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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
高校生編
50/52

50 side:hiragi&makoto

注)視点が交互に変わります。

  また、いつもより少し長めです・・・



 いつの間にか季節は変わり、あと数か月もすれば学年までもが変わろうとしている。この間まで凍えるほど寒かったその空気は、いつの間にか少しずつ暖かくなり、必死に芽を出そうとあちらこちらの草木が色を取り戻していた。

 冬休みを跨いだ二月の終わり、柊は家の近くにある川べりをのんびりと散歩していた。川の水はいつも通り穏やかに流れ、その傍の砂利道を、立ち止まっては歩き、また、立ち止まっては歩く。

 そんな穏やかな時間の中、いつも足もとばかり見て歩いている柊が顔を上げると、その視線の先には何の表情もない誠が、ただ、立っていた。そんな誠を、柊は不思議なものを見る目で見つめ返す。

 今の柊のそんな状態を見ても、誠は攻めるでもなく、泣くでもなく、笑うでもなく、ただ、無表情のまま柊を見つめて立ちつくしている。だが、耐えかねたように誠は口を開いた。

「お前は一体何がしたかったんだ?麗先輩の傍に居たいと言って、俺から離れて行った。それなのに今は、誰にも何も言わずに誰の傍にもいない。ただ、一人きりでいる。どうして誰かを頼ろうとはしないんだ?」

 誠と柊のとの間には、三メートルほどの距離があった。けれども誠のその低めの声はよく響き、柊まできちんと届く。

「……青柳君こそ、一体何がしたいの。私のことなんて忘れたんじゃなかったの?この前みたいに色のような可愛い彼女と遊んでいればいいじゃない」

 と、柊は含みをおびた笑いかたをした。

 ただ、今は何も考えたくなかったのだ。いつもの自分なら逃げ出しているだろう誠のその姿に、驚く事も出来ないほどに……。

「彼女なんかじゃねぇよ」

 けれどもそんなヒイラギのお構いなく、誠は面倒くさそうに返してくる。

「ただ一緒に帰りたいって言ってきたから帰っただけだ」

 と、吐き捨てるように言う。

「帰ってほしいって言えば一緒に帰ってくれるの?青柳君がそんなに優しい人だったなんて知らなかった」

「俺は、もとからこんなやつだよ」

 柊の言葉に、誠はせせら笑う。

「ううん、違う。青柳君は自分の大切にしている人以外の人間をそう簡単に近寄らせるような人じゃないもん。むしろ警戒して引くほうでしょ?」

 と、柊は微笑み返す。

「……そこまでわかってたのに、俺をこんな風に変えたのはお前だろ?」

 誠は少しイライラしながら答える。柊があえて喧嘩を振ってくるような言い方をしてくるのが気に入らなかった。

「確かに私はあなたから逃げた。でも、結果的にはあなたも私を突き放した。それに、それだけ外見が良ければすぐに他に好きな人が出来ると思ったから」

 と、柊はクスクス笑う。けれどもその瞳は笑っていなかった。

「……どんなに外見が良くても、自分の好きな奴が振り向いてくれないと意味ねんだよ」

 少しだけ間を取った誠が、急に真剣な顔をしたので、柊は思わず警戒して数歩後ろに下がる。けれどその瞬間、誠は大股で柊に歩み寄ると、目の前に来て立ち止まった。

「ずっと聞きたかったことがあったんだ」

「……何?」

 お互いの距離があと数センチというその状況に戸惑いながらも、柊は答えた。

 けれども顔を上げようとはしなかった。上げればすぐそこに誠の顔があるから。

 誠はそんな柊の事を見つめたまま、深く息を着いた。

「――お前が今でも好きなのは俺なんじゃねぇのか?だから今、お前はこんなにも弱ってる。違うか」

 誠のその言葉に、柊はとっさに顔を上げた。驚いたように目を見開いて、真剣な表情の誠と間近で見つめ合う。もうお互いの距離なんて関係なかった。

「……何を言ってるの?そんなはずないじゃない。私がこんな風になったのは、麗君のことを考えているからなのよ?」

「本当に麗先輩だけのことしか考えてないのか?違うだろ。お前は麗先輩が目を覚ましたあの日、俺と会った。お前はそのショックで病院に行くのが遅れたんじゃないのか?俺がお前の知らない女といたから。あの時お前は脇目も振らずに走り去って行ったからな。あの後、他の奴らが何度お前に電話しても出なかったのは、弱ってる自分を知られたくなかったからだろ?俺のことを考えている自分を……誰にも知られたくなかったんだ。でも、その間に麗先輩は目を覚ましてしまった。自分は何のために今までここに来ていたんだって、泣きたくなっただろうな。でもおまえはそんな事だけで麗先輩の所に行くことをやめる奴なんかじゃない。それだけなら、真っ先に病院に飛んで行くはずだ。けれどお前はそうしなかったあの時俺のことを考えていた事で、麗先輩に罪悪感を覚えたんじゃないのか?大切な時に、自分は他の男のことを考えていた。それが許せなかったんじゃないのか?」

 誠は話し終わると、またも柊の顔を正面から見つめ続ける。お互いに、お互いの吐息がかかり合っていた。

「……そうよ。でも、それもすべて麗君のことを考えているからでしょ?私が第一に考えているのは、麗君だから」

 柊は諦めたようにため息を吐いて、誠から目を反らした。肩の力はすっかり抜け落ちていて、早く誠が自分から離れてくれればいいと心から願っていた。

「違うな。俺だ」

 けれども誠は、頑として譲ろうとはしなかった。自分の意見も、その場所も。

「――どうしてよ!何が違うの?何でそんなに自信たっぷりに言い張れるの?」

 柊は思わずまた顔を上げて誠を睨みつけた。

 と、その時、誠が信じられないほど優しい手で柊の頬に触れた。柊は自分も気づかないうちに泣いていたのだ。

「お前はなぜ俺をそんなに嫌おうとするんだ?何が許せない。誰もお前を攻めてなんかいないんだぜ?」

 柊は何も言えなかった。ただ黙って誠の顔を正面から見つめ返し続ける。

「やっぱり俺はお前を諦めきれなかったんだ。どれだけシツコイと思われようとも、お前じゃなきゃダメだった。伊吹が好きなんだ。お前だけしか……好きになんてなれない」

 誠はとても寂しそうにそう言って笑った。

「……そんな顔しないで」

 柊は必死にその言葉を吐きだした。誠のその顔を見て、余計に涙があふれて来たのだ。胸が締め付けられるように苦しかった。柊だって、同じだったから。どんなに忘れようとしても、出来なかった。どんなに着き放そうとしても、出来なかった。ただ、心が求めてしまっていた。あの時も、気づいたら体が勝手に動いて誠のほうに身を乗り出してキスしていた。誠が戸惑っているのに気づいても、中々やめられなかった。心が、誠を欲していたから。今も、柊は必死に自分をその場に留めていた。気を抜くと、迷わずその胸に飛び込んでしまいそうだから。

「そんな顔、簡単に私なんかに見せないで」

 誠から見る柊は、中学のころとほとんど変わっていなかった。久しぶりに会ったあの日、大人っぽくなっていたその雰囲気よりも、ばっさりと切られた柔らかい黒髪のほうに目を奪われてしまった。真っ白な花を抱えた彼女の真っ黒な髪が、今でも目を閉じればすぐに浮かんでくる。体格はほとんど変わってない。変わっているとしたら、まぁ、年頃の男の子がつい目にしてしまうような所だけだった。そんな彼女が、今にも壊れそうなその細い体を小さく震わせている。誠は思わずその体を抱きしめたくなった。その衝動を必死に我慢している自分を、思わず尊敬してしまうくらいに。

「そんな顔って――?」

 誠は優しく笑って聞き返す。それが精いっぱいだった。

 そして柊もまた、その笑顔にドキドキしながら誠を見つめる。

「……優しくしないで……。私にそんなことしてもらう資格なんてないの。あなたに好きだなんて言ってもらえる資格なんてないの!」

 柊は今にも逃げ出してしまいそうな勢いだった。

「資格……?」

「もう、お願いだから優しくしないで……。優しくされるとどうしていいかわからなくなる。どう反応していいのかわからなくなる!」

 とうとう柊は泣き叫んだ。が、その瞬間、誠はもう抑えきれなくなって両腕で柊を抱きしめた。その震える肩を、思いっきり自分の方に寄せて放さなかった。

「なっ――」

 柊は反射的に誠の胸に手をあててその腕から逃れようとした。けれど誠のその力に敵うわけもなく、頬を彼の胸に押し付けられた。どれだけ反発しようとも、誠の腕はビクともしなかった。そしてそのままいっときすると、柊は諦めたように体の力を抜いた。

 誠はそんな柊が可愛くして仕方がなかった。自分の腕にすっぽり収まるその柔らかい体が嬉しかった。抗おうとするその気さえも、愛しかった。

「俺は、お前をべたべたに甘やかしたい。嫌っていうほど自分の気持ちをお前にぶつけたい。でも、何より今まで出来なかった分、優しくしたい。もう、これ以上お前を傷つけたくなんかないんだ」

 誠は柊を離す気なんてまるでないとでもいうように、力強く抱きすくめる。柊はそれが何よりも嬉しくて、それでもどうしていいかわからず戸惑っていた。頭が、その状況についていけてなかったのだ。

 と、その時、誠が急にその腕を離して、柊の両肩に手をかけると真剣な顔で柊に向き直った。

 柊は思わずびっくりして目を瞬き、誠と視線を合わせる。

「俺は、伊吹が好きです。俺と付き合ってくれませんか?」

 誠は、改めて柊に自分の気持ちを伝えた。

 だが、柊は何も言えなかった。素直に、誠のその申し出が嬉しかった。でも、麗の事が心に引っかかったまま、誠の申し出に答えることなんてできなかった。

「……待っていてくれますか?」

 必死に考えて、柊は真剣に誠を見つめ返しながら答えた。

「今のまま青柳君と付き合う事が、正直言って出来ない。やっぱり私は、麗君をないがしろにはしたくないから。でも、そんな私でも、青柳君を好きだって……言っていいのなら、私はその気持ちをあなたに伝えたい。あやふやな今じゃなく、きちんと、もう一度きちんと伝えられる日が来るのを、待っていてくれますか?あなただけが好きだと、心から言える日を……」

 それが、柊の精一杯の今の答えだった。

 自分の気持ちに整理がつくまで、柊は誠と付き合おうなどと思わなかった……思えなかった。大切な人だから……大切だと思える人だからこそ、中途半端に付き合い始めたくなんてなかった。

 誠は柊のその言葉を聞くと、柔らかく微笑んだ。

「……待つよ。お前の気持ちが整うまで、俺は待ってる。今までだって待てたんだ。今回だって、できるさ」

 二人はもう一度だけ堅く抱き合うと、ゆっくりと離れて笑い合った。

「私は人に頼るような弱々しい男、嫌い」

 柊は目をつぶってその言葉をゆっくりと口にした。

「俺も、お前なんか大っ嫌いだよ」

 初めてそう言って喧嘩した日のことを思い、笑い合う。

「私、大嫌いなんて、あの時初めて言われたのよ?」

 柊はそう言って笑いながら誠を覗き込んだ。

「俺だって女に嫌われたのなんか初めてだったよ」

 と、誠も意地悪く笑い返す。

 二人は離れがたくなって長い間笑い合った。それでも、いつかは離れなければならない。二人は覚悟を決めて、真剣な瞳で見つめ合う。辺りはとても静かで、川のせせらぎだけが聞こえてくる。

「それじゃあ……」

 と、柊はやっとの思いで口を開き、呟いた。

 喉が締め付けられるように苦しかった。自分の気持ちを素直に受け止めてしまうと、心はもう止まらなかった。誠への思いが、激しく波打つ。自身のコートの裾を握りしめていなければ、思わず彼に飛びついていただろう。

 誠が口を開く前に、柊はその身をひるがえして今来た道を戻り始める。

 誠はその背中へ駆け寄りたくなるのを必死に堪えた。待つと決めたから……彼女が自ら自分の腕の中に飛び込んで来てくれるのを。誠はその背中が小さく見えなくなるまで、見つめ続けた。

 お互いに、また会える日を思い――。

 その時初めて、二人は大切なものを拾い上げる事が出来た。掛け替えのない心を……。





本当は半分のとこで切ろうかと考えていたのですが、それもどうかと思い、長くなってしまいました・・・

申し訳ありません(+_+)

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