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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
高校生編
47/52

47 side:siki



 色は今の状況に耐えきれなくなって、勇気を振り絞って男子校の門の前に立っていた。

 学校を終えた男子生徒達が、幾人も物珍しそうに色を見ながら前を通り過ぎて行く。けれどそんな事よりも、もっと耐えられない事があって色はわざわざこんな所まで足を運んだのだ。

 麗が目を覚ましたあの日から、柊がどうしようもなくおかしかった。本人に問い詰めようとも、その度に軽くかわされてしまう。しかも、何処となく避けられているような気さえもしていた。けれど麗に直接聞きに行くわけにもいかなかった。そこまで麗と面識があったわけではないし、いきなり押しかけてもおかしいと、自分でも思ってしまう。なので、もう一人の原因でありそうな人物に会いに来たのだ。

 もう、いつになったら出て来るの……?

 色は自分が真っ赤になっているのを感じて余計に恥ずかしくなってきていた。こんなにも目線を集めるような行動を起こすのは初めてだった。思い切ってここに来たはいいが、流石に恥ずかしくないというわけではないのだ。

「日向さん?」

 色はいきなりかけられたその声に心臓が飛び跳ねるほどに驚いた。その反動で勢いよく顔を上げると、目の前にその高校の男子生徒の一人が不思議そうな顔で色の顔を覗き込んでいた。

 色は一瞬、その相手が誰かわからなかった。背は見上げるほど高いのに、その割にとてもひょろりとした細身の体格で、今どきの男子にしては珍しく身なりがきちんと整えられている。色が口を開けたまま首をかしげていると、男はうなじに手をあてて困ったようにほほ笑んだ。

「わかりませんか?榊原雄太ゆうたです。誠君たちと同じサッカー部だった……」

 その説明で、色はいつも誠たちの周りでちょろちょろしていた雄太の事を思い出した。

「あぁ!雄太君。そういえばここの高校だったっけ?」

「はい。それよりも、日向さんはどうしてこんな所に……?」

 と、雄太のその言葉で色は自分がここに何をしに来たのかを思い出した。

「そう、それなのよ。誠君知らない?」

「誠君ですか?彼なら今頃部活でしょうけど」

「部活……?」

 色はその可能性を全く考えていなかった。雄太が自分に気づいてくれなければ、危うく部活が終わるまで待たされるところだった。

「そうなんだ……。よかった、榊原君が来てくれなかったら、部活が終わるまでここで待つはめになってたよ」

 色はそう言って何気なくほほ笑んだ。雄太はその笑顔を見て、少しほっとした様に息を着く。

「……どうかしたの?」

 雄太のその様子を見て色は不思議そうに聞いた。

「いえ、思っていたよりも元気そうだったので……。誠君と別れたあと、少し落ち込んでたみたいでしたから」

 色はその答えに顔が熱くなるのを感じた。

「……どうして?じゃあ、私がここに居るのは、誠君に未練があるからだと思ったの?」

「……はい」

 雄太は少し気まずそうにそう頷いて笑った。

「私はそんなに未練ったらしい女じゃないわ」

 色が怒ったように呟いてそっぽを向くので、今度は雄太が少しむっとして大きく息を吸い込んだ。

「そうですか?それならなぜ、柊さんが誠君のことを好きだと知っていながらわざと取り上げるようなことをしたんです?あの二人が両思いだったという事に、日向さんは本心では気づいていたんじゃないんですか?」

 色はその言葉に吃驚して、反射的に目を見開いて雄太を見上げた。

「はっきり言って、僕はあの時、何て話をややこしくする女なんだろうって思いましたよ」

 雄太はそう言って鼻で笑う。雄太のその態度に、色は息をのんだ。

「あなたがそんな人だったなんて、気づきもしなかった」

 色はそう言って勢いよく目の前の雄太の胸を突き飛ばした。けれども、雄太は細いと言っても男である限り色よりは体格が良いわけであって、そう簡単に倒れるはずもない。色のその攻撃が相手に何の効果もない事は一目瞭然だった。

 そのため雄太は、色が睨んでくるのも気にせず続ける。

「そうですか?気づいている人はいますよ。たぶん、麗先輩のお姉さんなんかはそうでしょうね。ただ、僕は中々他人に僕自身をさらけ出したりなんかはしませんけど――」

 と、雄太は首をかしげて思案する。

「してるじゃない、今!私は対象外ってわけ?優しくする価値なんてないって事?」

 色は腕を広げて反論した。この雄太の態度がどうしても頭に来たのだ。

「いいえ。ただ、なぜか今だけは自分を保っていられなくなってしまったものですから……」

 と、雄太は困ったように色にほほ笑みかける。色はそんな素直な彼に吃驚して、何も言い返せなかった。

 ただ、ポカンと口を空けて彼を見つめていた。

「で、誠君に会いたいんでしたよね?僕が案内しますよ」

 雄太はそう言うと色の腕を素早く掴み、誠がいるはずのグラウンドへと引っ張る。

 呆気にとられていた色がふと気付くと、目の前にはグラウンドが広がっていた。

 あたりを見回してみると、自分のように他校の女子が何人かいるのに気が付いてまた驚いた。

 彼女たちは何をしているのだろう……?

 色は首を傾げずにはいられなかった。そして、ずっと前を見据えていた雄太に気づいて、その視線の先を追う。

 そこには、汗をほとばしらせながらボールを取り合おうと駆けまわっている誠の姿があった。その姿を、雄太は真剣に見つめている。色はそんなふうに雄太が誠を見る事が不思議でたまらなかった。

「……どうして?」

 色はつい口に出してしまっていた。

「え……?」

 雄太は自分を見上げて不思議そうな顔をする色を見て驚いたように見つめ返してくる。

「どうしてサッカーやめたの?」

「……どうしてって」

 言いかけようとしていた雄太の言葉を、色は待たずに遮った。

「だって、前はあんなに楽しそうに誠君たちとサッカーしてたじゃない。それなのに、どうして先に帰ってるの。部活、入らなかったの?」

 色はそう言って真剣に雄太の顔を見上げる。それは、誰もが息を呑むような光景だっただろう。

 色は相変わらず可愛らしく、白い肌に少し赤みがかった髪を胸のあたりまで伸ばしていた。目の色も色素が薄く焦げ茶がかっており、猫のような印象を与える。そこら辺を探しても、中々いないと言えるほど、色は可愛らしかった。そんな色に見つめられて、雄太は心臓が高鳴るのを感じた。

「……僕は確かに運動が出来るし好きだけど、高校からは勉強に専念することにしていますから」

 と、雄太はすべてを諦めているような表情で笑う。そんな雄太を見て、色は切なくなった。

「でも、誠君がサッカーをしているのを見ていたあなたの目、とても羨ましそうだった。本当は続けたかったんじゃないの?」

「例えそうだったとしても、両立する自信まではないですよ」

 雄太はそう言うと、たまたま近くにいたサッカー部の男の子に声をかけて話し始めた。

「……意気地なし」

 色は誰にも聞こえないような小さい声で、そう呟いた。

 けれど、その声は雄太にかすかではあるが聞こえていた。

「え――?」

 聞き間違いかと思い、雄太は色を見つめた。

「意気地なし。自信がないなんて、どうしてそんなこと簡単に言えるの?そんなの、ただ逃げてるだけじゃない!」

「逃げてる――?」

「そうよ。あなたはただサッカーにはまり込んでしまうのが怖いだけよ!勉強を逃げ道にしてるだけでしょう?現に、ここには部活と勉強をきちんと両立している人たちがいるじゃない。それなのに、やりもせずに諦めるなんて、卑怯よ」

 色はどうしてこんなにも腹が立つのかわからなかった。

 どうしてこの人の前では……榊原君の前では穏やかな自分でいる事が出来ないんだろう。つい、本音が出てしまうのだろう?自分の体はこんなにも、この男の人相手に危険信号を出しているのに……。

 色は自分が泣きそうな事に驚き、怯えた。目の前に居るこの人の前だけでは、冷静でいられない。気づけば血が止まりそうなほど両手を握り締めていた。

「……初めて見ました。日向さんがそこまで感情を表に出すの……」

 雄太はなぜかとても嬉しそうな顔で笑っていた。

「……どうして笑っているの?」

「日向さんが可愛いからですよ」

 間髪入れずに返されたその言葉に、色は真っ赤になってあとずさった。けれども足元にあった段差に思わずつまずきそうになり、とっさに雄太に腕を取られて抱き寄せられてしまった。

「もう、あなたの前じゃ全然思うように事が進まない」

 色は少しヒステリック気味にそう叫んで雄太の胸にしがみついていた。そんな色が可愛くて、雄太は余計に腕に力を込めた。

「あなたみたいに可愛い人、中々いませんよ」

「そんな事言われても惑わされたりなんてしないから!」

 そう言いながらも、色は雄太の胸をバシバシとじゃれるように叩きつけている。

「逃がしませんから」

 と、急に笑いを含んだ声で、雄太は色の耳元でそう呟いた。

 色は思わず緊張して動きを止め、雄太を見上げる。すると雄太は何かたくらんでいるような含み笑いで、色を見つめていた。

 その瞳にドキドキしてしまう。自分を惹きつけてやまない、危険な瞳だった。

「私、こんなに腹黒い男の人、初めてよ」

 色は悔しくなって呟いた。

「それは、お互い様でしょう」

 雄太は色の頭の上で笑っている。色はどうしようもなくこの男を困らせてやりたくなった。

 どんな手を使ってでも、絶対に自分に屈服させてやるわ……!

 色は心の中でそう堅く誓った。


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