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次の週の日曜日の午前中、柊と優花の二人は約束通り、誠と麗の試合を見に中学校へと向かった。
そこには、綺麗な秋晴れの青空と、気持ちのいいそよ風が吹いていた。
既に縫いんたちはウォーミングアップを終えているのか、ベンチで休憩したり、水飲み場で水分補給をしていたりとそれぞれ自由に行動している。
「気持ちのいい日ね」
優花は手元の真っ白な日傘をくるくると回しながら、機嫌良く歩いている。白いワンピースがフワフワと風になびき、日傘と合わさってとてもきれいだった。
「ところで、そのバスケットは何?」
優花は柊の持っている少し大きめのバスケットを見ていた。
「あ、お昼ご飯作って来たの。優花ねぇ、何も用意してこなさそうだったから。優花ねぇと麗君と私で三人分」
そう答えながらも、柊は、少し余分に作ってきていた。何といっても、麗は育ち盛りなのだ。どれくらい食べるのか、柊にも想像できない。
「あら、お昼のこと忘れてたわ!」
「……麗君、いつもどうしてるの?」
「さぁ?どこかで買ってるんじゃないかしら」
優花は首をかしげる。その姿があまりにも優花らしくて、柊は思わず苦笑してしまった。
「聞いてみましょうか。麗!」
優花はいきなりそう叫ぶと部活中の麗を構わず呼びつける。
「姉さん……。俺、部活中」
麗は半ば呆れ、半ば諦めながらも優花のもとへと小走りでやって来た。
「あなた、お昼はいつもどうしてるの?」
「え、俺の話し聞いてる……?」
「そんな事より、どうしてるかを聞いてるのよ」
優花のその返事に、麗はため息をつきながらも答える。
「いつもは買ってるよ」
「えぇ!?」
柊は少し困ったような声を出した。せっかく作って来たものが、無駄になってしまうではないか。
「大丈夫。今日は買って来なかったから」
「あら、どうして?」
優花はそう聞き返しながらも、少し意地悪く微笑んだ。
「柊は作ってきてくれそうな気がしたんだ」
「え、どうしてわかったの?」
お見通しだったことを不思議に思い、首をかしげると、優しい眼差しをして麗が微笑んでいた。
「柊はそういうとこ、抜け目ないからね」
「ほんと、愛よね……」
優花が隣で呆れて首を振る。
「姉さん!」
「わかってるわよ、余計な事は言ってないでしょう?」
二人は急にこそこそしながら話し始めた。その内容は、柊には上手く聞きとることが出来ない。
「ほんとに?」
「大丈夫よ。これだけ長年一緒に居るのに、柊ったらかけらも気が付いていないんだもの。まったく鈍いったら……。ま、そこが可愛いのよね」
優花は愛しそうに柊を見つめてくる。
「姉さん……」
もしかして、俺の一番のライバルって、姉さん……?
などと麗が疑ってしまえるほどに、優花は柊の事を溺愛していた。
「あ、そう言えば柊、お弁当作りすぎたりしてない?」
麗は急に話題を変えて柊へと向き直る。
「え……、どうして?」
「山城の奴、弁当忘れて来たらしいんだ」
「山城って……山城翔君?」
「そう、その山城君。……どう?」
「いっぱい作って来たから大丈夫だとは思うけど……」
柊は言葉を濁らせる。翔の名前を聞くたび、昔の苦い記憶が甦るからだ。
「あいつと何かあったの?」
「そ、そんなんじゃないけど……」
柊は翔のほうを見て、それから一瞬だけ、グラウンドにいる誠を見た。どんなに遠くても、彼だけは見分けることのできる自分が嫌になる。
そんな柊の視線を追って、麗も誠の事を見る。
青柳……?何で山城じゃなくて青柳を見てるんだ?
「柊?」
「あ、うん、わかった」
「じゃあ、お昼になったら連れて来るから」
「うん、試合頑張ってね」
柊は笑顔でみんなの所へ走って戻っていく麗を見送った。
「……あの子、柊の気持ちの事、知らないの?」
その問いが何を意味しているのか理解すると、柊は戸惑いながらも返事を返す。
「……うん、言ってない」
「どうして……?」
「だって、なんか恥ずかしくて……」
柊は頬を染めながらも小さな声で答える。
「あの山城って子、もしかして柊の初恋の男の子?」
「えぇ?違うよ、私は……」
柊は両手をぶんぶんと振ってそれを否定すると、もう一度誠を見つめる。
その視線の先を見て、優花もようやく誠に気づいた。
「……ふうん、あの子ね。何て名前なの?」
「あ、青柳誠君」
柊はなんだか恥ずかしくなってきた。
な、何だろう……落ち着かない……。
「中々ね」
優花はそう判断したようだった。