった。ただ、麗のことだけを考えていた。自分の幼馴染であり、兄であり、恋人であった人の事を――。

 そう、初めから、簡単な事だった。

 難しいことなんて一つもなくて、それなのに私たちはややこしくしてばかりで……。振り向けば隣に居るはずなのに、振り向く事が出来ない。

 柊は泣きそうになるのを、下唇を噛み締めて必死に堪えた。それでも、家の灯りが目にしみるほど慯かった。

 ありがとう……。

 柊は心からそう思った。自分のために別れを切り出してくれた人に……応援してくれた人に……叱咤してくれた人に……。そして、ずっと待っていてくれた人に……。





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